1.ふたりぼっちの新国家
あなたがいる世界とは違う世界・・・・・・
遠い遠い、どこか別の世界の物語です。
長方形の白い布の上を、墨汁をたっぷりと含んだ筆がシュルシュルと滑っていく。力強い筆さばきで最後の一画が書き上げられると、ミホはそれを読んだ。
『ようこそブルボン帝国へ!』
達筆な字で、そう書かれている。「なかなかの出来だ」と、書いた男は、額の汗をぬぐいながら満足げに笑った。
「よし、この横断幕を表に張ってこい。」
「えぇ〜、嫌ですよ……恥ずかしいじゃないですか、そんなの。」
「黙れ! これは立派な観光事業なんだ!」
「『観光事業』って言われても……こんな所、誰も観光になんか来ないですって。」
来るはずがない。なぜなら、そこは国でもなければ、ましてや町や村ですらない、ただの一軒家なのだから。そこにいるのは、ミホと男の二人だけ。森の小さな一軒家なのだから……
ミホは一人暮らしだった。元々この家には、彼女と彼女の両親の三人が住んでいたのだが、彼女が三才の時に母親が病気で他界し、そして十歳になった時に、父親も突然蒸発してしまった。だからそれから五年間、彼女はずっと一人だった。そう、その男と出会うまでは……
それは、先日のことだった。いつものように、ミホは街での買い物を終えて、自分の家に向って歩いていた。いつもは彼女以外、この道を使う者はほとんどいない。ひとりぼっちの帰り道……それが常だが、その日は違った。
「え……?」
ミホは立ち止まった。道端に男がいたからだ。別にいたからと言って、どうと言うこともないが、その男が道に横たわっていたとしたら話は別だ。ミホはすぐに男に駆け寄り、声をかけてみた。
「もしもし? 大丈夫ですか?」
「うぅ……」
死んではいないようだ……ミホはホッと胸を撫で下ろした。しかし、そうは言っても、男はかなりやつれている。着ている服もボロボロ。ただ事でないことは確かだった。
「一体どうしたんですか?」
「あぅ……何か、食べる物を……」
そう言って、男はぐったりとしてしまった。「これは大変だ!」と、どうも行き倒れらしいその男を肩に背負うと、ミホは家路を急いだ。
家に到着すると、ミホは男をベッドに寝かせ、買い物袋を持って台所に向った。「スープでも作ってやろう」と、そう思ってミホは野菜やらコンソメやらを取り出して料理を始めた。
「それにしても……」
包丁を動かしながらミホは考えた。あの男は何者だろうか? 緊急事態だったのであまり深く考えないで連れてきてしまったが、見れば風変わりな格好をした男である。ボロボロになってはいたが、立派な刺繍の入ったズボンとシルクのシャツ、そして威厳漂う赤いマント。装いからすると、西方の国の人間だ……ミホはテレビで見た旅番組を思い出しながらそう考えた。異国から遥々やって来て、行き倒れとは可哀想に……男に同情すると、ミホはなるべく手早くスープを完成させた。
「さあ、スープができましたよ。これを食べて元気を出してください。」
「遅いではないか!……じゃなかった。うあぁ……ありがとう……」
ん……?
と、ミホは何か引っかかりを覚えた。一瞬、すごく元気そうな男が見えた気がしたのだが……しかし、目の前の男は震える手でスプーンを握っている。気のせい……だろう。と、ミホはそう思うことにした。
「ありがとう、美味しかったよ……」
「いえいえ、どういたしまして。それにしても、どうして、こんなになるまで食べなかったんですか?」
「えぇ、実は私は国を追われた身でして……ほら! この顔、新聞とかで見たことない?」
「あぁ、言われてみれば……」
男は自分のことを話し始めた。
男の名はシャレー・ブルボン五世。西方の国「マグニテ帝国」の第十五代皇帝である。いや、正しくは「つい、この間までその地位にあった男」と、言った方が良いだろう。数日前、マグニテ帝国で大規模なクーデターが起こり、彼は帝位を剥奪されてしまったのである。その後、彼は逮捕され、後は処刑を待つ身だったのだが……
「しかし、間一髪逃げ出すことに成功し、追っ手から逃れるために、遠く離れたこの国まで逃げてきたのです。」
「それは大変でしたね……」
そう言えば、『どこぞの国でクーデターが起きた』という、新聞記事を読んだ気がする……ミホが記憶を整理し始めた時だった。何を思ったかブルボンは、突然ミホに向って土下座をした。
「すみません! 助けてもらっておいて、こんなお願いするのもなんですが、行く当てもないんです! どうか、ここに置いてもらえないでしょうか?」
ミホは目を丸くした。目の前では、ブルボンが額を床にこすりつけている。この間まで皇帝だった人間がここまで……よほど困っているのだろうと、ミホはますます男に同情し、そして、しばらく考え込むと口を開いた。
「分かりました。こんな小っちゃい家で良ければ、いつまで居ても良いですよ。」
ミホは笑顔で承諾した。そのことがよほど嬉しかったのか、男の顔はどんどん晴れやかなものになっていく。しかし、実際、一番喜んでいたのはミホだった。母親が逝き、父親もいなくなってしまったこの家に、人が来てくれるのなら、きっとこの寂しい生活にもピリオドが打てるだろうと、そう思ったからだ。
「ヤッフー! ヤッフー!」
ブルボンは子供の様に飛び跳ねている。にぎやかな同居人が出来て本当に嬉しい……しかし、ミホがそう思えたのはそこまでだった。
「それじゃあ、この家はもう私の物だな。」
「はぁ?」
突然のことだった。ブルボンは椅子の上にドッカリ腰掛けると、ふんぞり返りながらそう言った。先程までとはまったく態度が違う。ミホは訳が分からなくなってしまったが、とりあえず一つ一つ確認していくことにした。
「え? あの、ここは私の家なんですけど……」
「ん、何を言ってるんだ? 貴様はさっき、『ここに居て良い』と言ったではないか。」
「えぇ、言いましたよ。言いましたけど……えぇ?」
「何だ? いちいち説明が必要なのか? まったく、面倒臭い小娘だ……」
そう言って、ブルボンは椅子から立ち上がると、ミホの前で説明を始めた。
「これから、この家には私と貴様の二人が住む……そうだな?」
「はい。」
「私はこの間まで、マグニテの皇帝だった……一方、貴様は一般市民の小娘……そうだな?」
「う〜ん……はい。」
「皇帝は一般市民より偉い! そうだな?」
「まぁ……そうですね。」
「そこまで分かっているなら話は早い。一つの家に『偉い者』と『偉くない者』がいる……そうしたら普通、家は『偉い者』の所有物だろう! つまり、ここは私が再起するための新たなる領地! 皇帝である私と、臣民である貴様による新国家、『ブルボン帝国』なのだ! 分かったら、馬鹿面してないで風呂の用意をしろ! ここ何日も湯浴みをしていないのだ。あと、着替えを用意しておけ。服がボロボロなのが見て分からんのか?」
無茶苦茶にも程がある……ミホは言葉が見つからなかった。さっきまで床に額をすりつけていたあの男は、一体どこへ行ってしまったのか? そこまで考えてようやく、ミホはさっきの『行き倒れ』も、何もかもがブルボンの演技であったことに気が付いた。
どうしよう? 追い出そうか……? 一瞬そう考えたミホだったが……
「おい! 早くしろ、この、ノロマ! それでもブルボン帝国の臣民か?」
「はいはい……やりますよ。やれば良いんでしょう。」
どうせこの男を追い出しても、『ひとりぼっち』が待っているだけ。それならば、この無茶苦茶な皇帝陛下の臣民になってみるのも、悪くないかもしれない……ミホはそう思い直し、風呂を沸かしに向った。
「良く考えたら、どうせ嫌になっても、警察とか呼んで追い出せば済む話だし……」
そんなこんなで、非公式ながら『ブルボン帝国』の歴史は始まった。それは同時に、クーデターを起されるのも頷けるほどの、暴君の圧政の始まりであったが、ミホは当分、この皇帝を失権させることは無いだろう。少なくとも、圧政を受け入れることによって、寂しさが紛らわされ得る限りは……
「早く横断幕張ってこい。」
「やだ。」
続く
ってことで第1話でした。
一話完結でちょいちょい連載して行きます。
この物語は私のFF小説フリーザ様と灰原さんを元に書きました。
いや・・・・・だって・・・・・・
FF小説なのに、たまにほとんどオリキャラ、オリジナル舞台ってことが多々ありまして。
これオリジナルで出来るんじゃないかなぁ・・・・・・と。
ってことで似たような話になると思います。
ストーリーは新しく考えますけどね。
違いと言えば句読点を使ってることだけですね。
実際句読点を使ったほうが楽なんですけどね^^;
あと世界感ですが・・・・・・
基本現代風な世界です。
でもたまに未来科学とか魔法とか出てくるかもしれません・・・・・・
つまり、別の世界のお話です^^;