16.アンダーグランド決死戦
「ふぎゃっ!」
薄暗い部屋の中に、ミホとブルボンの声が響いた。二人の体は無残にも、床に墜落してしまっている。部屋の入り口にある扉のノブを握りながら、黒尽くめの男はそんな二人を見下していた。
「ここで大人しくしているんだな……」
言葉と一緒に、扉の金具が悲鳴を上げた。そしてバタン、ガチャンと立て続けに声を出して、それ以降は全く黙ってしまった。その向こう側からは、黒尽くめの男の去っていく靴音だけが聞こえるばかりだった。
「くそ、なんでこの皇帝がこんな目に! 貴様のせいだぞ!」
語調を荒げつつ、ブルボンはミホを睨みつけた。
「すみません……」
ビクリと肩を震わせて、ミホはうつむいてそれだけ言った。そして溜息を一つ……今思うことは、先ほどまで一緒だった電池のような同居人のことだ。
「ライアン君……酷いことされてないと良いけど……」
ふと、そんな言葉が漏れる。しかし、彼女が口走ったその四文字を、二人より以前から部屋にいたであろうその男は聞き逃さなかった。
「ライアン? 今『ライアン』って言ったのか?」
声がしたので、ミホはパッと部屋の隅に目をやる。暗がりから歩み寄ってきたその男は、モジャモジャ頭に無精ひげという、二人も会ったことのある顔をしていた。
「ん? お前達ぁ、あん時の! こんな所で何してんだ?」
その男、ハクダも二人に気が付いたのか、やや高揚した声で聞いてきた。ミホは彼に事情を説明しようと、つい数分前のことを思い出す……
数分前……
ミホは胃袋を下から持ち上げられるような感覚に襲われていた。ミホとブルボン、ライアン、そしてフウマが乗った四角い箱はゴーっと重苦しい音をたてながら地中深くまで下っていった。ミホはその間、だまってフウマの背中を見ていた。その表情を覗い知ることはできないが、おそらく、何かを企んでいるのであろうことは分かった。しかし、それでもミホはハクダを見つけるため、ライアンとの約束を果たすために、どうしてもそこに行かなくてはならなかった。
「さあ、着いたよ。」
エレベーター上部に取り付けられたランプの点灯を確認すると、フウマは言った。同時に、重量感のある鉄の扉が開き、ミホ達は青白い照明に照らされた。
数秒ほど目をパチパチさせると、そこに現れたのは見渡す限り続く巨大な工場だった。それも、ただの工場ではない。所々に、黒光りする『物騒な物』が並んでいるのが見えた。
「これが我社のもう一つの顔……兵器開発事業さ。」
口を開けたままその光景を見ているミホ達を見ながらフウマは言った。
「我社の技術を駆使して、自動攻撃兵器や、遠隔操作の無人戦闘機、戦車なんかを造ってるんだ。国家相手の美味い商売だよ。」
その言葉を聞いてミホは振り返った。フウマはニヤニヤと笑っている……善良な人間でないことは確かだった。しかし、そんなことは今はどうでも良かった。ミホがここにやって来たのは、工場見学のためでも、フウマの陰謀を暴くためでもない……
「それで、ハクダさんはどこにいるんですか?」
「おっと、そうだったね……」
ミホが聞くと、フウマはすっと右手を掲げて見せた。するとその刹那、ミホは急に体の自由を奪われた。後を振り返ると、昨夜襲撃して来た黒尽くめの男がいて、ミホの体を羽交い絞めにしていた。そして、それはブルボンもライアンも同じだった。
「今、彼に会わせてあげよう……ただし、MGR−87は我々と一緒に来てもらおうか……」
彼らは手際よく、ライアンを怪しげな器具で拘束すると連れ去ってしまった。
「ライアン君!」
ミホはやめさせようと体をよじったが、しかし、男の腕から逃れることはできない。そうしているうちに、ライアンの姿は視界から消えてしまった。
「さてと、その二人は奴と同じ部屋にでもぶち込んでおけ。処分の仕方はおって考えることにする……」
「分かりました。」
…………
ミホの話を聞き終えると、ハクダは呆れてしまった。
「良くもまあ、ノコノコと乗り込んできたな……捕まえてくださいって言ってるようなもんだぞ?」
「すみません……とにかく、ハクダさんを助けなきゃと思って……」
ミホは申し訳なさそうにうつむいている。どうしたものか……心なしか、部屋の空気は淀んでいた。
コンコン!
突然、部屋の中に扉を叩く音が響いた。ミホはハッと顔を上げて立ち上がる。
「はーい?」
そして、来客を出迎えようと扉の方に向かった。しかし、肝心の扉が開かない……
「当たり前だろう。我々は閉じ込められているんだぞ?」
「あ、そっか……」
ブルボンの言葉を聞くと、ミホは思い出したようにドアノブから手を放した。しかし、そんな彼女の前で、扉からはガチャガチャと音が聞こえてくる……そして次の瞬間、扉は突然開かれた。
「ライアン!」
扉の向こうに立っていたそれを見ると、ハクダはすかさず駆け寄った。そこにいたのはライアンだったのだ。
「ミホ……博士……大丈夫デスカ?」
「おい貴様、なぜこの皇帝の心配をしない?」
「黙レ、クサレ外道。」
どうやら、互いに大事は無いらしい……ミホ達はほっと胸を撫で下ろした。
「それにしても、どうやって逃げ出してきたの?」
ミホはライアンに聞いた。すると、ライアンは何も言わず、黙って頭を回転させると廊下に立っている男を見た。ミホもその視線を追いかけると、そこにはプラチナ色の姿があった。
「TMさん! どうしてここが分かったんですか?」
ミホが聞くと、TMは腕についた装置を操作して、目の前に立体映像を映し出した。どうやら、この建物の見取り図らしいそれには、見ると、中をうねうねと一本の黄色い線が駆け巡っていた。
「そこのクサレ外道に発信機を付けておいた……これは発信機から送られてきた行動履歴だ。こいつを見てここまで来たと言う訳だ。」
「あ、陛下の背中に何か付いてます。」
「何だと! 貴様、いつの間に……」
ブルボンは上着を脱いで、その背を払った。しかし、TMはそれを尻目に工場の方に目をやる。
「兵器の密造……これがアイネス・システムの秘密か……見逃す訳にはいかんな。」
…………
「何? 逃げられただと?」
フウマはそれを聞くと、報告にやって来た研究員の頭を灰皿で思い切り殴りつけた。悶絶しながら研究員が言うには、銀河治安維持機構の調査官がやって来て連れていってしまったのだと言う。
「ちっ、ギンチキめ、もうこの場所を嗅ぎつけたのか……それで、奴らは今どこにいる?」
「ここだ!」
研究員とは違う声で返答があった。驚いてフウマが振り返ると、そこにはTMとミホ達が立っていた。
「フウマ・ジン! お前の行為は『略取監禁の罪』及び『兵器製造法違反の罪』に該当する。」
「それと、ライアン君とハクダさんを酷い目に遭わせた罪です!」
「そして、この皇帝を愚弄した罪だ。」
「オ前ノハ自業自得ダ、ウジムシ野郎。」
フウマは完全に包囲されようとしていた。全員で逃がさないように、じわりじわりと近付いていく。その勝ち誇ったような態度はフウマをこの上なく苛立たせた。
「コケにしやがって……」
怒りの形相を浮かべながら、フウマはすぐ側にいた研究員に目配せした。研究員はキョトンとしていたが、しかし、フウマが顔面を一発殴ると、フウマの言わんとしたことが分かったらしく、壁にあるレバーを引いた。すると、突然壁の一部が開き、そこに隠し通路が現れた。
「思い知らせてやる!」
そう言い残して、フウマと研究員は通路に消え、そしてその入り口も閉ざされてしまった。
「くそ! 逃がすか!」
TMはすぐさま、通路を再び開こうとレバーを引いたが、しかし、反応が無い。ロックされてしまったらしい……仕方なく、壁を破壊しようとTMは拳を突き出してビーム攻撃の体勢を取る。しかし、それを発射しようとした時だった……
『そんなことをしなくても、私ならここだよ!』
突然、施設内のスピーカーからフウマの大声が聞こえてきた。そのあまりの大音響にミホ達は思わず耳を覆った。しかし、それと同時にさらなる轟音が響き渡り、目の前の壁全体が大きく開くと、中から巨大な二足歩行ロボットが出てきた。ミサイルやらバルカンが搭載されている、見るからに物騒なロボットだ。中にはフウマと研究員が乗り込み、操縦しているらしい……
「馬鹿な……こんなもので私の捜査を阻めると思っているのか?」
TMはそう言うと、壁に向けていた拳をロボットに向け、そしてビームの出力を最大に上げて発射した。黄金色の輝きがその場を明るく照らし、TMの放ったビームはロボットに命中すると爆音を上げた。
「何……!?」
しかし、ロボットは無傷だった。
「馬鹿め! そんなものでこの『スーパージェノサイダー』を倒せるものか! フフン、今度はこっちの番だ……嬲り殺しにしてやる!」
その言葉と同時に、スーパージェノサイダーの脚が動き出した。一歩踏み出す毎に響くズシンという音が、その力強さと重量感を感じさせる。恐れおののいて、ブルボンは悪寒にブルッと震えると瞬時に踝を返して走り出した。
「それじゃあ貴様ら、後は任せたぞ!」
「あぁ! ずるいですよ陛下、一人だけ!」
「あのクズには構うな! 来るぞ!」
気がつくと、もうスーパージェノサイダーの足は目の前まで迫っていた。慌てて避けるミホ達……しかし、安心したのも束の間、すぐにバルカン砲の銃口がミホの方を向いた。
「危ない!」
凄まじい音を立てて放たれる銃弾。それを見て、TMはミホの前に飛び込んだ。凄まじい破壊力に、プラチナ色のアーマーは大きくへこみ、その体は後にいたミホを巻き込んで吹き飛んでしまった。
「TMさん!」
TMは気を失っていた。それでも、バルカンは容赦なく二人を狙っている。ミホは急いで、TMの体を引きずると物陰に隠れた。
「困ったな、何か武器があれば良いんだけど……」
このままではやられてしまう……そう考えたミホだったが、しかしその時、横に大きな筒状の物があることに気付いた。いわゆるバズーカと呼ばれるそれだった。
「博士ガ、ソレヲ使エッテ。」
見ると、ライアンがそこにいた。離れたところで、ハクダが武器を漁っているのも見える……ミホは恐かったが、しかし意を決してバズーカを手に取った。
「食らえ!」
レバーを引くと、物凄い煙を噴き上げてロケットが発射された。そしてそれは、スーパージェノサイダーの右脚に当たり、炎と煙をあげて炸裂した。
「フン、その程度の武器でこのスーパージェノサイダーを……」
倒せるものか……そう言おうとしたが、次の瞬間フウマはすごい衝撃に襲われた。スーパージェノサイダーが転倒したのだ。
「どうした、何事だ!?」
驚いて、隣で副操縦士を務めていた研究員に聞く。研究員は目の前のモニターを覗きこんでいた。
「右脚部、損傷しました。もう、歩行は不可能です。」
「何!? あんなロケット弾一発でか!?」
フウマが聞くと、研究員は頭を掻きながら渋い顔をした。
「すみません……実はこのスーパージェノサイダー、急いで適当に造ったもんで、まだ点検もしてないんです……」
「馬鹿な! 開発期限はたっぷり設けてやったはずだぞ? それにお前順調だって報告してたじゃないか!」
「すみません、あれウソです……ネットゲームにはまっちゃって、気が付いたらもう期限前で……」
「…………」
動けなくなったスーパージェノサイダーの中で、フウマが研究員を殴りつける鈍い音だけが響いた……
続く
ってことで、アイネス・システム編はこれで終わりです。
え? この後どうなったか?
……しらね。
それはそれとして……
この間お花見に行ってきました。
一人で……
いや、一人で桜見るのもなかなか良いですよ。
近くのお茶屋さんで団子買って、桜の下に陣取ってそれを食べるんです。
それがまた美味いこと……
え? 花より団子?
そんなことわざしらね。