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シェリルのプロローグ

作者: 美雨



「結婚しよう。僕は君が欲しいんだ」


海のように美しく青い瞳が、可憐な少女、ミリア・ローザリアン伯爵令嬢を見つめている。

その瞳の正体は第一王子、デュオット。

彼は他国の貴族を招いての華やかな夜会で、最初のダンスの相手に婚約者ではないミリアを指名し、突然求婚したのだ。


「ディ、ディオット様! このような公の場で、恥ずかしいですわ」


「ミリア。愛してる。君以外と結婚するなんて考えられないよ。だから、僕と結婚して。ね?」


「……はい。勿論ですわ。喜んで! わたくしもデォオット様が他の方と結婚するなんて考えられません!」


ミリアは臼桃色の愛らしい瞳を潤ませて一瞬恥じらう素振りを見せるが、さらに甘い言葉を囁かれると、舞い上がり、二人だけの世界を作り出してしまった。

唖然とした表情で凍り付く周囲の紳士たち。

対して淑女たちはうっとりと茶番を眺めている。

夜会出席者全員がこれを目撃していたのだ。


「やっと終わる……」


紺のシンプルなドレスに身を包んだ美しい少女が壁際にひっそりと立っていた。

この国では珍しい黒髪と、黒い瞳をしている。

少女はこの瞬間をあの日からずっと待ち望んでいた。

隣国の第一王女である少女、シェリル・ラルクベルは両国の友好と繁栄のために表向きは婚約者として差し出された人質だ。


幼い頃、たった一人で言葉も文化も異なる隣国に放り込まれたシェリルは年頃になると、ディオット王子と共に全寮制の学園に閉じ込められてしまう。

閉鎖された学園内でデュオット王子に避けられ、王家がシェリルに無関心だと捉えてしまった貴族令嬢から壮絶ないじめを受ける。

エスカレートする嫌がらせに耐え、命を落とす寸前まで衰弱した時に前世の記憶を思い出す。

シェリルはこの世界が乙女ゲームの舞台であると知り、決意した。

自由になるために主人公のミリアとディオット王子が結ばれるルートを全力でサポートしよう、と。

王家が自分に全く関心を示さないのをいいことに、記憶を頼りに他の攻略対象者の情報を集め、ありとあらゆる方法でディオット王子以外のイベントを潰した。

更には攻略対象者に他の女の子を差し出したりするなど、ミリアと接近しないよう遠ざけた結果、無事にディオット王子ルートへと導くことが出来た。その傍ら、早急に言葉や文化を取得し、護身と今後の生活のために淑女教育そっちのけで政治や医学、さらには騎士学まで必死に学び、学園内では常にトップクラスの成績を維持している。

次第に事の重大さに気付いた貴族令嬢からの嫌がらせは勢いをなくし、男子からは尊敬と憧れの眼差しを向けられて好意的に話しかけられることが増えた。シェリルは彼らを手駒として巧みに操り、動かす。


「シェリー。何か飲むか?」


「リュオット殿下。あれほど公の場では姫様に話しかけるなと申し上げましたのに。その脳みそは飾りなのですか?」


ひっそりと一人でいたシェリルの両隣にはいつの間にか攻略対象者だった第二王子リュオットとその護衛騎士、クリスが立っている。さらに、周囲には手駒となった少年たちが集まっていた。

喜びを表に出さないよう、無表情を保っていたシェリルは曖昧な笑みを浮かべ、リュオット王子からジュースの入ったグラスを受けとる。

未だ二人の世界から戻ってこないディオット王子とミリアを国王は王座からつまらなそうに見下ろしていた。


「我が息子、ディオットよ。よいのか?」


「はい。父上。僕の心は決まっております」


「そうか……」


シェリルはグラスを持っている左手を微かに震わせ、国王の次の言葉を今か今かと待っていた。

国王は必ず、シェリル・ラルクベル姫とディオット王子の婚約を破棄し、新たにミリア・ローザリアンとの婚約を結ぶ、と宣言する。

シェリルはそう信じていた。


「あー……では、皆よく聞け。これより、シェリル・ラルクベル姫とディオットの婚約と王位継承権を破棄し、新たに姫はリュオットと婚約を結ぶことを宣言する。よいな?」


「はい。父上。異論はありません」


「お、お待ちください! 国王陛下。なぜ、ディオット様の王位継承権を破棄するのですか?」


ディオット王子は笑顔で宣言を受け入れた。

役目を果たしたとばかりにこの場を去ろうとする国王をシェリルはあわてて呼び止める。

そんな、あり得ない。未来の国王と王妃に相応しいのは二人だ。シェリルはそう叫びたかった。

自分の意思をしっかりと持ち、多くの民から信頼され人気のあるディオット王子と誰にでも優しく手を差し伸べるミリアは、シェリルにとって憧れの存在でもあった。二人を結びつけるためにずっと見てきたのだ。関わることがなくても二人がどんなに素敵な人間か、シェリルは知っている。

背を向けたままの国王に質問を投げ掛けようと口を開いた瞬間、勢いよく塞がれ、耳元で黙っていろと囁かれる。シェリルは大人しくするしかなかった。


「父上。後はわたしにお任せください。皆、二人に祝福を! わたしたちは失礼するがまだ夜は長い。楽しんでいってくれ」


リュオット王子の言葉を聞き、国王は王妃と共に去り、ディオット王子とミリアの周りには二人の友人達が集まって祝いの言葉を述べた。

やがて、音楽隊が演奏を始め、予想外の出来事に驚いて動けなかった貴族達が各々の思考を巡らせ、行動を開始したことでパーティーが再開された。


「ど、どう言うことなの? リュオット様。あなたとの婚約は理解できます。まさか、王位継承権を捨てるなんて」


「シェリー……お前は本当に馬鹿だな。兄上は昔から王家を離れたがっていた。何故、一番見ていたお前が理解できない? まぁ、それもそうか。簡単に自由になれるとでも思うなよ。俺はお前を逃がさないからな」


リュオット王子に手を引かれ、パーティー会場を後にしたシェリルは、目の前に立ちはだかる彼を見て、完全に自由を逃した事を悟った。


主人公、ミリアがベストエンドを迎えたことにより、シェリルを主人公として次の物語が始まる。

これがプロローグであることをシェリルは知る由も無い。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 自分の馬鹿さと爪の甘さを嘆くのは誰にも言えない秘密となる。 詰め [一言] いじめやってた連中は戦々恐々としてるだろうなw だって自分たちの悪行を知られていて、場合によっては実家等にも…
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