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キミとボクと

作者: 紅龍 亨

天使の扱いは天敵扱いですので、気をつけてください。宗教的な要素もないです。

ただただ、少年と少女の物語。


「天使って知ってる?」

その問いに少女はかくんと首をかしげる。

長い茶色の髪が動きにあわせて動いた。

「天使?」

不思議そうに聞き返してきた。

病的に色白な少女だ。

百六十ほどは背丈はあるだろうが、おそらく体重は三十キロほどだろう。

細すぎる手足は触れれば折れそうだ。

病人とはいえ、女の子らしく薄い化粧をして髪は綺麗にすかれている。

青い大きな瞳が興味深そうに、目前の少年を見ている。

「うん、天使」

小脇に抱えた絵本をベッドの上にひろげる。

随分と古い本で、表紙は擦りきれていて文字もわからない。

「星を運ぶ天使っていってね。死んだ人の魂をね、お空の星にする天使のお話なの」

ニコニコと絵本の天使を示す。

まだ幼いといえそうな少年は、頭に縛ったバンダナをいじる。

大きな茶色い瞳はキラキラと輝いている。

「死んだ人の魂を星に…」

天を仰ぐが、そこにあるのは白い天井。

「うん。星になると、もう苦しくなくて、大切な人を見守れるんだって」

ニコニコと笑顔で言う少年を、少女は優しくなぜる。

「そうね。君は、この天使が好きなの?」

白い翼を広げ、羽根を降らして死者を回収する天使を示す。

「うん。僕も星になったら、お父さんとお母さんにお姉さんも見守るね」

にっこりと笑いかける少年に少女は優しく笑いかける。

「ありがとう。でも、君は手術したらお星様にはならないでしょう」

「うん。病気が治ったら、学校に行けるの」

嬉しそうに言う少年に、少女もにこやかに絵本に

目を向ける。

「それにしても古い絵本ね」

「前に居たお兄ちゃんから貰ったの。今はお星様になって妹さんを見守ってると思う。お兄ちゃんは別のお兄ちゃんから貰ったって」

「…そ、そう」

明るく言うために、少女の方が答えに戸惑う。

「お星様に見守られる人は幸せになるんだよ。天使が願いを叶えてくれるの」

「あら、こんな所に居たの」

開いていていたドアから顔を出したのは小児科の看護師だ。

少年を探していたのか安心したように入ってきて、少女の方に詫びを口にして少年を連れ出して行く。

「あ、絵本」

手にしていた絵本を思い出して声をあげるかが、少年は一度振り返りはしたが、小さく手を振るだけであった。

「天使か…次に会う時に返せばいいか」

だが、二人が会う事はなかった。


壱 天使の舞う空

「どうだ?」

そう訊かれて改めて周囲を見回す。

見渡す限りの荒野、かつての文明のカケラもない荒れ地だけだ。

「何もないな。この辺りは収穫済みだな。もっと、先へ行くか?」

そう聞き返すと、馬上でトウチが渋い表情をするだけだ。

周りにはボク等の他にも同じような歩兵がうろうろしている。

何もない荒れ地でも地下には何がか残っているかもしれない。 そんな理由でボク等第六師団は三日間もこの地に居る。

百人近い歩兵が武器の他にスコップ片手に穴堀だ。

「もう無理だろ。この先は草の根一本なさそうだ」

馬の上で双眼鏡を見ていたトウチはそう判断を下して、馬の腹に下げていた白旗を取ると振りだす。

遠くを見ると、南側に居るらしき視官兵が同じように旗を振っている。

「ヒュー、俺は師団長のトコ行くから、のんびり戻れよ」

言うなり馬を走らせて戻って行く。

どうやら一足先に視官兵が召集されたようだ。

「そろそろ、街へ帰るのかな」

のんびりと陣のある西へと歩きだす。

トウチの護衛として着いてきていたから、穴堀しなくていいけど、人一倍歩く事になる。

「よう、ヒュー、戻ってきたか」

軽い調子で声をかけてきたのは新介だ。

「随分と掘ったな…」

百八十はあるはずの新介がボクと視線が変わらないから、二十センチは掘ったな。

六百メートルの範囲を当てられるのに、弓兵のくせに力だけはあるな。

それにしても、防具は脱いでもいいけど、武器は肌身離さずというのが決まりなためか、上半身裸の上に弓と矢筒を縛った姿はマヌケだな。

「トウチは?」

「指揮官のトコ。もう帰るのかもな」

「そっか、そいつはよかったな。穴堀にも飽きた」

スコップを置いて空を仰ぐ。

ボクも一緒に空を見上げた。

雲一つない青空、暑いぐらいの日差しなのが安心できる。

「にしても、新介、メットしとけよ。熱射病で倒れるぞ」

まあ、この三日間、ずっとこの格好でいるのだから大丈夫だろうけど、少なくとも日焼けは面白くなるだろう。

「なあに、鍛え方が違うって」

「なんで、お前は弓兵なんだろうな…もう、剣兵になれよ。お前」

「無理。どうも剣は苦手…」

ふっと遠い眼差しになる。

剣兵訓練所では、どうゆう訳か剣を飛ばし、槍兵訓練では十数本の槍を折り、ようやく弓はまともに射れるようになったという奴。

「じゃあ、後でな」

立ち話している訳にもいかず、サボりと言われる前に離れる。

陣が張られている中央に、各小隊の視官兵の馬が八頭集まっている。

「ヒュー、戻ってきたの」

声をかけてきたのは姉さんだ。

セミロングの茶髪は今はまとめ、翠の瞳が特徴的と言われる身内の欲目抜きで美人。

あまり似てないと言われるが、姉いわくボクが母親似で姉が父親似だという。

「まあ、先見も意味なさげだったから」

「この天気なら、大丈夫そうだものね」

姉さんも空を見上げてしみじみ言う。

気づくと、ボクの他にも護衛として視官兵についていた歩兵も戻ってきているようだ。

「ヒュー、そっちはどうだった?」

同じ剣兵が話しかけてきた。

「何も、正太の方は?」

聞き返すと首を横に振る。

穴堀はしない分、ボク等はとりあえず情報交換をしておく。

そして、それは不意に聞こえてきた。


高らかに笛の音が鳴り響くと、空気が一辺した。

穴を掘っていた歩兵がざっと動きだす。

同時に陣内からトウチ達視官兵が飛び出し、馬に乗る。

「襲来、西方」

号兵の早馬が声をあげながら走ってきた。

「第一小隊が近いな。第四、第六は待機」

師団長が号をかけると、視官兵が馬を走らせる。

「トウチ、ボク等のは待機だと」

「そうだけど、どうせすぐ動かされるだろ。移動するよ」

「ま、陣に近付けないように頑張ってね」

妙に軽い調子で姉さんが言ってくる。

「ヒナタさん、もう少し頑張れるように言って」

トウチが軽い調子で返すが、姉さんはすでに看護兵用のテントへと向かって行ってる。

この三日で倒れてる連中が無理をしないように殴りに行ったんだな。

「行くか、ヒュー」

待機命令を示す青旗を手に馬を歩かせる。

「なんだ、待機かよ」

「新介、鎧を着ろ。弓兵でも着ろ」

トウチが駆け寄ってきた新介に言いつける。

「鎧…どこで脱いだっけ」

「全然ダメだろ。っと、始まったな」

西側の方でそれが始まった。

空の一角、雲が不自然に渦を巻き、白い翼を広げた天使が舞い降りてきた。

世界を滅ぼそうとする天から降りてくる回収者。

まったく同じ顔をした人形のような美貌をもつ、白い衣装をまとい、全体的に白い中、手にした槍だけは鈍い銀色。

あの槍の先に触れたものは原子にまで分解されて回収されるのだ。

この辺りもかつては人の街があったが、奴等にこんな荒野にされた。

「新介、準備はしろよ」

一斉に矢が放たれた。

ボク等には空を飛ぶ術はないから、ともかく天使を落とさないと意味がない。

上から攻撃されるのはきつい。

奴等は羽根が弱く、矢さえ当たれば落ちてくる。そこからはボク等の役目、地に落ちた天使は三十分ほどで息絶えるが、その間にも世界を回収しようとするので、トドメを刺さないとならない。

天使は見かけによらずしぶとく、その槍の穂先に触れれば全てがチリと化す。唯一奴等に対抗できるのが銀。そのために、剣や槍の刃には銀がコーティングされている。

「落ちたな。数も少なそうだし、ウチの出番はないかな」

トウチはすっかりと観戦している。

「あれ、赤旗、立ってないか」

ふと誰かが口にした。

赤旗、危機的状況を知らせる色。

「第二小隊か」

トウチが双眼鏡を覗き込んで呟く。

「珍しい、あそこが苦戦するなんて」

「って、姉さん、なんで居るの?」

背後に姉さんが居た。

「姐さん、看護兵が前線にくるなよ。第四小隊がすでに援護にはいっているから、俺等は待機」

トウチは動く気がないようだ。

「早いわね。コードは決断。赤旗に気付くのも早いわ」

「うわぁ、すっげえトゲだらけ」

姉さんから目を外してトウチは旗を振っている。

「黄旗?」

青旗から黄旗に変わっている。

「何? 注意って」

「ん~、範囲が広くなってきている。降りてくる数はそうでもないのに、各隊の旗が遠い」

トウチの言うように、全体的に各隊が広く離れつつある。

視官兵と弓兵は大概セットだから、人がバラけて見えるのは歩兵が離れ過ぎているのだ。

「あらら、ちょっと、まずいわね」

姉さんが軽く言う。

「姐さんもそう思うか、前線に戻れるぜ」

トウチが黄旗を大きく振りだす。

緊急強襲を報せる笛の音に、トウチが手綱を取る。

「弓兵、構え」

号に合わせて新介が矢をつがえる。

空が暗くなり雲の中から天使が現れる。

「撃て!」

瞬間、弓が放たれる。

新介達八人の矢が天に現れた六体の天使を襲う。

一本の羽根に矢が突き刺さり、あっさりと落ちた。

「品、シオ」

指揮旗の動きに、剣兵が組んで動く。


「終わったか」

剣の血を払い、崩れて砂と化していく天使を横目に周囲を見る。

世界が砂漠化している理由は、天使の砂化もあったりしてな。

終戦を報せる白旗が見える。バラけた部隊、その内のどれかだろう。

「ヒュー、周囲の見回り頼む」

「なんでボクかな」

「穴堀してないだろ。お前」

それを言われると、ボクとしても行く以外はまずない。

「行ってきます」

仕方なしに歩きだす。ようは、トドメを刺しそこなった天使を探すのが役目だ。

「居ないな…収穫はありそうだな」

見回りが終わる前にすでに回収役も動いている。

天使は銀が弱点のくせに銀の武器を使っている。その武器を回収して剣や槍などのコーティングにするためだ。

マヌケな話だとは思う。

自分を殺す武器を自分で持つ。最も天使に銀が効くのがわかったのはほんの三十年前、それ以前の人類は隠れる以外に道がなかっただけだ。

今でこそ村を造り、軍を作り、世界を取り戻すために動いているのも、三十年前、天使を倒した人々のおかげだ。

軍の前身、大地騎士団の六人の騎士達。

「緑旗? ドコの部隊だ。南か、第二小隊?」

「トウチ、お前戻らなくていいのか?」

戦闘終了後は反省会だ。

「もう終わったよ。早かったし、反省も何もねえしで 、何が見つかったんだ」

いそいそと双眼鏡を取りだす。

緑は発見の合図だ。

「三日目にしてようやく遺跡が見つかったのかな」

「ん~、あっちの方は昨日で見切りをつけ…ありゃ十字旗だ」

緑から赤い十字を染め抜いた白い旗がかざされている。

「姉さん、ケガ人らしい」

本部より姉さんが近い。

「あら本当。トウチ、乗せてよ」

少し離れているからか、堂々と言い切る。

本来馬は視官兵と伝達兵のみに与えられているものだが、看護兵も状況しだいでは乗馬可能だ。

逆をいえば、ボク達のような歩兵は馬に乗る時は重症の時ぐらいだ。

「ヒュー、こっちを手伝ってくれ」

呼ばれたので、そちらに向かう。


天使が出たために、本日もここに陣を張っている。

「今回の遠征は無収穫って訳じゃねえけど、なんかだよな」

新介がしみじみと干し肉をかじる。

「どっちにしろ。夜の行軍はできないから、動くなら朝だろ」

トウチがテントに戻ってくるなり、人の干し肉を奪う。

「自分で用意しろよ。そういや、戦闘後にあった十字旗はなんだったんだ? ドコの奴が倒れた?」

「第二小隊の方だっけ、あいつ等が天使に遅れをとったのか」

「ん~、それが違うんだよな。女の子が見つかったんだ」

「女の子!」

トウチの言葉に周囲で食事をとっていた連中が声をあげた。

「落ち着けよ。お前等は」

人の隣に腰を落ち着けて人のメシを取りながら周囲に手を振る。

「仕方ないじゃねえ。発掘隊に女は居ねえし」

「姉さんの前で言えるか? 新介」

そう訊くと、口を閉ざす。

「あ、そうそう。その女の子、救護所じゃなくて、姐さんが引き取ったから」

「はっ?」

「だから、姐さんが引き取ったから、年が近い女性はここに居ないしな。念のためってやつだろ。女の子一人でってのはヤバいしな」

「確かに男所帯に置くのはなって、ボクは?」

家族や親類単位で寝床があるのだから、姉さんが引き取ったってコトは、ボクの場所がなくなる 。

「あんたは、兵舎で寝なさい。一人二人、増えてもいいでしょ」

「姉さん…っと」

背後の声に振り返ると、姉の他にも人が居た。

長い茶髪に青い瞳、あまりみない白い肌の同じような年頃の女の子。

半月ぶりぐらいに女の子を前にして、食堂に居た連中がざわめくが女の子の前に居るのは女傑と言われる我が姉ヒナタだ。

誰もが遠巻きに見ているだけだ。

なにせ、本来は遠征組は軍と博士の男のみで構成されるはずだが、軍の中でも上将クラスの女性は随行できる。

だが、姉さんは上将でもないのに行軍に参加している。全ては元・天使殺しの異名のためだ。

ボクが軍に入ってからは看護兵になったが、破壊看護兵と呼ばれている。陰で。

「何か失礼なコト、考えてそうね。ヒュー」

「いえ、何も。お姉様。その子がケガ人?」

姉の陰に隠れている女の子の事に話を振る。

「そう。天使戦後に倒れているトコロを見つけたみたい」

「でも、この付近って村もないのに、その子、ドコから来たの?」

新介が何気なに訊ねた事に、女の子という事で浮かれていた連中が気を引き締める。

天使によって滅びつつあるこの世界で、村自体が珍しく、生き残り達もそれぞれの信念で対立する。

ボク達の村のように外に過去を探る発掘隊を出す村もあれば、自分の村だけが良ければいいと戦闘的な村もある。

基本、村同士は敵対するのだ。

「ん~、それが、この子、記憶がないみたいなの。なんで倒れてたとか、自分の名前も覚えていないのよね。まあ、女の子一人だし、あたしが見張るってコトで、ね」

「ま、まあ、姉さんなら…な」

なにせ、この人、大概の薬物が効かないし、そこら戦士じゃ勝てない。

たとえ、どこかのスパイだとしても、まず平気だと団長も判断したのだろう。

「でも、本当にこっち側には人類の生存圏はないんだろ」

新介がぽつりと言う。

確かに他の村との折り合いもあり、失われた大地である東部に向かっているのだ。

「…なんにしろ、女の子は重要だからさ、な」

トウチが言うコトもわかるのか、全方向から納得といわんばかりに頷いている。

ボク達の村は悲しいかな女性が少ない。

五対一の割合だからか、特にボク等のような外組は出会う機会すらないのだから、女の子というのはもはや宝だ。

「じゃ、そういう事で、そうそう、便宜上、リミって呼ぶ事にしたわ」

去り際にそう言ってきた。

「リミって、昔飼ってたヤギの名前…」

思わずそう呟いていた。


明け方、まだ暗い中に笛が鳴り響いた。

それに眠っていた連中が起きだす。

全員兵士だ。こういう場合の行動は慣れている。

ボクも鎧を二分で着込み、すぐに剣を取り、テントから外に出る。

「天使か?」

すぐ後に出てきた新介が訊くが、ボクにもわからない。

まだ外は暗いからではなく、天使が降臨をしているのならば、まず空は明るくなるものだ。

空は暗いまま、この時間帯だと旗の判別がつきづらい。

「第四、揃っているか」

馬が走ってくるなり、トウチが声をあげる。

トウチのみならず、同テントを使っている第五、第六の視官兵まで来た。

「何事だ? 天使じゃねえみたいだけど…」

「天使だよ。しかも、地面からわいて出てきたらしい。俺達は南方へ行くぞ」

馬の方向を変えるトウチの後を追う形になる。

「まさか、四方八方に出現してんのか?」

第五、六はそれぞれに北と東に向かい、別のテントの第一は西に行っている。

「昨日は確か第二、三が夜番だったな。第八から十は?」

「守備に回ってる。なにせ、ところ構わずに出て、陣地側も騒いでる」

「姉さんは?」

「出てくる時は元気だった」

トウチは無意識か、速度を上げようとしている。

「ところ構わずって、夜番の連中は?」

新介が急ぎ足のトウチを見上げた。

「孤立している。無理かも知れないが、急げ」

その後は全員が無言で走る。

誰もが思っていたはずだ。

地から天使が出てくる訳がないと、だいたい奴等は地に落ちれば弱い。

夜番は二人組で行動するにしても天使に遅れをとる訳がない。

そういえば、南を見ている第二の視官兵はトウチと仲が良かったな。

五分も走れば戦いの音が聞こえてくるが、範囲が随分と広いようだ。

覚えのある号令が聞こえてきたし、集合を示す夜目でも見えるように蛍光色の旗に炎が見える。

「天合、無事みたいだが」

旗ではなく、炎の方に目を向ける。

ボクはわからないが、視官兵同士の合図があるらしく、時折、炎が揺れている。

「弓兵、右手、二百に攻撃」

その号令に新介達八人が同時に動く。

「剣兵、抜刀と同時、左手二十度、槍兵直進、容赦なく動くモノを蹴散らせ」

その命にボク達は一瞬戸惑うが、すぐに切り替える。

動くモノを斬れというコトは、味方ではないというコトだ。

馬を止めたトウチは同様に旗を取り、位置を示すように笛を吹く。

味方を呼ぶというより鼓舞するため、自分達の存在を支援が来た事を示すためだ。

百メートルも走ると薄闇に動くモノが見えた。

天使ならば白いうえに羽根があるので闇の中でもわかるはずだが、目の前のモノはとりあえず黒かった。それは、不恰好な人影が動いているのがかろうじてといった感じだ。

味方ではない事はすぐにわかった。

夜でも識別できるように、ボク達は発光するリングを身につけているし、剣や槍も光を反射させる。

弓兵がうっかり射ぬかいように、遠目でもわかる目印がそいつ等にはない。

「斬り捨てろ」

誰かの声に、ボクも剣を振りかざす。

「えっ?」

人の形をしたモノが剣をかわした事に一瞬目を疑ったが、何やらへらべったい、多分手が伸びてきた時には反射的に斬り落としていた。

「なんだ?」

こいつ等は、地に落ちた天使よりも動くが、普段の訓練で人間相手にしているからか、この程度なら対応できる。

他の奴等も多少戸惑いはしているかが、ほとんど反射で斬っている。

「暗いから、ヘタに近づくなよ」

「わかってる」

明け方なのにやけに暗いが、お互いに間合いはわかっている。

「第四の者か?」

その声に振り返る。

笛の音でドコの者かはわかる。

「そうだ。無事か?」

右腕の光を確認し、手近な人影を斬り伏せて駆け寄る。

「俺は…だが、矢崎が」

「えっ…やざき…」

見覚えのある年かさの男は誰かを支えているが、その矢崎という人はリングをしていないから一人と思った。

「と、とりあえず、矢崎さんは預かります。あなたは下がって下さい」

男性の方も剣は握っているが、肩が外れているのがわかる。

「だ、だが」

「大丈夫です。ボク達はまだ戦える。守れます」

そう言うと、男性は矢崎さんをようやく降ろす。

ペコリ頭を下げて足を引きずるようにトウチの方へと向かう。

だいたい視官兵は看護兵並の技術を叩き込まれているから、あの人は大丈夫だろう。

「おい、ヒュー」

近くに居た天下が声をかけてくる。

「ケガ人なら…ああ」

文句を言いに来たらしいが、ボクの足元の矢崎さんを見て頷いて離れて行く。

すぐに状況はわかる。

矢崎さんはもう左半分しかないのだ。

目印の右腕も、足もないような形。血がでてないけど、今も少しずつ体が崩れていっている。天使に回収された以上、残りの体も徐々に消えていくものだ。

この現象が起こるってコトは、こいつ等は本当に天使だ。

「剣兵! 十一時方向」

男から情報を得たらしいトウチの号に動く。

「朝日が出るまで十分、全て斬り伏せろ」

時々弓兵が指示で放っているのか頭上を矢が飛んでいたりするが、夜間でも見える双眼鏡を持つのは強いな。

こっちは暗さに慣れてきたとはいっても、相手が人影みたいなものだから、正直近付かれてようやくわかるぐらいだ。

「ヒュー、三時の方、誰か居るみたいだ」

「わかった。付くから行こう」

基本、二人一組で動く、これは決まってないし、たいがい救助時ぐらいしか二人組になる事もない。

「ダメだな。腕輪だけだ」

落ちていた右腕からリングを外した正一の周囲を見ていると、近くの地面から腕が出てきて正一の足を掴もうとしたのを剣で払う。

「っぶね。こんな出方するから、やられた奴も居るか…」

「組め、足元も注意しろ」

ボクの声に全員が動くのがわかる。

「閃光弾、放てぇ」

トウチの声ではない号だが、少し離れた場所で矢が放たれた。

夜間戦闘で貴重な閃光弾を使う事なんてないし、逆に闇に慣れたボク達の目まで奪いかねない。

不利でも、全員が膝をつき、普段は左肩に縛っている布を頭からかぶる。

日除けなんかに使う布は第四小隊を示す群青なだけに光は通らない。

すぐ上空で弾ける音がし、一瞬、世界が白く染まった。

「あれっ?」

先程まで周囲に居た人影が居なくなっている。

「こっちも閃光弾放て」

今度はトウチの声に、新介辺りが放ったのか第二弾が放たれた。

「弓兵、生き残っているなら放て」

さらなる号令にどうやらウチの連中も放っているようだ。

「…奴等、光の中じゃわいて出ない?」

五発目辺りで、朝日が差してきた。

だいたいの終わりがわかった。

「冬至、助かった」

第二の視官兵がこちらにやってくる。

馬を降りているのは二人ほど乗せているからだ。

「藤巻さん、無事でなによりです。他の方々は…」

ケガ人のためにトウチも馬を降り、笛と旗で散っている連中を呼び戻す。

「何人かわからん。すまないが、何人か人手を貸してくれるか?」

「わかりました。ヒュー、新介、浩二、アキトにアキラ、正一とまさるもついて行ってくれ」

「弓兵三人は多くないか?」

「弓兵の方が目がいいだろ。藤巻さん、号を」

あまり知らない視官兵の方だ。

ボク達が生まれる前から兵士をやっているようなベテラン組が、こうもバラバラになっているのは珍しい。

「念のため三人一組で行動、主に東西に広がる形になっているはずだ。十キロを探してくれ」

「護衛は?」

中点として旗を持つのはいいが、馬のない視官兵はほとんど裸だ。専用武器など小型ナイフぐらいなのだ。

「大丈夫だ。私は、お前達より長く戦っている。おっと、必要なら使え」

腰から連絡用の笛を外してボクとアキトに渡してくれた。

「生き残りの判断はわかるな」

「大丈夫です。わかっています」

全員を見て念を押すように言ってくる彼に、ボク等も念を押して応える。

ボク達も軍に入ってから嫌というほど、選別をしてきたから、判断はわかる。

「ヒュー、お前が笛を持ってろ」

アキラは弓兵だから仕方ないとして…というか、ボク以外、弓兵。

「正一、行くよ。新介、そっち頼むぞ」

あっちは新介とアキラが弓兵だから浩二が笛を持っている。

「って、あなたの笛は?」

予備の笛は一つだけだ。ボク達に渡しては残らない。

「ああ、先程、冬至から借りたものだ」

ボクの持つ笛を示す。どうやら、これがトウチの笛の予備のようだ。

「さて、頼んだぞ」

「はい」

全員が返事をし、歩きだす。


「あれ」

アキラが人影を見つけて示す。

天使が降りてくる事の他にもあの変な人影も気をつける。

「ん~、あの人影の屍が残ってないな。天使だってもう少し残るだろ」

「そうだな。でも、今は…」

「この辺、何もないな。どうだ、アキラ」

まさるが先に行っていたアキラを呼ぶ。

倒れていた人を見ていたアキラは無言で立ち上がり、ボクを 見ている。

「そっか」

応じて剣を抜く。

横たわっている人は下半身がなかった。

「だ、誰?」

「第四の者です。トドメはいりますか?」

静かに訊くと男性は頷く。

消滅は痛みはないが、徐々に分解されていく恐怖はある。

止める手立てがないのだからボク等に出来る事は一つだけだ。

第二の人は年が離れているからか、覚えはあるけど名前を知らない人がほとんど、この人も見覚えはあるが名前を知らない。

「あの…名前を…」

「知らない方がいい。リングでわかる」

「わかりました」

目を閉じてから剣を抜く、まさるがすでに鎧を外しはじめていた。

一撃で痛みもなくやれるようにだ。

遺品が残るのはまだいい方だ。

死んだとわかるから、消えていくだけではない。

「ありがとう」

「はい」

静かに剣を降ろした。


「はい、ご苦労様」

水を差し出してきたトウチがニッと笑う。

「で、どうなるんだ?」

「暫く待機。あの変なのの事を調べるとさ、夜に任務がある。休んでいろ」

「げっ、遠周組をいきなり夜かよ」

「内組もかなり大変だったみたいだぜ。二班分の人間が亡くなったしな。ケガ人も多数、看護兵だけじゃなく第十は看病だそうだ」

トウチが言う。

二班…十六人も亡くなったのか。いきなり小隊を八分の一失ったのか。

「面倒だな」

「お前等はまだいいだろ。俺は休みなしだぞ」

トウチは自分用に甘水を持ってきている。

「何すんの?」

「一時、第三を率いて見回りだよ。明高さんが一・二をの生き残りを率いていくから」

「一の方はともかく、第二の方は生きてんだろ」

「足と肋骨をやって姐さんストップ、俺が一番若いからで任せられた」

「それで甘水か、頑張れ」

気軽に言う新介をこづいて出て行く。

「お前等は休んでおけよ。まあ、ご苦労さん」

「おう」

念を押していった。

「視官兵は後始末はないからな…でも、気苦労は多いよな」

新介が保存食を手に取る。

「あんま食うなよ。この辺り、川も動植物もないんだ」

「あと何日ぐらいだ」

「ん~、元々、二ヶ月予定だし、後二週間分ぐらいか、帰り道を考えりゃ、一週間は残るかも」

正一まで保存食かじってる。

「発掘はないにしろ、あの夜の化け物なんだろ」

アキラが水筒に水を移している。

「何かわかるならいいけど、天使だろ、また来るんだろうな」

ボクが呟くと全員が大きく頷く。

「天使の異常種か、調査団を組まされて、俺達もだろうな」

しみじみと言う浩二に何人かが首をすくめる。

「呑気なものだな」

通りすがりで話かけてきたのはコードだ。

第七小隊の視官兵で同期の一人。

生まれ月が遅いので本当の最年少はこいつだ。

ボク達の中でも優秀なんだけど、どうにも固い性格をしていて浮きまくっている。

「コード、第七は休まないの?」

「すでに休息している。問題ない」

「姉さんがたまに顔を見せろってさ」

同じ軍内に居てもめったに顔を合わせない。

「必要ない。姉さんにはその内顔を見せる」

そう言うとさっさと踵を返して出て行く。

「お前等、兄弟だっけ?」

「浩二は知らないのか、従兄弟だよ。ガキの頃は一緒に暮らしてた」

「相変わらずだな。姐さん、心配してんのか」

「まあ、ウチを出てから一度も顔見せないし、親戚はウチだけなんだけどな」

親もなく、天涯孤独になった子供は中央の施設に入るものだが、ボクの場合は姉さんがすでに軍に入っていたから施設には入らなかった。

コードも一時はウチに居たが、一年ぐらいで出て行ったきりだ。

よくわからないがボクが嫌いらしい。

「…まあ、ボク等も休むか」

ゴミを片付けて休息テントに向かう。

軍の方針でいかなる時でも食って即寝ろがモットーだ。

寝る時は三秒で落ちるのにも慣れた。

そりゃもう、横になっ瞬間に周囲から寝息が聞こえ、ボク自身もすぐに眠りについた。

そうして起床の笛が鳴るまでの間、ボクはただ眠っていた。

懐かしくも、けして思いだせない夢だった。


「世界が終わるのだわ」

少女は静かに呟き、白い天井を見つめる。

もはや、体に動かす事すらできなくなってきた。

体中に繋がれたコードは様々な電子機器に繋がり、単調な音を出している。

それが自分の生命を示す音だとわかっている。

だが、その音は嫌いだ。

耳を澄ますと学校帰りの学生の声が聞こえる。

この白い世界を知らない広い世界で生きている同世代の子供達。

不自由さのない自由に生きている子供達。

「もうすぐ、天使が迎えにくる」

枕元に置いてある古い絵本を手に取る。

子供用の軽い絵本も、持ち上げるのがやっとだ。

この本の持ち主はどこへ行ってしまったのだろう。

彼の世界はもう壊れてしまったのだろうか。

「あれ、ここドコだ?」

不意にした声に窓に目を向けると、ひょっこりと一人の少年が顔を出した。

見慣れない中学生ぐらいの少年が窓枠に手をかけて入ってきている。

「だ…誰?」

「あ、すまねえ。ここ、君の病室? 何号室?」

ベッドにはりつけられているような自分の姿を見ても、平然とした口調で話かけてきている。

「確か、四〇七号室…」

「ふうん。この隣だったか数え間違えか、悪いな」

「ううん」

ふるふると小さく首を振る。

「隣か、そっちは登れる木がないんだよな。足、届くかな」

「普通に、ドアから入れば?」

「あ~ちょっとワケ有りで、表から入れないんだ。でも、僕としては、また会いたいんだよな」

少し困ったように言う少年は不思議そうに見る。

隣も個室のはずだが、誰が入院しているかは知らない。だが、自分と同じような病気だろう。

「会わせてくれないの?」

「頼めば、でも、嫌な顔される」

「なんで?」

「…ん~お嬢ちゃんに言う事じゃないかもしれないけど、僕は愛人の子供だから、向こうの奥さんと子供に悪い」

困ったような寂しげな表情で言う。

「…愛人の息子さん」

「えっと、そんなトコかなぁ…お嬢ちゃんは入院長いみたいだな」

初めてベッドの周囲を見たという表情で訊く。

「ずっと…ずっと入院している」

「ふうん…広い空が見えるといいな」

自分が入ってきた窓を見て、大きく伸びをする。

「僕は行くな。ごめん」

少年が体を軽くほぐし、窓の方に目を向ける。

「…気をつけてね」

「…よけりゃ、また来るけど」

ニッと笑う少年に、コクコクと頷く。

面会制度のある少女のために、時々、少年は四階まで木を登り窓から入って来ては、外の話をした。

だが、隣室の人物が亡くなってから少年は病室に来なくなった。

後に彼はドコか遠い場所に引っ越したという話を聞いた。


弐 天使を求める心

「ほえっ」

自分でも間抜けな声をあげたと思ったが、周囲の視線に慌てて取り繕うという体をとる。

「ヒュー、口元」

隣の席の冬至が小声で言ってくる。

「んっ」

触れるとヨダレがでてた。

どうやら、完璧に爆睡してたようだ。

まあ、今は優しい社会の坂井先生の授業中で良かった。

それにしても、妙な夢を見てた気がするが、覚えていない。


「まったく、ヒュー、居眠りとはバカね」

終業のチャイムと同時に、前の席のヒナさんに怒られた。

「夜更かしでもしてたんか?」

新がニヤニヤとした顔で寄ってくる。

「ん~、夜は普通に寝てるよ」

昨日だって十一時には寝ている。

「そういやヒュー、今日は新しいゲームが入るって

さ。行くだろ」

「新介、学校帰りに寄り道はダメよ」

ヒナさんに怒られて、新は黙ってそっぽを向く。

「仲良いね。お前等は同棲してっからか」

ケラケラとチャチャを入れた冬至を、ヒナさんが鋭く睨み付けた。

「誰が同棲よ。仲良い姉弟と言いなさい」

バンバンと机を叩かれて平謝りする冬至を渋い表情で新が見てる。

「仲良くなったのか」

何気なに問うと新はさらに渋い表情になる。

「ん~まあ、仲は良いよ。ヒナさんとは、ね」

複雑そうな表情をした新の心情はなんとなくわかる。

こいつの家は結構複雑で、日向さんとは異母姉なのだが、父親の三度目の再婚相手の義理の娘で、幼い頃の事故で一年遅れてて本来は僕等より一つ上なんだもんな。

「ヒューも、学校帰りに寄り道ダメよ」

クラス全員のお姉さんと化しているヒナさんに、逆らえる男子は居ないので、ぼくもコクコクと頷く。

「家に帰ってからならいいだろ。俺は無理だがな」

冬至が机から顔を上げる。

なんせ家がスーパーだからか、帰れば最後、手伝いさせられる。

姉ちゃん方が絶対に逃がしてはくれない。

ちなみに、ウチの妹達に見つかるとうるさい。

一般サラリーマン家庭でも共働き家庭において兄が妹を見るのは当然だったのだ。

「今日はやめてくか…姉ちゃんが部活の時にな」

ぽそっと呟いた言葉は耳に届いたらしく、全ての休み時間を説教されていた。


「あれ、お隣、引っ越しか?」

家の前に大きなトラックが停まっていた。

だいぶ 前に買い手がついたらしき隣家にようやく人が入ったみたいだな。

よくわからないが、博士だか学者だか偉い人が主人らしい。

「こんにちは」

家の前まで来ると声をかけられた。

同年代の女の子。

長い茶髪を束ねた青い目が綺麗な子。

「私、倉井水里といいます。お隣さんですか?」

「ぼくは…」

「ヒュー兄ちゃん、お帰りなさい」

名乗る前に、彼女の後から二人、まったく同じ顔をしていて、違うのは縛っているリボンぐらいいう我が妹達が顔を出した。

「日乃火、月穂」

ぼくが家の前に立ったから挨拶をしてきたというより、妹達がぼくを指したからのようだ。

「あのね。ミリちゃん、ヒュー兄ちゃんと同じ年だって」

「へえ…ってミリ?」

「あ、昔からそう呼ばれてたの。ヒュー君もそう呼んでくれていいですよ」

にっこりと言ってくる。

ぼくも昔からヒューと呼ばれてて、妹達までそう呼ぶから放っておいている。

「よろしく。ミリさん。でも、夏休み直前に編入って大変だね」

十日もすれば夏休みだ。

友達の居ない夏休みというのはぼくだと嫌だな。

「ありがとう。日乃火ちゃんと月穂ちゃんも手伝ってくれてありがとう」

「うん。いつでも手伝うよ」

「まだ手伝うよ」

二人がそう言うが、もういいらしくやんわりと断られた。

「二人共、ゴリ押しはしない」

ぼくの言葉なんてあんまり聞かないけど、今日はおとなしく聞いてくれたようだ。


「本当に同じクラスとはね」

隣席に座ったミリさんに目を向ける。

夏休み前に来た転入生は珍しく、クラス全員が興味深々だ。

ぼくの隣の家に引っ越してきた事を話、冬至達を紹介する。

クラスの女子関係は、ぼくだとわからないのでヒナさんに丸投げしておいた。

「ヒュー君、学校を案内してくれるかな」

「いいよ。昼休みの方がいいかな、今日は移動教室もないし」

「近いトコはあたしが案内するわよ」

ヒナさんが言ってくる。

それは助かる。女子トイレや更衣室は正直、近づくだけでも困る 。

「さて、授業を始めるぞ」

入ってきた先生に、全員がおとなしく席についた。

授業は何事もなく終わり、いつものメンバーに、ミリさんを加えて昼食を終えるとぞろぞろと校内を歩く事となる。

体育館や各移動教室、図書室に職員室などを巡り、中庭から裏へと回る。

「で、最後にここが教会」

「教会…教会?」

不思議そうに建物を見上げる。

「まあ、珍しいよね。神学校でもないのに教会があるなんて」

新の言うように、ウチの学校は普通の学校だが、どうゆう訳か敷地内に教会がある。まあ、教会といっても小さなもので小屋といってもいいぐらいだ。

大きなステンドグラスの窓と十字架がなければ物置小屋に見える。

内に入った事はないし、鍵がかかっていて入れないが、内には一応キリスト像があるらしい。

「元々、この学校はこの教会の敷地だったらしくてね。なんか、大きな建物を潰して、昔からあったこの教会だけを残したようよ」

「姉ちゃん、なんでそんな事知ってんの?」

「女の子のネットワークは無敵よ」

ほほほと笑うヒナさんが怖い。

女子の噂って、なんかすごい。

「教会…天使」

「天使? ああ、ステンドグラス」

冬至が上の窓を示す。

よくわからないけど確かに天使。

「天使が好きなの?」

ヒナさんの問いに、こくんと頷く。

「じゃあ、今度、美術館に行く? 今、天使モチーフの色々な物が展示されてるの」

「うげっ」

横で呻いた新を小突き倒す。

「行きたいです」

「夏休みに割引があるから、皆でね」

「ええ」

嫌そうな声を出した冬至も蹴り倒されていた。

まあ、男にしてみれば天使の美術品に興味がない。ぼくだって別に行きたくないが、何か言おうものなら殴り倒されるんだろうな。

「嬉しいです」ありがとう

にっこりと笑うミリさんに、ぼく等も軽く笑うだけだ。


夏休み前なために、教室内は色々とゴタゴタしていた。

各教科から課題がでまくるし、色々と物を持ち帰らなくてはならないので、皆荷物が増えていた。

「くっ、教科書が重い」

「毎日、持ち帰らないからよ」

「お姉様…」

「嫌よ。新介、ちゃんと自分でやんなさい」

微笑ましい姉弟のやり取りはともかくも、なんだかんだと置き本している連中は軒並み苦しんでいる。

「ヒューは、ない訳、荷物」

「ぼくは計画的に減らしたからね。にしても、冬至の何それ」

「へちま」

冬至の机の横の鉢を示す。

「お前、園芸部だっけ?」

「いや、科学部」

なぜかキラーンと光ってる。

「セッケンでも作るのか?」

「もっといいもの。部室に置いてなくてな」

「何、作るの?」

ミリが声をかけてくる。

「ん~内緒、まだ実験段階なんでね」

へろっと笑う。

本当、何創ってんだろ。ウチの科学部。

「そう言えばさ、ミリちゃんって、遺伝子研究の倉井博士の娘さんって本当?」

唐突にそう話をきりだす。

「誰?」

言い合いというよりも、ひたすら一方的にヘコまされていた新が、今のうちにと言わんばかりに話に割り込んでくる。

「知らないの? ほら完全遺伝子を発表しただろ」

「ああ、遺伝子系の病気を百パ治せるとかいう」

最近話題になっているニュースだ。

「確か、注射一本でガンが治る。みたいな」

うろ覚えでしかないのか新が言うと、ヒナさんに小突かれた。

「ぼくも詳しくないけど、それはなんか違うよね。確か」

「説明してわかるのか?」

「多分、無理」

「確実にアウト」

ぼくと新の答にヒナさんが頭を抱え、冬至が軽く首をすくめている。

「そう。あたしのお父さんだけど、どうかしたの?」

「ん~、会えたらいいなと思って」

「冬至は、医者になりたいんだよ」

ぼくが言うと、ミリは軽く小首を傾げる。

「ごめんなさい。お父さん、今は日本に居ないの。外国に行くからあの家に引っ越したの」

「それなら、元の家でも良かったんじゃないの? 引っ越しも転校も必要なかったのに、あたしは会えて嬉しいけど」

ヒナさんの言う通りだよな。

父親が外国へと行くからといって、わざわざ引っ越すのは面倒くさそうだ。しかも、夏休み前のこんな時期とに。

「ん~、あたし、最近まで入院してて、家がなかったの」

「えっと、ごめん」

思わず謝る。

「いいですよ」

慌てたようにミリが手を振る。

「病気はもういいの?」

「はい。ですから、早く学校に来たかったのです」

にっこりと笑うと、ミリはぼく達を見回す。

「元気ならいろんな所に行けるわよね」

「ええ、ヒナさん」

女の子同士は仲がいいな。

「女の子同士はいいな。可愛いよな。色々と」

新の呟きは、強力な回し蹴りで止まった。

ぼくと冬至はその時にはすでに逃れていた。

「あれ?」

ふと教室の外からこちらを見てる奴に気付いた。

「どうした? ヒュー」

「あいつ、Fの品野じゃん」

復活の早い新が見る。

「品野だよな。うちに用かな」

一年の時は同じクラスだったけど、正直顔と名前ぐらいしか覚えていない。

「ないんじゃない。ウチのクラスに知り合いは居ないはずだろ」

「というか、あいつって友達居るのか?」

失礼な物言いだが、正直、とっつきにくく、ぼくも話をした事はない。

出席番号が近いから同じグループになったりはしたけど、いつも一人でというイメージ。

「あ、甲斗君」

ミリが気付いて手を振るが、品野はふいっと視線を外して去って行く。

「知ってるの?」

思わず全員で訊く。

「母方のいとこだから、学校もそれで決めたの」

「へえ、まったく似てないなというか、用、ねえのかよ」

「話かけもせずに行ったな」

「変な子ね」

ヒナさんだけ、知らないからか子供扱い。年下全員子供扱いなトコあるけどね。

ミリもたいして気にせずにいる。

「まあいいか。で、ミリちゃんは何したい?」

ヒナさんがあっさりと話を戻す。


夏休みの計画は結局のところ、全てがダメになる。

三日にぼく等はバラバラに別れる事になる。

出会ったからではなく、最初から決められていた事であった。

全世界が三日後に終わるなんて、ぼく等にわかる事なく、この三日間がぼくがぼくであった時間。

だから、ぼくは君と約束をしよう。

どんな時も、君を助けるって、だから待っていてほしい。

ぼく達は、君の事を忘れない。


「なんだっけ?」

「何が?」

思わず口についた言葉に、全員が不思議そうに見てくる。

「大丈夫か? ヒュー」

新が覗き込むついでに、人の弁当からソーセージを取ろうとするのでよける。

「ヒュー君、悩み事?」

ミリが心配そうに訊いてくる横で、新がヒナさんに小突かれている。

「いや、別に…」

「白昼夢か? 夜、寝れてるか?」

冬至が焼きそばパンの袋を丸めながら言ってくる。

「寝てるよ。あ~でも、夢は覚えてないな」

ここんトコ、ずっと同じような夢を見てる気がするが覚えてない。

なんてゆうのか、ファンタジー系のようなイメージが残ってるが、どうも天使が出てくる。そんな夢。

「夢見が悪くても、弁当食いながら寝るなよ」

今度は、人の弁当によくわからない唐揚げを入れようとして、さらにヒナさんに小突かれている。

「弁当はヒナさんが作っててな…味が…ね」

冬至がぼそぼそとミリに言っているが、聞こえていたらしく、謎の四角い唐揚げらしいものをおすそわけされている。

ぼくは普通に母さんが作ってくれている。

妹達の中学も弁当なので、父の分と四人分は面倒だと毎日言われる。

「仲良いわよね。皆」

「まあ、ぼく等は幼稚園から一緒だし、ヒナさんもなんだかんだで新と一緒だからな…まあ、くされ縁ってやつ」

「いいなぁ」

「えっと、ミリには幼な…」

そこまで言って思い出した。

ミリは病気で入院していたというのだから居たとしても、だ。

「居ましたよ。今は、会えない子の方が多いけど」

予想通りの応えに、思わず全員が固まる。

「あの…」

「昔ね、天使の絵本を貰ったの。星を飾る」

「星の夜の天使と少女か、それぼくも持ってたな…あれ、ドコやったっけ」

昔、ぼくも持ってた絵本だ。

子供向けにしちゃ妙にシビアな内容だった覚えがある。

「俺、知らないな」

「あたしも、ミリちゃんはそれで天使が好きなの」

新が知らないならヒナさんも知らないか、でも、ぼくの家にも今は絵本ってないんだよね。

妹達用なのか、少女向けアニメ本はなぜかある。

「俺も知らないけど、どんな話?」

「確か、戦争をしてる国の少女が主人公で、死者の魂を星にする天使と出会って敵兵士を守って死んだ少女を星にして…人々を見守った。だっけ?」

かなりはしょったが、そんな話だったと覚えてる。

「子供向け絵本で戦争かよ。シビアだな」

「天使っていうから、ハートフルかと思ったわ」

「よく言う亡くなった人はお星様にって話ではあるんだ」

三人がないわーという顔で見てくる。

「でも、あたしには希望だったの。いつか天使が迎えに来るかなって」

そんなミリの言葉に、ヒナさんががっしりと肩を掴み頭を振る。

「だめだから、絶対天使についていっちゃ、だめだから」

「大丈夫ですよ。あたしだって今は元気ですから」

ニコニコと言うミリをぎゅうと抱きしめている。

「天使の絵本は、病院で次々に人の手を渡っていたみたい」

「そうなんだ。ミリちゃんは、手渡せて良かったわね」

ぽんぽんと軽く頭を叩いている。

「ヒューは、絵本の内容なんてよく覚えてるな。俺はせいぜいモモタロぐらいだぞ」

「なんだろ。多分、覚えてなかったけど思い出したみたい、な」

ぼくとしては、よくわからない。

「あら、授業時間だわ。戻るわよ」

ヒナさんが早々に指示する。

そして、ぼく等はそれには逆らえない。


「何、これ?」

それは全員の感想だった。

最後の授業で渡されたのが変なアンケートだった。

身長体重、病気のうんぬんと健康のアンケートかと思えば、家族や将来の夢と小学生にでも訊いているかと思うような事まで。

「俺もわからんが、全学校において行われているそうだ」

担任までプリントを持っているのが、本人もわかってないんだ。

「父、母に妹二人。えっと、病気ね…ハシカとかは一通りやったよな」

なんだか変なアンケートを 真面目な顔でやってるのはバカらしいなってくる。正直、全員がそう思っているようだ。

「…病気か」

ふとミリに目を向ける。

病気という項目に、ミリはなんて書くのか気になった。

「天使…」

ぽつりと呟いたのがわかった。

アンケートは三枚にもおよび、なんかこう、変な病気を探してんのかと訊きたくなる。

「あれ?」

ふと廊下に目を向けると品野が居た。

F組が終わったにしろ、D組になんの用があるのか…ミリ。

視線の先にはミリが居るけど、なんか視線に好意が感じられない。

どちらかというと敵意。

ぼくの呟きは誰も聞いていなかった。

品野がミリに何か用があるにしても、イトコなんだから普通に話かけるなりすりゃいいんだ。

そういや、品野ってドコに住んでるんだ。

まあ、どうでもいいか。


「一体、なんなんだろう。あいつ」

「何がだ?」

冬至が訊いてくる。

「ん~品野は、なんでミリを見てんのかなって」

「あいつ、までだ見てんのか」

新がそう言う。

「前にガン見してんのよ。なんつうか、親の仇みたいなカンジで」

「俺も見たぜ。なんか、すっごく睨んでたから文句言ってやったら、なんか天使がどうとかって言い捨ててさ、訳わかんない」

冬至も大げさに肩をすくめる。

「ミリの方もイトコってわりに話そうとはしないよな」

「ん~、でも、話したくないだろ。ツラはいいけどさ、性格がな」

「女子の間じゃ、見てる分には、とか言われてんだぜ」

姉経由か、女子事情に妙に詳しい新。

「品野って、悪い話も聞かないけど、いい話もないよな。というか、あいつって…」

「なんだっけ」

冬至が唐突に首を傾げる。

「何がだ?」

不思議そうに新が聞き返すが、冬至は眉間にシワを寄せて一点を見ている。

「冬至?」

「いや、なんか今、品野って去年、居たっけと思って」

「居ただろ…いや、あんま知らんけど」

そう同じクラスだった。

「ん~だよな。でも、あいつって、行事って出てたっけ、なんか目立つくせに覚えがない」

「サボってたのかも知んないけど、何か…こう」

「そうだな…去年って、何をしてたっけ」

「二人とも、どうした? 何?」

固まったように考えだした二人の肩を掴んで揺すると、きょとんとした目でこっちを見てくる。

「何? ヒュー」

「どうした?」

「どうしたって、二人して黙り込んでだらびっくりするだろ」

「なんの事だ?」

心底不思議そうに冬至が訊いてくる。

本当にわからないという顔だ。

「いっけね。俺、帰らないと、姉ちゃんに頼まれてたんだ」

新が突然に立ち上がる。

「俺も帰らないと、じゃな。ヒュー」

冬至もさっさと去って行く。

「な、なんだ?」

二人とも、どうしたんだろ。


暫くはそこに居たけど、用もないから帰ろうと立ち上がると、そこに品野が立っていた。

いつものように何か言いたげにぼくを見ていた。

「何? 品野」

いつから居たかは知らないが、さっきの話まではわからないだろうが、どうも先程まで噂していた奴が目の前というのもなんだ。

「お前は、誰だ?」

「は? 何言って、一年の時同じクラスだったろ」

「知らない。お前は誰だ」

「何言ってんだよ。品野、いつもミリを見てるけどなんなんだ」

「倉井水里…あいつさえ居なければ」

「はっ? イトコだろ。お前」

何か言いかけた時、思い切り睨まれた。

その目は心底憎んでいる目だ。

「ミリがどうしたっていうんだ?」

「あいつが全てだ」

何かを憎み、絞りだすような声音で言うと、その まま立ち去る。

「な、何が?」

何が言いたいのかわからない。

ミリが何をしたっていうんだ。

「ヒュー兄、何してんの?」

呆然と立ち尽くしていると、妹達とミリ本人が近付いてきた。

買い物帰りらしく、三人共袋を持っている。

「別に、何も、三人はドコ行ったたんだ」

「夏休み、海行くのです」

「そのための水着を買ってきたの」

二人が袋を頭上にかざす。

「ふ~ん、で、ミリも一緒に買い物」

「そう、日乃ちゃんと月ちゃんにお店に案内してもらったの」

「ふうん、女の子は大変だな。毎年」

ぼくは一昨年から買ってないな。水着。

いや、高校入学の時に学校指定のやつを買ったな。

「ヒュー兄も行くんだよ」

「ミリちゃんも一緒に、今年はお父さん、休みとれるもん」

「あ~うん」

そう毎年言ってるが、結局のトコ、父さんは休みがとれずに文句を言って、プール代をださせるんだよな。

「ヒュー君、どうしたの?」

「いや、海か…冬至達とも行く約束してるけど、ミリも行く?」

毎年、自転車で行っているんだよね。

二十分山越えコースだから妹達は行かないけど、ヒナさんを含む運動部系女子も何人か来る。

「自転車で、だけど」

「うん。ヒナさんにも誘われたけど、あたし、乗れないから」

すでに誘われていたようだけど、自転車が無理だったようだ。

「ヒュー兄が冬至君達と行く海ね」

「なら、乗せてあげればいいじゃない」

「そうそう、新ちゃんとかなら体力バカだし」

「ミリちゃん一人なら大丈夫よね」

我が妹ながら無茶ぶりしてくれる。

二十分、心臓破りのとまで呼ばれている坂道を二人乗りしろと、まあ、新とかアキラ辺りなら十分に登れそうだけどね。

うん、ぼくは無理だな。

「そうなると、二人か三人に連絡しないとな」

日程は毎年最も運動部が休む日にしていて、今年は夏休み三日目となっている。

女子バレーと弓道、バスケが全国へ行くのでその日以外は休みがない。

というか、唯一の部活休日も山越えで海に女子の体力がすごい。

一つ年上でも、その実力で束ねるヒナさんには誰も逆らえない。

「あ、無理は…」

「多分、大丈夫、今年は特に女子陣のテンション高いし、サポートできる人材は多いし、ね」

「ヒュー兄は力仕事無理だけどね」

「少し、黙ってなさい。妹達」

本当のコトでも、言うべき時じゃないよね。

「まあ、大丈夫だから、その日は開けておいて」

「うん」

荷物を抱えて微笑んだ。

「あ、ああ」

「ヒュー兄、きもい」

「ちょっと、ダメダメです」

「うん。ちょっと黙ろうか、妹達」

本当、我が妹どもめ。

そんなぼく等のやりとりを、微笑ましげに見ているが、時々この妹達いらない。


妹達がいらない。

そう思った時もあるけど、いらなくなるのはぼくの方。

夏休み初日に、全ては変わった。

楽しみにしていた海も、祭りも、花火も何かも、ぼく達は見る事はなかった。


「ちょっと、待ってよ」

突然の事にぼくは止めに入る。

「父さん、母さん、これはどうゆう事なの?」

「ヒュー兄」

「ヒュー兄ちゃん」

妹達がぼくに手を伸ばすが、バスの窓は開かない。

朝早くから町中を回っていたらしく、バスの中には冬至や新にヒナさんといった近所の奴等が多く乗っていた。

「君は、違う」

ぼくはバスから遠ざけられる。

「一体、何が起きてるの? 父さん、母さん」

バスはぼくを置いて走って行くが、すぐ近くで停まり同じように子供を連れて行く。

だけど、ぼくと同じように残されている子も居る。

その後、学校全体で三分の一、同学年だと4分の一が連れて行かれたと聞く。

ぼくの友達はほぼ居なくなった。

なぜかと訊いても、両親も先生も答えてはくれなかった。

ただ、噂では、世界が終わると言われた。


バイオハザードが起きた。

遺伝子を変異させる薬品が世界に放たれたという。

人が人でなくなるという。

だけど、中・高校生の中で、その変異に耐える遺伝子の持ち主が居て、彼等を集めて冷凍睡眠させるのだという。

未来に種子を残すという。

ぼくのように資格のない者は、大人達とともに死ぬ道を行くらしい。

この二・三日で、世界は世界として機能しなくなった。

それでも、ニュースなどが配信されているのは、何かしていないと気が狂うのか、プロ意識なのかも知んない。

生き残る術を失った幼子を抱え連日政府前で嘆く母親。

残されて自暴自棄になっている若者。

やるべき事がなくなって、止まった世界で日常を演じる大人。

ぼくは一人で海に来ていた。

皆で来るはずだった海に今は一人。

今年も皆で来る予定だった海には結構人が居た。

遊びに来たというよりも、大半の連中は終わりに来たのかも知れない。

好き放題に暴れているというイメージ。

「サーファー、多」

まあ、第一の感想はそんなものだった。

本来、この海は波はいいけどサーフィンは禁止なのだが、止める人が居ないからか、サーファーが大勢いる。

海に来ても泳ぐ気はないし、多分、ここに居る連中も似たり寄ったり感じでただ集まっているかも知れない。

なんとなく海が見たかった。海で終わりたかったか、だ。

車も電車も動かなくなった。

高いトコはもう、一杯一杯だ。

この三日で何人亡くなったのか、葬儀社はともかく火葬場が動いているのが異様だなと思う。


「あれ、品野」

ぼんやりと海を眺めていると、品野がそこに立っていた。

周りをしっかりと見ていた訳でもないし、かなりぼんやりとはしていたが、人が居たら気付いたはずの場所に品野が居た。

ぼくの声に気付いたのか品野は振り返り、訝しげにぼくを見てくる。

「お前…なんで、お前がここに居るんだ?」

心底不思議と言わんばかりだ。

「なんでって、どっちかというとぼくの台詞のような…」

「どうゆう事だ。天使機能がなぜ」

「いや、天使?」

訳のわからない独り言に口をはさむが、考えに没頭しているためかムシ。

そういえば、品野も適格者で連れて行かれたって聞いたけど。

「お前、倉井水里と居たな」

「えっ、あ、うん」

唐突に訊かれて頷く。

「なぜ」

「なぜって…家が隣だし、同じクラスだし」

変な問いに思わず答える。

答えたら答えたで、また黙考する。

なんなんだろう。

にしても、親類にしてもミリとはまったく似てないな。

付き合う必要もないんだろうけど、久しぶりに同学年を見たからかとなんとなく待っていた。

そういえば、ミリも連れて行かれたのかな。

「お前がそうなのか」

「はっ?」

「お前が、天使か」

「はい?」

訳のわからない事を言われて、目を丸くする。

ぼくが天使?

何言ってんの、こいつ。


「こんな計画、間違っている」

声を張り上げた青年に、周囲の者達は耳を貸さなかった。

「世界を滅ぼす気ですか」

それでも声を張り上げる青年の声は誰の耳にも届かなかった。

短くそろえた茶髪をかきむしり、青年は睨むように同僚達を見据えて出て行く。

「天使機能など、このままでは日本の人口の一割も生きられない」

青年は壁を殴りつける。

「痛くないのか?」

突然の声に青年は振り返る。

黒髪の少年がそこに立っていた。

細い体に、病院特有の着衣を着ている。

「君は…」

「僕? 僕は被験者だよ。お兄さん、ここの医者? 研究者?」

あっさりと応える少年に、青年は一瞬、手を差しだしかけて止める。

何も言う事ができないのはわかっているから、だせない。

「大丈夫だよ。僕は」

「だ、大丈夫な訳…」

「大丈夫。だよ」

少年は表情を変えずに青年を見上げる。

「俺達は…」

「一つだけ心残りはあるけどね」

さらっと青年の言葉を区切り、少年は天井を見上げる。

「えっと」

「昔、女の子と約束した事がある。けど、こうなっちゃたなと」

「女の子かよ」

ぽそっと青年が呟く。

「その子も生きてるかわからないけどさ」

「はっ」

少年の言葉に思わず間の抜けた声をあげる。

「あの子も病人だったしな」

「病人か…」

「うんまあ、ここじゃないよ。普通の病院」

ニッといたずらっぽく笑う。

「…イヤミか」

「ま、いいでしょ。ただ、僕はあの子の天使にはなれなかったなって」

少年の言葉に、また目を丸くする。

「えっと…」

なにを言っていいかわからず、言葉をにごす。

「うん、まあ、なあ…」

「いやいや、別に感想はいらない。ただ、あの子は天使が死者を迎えにくるもんだと思ったままなんだろうなって」

静かに言う。

「ん、なんか、どっかで聞いた事があるような…」

軽く首をひねる。

「ふ~ん、っとやべ」

足音に気付いて少年が廊下を走り出す。

「じゃな。えっと、品野さん」

ネームプレートを見ていたのか、少年は一度振り返ると手を振り走って行く。

「まだ、元気か…」

少年を見送り呟く。

「…天使、死者を迎える天使…」

ぽそりと呟く。


僕はまだ生きている。

君はまだ生きているのかな。

いつか会えるのかな。

その時を待っていてくれるかな。


参 天使と少女

「そんなはずない」

「はっ?」

突然のボクの声に全員が目を丸くする。

「どうした? ヒュー」

トウチが不思議に見てくる。

「起きてこないと思えば、何をネボケてんだよ」

新介が目の前で手をヒラヒラ振る。

「起床の笛、鳴ったか?」

覚えてない。

なんか夢を見てた気がするが覚えてない。

「で、何がそんなはずないんだ?」

「知らん」

いつまでも目の前でヒラヒラしている手を払いのける。

「早く支度しねえとメシがなくなるぜ」

「ん~、わかってる」

なんか頭が重いが仕方ない。

今日から町へ帰るために移動を始める。

さっさと鎧を着込み剣を取る。

毛布を丸めて、荷物にくくりつける。

テントも片付けられていて、いやに天気がいい。

「ヒュー、何のんびりしてんの」

突然に足蹴にされた。

「…ヒナさん…」

「何ボケてんのよ。お姉ちゃん、悲しいわよ」

わざとらしく泣きマネをし、その後でリミがオロオロしている。

「大丈夫だよ。姉さん。おはよう、リミ」

「おはよう。ヒュー君」

笑いかけてくる。

「トウチ、リミをあんたの馬に乗せたげなさい」

「別にいいけど、一応」

「許可はとってあるわ」

「総大将をも動かすのか、姐さん」

旗を丸めて馬にくくりつける。

「取りあえず、朝メシ」

「はい、ごはん」

リミが保存食を差しだしてくる。

「ありがとう」

「新介、馬車の方の手伝いなさい」

言うなり新介が姉さんに引きずられていく。

気付くとトウチも居ないし、なんか二人で朝食を取っている。

いや、片付けてる連中は周囲に居るけどね。

「これから、ヒュー君達の町へ行くの」

「うん。そうなる。だいたい一週間かな」

まあ、来た時と違って、今はだいぶ疲れてるし怪我人もいる。倍はかかるかも知れない。

馬車は十台しかねない。

「どんなトコ?」

「そこそこに大きなもんだと思う。昔の都市の跡地でいくつかのビルを中心とした町だ」

ボク等の町はまだ昔の都市を形作っている。

ビルもだいたいが七四階程度の高さに崩れていたりするが、充分に住める。

家も残っているから、テント暮らしの方が少ない。

「リミはこのままウチで暮らせると思うよ」

「ヒュー君とヒナタさんの家」

「うん。アパートの一室で、新介やトウチも同じアパートに住んでる」

「そうなんだ」

どこか夢見るように言う。

記憶のないリミには、家がないもんな。

「大丈夫。これからはリミも一緒だよ。ボク等はもう家族だよ」

「うん」

にっこりと笑う姿は、なんか幼い子供に見える。

「のんきにしてんなよ。移動するぜ」

トウチがぽてぽてと馬を歩かせてくる。

「わかった」

「ヒュー、馬に乗れたよな。馬車の方が人手不足なんだと、三番に乗ってくれ」

「三番ね。了解」

自分の荷物を持って馬車隊の方へ向かう。

「よう、ヒュー」

「やあ、シンホ。人手不足だって」

迎えたのは別隊の剣兵。

馬車は普段から剣兵が務めるが、専門で居る。

「ケガで馬車隊の奴まで他に回されてるんだと」

「今回、多いしな」

御者は物資や怪我人の護衛もかねる。

槍兵は武器が長いし、弓兵は監視もかねるので、必然的に剣兵に回ってくるの。

「三番は就寝組だから、雑でもいいぜ」

「冗談、夜に役立たずになられると困るだろ」

夜間見回りは眠気との戦いでもある。

睡眠不足で居眠り、襲われるなんてのはごめんだ。

「馬車隊って編隊だっけ」

「んにゃ、今回は各隊についてだと、だから四小隊と一緒でいいぜ」

「あ、そう、トウチに続けばいいかな」

いつもは遠目で見ているだけだしな。

歩兵に合わせて走らせるってやった事ねえけど、なんとかなるだろ。


天使襲撃を気にしながら、三日目が過ぎた。

今日は普通に歩いて、なぜか新介が馬車である。

「って、本当になんでお前が馬車!」

御者台に座る新介を見る。

「えっ、だってやってみたいだろ、御者」

さらっと言う。

弓も矢も台に置いているのがヤバい。

「やりたいってうるさいから、明日には一人復活するから、今日だけな」

トウチは呆れ気味である。

「そうなんだ…それにしても、リミは大丈夫」

ボクの隣を歩くリミを見る。

なぜか姉さんも一緒に歩いているけど、まあ、それはどうでもいい。

「あたし一人、馬は悪いし」

「辛いようだったら、乗ればいいわよ」

気軽に姉さんが言う。

「馬車に乗ればいいじゃん」

新介の言葉に、近くを歩く全員が白い目を向ける。

馬車内はもれなく全員男だ。女の子一人を混ぜるな危険だろ。

「いやいや、御者台、二人座れるだろ」

弓矢を置いているトコをバンバン叩くと、うるさかったのか、背後から蹴りがとんだ。

今日は、特に荒くれの第六の連中だったな。中。

「あんま、馬車には乗せたくないわね。特に、あんたの隣」

「ひでえな。姐さん。なら、ヒューが代われよ」

蹴られてもこりずに大声で喋る新介の背に、さらに蹴り足が三脚でた。

「ん、なんで第七があんな近く歩いてんだ?」

ふと気付くと、すぐ後を第七が歩いている。

いつもと違い、馬車一台を囲む形なので自然と離れて歩いていたはずだ。

「さあ、今回はこれといって位置決めしてねえし、コードの気分かな」

たいして気にも止めず、トウチが答える。

距離をとる意味もないし、気にする必要もないか。

時々、何を考えているのかわからない。

訓練生時代も、一緒に暮らしててもわからない奴だったしな。

「リミ、本当に疲れたら言えよ」

ボクの言葉に頷き、一時間後、トウチの後に乗っていた。

「馬さん、重くないですか?」

「大丈夫、紅玉はウチの隊でもズバ抜けての名馬」

白鹿毛だけど名前は紅玉。

「紅玉君?」

「命名は姐さん。昔の果物の名前なんだと、ちなみに女の子よ。紅玉」

ぽんぽんと首を叩いてやると気持ちよさそうだ。

「付け加えると、そっちの馬車の右の紅尾のお母さん」

トウチが示すと、リミが振り返る。

「体の色、全然違う」

紅尾は漆黒だからな。

「旦那が黒毛だったから、去年、天使に持ってかれたけど」

微妙に声のトーンがさがり、手綱が引き絞られる。

別の師団の話だから詳しい事は知らないが、昨年の冬、別の村に行っていた第四師団とその村人がほぼ全滅した。

三百人の村人と五十人の師団員のうち、十五人と馬が三頭しか残らなかった。

ボク等、遠征隊と違い、人数も少ない師団だったが被害は大き過ぎた。

すべてのコトが、十分程の事だったという。

ま、よくある事だから、仕方ないといえば仕方ない事ではある。

「えっと…町には何人ぐらい?」

「ウチはだいたい八千ぐらいかな。三分の一が軍部の者」

この付近でもっとも大きな町。

百人単位の遠征隊を四つ所属してるのもウチぐらいで、近隣の村にも護衛師団を派遣できるぐらい軍人が多い。

ウチは傭兵の町として発展してきた。

軍人以外は町や村を失った移民が多かったりする。

「軍人が多いのね」

「まあ、俺等みたく親のない子供は訓練所に入るしな」

トウチがあっさりと言う。

畑仕事するよりも食べていけるから、必然的に軍に入るんだよね。

農民が悪いんじゃなくて、軍人の方が格好いいし、必要になるしね。

「軍人やる方が、天使を倒せるからな」

新介が言うのが一番の理由。

ボク達の両親のみならず、だいたいの人の身内は天使に回収された。

復讐とかではなく、生きるには軍が必要なのだ。

トウチはわからないけど、新介は食べるためと公言してる。

あいつはどうなんだろ。

コードに関してはわからない。

姉さんはともかく天使をぶちのしたいんだろうな。

両親は農民だったけど、畑ごと回収されたって話だけど、ボクが四歳の頃だからな。

「リミも町に着いたら仕事を選ぶ事になるよ。家はウチでいいと思うけどね」

「えっと、ヒナタさんやヒュー君と同じ仕事…」

「ん~、ボク等は基本は遠征組軍人だからな」

「それ以前にリミは軍人じゃねえし、今入隊しても配属されないだろ」

トウチがさらっと言う。

確かにそれは正しいね。

ボク等は軍人だしな。


「着いた。何事もなく帰ってこれた」

誰かの叫びが全員の心境だ。

もっとも、ボク等の居る位置からはまだ見えない。

先頭に町が見えるのなら、後十分ぐらいだろう。

「もう少しだな」

トウチが先を見て呟く。

後に視線を向け、後方に向けて旗を振る。

リミがトウチの後でそわそわしてた。

十日と、結構早く着いたな。

町までは一本道なので、おのずと隊列細くなる。

「あれが町」

「そう、俺達の町」

上から見るとかなりごちゃごちゃしているように見える。

ビルのある南側と海に面した東側、後は畑や牧草地になっている。

「俺達の住まいはあの辺りな」

四本のビルの内、もっとも低いビルの右下ぐらい。

ここからでも人の姿はわかる。

「俺は本部に戻るけど、お前等はどうする?」

視官兵は報告義務があるから本部へ戻るが、ボク等は即解散できる。

「俺は帰って寝る」

なぜか昨日は夜間組に混じっていた新介が返事をする。

「ボクも帰る。部屋、掃除しないと」

リミの部屋は姉さんと一緒としても、二ヶ月は放っていたしな。

「ウチも掃除して」

「自分でしろ。新介」

「というか、しておけ、新介」

ちなみに新介とトウチは同じ部屋。

「そうだ。リミは俺と本部に来てもらう。姐さんも来てくれるだろ」

結局、ずっと一緒についてきた姉さんを振り返る。

「そうね。姉としては弟に部屋の片付けを任せるのは、心苦しいけど、まあ、リミを引き取るのはあたしだし」

心にもない事を言ってくれる。

いつも帰還後に掃除をしているのはボクだし。

「何か失礼な事を考えてるわね」

背後から思い切りどつかれた。

痛いと思えば、誰の槍、それは。

槍兵達は馬車の向こうに居るはずと思えば、見える穂先の数が足りない。

「姉さん、人の武器を取るのはちょっと…」

「失礼ね。ちょっと借りたのよ」

「姐さん、そろそろ返してください」

馬車の向こうから声がする。

被害者はサトルだな。

などとやっているうちに町の門にたどり着いた。

もう挨拶するのが疲れた門兵に会釈と、姉さんが思い切り直角に礼を受けてるが、弟としては見ないフリ。

「じゃ、行ってくる」

外門の内で別れる。

他の隊も似たり寄ったりで、本部に行こうなんて歩兵はまず居ない。

同様、二ヶ月ぶりの我が家へ帰るだけだ。

例外として、馬車組は本部連行なんだよな。


「うわっ」

部屋に入ってまず窓を開ける。

「って、開かねえ」

窓板が外れない。留守中に打ち付けられてる。

「お前のトコもか、大家がやったのかね」

ひょいと新介が顔をだす。

「そういや、出る時、姉さんが何か言ってたな。木戸が壊れてるとかなんとか」

「だからって打ち付けるか。外からじゃないと外れないぜ」

「二階だぞ。ハシゴ借りてこないと」

「俺がやるから、一緒に掃除してくれ」

「窓が開かないと、掃除もできん」

釘外す方が楽だよな。と見ると舌打ちしてやがる。

「それにしても、布団、干すか」

リミの布団どうしよ。ボクの布団を貸すか、毛布でも寝れるし。

「ウチの布団やるか、ソルのがあるから」

「ああ」

ソルは半年前の任務で回収された。

元々、このアパートは軍属の共同生活の場で、一部屋四人ぐらいが普通だ。

ボクと姉さんは姉弟だから一部屋だが、新介はトウチの他に同期の奴等五人で暮らしていたが、一人は配属代えで別れ、一人は回収された。

「ん、そういやハヤトは? あいつが居るのに、なんで一緒に窓が打ち付けられてんだ?」

もう一人同室の奴が居る。すっかり忘れてた。

「あいつは基本夜組。今は寝てる。そして、やる気なし」

「そういや、ここ二・三年見てないな」

ソルを含む合同葬儀の時も見てない。

「ん~? 何? 呼んだ?」

いつの間にか、人の部屋に居るし。

「久しぶり、ハヤト」

同期だけど、ようは外部に出るほどの意思がないので夜間警備兵部所属、剣兵。

「久しぶり、ヒュー。戻ってきてたのか」

半分寝ていたのか、ぼんやりしている。

「ウチで掃除を頼む」

「しろよ。自分で、常時居るんだろ」

ハヤトのやる気のなさは筋金いりだ。

なにせ、本当は実力はあるのに、発揮する気はないのだ 。

「あ、そうだ。隣、住人が増えるぞ」

「ほう、誰?」

「リミって女の子。拾った」

「犬猫か」

新介の説明にツッコミをいれる。

「そっか、女の子ね」

ハヤトが楽しそうに言う。

「まあ、ハメをはずすと、姉さんがくるよ」

言うと部屋に戻って行った。

「ハヤト、冬眠するなよ」

新介が後に続いて出て行く。

「さて、窓外して掃除」

ボクも外に出る。

しばらくは町でのんびりできるかな。


広い荒野に二師団、ボク達の第三師団と、少し前に戻っていた第四師団。

双方合わせて三百六十四人、

「なかなか壮大ね」

「姉さん、なんで看護兵が混じってるの。それにリミまで」

両師団の看護兵は別の場所で待機だ。

「あら、いいじゃない。まだ始まらないし、リミはあたしの助手だし」

「あ、そう」

胸を張って言う姉に、何かを言う者はない。

それ以前に結局リミは軍属ではなく、姉さんの助手の医療者見習いという形で第三師団に配属って形になっている。

遠征には連れてはいかないだろうけど、医術班に入れられるって、どんな権力を持ってんの。姉さん。

「そろそろ訓練が始まるから、戻ってくんない。姐さん達」

旗を手にしたトウチが声をかけると、リミを連れて看護兵用テントに戻っていく。

「弓兵は後方へ、今回は待機」

対人用戦闘訓練ならともかく、対天使用訓練となると弓兵は別口だ。

降りてくる奴等を撃ち落とすための弓兵に仕事はない。

弓は重要だから、人同士の戦いでは使われないし、対人戦闘はせいぜい犯罪者狩りぐらいだから、こんな大規模戦闘は必要ない。

「今回の戦闘訓練は、例の地出没型対応、相手師団を見立てての方式」

「でも、あいつ等雨後のタケノコみたくにょきにょき出てきたけど、戦いにはならなかっただろ。突然わいてくる、それが危険なのに」

「まあ、そうなんだけどな。上がこう判断してんだし」

「正直、上はあれを見てないからだろうな。空から振ってくる奴等より弱いけど、ドコからでもわく連中、こうして正面からきてくれりゃ、逆に助かるのに,、しかも昼」

アキラが舌打ち混じりに言う。

「そうだけど、負けた方は外犯一週間」

トウチの言葉にボク等のみならず、師団全員が嫌な表情になる。

外周犯罪対策ほど面倒なものだ。

なんせ、たった一師団で町の周囲をひたすらに移動しつつ、天使や犯罪者を探せというんだから冗談じゃない。

休日が全部ぶっとぶんだから、あっちも本気でくるんだろうな。

お互い、休みなく次の調査には出たくないよな。

「あっちが先に帰ってきてんだ。負けられねえ」

周囲が一気に盛り上がる。

そう、ただでさえこっちは、あの天使相手をして疲れてるんだから、だらだらと休みが欲しい。

そして、ボク等の後には姉さんも居る。

「全軍、準備」

号をかけたのは総司令だ。

双方の司令の号が戦場に響き渡った。

行軍の旗が立つ。

「ウチは待機だな」

トウチが旗を見て言う。

「一と二はまだ入院してる奴が多いだろ」

「十を中心にしてる。ほら、本陣護衛の実力を見てろ」

「向こうは一・二が中心か、そういや、アレはいいのか」

向こう側を見ると、大型投石機がある。

「まあ、使われないだろ。最新型らしいぞ。単に見せびらかしたいんだろ」

「でも、馬四頭必要だろ。アレ持って遠征すんの? あいつ等」

「あんなもんに天使が当たるとでも思ってんの」

「投石機って弓兵が使うのか」

前の奴等が激突してるけど、待機すると暇だ。

「さすがにないだろ。弓兵をそんなコトに使うの。新介みたいな怪力バカしか居ないならともかく」

「本当にな。新介って、なんで弓兵なんだ?」

「あいつが側に居ると仲間が危ないんだよ。槍兵なんか特に危険」

新介が居ないためか、フォローのしようもない。

「右陣が動くか、おっと、向こうも動くな」

一人冷静に戦場を見てるのはトウチだ。

「第四動くぞ。第七も一緒だ」

チラリと本陣を見ると、伏兵指示らしい。

旗以外の指示はわからないが、動くという事はそうなのだろうが、第二も動かして大丈夫なのか。

コードも動いているな。

初期配置は視官兵同士の話し合いで決めてるから、知らない。

ボク達は視官兵の指示に従うだけだ。

「ヒュー」

不意の声に振り返ると、コードが居た。

「コード、第七放って何?」

わざわざ他人の隊にまで来るなんて有りか。

「あの女、あのまま、ヒナタが預かるのか?」

そういや、こいつ、変にリミの事を気にしてたな。

答えを持っていると、何も言わずに馬を自分の隊へと向かう。

「一体、何? お前」

「ん?」

思わず声をあげたボクに周囲の奴等が見てくる。

「ヒュー? コード、何してんだよ」

トウチの声にコードは視線だけを向けた。

ここまで協調性のない奴が指揮官ってのも、第七の連中は大変だな。

「…あの女が来て、天使が増えた」

「はっ?」

ぽそりとそんな事を言ってくる。

「なんだ、そりゃ」

確かにリミを保護した夜に地中から天使が現れたけど、それとリミは関係ないだろ。

「何が、バグなんだ」

ぽつりと言うが、よくわかんねえな。

「ヒュー、遅れてるぞ」

「ああ、わかってる」

すぐに後に続く。


「はい、ギリギリ」

怪我人数十人が並んで姉さんから手当てを受けている。

ほんとギリギリの勝負のうえに、第四の大半は正座である。

他の看護兵に手当てされればいいけど、どうしても姉さんがする事となる。

一応、ウチの師団の看護兵だしね。

「あら、何か嫌そうね。皆」

「いえ、そんな事ありません」

一斉唱和。

姉さんに逆らえる者などコードぐらいかな。

姉さんのコト、呼び捨てにしてるしね。

「だ、大丈夫?」

リミが医療キットを手に訊いてくる。

「ん、ボクは打ち身ていどだから、大丈夫」

訓練中は剣は鞘の中だけど、当たると結構痛い。軽い打ち身程度で済んだ。

「でも、突破できなかったから、マイナスよね」

姉さんが悪魔な台詞を口にしてくれる。

伏兵を倒しての横からの特攻が役目だったが、正直相討ちをし、第七はなんとか突破した。

「でも、まあ、役目ははたしたよ。うん」

トウチがひょこっと出てくる。

「反省会は終わったの?」

「そりゃ一応は勝利だし、姐さん、あんまりいじめないでくれよ」

「あら、隊長も甘くなったわね」

「色々とかんべんしてください。お姉様」

何人もが土下座である。

怪我人以外も必死の土下座だったりする。

「まあ、仕方ないわね。リミちゃん、もっと乱雑でいいわよ」

「姐さん、お手柔らかにしてあげて」

トウチのみならず、周囲が悲鳴に近い声をあげる。

「ヒナタ姉さん、厳しすぎるのもどうかと」

「あら、コーちゃん、なんだか久しぶり」

「その呼び方はやめてください」

「いいじゃない。君は好きにしてんだし」

「少し、いいですか?」

「いいけど、君、くだらない事は言いっこなし」

にっこりと姉さんが笑顔で牽制して、コードと一緒に離れていく。

姉さんが離れると一同がほっと息をつく。

「なんだ? コードの奴」

結果、参戦してない弓兵の新介は悠然としてるし、他の弓兵達は姉さんが怖いのか、救護所には来てない。

「手当ての終わった奴は、もう帰っていいぞ」

トウチが全員を見て言う。

「そうだな。でも、ボクが戻ると姉さんにシメられそうだし」

「俺は残るからさ、いいだろ」

視官兵は隊全員を確認する必要がある。

「さて、俺は帰るな」

新介は早々に帰ろうと歩きだす。

「何気に自由だな。あいつ」

「部屋、片付けてるといいんだが」

ぼそりとトウチが呟く。

「女の子が居ると、部屋は綺麗か?」

「そうだといいな」

どうもリミは掃除の仕方を知らないらしく、姉さんは姉さんだしな。

「うん、まあ、互いに同室が、かな」

「俺達はいいだろ。官寮にも部屋あるんだし」

視官兵以上は本来軍部の寮に入れるに入れるというか、部屋がある。

「ま、一人暮らしもなんだし、慣れないし、皆と一緒が…ん」

トウチがふと耳をすませる。

「?」

「笛の音だ。戦闘笛、この音は第四師団?」

馬に飛び乗ると、ウチの大将の元へと向かう。

他の隊の視官兵も動きだしているから、笛の音がしてるのか。

ボク以外にも、手当てを受けていた連中も慌ただしく装備を整える。

まあ、鎧を外していた奴は居ないので、剣や槍を手に取るぐらいだ。

少しして、甲高いサイレンが鳴った。

町の中で唯一の旧文明時代の遺産。

「襲撃?」

反射的に空を見上げるが何もない。

「町中に天使が出た。奴等を知る俺達はバラバラで行く。第四は南区に動く、弓兵は誰も居ねえ」

「さっき帰ったから」

「まあいい。上から来てねえし」

あっさりと斬り捨てた。

「急ぐぞ。町の人が危ない」

馬を走らせたトウチの後をボク達も後に続く。

初めて見る天使に対応が、遅れるとまずい。

この付近では最大の町だ。

ボク達の暮らした町を回収されてたまるか。


「第一倉庫までにげろ」

「触られるな」

「左はダメだ。右へ行け」

住宅街に近付くと声が聞こえてくる。

住民の三割が軍属、休みでもたいがい武器防具を常時装備なので、即時戦闘可能だ。

「護衛兵がすでに戦っている」

ぽそりとアキラが呟く。

「全員、対で行動しろよ」

トウチは旗ではなく、普段は鞍にくくりつけている手槍を持つ。

視官兵が自分で戦うなどという事はめったにない。戦場を常に見て回り指揮する役目だから戦うまでできないのだ。

だが、今は戦場が町中となので、全てに目が届く訳もなく、自分でも戦うつもりなのだろう。

「ヒュー、行くぞ」

アキラが呼ぶ。

「わかった。と、ハヤトだ」

「お、珍し」

なんとなく声がしていからまさかと思ったが、ハヤトが珍しく戦っていた。

「加勢するぞ」

言い終わる前に、すでに斬り込んでいる。

空から降りてくる奴より、にょきにょきとわいて出てくる分やっかいだな。

「ヒュー、アキラ」

「地面を注意して、誘導に回ってくれ」

「わかった。現在は第一倉庫が避難場所だ」

ハヤトはそりゃ素早く走って行く。

近隣組は、町というより人民を護るためにいる。

「おいおい、斬ってくそばから生えてきてんぞ」

「まあ、昼間で、範囲が限られている分マシ」

無駄に広い荒野で、見づらい夜に比べたらやりやすい。

ボク等以外にも軍人は多い。

町中で個人的に動いているので、戦場独特の笛の音などはせず、あちらこちらで人の悲鳴がする。

「こいつ等、建物を回収しないな」

空から降りてくる天使は戦うよりも、まずは周囲の物をなんでも消し去っていくのに対して、こいつ等は周囲の建物も気にせず人を追っている。

この前はある意味、何もない場所にわいて出たからボク等を目標としているのかと思っていたけど、こいつ等は元から人間しか狙っていない。

「なら、絶対に負けられない」

剣を構えなおす。

見た目は天使とは違うが、銀の刃が効くのならば、こいつ等は天使だ。

「なんか、数が増えてねえか」

アキラが背中越しに言ってくる。

「確かに」

ボクが見える範囲でも増えているのがわかる。

アキラ側も同じぐらい増えているとなると、なんかまずい。

「ヒュー、アキラ!」

上から声がしたと思うと、天使どもを矢が貫く。

「新介」

「いったん上へ、そいつ等、上がってこねえ」

見ると近隣の住人か、数人居る。

「とりあえず、だな」

アキラが建物へと足を向け、ボクもそちらへと向かう。

新介が矢で援護してくれる。

「本当に上がってこねえ」

階段を数段上がっただけで、天使どもは追ってこない。

「なんだ、こいつ等…」

「二人とも、ともかく、こっち」

上で新介が手招く。


普通、天使は上から来るから建物などに逃れると、逃げ場を失い建物ごと回収されてしまう。

昔はそれで行方不明扱いも多かったらしく、天使襲来時は、逆に広い場所に住人は集まるものだ。

そのため避難場所はホールなどが多い。


「逃げ遅れた奴等が居たんで、上がってみたら、登ってこねえのよ。あいつ等」

三階の屋根の上に十人ていどが集まっていた。

「で、なんでまだ居るの?」

「ハヤト達通ったのはわかったけど、どうも護衛としてはな」

「ああ、なんとなくわかる」

アキラが頷く。

十人ほどでも、ああも四方八方からわいて出られると守りきれない。

新介一人だともっと無理だ。

すでに矢が数本しか残っていない。

弓兵の最大の弱点は矢がなくなる事だ。

戦場では、時々落ちた矢を拾うものだ。

「前と同じなら朝まで待つところだな。建物は平気みたいだし、ただ、弓兵一人だと不安そうだったからさ」

ケラケラと笑う。

「安全なら動かないのは有りか」

「でも、それが絶対とはいえないし、少しでも減らすか」

「階段で二人は並べないだろ」

「交代でしよう。ボクが先に行く。お前等は休んでよ」

「俺もか」

「当然、上も気をつけてくれよ」

剣を抜き、階段を降りる。

天使どもがボクに気付いて集まるが、階段の前に集まるだけだから楽だな。

一応、左右や後にも気を向けながら剣を振るう。

数は多いが、気をつけてさえいればなんとかなる。

「交代するぜ」

上の方で休んでアキラが声をかけてきた。

「夜になるともっと増えそうだな」

「でも、朝日で全部消えたのに、夕日はダメか」

すでに西の空に沈みかけた太陽を見る。

「ちょっと、ヤバい事考えたんだが」

すぐに視線をボクに戻してくる。

「何?」

住人の方々は部屋の方で休んでもらっている。

ついでに夕食も頼んであるので、料理の匂いがしてきた。

「昼は天使、夜はあいつ等とか言わねえよな」

「あ~、うん、ヤバいな」

夜に天使が降りてこないって訳じゃないが、昼夜問わずに毎日なんて事はなかった。だが、あいつ等が夜わいて出るようになると、精神的にきつい。

町に戻って安堵したんだ。

見張りが立ってても、不安な夜が怖かったんだ。

「…あれ、もしかして荷馬車の上だと、意外と楽だった…」

「でも、まあ、あん時は知らんかったし、馬は危ないしな」

けろっとした表情で言う。

「そうだな。新介、他の奴等の様子はわかるか?」

「さすがに、この距離で町中だとわかりづらいぞ。旗も見えないしな」

目の良い弓兵でもやっぱり無理か。

「あ、でも、西の方に同じような奴等が居るみたいだぜ。奴等がむらがってる建物がある」

「ボクだとわかりづらいな。この付近なら、ウチの誰かだろうけど、合流できたら楽かな」

「なら、合図を送ってみるか?」

新介が信号弾を取り出す。

めったには使わない代物だ。

「ん~無意味じゃね。どっちにしろ、似たようなもんだろ」

さらりと下でアキラが言う。

まあ、あいつ等がむらがってるのならば、確かに同じように建物の高さを利用しての行動だろう。

「仕方ない。朝までの耐久戦だな」

まあ、姉さんは大丈夫だろう。

リミは大丈夫かな。姉さんと一緒に居れば大丈夫だろうけど。

「ん、しゃあないな」

アキラが軽く頷き、ひたすらに剣を振るう。

「登ってこないなら、いっそのこと、放っておいてもいいかと」

「念のためって、言葉はあるぞ」

アキラがつっこむ。

「せいぜい頑張るか」

新介が弓を手入れを始める。

「まあ、もう少し頑張るから、次準備よろしく」

アキラが声を張り上げた。

「んじゃ、次行くは」

「ん、よろ」

軽く言い残して、窓の外に目を向ける。

「あれっ」

自分でもまの抜けた声だと思った。

弦を張り直した新介が、きょとんと目を点にしている。

「何? どうした?」

「いや…気のせいか?」

リミが居た気がした。

奴等の中に、リミが居た気がしたんだ。


僕は忘れない。

君と出会えた事を、気が居た事を。

僕は覚えている。

気が語った事を、その夢を。

だけど、君は僕を覚えているのかな。


低い駆動音が止まると同時に、室内に一つだけ置かれていたカプセルのフタが少しだけ上がった。

霜でくもったガラスは中が見えず、わずかに開いた隙間から白い煙が流れる。

「ここ、ドコ?」

自力でカプセルのフタを押し上げ、起きあがった少年は辺りを見回す。

白い壁しかない部屋。

床にはカプセルに繋がれたコードが散乱している。

病院の寝間着のような格好で、体の霜を払いながらぐるりと室内を見回す。

長めの黒髪をかき回し、カプセルから外に出る。

白い床も見れば埃まみれで、ヨロヨロと歩きだす。

「僕は、いったい…」

何もない壁を探ると、スイッチがあり押すと壁の一部がスライドする。

「研究所…」

同じように長く白い壁の廊下を見て呟き、自分が出てきた部屋のプレートに目を止める。

「品野…」

ぽつりとその名を口にし、左右を見てから思いたったように、右へと向かう。

「行かなきゃ…待ってるのかな…あの子」

まだおぼつかない足どりで廊下を進んで行く。

「ダメなんだ。君は…僕が行くまで、待っていて」


四 少女と少年と

天使は、人を守るために居るんだ。

そう、君に伝えていなかった。


「あれっ?」

目が醒めた時、何か大切な事を忘れてる気がした。

「何か、忘れてるような」

「何してんのぉ」

「いつまで寝てんのぉ」

ベッドの上でぼんやりとしていると、双子がドアを蹴破って入ってくる。

「お前等な…」

「そうだ。お兄、隣に人が入ったみたいだよ」

「えっと…隣?」

すでに隣には人が住んでいたような。

「倉井…」

「そう。ようやく入るみたい」

「そうだったけ」

何か忘れてるような気もするが、双子にせかされてリビングに降りた。

「おはよう」

「おはようございます」

両親に挨拶を返して洗面所へと向かう。

「どうしたの? 変な顔して」

母親に言われて、一瞬、何事か考えた。

「あ、いや、いつもどおりだと思って」

そういつもどおりの変わらない朝。

今までと変わらない日常。

「って、これ、どうゆう事?」

ぼくが声をあげると、家族がきょとんと見てくる。

「どうしたの?」

「何が、どうしたの?」

双子が覗き込んでくる。

「だって、お前達は…」

「あたし達が何?」

きょとんと見てくる。

「…いや…なんでもない…」

確かな事は覚えてないが、この二人は居なくなったはずだ。

あれは夢だったのかな。

世界が終わる夢。

「ほら、早くしないと、学校に遅れるわよ」

言われて、朝の支度を始める。


倉井水里。ミリも転入してきた。

皆は初めて会ったという感じだ。

「それじゃあ、ヒューの隣になるわね」

ヒナさんがミリの住所を訊いてぼくに振ってくる。

新や冬至もこっちに目を向けた。

皆がしている質問の答えを、ぼくは知っていた。

また席が隣同士になったので、ずっと話を聞いていたが、その全てをぼくは知っていた。

唯一違うのは、ミリが隣の家に住んでいる事を今聞いた事ぐらいだ。

前の時は、引っ越ししてきた時に会っていたから、ぼくの方から話していたぐらいだ。

「ヒュー君?」

「皆、そう呼んでるから、それでいいよ」

「よろしく、ヒュー君」

にこっといつもの笑顔を向けてくれるが、どこかぎこちない。

「よろしく」

さしだされた手を握り返すが、なんか変。

やっぱり、ぼくの記憶の中のミリと同じ。

夏休みまでの短い間だったけど、ぼく等はミリと仲が良かった。

ヒナさん達と仲良くしていたのにと思う。

「夏休みまで短いけど、仲良く遊びましょ」

ヒナさんがそう言った。

まるで、夏休みのコトを知っているような。

「どうした? ヒュー」

新が不思議そうに訊いてくる。

「いや、ちょっと…な」

ふと廊下を見ると、品野が居た。

ぼくの視線に気付くと、ふいと視線を外して歩いて行く。

「ヒュー?」

誰かが呼んだ気もするが、ぼくは品野を追って教室を出ていた。

「お前、なんだ?」

階段の踊り場で、ぼくを待っていたかのように話かけてくる。

「それは、ぼくが聞きたい。一体、これはどうなってるの?」

直感的に、品野は知っていると思った。

「夏休みに何があるの? なぜ、戻ったの?」

「俺にもわからん。だが、倉井が始まりだ。あいつが来てから、あの日までずっと繰り返している」

「あいつって、君、イトコなんだろ」

前の時にミリが言っていた。

「違う。倉井博士は上司だ。俺は彼の研究所の所員だった。そして、彼の娘はとうの昔に死んでる。幼い頃、病気で亡くなった」

「えっと…」

突然の事に頭が真っ白になった。

ミリが死んでる。

じゃあ、ここに居るミリは誰だというの。

「第一、俺はとうに三十だぞ。なんで、高校生なんだよ」

品野は自分の制服姿が気になるようだ。

三十路と言われても、品野は同じ高校生にしか見えない。

「一体何があってこうなった。訳がわからん」

「品野がわからんコトを、ぼくがわかる訳ないよ」

「うん、まあ、そりゃそうだが」

歯切れ悪く、ぼくを見る。

「ともかく、あの女には気をつけろ」

「…ああ」

頷いてはおくが、ミリがぼく等に何かしたという覚えはない。

ミリは普通の女の子だった。

友達と一緒に楽しんで笑っていただけの女の子。


「何してんの? ヒュー」

不意の声に気付くと、周囲に皆が居た。

気付くと教室に居て、皆が不思議そうにぼくを見ていた。

黒板の日付が翌日になっていた。

「ヒュー、なんか、朝からぼんやりしてんな」

新がぽんぽんと頭を叩く。

「あ、いや…なんでもない…」

よくわからないけど、ぼくだけ皆とズレている。

時間が飛んでいる気がする。

気付くと違う場面になっている。

まるで映画か何かを中で体感していた気分だ。

ぼくの変化など、誰も気付かない。

品野は時折、ミリを見張っているみたいだけど、何かをしてくる事はないようだ。

何かする気がないというより、できる事がないが正しいのかも知れない。

「品野、また見てんのか?」

体育館に行く途中で品野が居た。

どちらも体操服だから、また時間が飛んだようだ。

DとFが体育ですれ違うのは、確か夏休みの三日前か。

「何をすればいいのか、わからん」

「そう、ずっと見てて、疲れないか?」

「ずっとは見てないぞ」

品野は不思議そうに見てくる。

「あれっ? えっと…品野は、こう時間が飛ぶって感じがねえの?」

「何を言っている?」

本当に不思議そうに見てくる。

いや、そんな可哀想なモノを見る目はやめてくんない。

「あれっ…ぼくだけ?」

「いや、だから何を言っているんだ」

本気で心配だ。みたいな目もやめてくんない。

「ぼくだけ、何か違うのかな…」

「さあ、俺も多くは知らない。というか、忘れている」

少し、困ったように言ってくる。

「ただ、俺は違うと思っているだけなのかも知れない。だが、研究者であったのは確かだ。あの研究所に居た」

品野は 、難しい顔で言う。

「研究所?」

「ああ、ある病気の…遺伝子の研究だ」

「遺伝子…」

何かが引っ掛かった。

「えっと…夏休みって、あれっ?」

気付くと品野が居ない。

「ん? 夏休みがどうしたって?」

目の前に座っていた冬至が訊く。

「夏は海だろ」

新が力説する。

辺りを見回すと、いつものメンツが集まっていた。

教室の外に目を向けると、品野がいつものように見ている。

「ごめん、ちょっと…」

そそくさと教室を出ると、品野は廊下の端で待っていた。

冬至達は不思議にも思ってないからか、気にも止めてない。

「品野」

「お前、昨日はどうした?」

ぼくの顔を見るなり、そう訊いてくる。

「昨日…えっと、ぼくは何したの?」

「何って…? 話の途中で突然に帰ったぞ。覚えてないのか?」

「いや、ぼくにしてみれば、いきなりこの時間に居るんだけど」

ぼくの言葉にやや考えるような仕草をして、軽く小首を傾げる。

「お前だけが違う…変だな、ポットに異常、いやそんなはずは…」

「昨日か、聞こうと思ってたけど…」

「ああ、考えてる通りだ。ここは、あの夏休み後の世界。どれぐらいの時間が過ぎたかは俺も知らないが、ここはポット…冬眠中の子供達の精神安定のための仮想世界だ」

「冷凍睡眠なんだろ。ただ、眠ってるんじゃないのか?」

「まあ、そうなんだが、夢は見るらしいんだ。いづれ、目が覚めた時、混乱を少なくするために、夢を統一したいとかなんとか…残念だが、俺にはわからないんだ」

軽く肩をすくめる。

「ようは下っ端な訳ね」

「専門外なだけだ。放っておけ。ケアのために素質のある研究者も…」

「品野?」

「そうか、お前は研究員用のポットに入っているのかも、それなら、他の連中と違い異常があっても…でも、俺はお前を知らない」

「そう言われても…わかんないよ」

ぼくは何もわからなかった。

「お前が誰かはわからないが、もし、お前が…」

品野の言葉は続かなかった。

また品野は目の前から居なくなった。


海を見ながら考えていた。

ぼくは誰なんだろうと思っていた。

そして、また世界は繰り返されたが、そこに品野は居なかった。

また、品野は目の前から居なくなった。


そしてまた、ぼくはミリと出会った。


「お隣の方ですか?」

初対面らしいミリが挨拶してきた。

「…ミリ、倉井水里…」

「あ、はい」

きょとんとミリが頷く。

なんで自分の名前を知っているのかという表情だ。

「…ぼくは…」

名乗ったところでミリは知らないという風だ。

「えっと、よろしく」

「そうだ。品野を知ってる?」

「品野…誰?」

不思議そうに聞き返してくる。

「いや、いいんだ」

今回、ミリと話したのはこれだけだ。

クラスには編入してきたが、ぼくとは会話しなかった。

ヒナさんとは仲良くなったので、女子グループと一緒に居る事が多く、ぼく達とは一緒に行動はしなかった。

双子とも会うことはなかった。

そして、夏休みが始まった。

そして、ぼくは一人、同じ時間を繰り返す。


何度目だろう。

ぼくは何度、これを繰り返す。

品野はドコへ行ったんだろう。

冬至達はなぜ気付かないのだろう。

ぼくは、何をすべきなんだろう。


キミが来るたびにぼくは皆から離れた。

皆はいつもと変わらない。

ぼくが居ても居なくても変わらない。

今日も一人、ミリを遠くで見ているだけだった。

品野の気持ちがわかる気がした。

ぼくができる事はないのか、夏休みを前にして、それを強く思う。

明日になれば、ぼくはまた戻るのだろう。

何もできずに皆が居なくなるのを、見届けて戻る。

ぼくは、なんでぼくはこうなんだろう。

品野は元から違っていたらしいけど、ぼくはなぜ記憶があるんだろう。

「ぼくは…」

砂浜を握りしめる。

何もなくなる明日を見なくちゃならない。

「ぼくは、何がしたい」

握り締めた砂は、指の隙間から落ちていく。

全てがこぼれ落ちていく。

何も残らないし、何も残さない。

全てが幻なら、この世界の意味はなんだろう。

ぼくの、品野の意味はなんだろう。

悩んでもわからない。

考えても答はでない。

ぼくはただ流されているだけ、品野のように、いつかぼくも消えるのかな。

「品野、お前はドコへ行ったんだ」

今は居ない品野の名を呟く。


空を見上げた時、白い羽根が落ちた。


見間違いなら良かったのかも知れない。

ボクは反射的に天使を蹴散らして外へ飛び出していた。

「ヒュー!」

背後で声がするが、まず振り返る余裕はなかった。

多分、新介の声だったと思う。

目の前に現れる天使は、ほとんど無意識に斬り捨てる。

「ヒュー?」

「コード」

町中だからか、身一つでコードが走っていた。

「何してんの? 徒歩で」

基本戦闘職ではない指揮中心の視官兵が、走ってきていた。

まあ、こいつも兵士としての訓練は受けてるか、死にはしないだろうが、基本装備短剣で天使を相手できる訳がない。

「お前もそうなのか?」

「何が?」

突然の問いに、反射的に聞き返す。

昔からよくわからん奴だと思っていたが、最近は特に変。

「あの女」

「またか、リミは姉さんと一緒に居るはずだろ」

「ヒナタ姉さんは本部に居る」

「そうか、で、お前は何しているの?」

視官兵が走っているのは不明だ。

「あの女を追ってきた」

「リミを」

「あの女が天使を呼んでいる」

「はっ?」

コードの物言いに、一瞬、頭が真っ白になった。

それでも長い訓練の賜物か、視界に動く天使は斬り倒して進んでいる。

「に、人間が、天使を操るなんて、できないだろ」

そんなコトができたら、戦う必要などない。

「昔から、天使は敵で、勝手に出てきたんだ」

「その昔ってのは、いつからだ」

「いつって、昔は昔だ」

そういえば、いつからだろう。

少なくとも、ボク達が生まれる前からそうだった。

ボク達の先人達が戦っていた。

「そうだよ。先文明が滅んだ頃から」

「その先文明って、いつの話だ?」

「知らないよ。昔だろ」

この町を造りあげた文明の事など知らない。

ボク達が生まれる前存在しているモノだ。

「俺達は、昔から一緒だったか?」

「あ、あたりまえ…」

怒鳴り返そうとして、言葉に詰まる。

お互いの両親が天使に回収された後、コードは姉さんに連れられて、一時期は一緒に暮らしていた。

兵士の訓練を受けるぐらいまでは、確か一緒だったはずだ。

なのに、記憶はあるのに思い出せない。

昔のボクもコードも姉さんも、思い出せない。

トウチも新介も、昔はどんな姿をしていたっけ、ボク等は確かに一緒に居たのに、暮らしていたのにまるで思い出せない。

この町で暮らしていた。

どんな格好で、どんな姿で居たっけ。

まるで日記を読むような文章では思い出せるが、絵としては思い出せない。

天使を斬り捨てながら、自分の手を見る。

幼い頃から剣を握っていたはずの手、なのにタコ一つない手、どうやって、誰に習ったのか。

「昔が思い出せないんだ」

コードが短剣を振り払って、天使を斬る。

「文字でしか思い出せない。何よりも、俺はお前を知らない」

「はっ?」

突然の告白に、何事かと目を丸くした。


「えっと…なんだって? いとこを忘れてるか?」

「そこがおかしいんだ。俺は、ヒナタさんは知っている。トウチや新介もわかっている」

「ボクは…」

「お前を知ってはいるが、ヒナタさんとはいとこではない 」

「なんで…」

ボク信じられない モノを見るように、コードを見た。

コードはいとこのはずで、姉さんは姉さんだったはずだ。

「ボクの記憶は、ボクは一体、誰?」

そういえば、ボクは誰だっけ。


羽ばたいた天使に、ボクは全てを思いだした。


僕は思いだした。

まあ、忘れていた訳でもないけど、僕がやるべき事を思いだした。

昔から居る研究所だから、だいたい覚えている。

「問題は、あの子がドコに居るか、だよな」

あれからどのくらいの時が過ぎたのかわからないけど、すっかりと研究所もボロくなった。

体が動くうちに、なんとか伝えないとならない。

「えっと、こっちが、皆が眠っている冷凍睡眠室だよな」

記憶が確かなら、そのはずだ。

僕とは関係ない場所というより、近付いていけない場所。

例の病気、ウイルスには感染しない遺伝子の主、東日本中から集められた中高生が眠っているはずだ。

「えっと…『彼女』は、こっちだっけ」

昔、眠る前に品野先生に教えられた事だ。

「本当、品野先生はドコ行ったんだろ。あの人は、研究者でもウイルスに感染しない人だったのに」

大人は遺伝子の劣化が原因で、子供と違ってウイルスに感染するものだが、品野先生は、三十路なのに感染しなかった。

だから、専用の冷凍睡眠ポットがあったんだよな。

なぜか、僕が眠っていたんだけどね。

「僕は、いつまで生きていられるのかな」

冷凍睡眠から目覚めた以上、僕の病気は進んでいるのだろう。

けして治らない病気、進行も止める事もできない病気、変えられない死しかない病気。

「一日ぐらいは大丈夫だと思うんだけどな」

まだ見える部分に異常はない。

一度発症すれば、一週間ほどで死にいたる病気。

僕は発症が見られてから、三日だったっけ、背中から表れたから、正直なところ、正確な日数はわからない。

「この…先だ」

通路にある案内板を見て呟いていた。

誰も居ない。

これは、君の世界じゃないんだ。


中央制御室。


「ぎょうぎょうしい名前」

プレートを見て呟く。

今、本当にここが世界の中央なんだろうけど、実のトコどうでもいい。

電子ロックか、変わってないのならあの数字。

ピッと小さな音とともに、ドアがスライドする。

ドアが開くと同時に急激に冷え込む。

「寒っ」

いくらスパコンが置いてあるからといって、寒すぎだろ。

一体、冷房でどんだけ電気使っているんだ。ここには、関東一円の電気が供給されるようになるとは言ってたけど、発電所、動いているんだな。

そっちには、簡単なロボットが配置されてるんだっけ。

「あ、この絵本」

机の上にある絵本を取る。

星を運ぶ天使か、懐かしいな。

「これが始まりだっけ」

背表紙に懐かしい名前があった。

小さい頃に同じ病室だったお兄さんの名前。ついでに、たどたどしい文字で自分の名前があった。

「小さい頃、僕は君と会っていたよ」

部屋のもっとも奥、壁に立てられた冷凍睡眠のカプセルを見上げる。

「何度も、何度も、何度も僕は君と出会ったんだ。覚えてなかったというよりも、わからなかったんだろうね。君は変わらないけど、僕は変わっていったから」

初めて会ったのは五歳の時、心臓の病気の時。

次は十一歳の時、見舞う場所を間違えた時。

最後は眠る直前、十六歳の僕は眠る君を君だと気付かなかった。

「倉井博士の娘さんだったんだね」

この病気の第一人者で冷凍睡眠の提唱者。

「僕は…僕達は、君が望む世界でしかなかった。だよね」

同意を求めるように声をかけると、目の前が揺らいだ。

そこに僕が居た。


ボクが見たのは、ボクだった。

コードが目を丸くしてもう一人のボクを見ていた。


ぼくはなぜぼくが居るのかわからなかった。

入院着姿のぼくを見ていた。


五 僕と君と

「お前、誰だ?」

剣を手にした僕がこちらに剣先を向けてくる。

隣に立つ人、なんか見覚えがある人だなと思えば、もしかして品野先生。

「品野先生か…」

「ん?」

僕の呟きに、妙に若い姿をした品野先生は、不思議そうに見てくる。

「お前……か?」

「品野先生、一体、あんたはドコに居るんだ?」

「コ、コード?」

剣を持つ僕が品野先生をそう呼んだ。

「…そうか、目覚めたのか、ちゃんと」

「品野先生の言った時期になったんだよな。僕にはわからないけど、条件が揃ったって事だよな。もうウイルスはない?」

「わからん。正直、俺が調べている訳ではない。だが、なぜここに居るんだ」

「品野先生、通常ポットに入っている訳でしょ。だから、巻き込まれたんじゃないの」

僕の台詞に思いだしたらしく、手を打っている。

時々、素ボケだよな。

「だからって、学生か…」

はあっとため息をついていたりする。

「まあ、本来なら、俺が先に目覚めてセッティングし、彼女を起こすはずだった」

「えっと…コード、なんの話だ? そっちのお前は、誰だよ」

剣を構えるのがバカバカしくなったのか、僕の姿をしたもう一人が品野先生に声をかける。

どうやら、彼の方は僕と自分が同じ姿をしているとしても、まったく話がわからないらしい。

「というより、君が誰?」

僕は僕と同じ顔をした彼を示しつつ、実際は品野先生に訊く。

「はっ?」

もう一人の僕は心底、不思議そうに僕を見る。

品野先生は僕等を見比べて、すっと視線を、ずっと置いてけぼりになっている制服姿の僕へと移した。

おのずと、僕はそっちへ視線を移すが、品野先生の横に居る僕には見えていないのか、小首を傾げている。

「彼は君だろうな。彼女が創りあげた君」

「彼も…」

「なんの事だ、品野…そいつ等は、ぼく…なのか」

制服姿の僕には、剣を持つ僕と品野先生が見えているようだ。

「彼女…倉井水里が創りだした…僕」

「リミ」

「ミリ」

二人の僕が同時に名を口にする。

どちらも彼女が呼ばれていた愛称。

彼女が彼女として生きようとした時の名前。

「彼女にとって、俺達、医師以外で知っている人間が君だったからだ」

品野先生が当然の事のように言う。

僕が彼女の唯一の知り合い。

生きていて、彼女がなんなのかを知っている知り合い。


倉井水里という女性がなんなのかという事。

まだ幼かった頃に会った大きなお姉さんで。

小学生の頃に知り合ったお嬢さん。

最近、見かけた女の子。

そう、彼女は年をとってないから、同じ人物と気付かなった。

同じ人物だけど、僕の記憶が正しくても同一人物であるとは思わなかっただけだ。

彼女が、ただ一人である事に気付かなかった。

倉井水里という女性は、僕が十六歳の時には、実年齢は四十代のはずだった。

最初の感染者で、冷凍睡眠の被験者。

そして、世界の破壊者で創造主。


「水里さん、初めまして、そしてお久しぶりです。僕は…」

名前を呼ぶのは初めてだ。

教えられたコードを打ち込む。

部屋の中央のカプセル、この施設のコンピューターと繋がった中央のシステム。

仮想現実を創りだしている最大のベース。

「ああ、そうだったのか、そうだったんだ」

制服姿の僕が理解して、背後に目を向ける。

「よくわからんが、それでも、これだけはわかる」

剣を下げた僕が後に向き直る。

僕の知る彼女よりも、少し若いような感じの彼女が居た。

単に僕のイメージの中では、お姉さんという事なのだろう。

「ぼくは、きみを助けたい」

「ボクは、キミを守りたい」

二人の僕が、それぞれに手を差しのべる。

「そう、僕は、君を救いたいんだ」

目の前のコンソールのスイッチを押す。


全てが終わり、全てを始める。

二つの世界は夢となり、一つの現実が始まる。

創られた悪夢も、憧れた夢も、現実の中に埋もれていく。

さあ、新しい世界に歩きだそう。


終幕

今日も良い天気だ。

半壊した町も大分片付き、畑も田も順調だ。

馬や牛、豚や鳥なども大分増えた。

機械が使えないのが、こんなに大変だとは思わなかった。

昔の人は、本当にすごいんだなって思います。

「よし、いい天気。今日も頑張ろう。ボクは元気だよ」

空を仰ぐ。


天使は居ない。

現実は過酷。

それでも、ボク等は生きているよ。

キミが残してくれた未来を、生きている。


「頑張るのはいいが、まずは検診だろう」

すっかりとおじさんになった品野先生が、軽く手招く。

「なんか、失礼な事を考えてなかったか?」

白衣のすそを払って座る。

元々、研究者だったようだけど、今は唯一の医者として千人以上の子供の生活管理をしてくれている。

「品野先生、今年はようやく、作物がとれそうですね」

「もう、備蓄食糧がなくなるし、間に合ったな」

カルテだけはパソコンを使っている。

電力が少ないので、本当に必要なトコにしか使えない。

「バイタルは大丈夫か、まあ、この三年でほぼ健康体だな」

ざっと確認する。

「もう、年長組も二十歳を越えたし、この先、子供とかも産まれるんだろうが…俺、産科はよくわからないんだよな」

「まあ、そこは女性陣でどうにかしますよ。品野先生は、結婚しないのですか?」

まだ三十前半ぐらいですよね。

「四十過ぎのおっさんに、誰がとつぐんだよ」

「えっ、そんな年なの?」

思わず口にだすと、渋い表情になる。

「肉体的には三十四だが、七年ほど、テスターとして眠っていたからな。気分的には四十だな」

ボリボリと首筋をかく。

仕草がおっさんですよ。

「それでも、おじさんよね」

「古里…」

「ヒナさん」

看護助手をしているヒナさんこと、古里日向さん。

元々、看護学校の生徒さんであったので、目覚めてからは品野先生の助手をしている。

他にも、何人かは医療関係に居た者はここで働いている。

「そういえば、冬至君達が探してたわよ」

「冬至?」

「お祭りの件よ」

「そんな時期か」

面倒そうに、品野先生が頭をかき乱す。

「まあまあ、先生。なんというか、まだ子供も多いですし、お祭りは必須」

びしっとヒナさんが言う。

「まあ、小学生連中は、まだこの世界に慣れてないよな」

ため息混じりにぼやく。

中高生は、剣の世界の影響か、意外とすんなり何もない世界に慣れていったが、小学生の特に低学年は親が居ないためか、今でもこもっている子供達も居る。

それでも祭りには顔をだす。

なんだかんだと今、この世界で生きていかなきゃならないとわかっている。

あの世界のように、ボク等の世界はここだとわかっている。

天使が居ないのが救いだ。

少しずつ、この世界になじもうとしているんだ。

「絶望という天使を呼んでしまわないように、ボク達は祭りを行う」

これは、お盆だ。

新しいお盆は、キミの命日。

「来たか、待ってたぜ」

冬至の他に新介にアキラなどといった第四師団のメンツが集まっていた。

学校は皆違うが、同じ学年であの剣の世界でともに生きていた縁か、キミとの友情のためか、こうしてボクを手伝ってくれている。

最初の死者であるキミを、こうして守れるのも、キミの墓があるのも。

「品野先生に呼び止められていてね」

「そうか、お前は大丈夫なのか?」

「平気だよ」

本当に皆、心配性だよね。

「祭りはいつも通りでいいだろうけど、今年は、食料が足りないよな」

「本当に、普段、縛ってる分、食べ放題にしてんのに、な」

計画書を見ながらぼやく。

「仕方ないよ。まだ、収穫ができないんだし、皆わかってる」

「でも、ケーキのための材料は確保済み」

冬至がびしっと親指をたてる。

「年一の新世界の誕生日でもあるしね」

新介が背後にある墓石を見上げる。

キミの墓であり、新しい世界の標。

「あ、そうだ」

冬至が思いだしたように、カバンから一冊の本をとりだす。

「何?」

「ほら、これ」

とりだしたのは絵本。

古いうえに、修繕のへたくそな絵本。

「この本…」

「キッズルームにあったぜ。それ、ヒューのだろ」

「そう。そして、これが天使を生み出した…」

あの世界の天敵の天使は、この本の天使を極端にしてしまったもの。

倉井水里の死への恐怖と、天使が死者の魂を回収するという絵本の内容が重なり、世界構成のメインに繋がってしまった。水里の思念が、世界を回収していたのだ。

自分の死と世界の死を一緒にしてしまった愚かさの元。

同時に、今の世界を創るキミとの唯一の繋がりの始まり。

ボクもキミが同じだとはわからなかった。

ずっと繋がっている日常と思っていたから、キミの変化がわからなかった。

キミがボクの傍らに居た事。

キミがボク等を繋いでくれた事。

「本当、ヒューは頑張ったよな」

冬至が思い出すように、ボクを見る。

「そうだな。病気に負けてなかった。初めて会った時から、なんかダチだったな」

アキラもボクを見る。

ボク等は向こうで知り合い、目覚めてから初めて会った者同士。

姿は同じだから、会ってすぐに冬至も新介もアキラもわかった。

学校で会っていた頃のように語らい、遠征の時のように働いた。

ボク等は何年来の友人のように、本当に会ってすぐに打ち解けた。

キミがボク等を結びつけてくれた。

「でも、いい加減、この祭りの名前を考えた方がよくないか? 俺等はいいけど、新しい世代は困らね」

新介が看板を示す。

「まあ、鎮魂祭とかいうのもなんで、うっかり、アイツの名前をつけたもんな」

「嫌がったけど、動けないのをいい事に、押しすすめたよな」

「でも、アイツのいうように、そろそろ明日に向けての名前でもいいだろ」

「新介、なんか考えてんの?」

ボクが訊くと、軽く肩をすくめてからボクを指す。

「そりゃ、お前の仕事だろ。アイツがそう言ってたしな」

「ボク…えっと、来年ってコトで」

いきなり言われても、考えてる訳がない。

「じゃ、今年も、ヒュー祭だな」

冬至がぽんぽんと看板を叩く。

「せいぜい、あの世のヒューに届くぐらい、陽気にいこうぜ。水里」

新介が笑いかける。

「そうだね。きっと、ヒューは星守る天使になってるだろうから、楽しくやろ」

ボクもそう応えて、絵本を手に歩きだす。


「ボクは君を守りたい」

剣を手にしたヒューは、そう言って消えていった。

キミはボクに生きる勇気をくれた。


「ぼくは、きみが笑っていればいいんだ」

独りになっても立っていたヒューは、笑って消えていった。

ありたかった日々を、キミがくれたから、ボクは辛いコトも頑張れる。


「僕は自分達に全てを託された。だけど、君を待っていたのは、僕自身だ」

そう言って、ボクを迎えてくれたキミ。

世界は変わってしまったけど、キミは待っててくれた。

すぐ後に品野先生も目覚めて、冬至や新介、ヒナさんも目覚めた。

彼等とは、すぐに打ち解け、現在の初代政府を創った。

子供だけの王国は、開拓から始まり、村にするまでに一年かかった。

天使の居ない世界は、静かに同じ事の繰り返し。

それでも、時間はキミの命を奪っていった。

長く頑張ったという。

本当は一週間で失う命を一年以上も生きて、ずっと生きていられるかのように、生きていた。

村ができる頃には病で起きあがれなくなり、半年もすれば、目を開けなくなった。

サヨナラも言わずに、キミは、キミ達は居なくなった。

キミが居なくなって、ボクの世界は少し寂しくなった。

それでも、ボク達は生きている。

ボク達は生きていく。


「ヒュー、大丈夫。ボク達は、生きてるよ」

たどたどしいファンタジーですが、感想がありましたら、どのようなことでもコメントしてくれるとうれしく思います。

読んでいただきありがとうございました。


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