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12.ライアンは紅く染まる

 テーブルには茶菓子が並べられ、ティーカップからは紅茶の良い香りが漂ってくる。それをはさんで、ミホともう一人の女性は向かい合って座った。女性の名前はシイ・レイカ。亡くなったミホの母親とは古い付き合いである。「お母さんとの思い出の品が見つかった」という彼女からの連絡を受け、ミホは今日、久々にシイ家の敷居をまたいだ。まだミホが小さかった頃、彼女の母親が生きていたころ以来。すっかり成長したミホを、レイカは暖かく迎えてくれた。

「本当に大きくなって……お母さんの若い頃にそっくりよ。」

 アルバムの写真を指差しながら、レイカは言った。

「本当に懐かしいわ。もう、色んなものが変わってしまって……時の流れは残酷ね。」

「でも、おばさんの笑顔は昔も今も変わりませんね……」

 ミホの記憶の中のレイカも、写真の中のレイカも、等しく『ニコニコ』である。そして、アルバムに落ちていた視線を上げると、また同じ『ニコニコ』がある。

「笑顔って素敵じゃない。今までで泣いたのは、あなたのお母さんが亡くなった時だけよ。」

 イタズラっぽく笑って言うと、彼女は紅茶をおかわりしようと、紅茶ポットに手を伸ばした。しかし、紅茶は入っていない……「あらあら」と呟くと、レイカは後ろを振り返った。部屋の隅で、一人の少年が携帯ゲーム機をいじっている。レイカの息子のハルトだ。

「ハルト、紅茶のおかわり淹れてきて。」

「自分でやってよ……」

 ハルトは眉一つ動かさずに、小さな声でそう言った。その言葉を聞くと、レイカは溜息をつく。

「もう……無愛想で嫌になっちゃうわ。」

 仕方ない、自分で淹れよう……台所に行く為、レイカは席を立とうとした。しかしその時、突然横から金属製のアームが伸びてくると、彼女の手から紅茶ポットを取り上げた。

「私ガ淹レテキマショウ。ドウゾ、楽ニシテイテクダサイ。」

 ライアンはそう言って、台所に向かう。その白い背中を見送ると、レイカは目を輝かせて感心した。

「まあ、ミホちゃんの弟さんはお利口さんねぇ。」

「いえ、あの、弟じゃないです……」

「ハルトも見習いなさい。」

 レイカは再び後ろを振り返って言った。しかし、ハルトはそれでも無表情のまま……

「……うん。」

「何が『うん』なのよ……」

 レイカの溜息が漏れた……ちょうどその時、リビングにブルボンがやって来た。

「まったく、退屈な家だな。」

 どうやら、することが無いので家の中を探索していたらしい。「大人しくしていてください」と、ミホは叱り付けるように言った。しかし、ブルボンはそれを軽く聞き流すと、部屋の中を見回した。「何か面白いものはないだろうか?」と……すると、部屋の隅にそれを見つけた。無表情のハルト、その手に握られているゲーム機……

「面白そうなものをやっているな。どれ、この私に貸してみろ。」

「えぇ〜……」

 その時、ハルトの表情が初めて変わった。と言っても、物凄く嫌そうな顔……それをブルボンに向ける。しかし、その横で、レイカはニコニコ笑いながら口を開いた。

「良いじゃない。お兄さんに遊んでもらいなさいよ。」

 自分は今、一人で静かにゲームがしたいのに……ハルトはそう思ったが、しかし、ブルボンが「ゲームを寄こせ」だの「私と遊べ」だの言ってくるので、集中できない。仕方なくハルトはブルボンの相手をすることにした。


 一時間後、二人はハルトの部屋にいた。テレビゲームで遊んでいたのである。画面では二人のキャラクターが激しく動き回り、パンチやキックを当て合っている。そのうち、片方のキャラクターの繰り出した必殺技が、もう片方のキャラクターを捉えた。

「くそ! 格闘ゲームは、この私の得意分野だと言うのに……」

「ハハハ、おじさん弱すぎだよ。」

 戦況は一方的だった。今のところ、ハルトの全勝である。

「馬鹿な……マグニテの臣下どもとの対戦では、一度も負けたことのないこの私が……」

「おじさんは技を出すタイミングが悪いんだよ。いくら必殺技でも、当たらなければ意味がないよ。ほら、こうやって……ね? 技と技の流れの中で出さないと。」

 ハルトは、先ほどとは別人のように饒舌じょうぜつになっていた。彼は、元々人見知りの激しい人間で、クラスでの友達も少ない……しかし、彼は別に人付き合いは嫌いではなかった。ただ、少し警戒心が強いだけで、それが解けてしまえば何のこともない。むしろ、一度仲良くなれば、彼はどこまでもフレンドリーになる。そして、こうしてゲームをしているうちに、彼の中で、ブルボンの存在は『知らないおじさん』から『友達』に変わっていた。彼は、突然ゲームの電源を切ると立ち上がった。

「ゲームはやめにして、外に行こうよ。面白い所に連れて行ってあげる。」

 ハルトはそう言うと、ブルボンの手を引いて家を出た。そして、商店街を通り抜け、街の外れまでやって来た。そこには、今は使われていない廃ビルがあった。『立ち入り禁止』という看板を無視して、二人はその中に入る。窓ガラスは割れていて、多少荒れてはいるが、しかし、前にここを使っていたであろう会社の備品などはそのままになっていた。

「ここはね、僕達の秘密基地なんだ。僕らの仲間しか入っちゃダメなんだけど、おじさんは特別だよ。」

 両腕を広げながら、ハルトは言った。ブルボンは室内を見回す。まだ使えそうだ……ブルボン帝国の基地とするのも悪くないかもしれない……そんなことを考えながら……

「おっと……」

 しかし、その思考は、突如鳴ったグーという胃袋の声によって中断させられた。チッと舌打ちをして、ブルボンは自分のお腹をにらみつける。

「ミホ達が食っていた茶菓子を、少し頂いておくんだった……」

 頭に思い浮かぶクッキーとチョコレート……すると、また胃袋が大きな声を上げる。それを聞くと、ハルトはクスクスと笑った。

「ちょっと待ってて。」

 ハルトはそう言って、近くに置いてあった戸棚を開ける。かつては、書類などが置かれていたであろうそこには、しかし、今はやかんとカップ麺が入っていた。

「今、お湯を沸かすからね……」

「しかし、もうガスも水道も通ってないんじゃないか?」

「水道なら近くの公園のを使えば良いよ。火も大丈夫。」

 ハルトはブルボンの前に、紙くずがたくさん入った缶箱を持ってきた。焚き火を起こして、それでもってお湯を沸かそうと言うのだ……


 日も傾き始めていた。それでも、ミホとレイカは相変わらず談笑を続けていた。いつもなら、ミホもレイカも夕飯の支度を始めなくてはならない時間。しかし、今日は違う。台所にはライアンが立っている。彼が、みんなの分の夕飯を用意しているのだ。おかげで、ミホとレイカはゆっくり話をすることができた。

「本当に良くできた弟さんね……」

「いや、だから、弟じゃないです……」

 しかし、そんな会話をしていた時、ピンポーンとチャイムが鳴り響いた。誰だろうか? そう考えている間も、ピンポンピンポンと、まるでクイズ番組で誰かが正解したかのように、チャイムは忙しく鳴らされた。扉の向こうで待っている人物は、相当急いでいるらしい……レイカは「はいはい」と言いつつ、玄関に向かった。

「あら、どうしたの?」

 レイカが扉を開けると、そこには三人の少年がいた。三人とも、ハルトの数少ない友達である。レイカがいつもの笑顔で尋ねると、三人はお互い押し合いへし合い、ことの事情をレイカに伝えようと一斉に口を開いた。わーわーと色んな単語が混ざり合って、言っていることが良く分からない。しかし、それでも何とか伝わったこと……


 子供達が秘密基地に使っている廃ビルが火事になっている。

 ビルの中には、ハルトと外国人の男が取り残されている。


 レイカ達は慌てて廃ビルに向かった。

 そこに到着すると、五階建てのビルの三階までが炎に包まれていた。と、そう思った瞬間、四階の窓からも炎が噴き出した。炎はどんどん広がっているのだ。

「助けてー!」

 見ると、五階の窓に人影がある。ブルボンとハルトだった。二人は、真っ赤な海に浮かぶ孤島に取り残されてしまったのだ。助けに行きたいが、炎が強すぎてどうすることもできない。消防が到着するのを待つしかない……しかし、サイレンの音はまだ聞こえなかった。実は、この日は空気が乾燥していた上に風も強く、他の場所でも火災が発生していて、消防の手が回らない状態になっていたのだ。

「人が取り残されているんです! とにかく早く来てください!」

 ミホは携帯電話に向かって、怒鳴るように言った。

「ミホ、早く何とかするんだ! 火がもうそこまで来ている!」

 ブルボンが叫んだ。このままでは消防が到着する前に二人が焼け死んでしまう……しかし、どうしたものか……

「ミホちゃん!」

 その時、レイカの呼ぶ声がした。そちらを見ると、消火器を二本持ったライアンが、ビルの中に入っていくところだった。

「大変! 弟さんが!」

「弟じゃないですって……でも、そうか! ライアン君はロボットだから……」

 炎が燃え盛るビルの中で、ライアンはフルパワーで最上階を目指した。タイヤが付いた四つの足を巧みに上下させて、階段を登っていく。炎によって回路がダメージを受けたら、そこでライアンは動けなくなるだろう……しかし、ライアンは恐れずに、炎の中を突き進んだ。一段、また一段と階段を登っていく……すると、ライアンの周りは突然紅みを失った。最上階に到着したのだ。

「おぉ、ガラクタ!」

 見ると、ブルボンとハルトは無事だった。ライアンは、とりあえず二人の所まで駆け寄った。

「ガス、上カラ溜マル。下ノ方、空気新鮮。シャガンデイレバ安全。」

 ライアンは二人をしゃがませると、炎が燃えている階段の所まで行った。そして、消火器の噴射口を炎に向けて、アームの先でレバーを握る。すると、ピンクの煙が立ち込め、同時に炎が消えた。

「でかしたぞ! そのまま炎を消すんだ!」

 ブルボンが叫ぶ。しかし、ライアンの思考回路は考えた。自分の持ってきた消火器二本では、このビルの火災はおろか、下のワンフロアーの炎すら消しきることはできない、と……それに、遅れているとはいえ、消防がこの火災を長時間放置するとは考えづらい。ライアンは、残りの消火器を使って、火の侵攻を防ぎ、消防が到着するまで時間をかせぐことにした。五階の入り口にデンと構えて、炎が来るたびにそれをなぎ払う。深追いはしない……

 数分後、やって来た消防のはしご車によって、ブルボンとハルト、そしてライアンは救出された。火災も、あっという間に消されてしまった。それは、二人の命を危険にさらした割には、呆気ない最後だった……


 翌日、夕方のニュースにライアンの姿が映された。画面には「おてがらロボットのライアン君に消防署長が感謝状」と、テロップが出ている。そのニュースを多くの人々は何気なく見ていたが、しかし、アイネス・システムの社長、フウマ・ジンは違った。


「あれは、MGR−87……そうか、そういうことか……」



続く




ってことで、次回に続いたり……


いやいや、もう三月です。

暖かくなるかな〜?

なんて思っていたら、早速雪が降りました。


ふざけんな!


最近洗濯物が溜まっているので、部屋干しだけじゃきついです。

こうなったら、奴を使うしかないのか?

いや、しかし……

ダメだ! 奴は危険すぎる!

コインランドリー……奴だけは……

奴は、フワフワの洗濯物を提供する代わりに、こちらの財布から金を奪っていくとんでもない奴だ。

しかし、このままではうちの洗濯物が……

艦長! ご決断を!


ってことで、小芝居でした。

次回をお楽しみに……

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