14.博士とロボ
その日、フウマ・ジンは深夜になっても帰宅せず、ずっと社長室にいた。MGR−87の居場所を突き止めたのは三日前……少女と外国人の男が住む家に、居候していることが分かった。だから、フウマは今日、ずっと社長室で待っているのだ。その家に向わせた部下達が、MGR−87を連れて戻ってくるのを……
「社長、失礼します……」
その時、静かだった社長室に、ノックの音と同時に声が響いた。黒尽くめの、ガタイの良い男が入ってくる。フウマはその男をジロリと見て、男の口から出てくる言葉を待った。
「MGR−87の回収ですが……失敗しました。」
男が申し分けなさそうに報告する……すると、フウマは静かに、デスクに置いてあった木彫りの置物を手に取ると、それを男に投げつけた。置物は見事に、男の額を直撃する。
「お前は、何のためにそんな図体をしているんだ? おい?」
「申し訳ありません……」
痛むおでこを押さえながら弁解しようとする男を、フウマは冷たい目で見下ろした。
「ですが、たまたまターゲットの家に銀河治安維持機構の調査員がいて……」
「銀河治安維持機構か……また、面倒な者が……」
チッと舌打ちの音が響いた。計画のことが漏れなければ良いが……フウマはそれが心配だった。
「正体はバレていないんだろうな?」
「もちろんです! 素性を示す物は携帯していませんでしたし、部下が一人捕まったようですが、事前に『何もしゃべっちゃダメだよ』と言っておきましたから……」
「お前は、楽観的で良いな……」
フウマは床に落ちていた置物を広い上げると、今度はそれで、思い切り男の顔面を殴りつけた。
「まあ良い、MGR−87さえ手に入れば、銀河治安維持機構などどうにでもなる……」
床に転がって悶える男に、もう一撃蹴りを入れると、フウマは今後の対策に頭をめぐらせ始めた。
その翌朝、襲撃の傷跡が残るリビングで、ミホ達はライアンを囲んでいた。昨夜襲ってきた連中は、ライアンを狙っていた。それに、ライアンのことを、『MGR−87』と呼んでいた。ミホ達の知らない、ライアンの名前……だから、ミホ達はライアンに聞かなくてはならなかったのだ。アイネス・システムとの関係を……
「私ハ……」
ミホ達の視線が注ぐ中、ライアンは静かに、言葉を発し始めた。
「私ヲ造ッタ人ハ、『ハクダ・イッセイ』ト言ウ名前デ、アイネス・システムノ開発部長デシタ……」
ライアンは、そのメモリーに蓄えられた記憶を掘り起こし始めた。ミホ達は黙って、その話を聞いていた。
「元々、私ハアイネス・システムガ開発スルMGRシリーズノ中ノ、ホンノ試作機ニ過ギマセンデシタ。デモ、アル時、ハクダ博士ガヤッテ来テ、私ニ改造ヲ施シマシタ。」
「改造?」
ミホが聞くと、ライアンは首を動かして、そちらを見た。
「人口知能プログラムノ搭載デス。」
ライアンは話を続けた……
それは、会社の事業とは関係無しに、ハクダ自身が個人として開発したものだった。何の感情も有しないロボットに、それを付与し、人間と同じように考えることが可能になるプログラム……それを組み込まれることによって、ただの試作ロボットMGR−87は、知能と感情を持ったロボット、ライアンになることができたのである。
「ハクダ博士ハ、私ニ名前ヲ与エテクダサリ、ソシテ、色々ナコトヲ教エテクレマシタ。」
しかし、そんなある日……いつものように家事をこなすライアンの元に、慌てた様子のハクダがやって来た。ライアンが何かと思って見ていると、ハクダは突然、自身が使っていたコンピュータを壊し始め、そして、棚に整理されていた資料を引きずり出すと、一つ残らず、全て燃やしてしまった。彼の研究が、人工知能が、社長であるフウマ・ジンの目に止まってしまったのである。普通なら、名誉なことだが……
「ハクダ博士ハ言イマシタ。社長ハ、人工知能プログラムヲ悪用シヨウトシテイル、ト……」
そして、全ての処分が終わると、ハクダはライアンの方を振り返って言った……
『良いか、ライアン? 俺ぁここを出て身を隠す。だけど、直に捕まるだろうなぁ……組織からぁ……社長からぁ逃げられん。だから、お前とはもう一緒にいられん。分かるな? 幸い、社長ぁまだ、お前にプログラムが搭載されていることを知らん。お前も逃げるんだ、ライアン。社長にプログラムを渡さないために……もう、ここへ戻ってきちゃあダメだ! お前なら、一人でもやっていけるさ……』
ライアンの話は終わった……フーと溜息をついて、ミホとTMは顔を見合わせた。どうやら、今回の黒幕はフウマと言うことで間違いないらしい……しかし、そんな二人の横で、ブルボンは別のことを考えていた。
「ハクダ・イッセイ……どこかで聞いた名前だと思ったが……」
「え? あぁ、そう言えば……」
ブルボンの言葉を聞くと、ミホも一緒に考え出した。誰だったか? 少なくとも、ブルボンと出会って以降に会った人物と言うことになる……ミホは、一人一人、顔を思い浮かべていった。メイド喫茶のメジロ、シライシ……画家のクリフジ……TMにドトウ……キャロル社の社長、ウカイと、探偵のヒサエ……幽霊少年とホラー作家のタニノチ……サドラーズ・ウェルズのオーナー、エルコ、ウンドル……ルドルフ……ルドルフ……ルドルフ……
「はぁ……ルドルフさん……」
「真面目に考えろ、このアホ!」
顔を紅くしたミホの頭を小突くと、ブルボンは再び記憶をたどり始めた……しかし、ミホの言葉は良いヒントになった。『ルドルフ』、『ハクダ』、どちらも胸糞悪い響きである。それはすなわち、ブルボンに害を為した人物と言うことになる。そこでブルボンは、頭の中の『ムカツク奴データベース』を引き出した……徐々に思い出される、田舎道でのこと……
「思い出したぞ! あの女探偵に頼まれて探した男だ!」
「あぁ! バトルロボの人!」
ミホも思い出した。モジャモジャ頭に無精ひげの小汚い男を……しかし、彼がライアンの開発者だったことは良いとして、彼は今どうしているだろう? ミホはあの日のことを思い出した。ハクダは、ダイナマイト・農夫・パイルドライバーを食らい、病院で首を診てもらい、ヒサエに引き渡され……
「その後、どうしたんでしょう?」
「さあな、あの女探偵に聞かんと分からん。」
嫌な予感がする……ミホは居ても立ってもいられず、アマゾノ探偵事務所に電話をかけた。数回のコールの後、ヒサエの声が聞こえてくる。「金を払え」と言ってくるヒサエの言葉を遮り、ミホは気になっていること、ハクダを探させた依頼主のことを聞いた。
「あのねぇ、探偵には守秘義務ってのがあるんだよ?」
「分かってます、でも大事なことなんです。」
「困ったねぇ……」
受話器からは「フー」と言う音が聞こえてきた。どうせ、またタバコを吸っているのだろう……
「じゃあ、これだけ教えてください。依頼主は、『アイネス・システム』じゃなかったですか?」
それは、想定される中で一番最悪のシナリオだった。ミホがその質問をぶつけると、ヒサエは黙って、そのまましばらく沈黙を守った。しかし数秒後、彼女は溜息をつくと一言だけ口にした。
「『ノー』とは、言わない……」
ヒサエが受話器を置いたのか、そこで通話は終了した。彼女の言葉……それは、はっきり『イエス』と言った訳ではないが、しかしそれは、限りなく『イエス』に近い言葉であるように感じられた。どうも、「ハクダはフウマの手の中に捕らえられている」と考えた方が良いらしい……
「ミホ……」
気がつくと、隣にはライアンがいた。
「博士ヲ助ケテ……」
ライアンはレンズの入った目でミホを見ながら、どこか哀しげな口調で言った。ハクダの開発した人工知能プログラムは、電話の内容を直接聞いた訳ではないが、しかし、ミホの表情からことの状況を把握したらしい。
「事情は大体分かった。『略取の罪』に該当するし、余罪もありそうだ。私はさっそく、アイネス・システムに調査に行くことにする。お前ら、もう悪いことはするなよ。」
そんな様子を見ると、TMはそう言って、玄関に向って歩きだした。しかし、ミホはその背中を見ずに、ただ、ライアンの眼だけを見ていた。ガラス製のレンズ……それは一定して鈍い光を反射しているが、しかし、その無機的な眼差しに含まれる、ライアンの感情を読み取ろうと……
「待ってください。」
今まさに、玄関をくぐろうとしていたTMの背中に向って、ミホは突然声をかけた。
「何だ?」
TMが振り返ると、既にそこではミホが靴を履いていた。そして、すくっと立ち上がると、ミホは力のこもった視線をTMに投げかけた。
「私達も行きます……知らなかったとは言え、ハクダさんのことは私達にも責任がありますから……」
ミホが言う。その瞳の輝きを確認すると、TMは何も言わず、ただ黙って歩き始めた。アイネス・システム、悪が巣くう城に向って……
「おい、まさかとは思うが、『私達』の中に、この皇帝も含まれてはいまいな?」
「良イカラ、一緒ニ来イ。コノ、ロクデナシ。」
続く
14話でした。
いろんな伏線も回収したところで
物語はいよいよクライマックスへ……
ってことで次回に続きます。
話は変わりますが、私はこの間、実家に帰っておりました。
で、久々に人に家事をやってもらえるのでダラダラ過ごしていたのですが
コタツでゴロゴロしていた時、私の目の前に気になるものが……
おっとりは めのまえを しらべた……
『みなれぬ まんがざっし』を てにいれた
ってことで『見慣れぬ漫画雑誌』を開きました。
それは妹が通う漫画専門学校の卒業制作でした。
ってことで、さっそく妹の作品を読んだわけですが……
う〜ん……前より漫画っぽくなってる^^;
絵もまだあまりうまくないですが……
何ていうか……
すごく……漫画です……
妹は将来漫画家になるんでしょうか?
できたらミホを漫画化して欲しいな^^;
そんなことを思いました。