不安 -備え-
戦場に出ていた全員が報酬を受け取り帰った後、アインはガロンに作戦会議室に残るように言われた。アインが戦闘した赤い機体について聞きたいことがあるらしい。
「アイン、その赤い機体と遭遇したとき、ゼロックはなんて言っていたんだ」
「たしか、奴はおそらくOシリーズだ、って。それがどうかしたのか?やっぱり敵にOシリーズがいると不利になるのか?」
「それもそうだが、問題はそこではなく、赤いOシリーズがここに現れたという点だ」
「ますますわけがわからないぞ」
アインがそう言うと、ガロンは作戦会議室に備わっているモニターに映像を映し出した。そこに映っていたのは先程の赤いOシリーズだった。
「このOシリーズはブラッド・ナイブス。先月ニュートラルから奪われたものだ」
「ニュートラルに手を出した馬鹿がいるのか!?」
ニュートラルというのは、この大陸の中央にある大国で、ニュートラルは他国に一切手出しをしないかわりに、他国から一切手出しをさせないという大陸条約を制定させた、いわば中立国だ。そんな無茶な条約が通ったのは、ニュートラルが多くの兵力を備えており、大陸最強国と認められているためである。
この条約は、逆に他の全ての国にとっても好都合だった。そのため、手出しをするような酔狂な者は今までいなかったのだが。
「気づいたらブラッド・ナイブスが消えていたらしい。一部の研究者はオリジナルの怒りに触れたとか、Oシリーズが意思を持ったんだと言って騒いでいたらしいが。だが、さらなる問題が、ブラッド・ナイブスがここに現れた、ということだ」
「狙いはアーセナルか…?」
「おそらくな。相手がすぐ撤退したのは、アーセナルが起動済みだとは思っていなかったからだろう」
今回は相手にとって予想外の事態が起こったため助かったが、次回はアーセナルへの対策をした上で仕掛けてくるだろう。それに備えてできることは。
「アーセナルの特性を充分に活かせるようにならないと」
「そうだ。敵がいつまた仕掛けてくるか分からんが、今鍛えておかなければ次が危ない。だが、いつもの演習場では敵に偵察される恐れがあるため使用許可は出せない」
「そんな!」
演習場を使えないとなるとできることは、ゼロックから兵装のことを聞く、イメージトレーニング、生身での組み手の三つに限定されてしまう。本来の目的であるアーセナルに慣れることができなくなってしまったのだ。
「こちらでも手は尽くすつもりだ。騎士団や傭兵団も手をこまねいているわけにもいかないからな」
「……わかった。俺も出来る限りのことはするよ」
そう言ってアインは格納庫へと向かった。
アーセナルの特性は臨機応変、多彩な攻撃。今のところ分かっているのはこの二つだ。
今回の戦闘では相手がすぐに撤退したおかげで助かったが、アーセナルに慣れる暇すら与えられなかった、というのもある。
「ゼロック、他にはどんな機能がある?」
現在、アインはアーセナルのコクピット内にいた。戦闘するためではなく、ゼロックと話すために。
『いくつかの機能はいまだに凍結されているようで、私の記憶メモリも破損しています。現在使える機能だけでもよろしいでしょうか』
「ああ、かまわない」
『現在使用可能な機能は、接続、再生、通信、簡易索敵、収納バインダー操作、換装、です』
「兵装は」
『最初から備わっているのは、頭部バルカン、左腕部ワイヤーガン、右腕部カッター、です』
「換装可能兵装」
『ほぼ全てです』
「さすが、《武器庫》の名を冠するだけあるな。そのなかで生身でも修練できそうなものはあるか」
そう、今回は生身でトレーニングすることを前提としなければならないのだ。
『バインダーから取り出すことを考えなければ、投針、投剣、短剣、長剣、大剣、銃器など、ほとんどどの武器でも可能かと思われます』
「問題はバインダーか…」
バインダーなんて人間には無い部位なので、修練のしようがない。このなかからバインダーではない場所に装備できるものを選ぶと、長剣、大剣あたりだろう。
「あいにく、剣技は修めてないんだよな…となるとやっぱ格闘か」
剣技は、それなりに修練を積まねばプラスにならない。むしろマイナスにさえなりうる。
格闘は機人の訓練でディーグから叩き込まれているので、もとから備わっている兵装と合わせれば上手く立ち回れるだろう。
「ありがとなゼロック。参考になった」
『お役に立てて光栄です、アイン』
次回の戦闘は格闘中心にするという方針で固まった。アインは早速今日からトレーニングしたいところだったが、機人接続による疲労はかなりのものでこれ以上無茶をすると身体を壊しかねないので、今日はひとまず身体を休めることにした。
アインが家につく頃には、日が落ちて辺りは暗くなっていた。
アインの家は城から離れており、両親が騎士団に所属しているがそこまで大きくない。家族全員が贅沢な暮らしを好まないのに加え、両親は滅多に帰って来ないので実質二人暮らしと化しているため、この大きさで済んでいる。
アインが扉を開けようとドアノブに手をかけた瞬間、
「アイン!?」
「ぶへぇ!?」
外開きの扉がエリスによって勢いよく開け放たれ、アインの体は勢いよく扉に叩きつけられた。
「よかった…今度こそアインだった……って、なにしてんの?」
エリスは安堵の溜め息をもらしてから、アインが鼻を押さえてうずくまっているのに気づき、不思議そうな顔をしていた。
「今度こそって…いったい何人犠牲になったんだよ……エリス!いきなり開けるなよ!危ないだろ!」
「なにそれ!帰ってくるのが遅いから心配してあげたのに!」
「むしろひどくなってるよ!…っと、いつまでもここでケンカしてたらご近所さんに迷惑だから一旦上がるぞ」
「むぅ…わかった」
エリスは渋々ケンカを中断してアインを通した。
アインが食卓に目をやると二人分の食事が並んでいた。今作ったのか、と一瞬思いかけたが、アインもそこまで鈍感じゃない。
「エリス、待っててくれたのか。ありがとうな」
アインがエリスの頭を撫でてやると、エリスは顔を真っ赤にして震えていた。まずい、怒らせたか。
「いいいいいいからさっさと食べるわよ!冷めちゃうでしょ!」
もう冷めているんじゃないか、という言葉を飲み込み、おとなしく席に着くことにした。これ以上怒らせたら食卓から夕飯が消えかねない。とりあえず謝っておこう。
「いきなり撫でたりしてごめんな。もうしないからさ」
「べ、別に撫でてもかまわないけど…」
どうやら頭を撫でたことで怒ったわけではないらしい。とにかく機嫌は回復したようなので、エリスにアーセナルのことを話しておくことにした。
「今日さ、俺にもとうとう専用機を与えられたんだ」
「嘘言わないの。先生に手も足も出ないんだから」
「いや本当だって」
アインは今日あったことを詳しく説明した。自分の適性波形が特殊であること、与えられた専用機がOシリーズであること、ゼロックのこと、いきなり戦場に駆り出されたこと、敵Oシリーズと接触したこと、演習場を封じられたこと。
「そんなことがあったのね。まさかアインがOシリーズに乗ることになるとは思いもしなかったわよ」
「まったく、同意見だ」
「で、どうすんの?演習場使えなくなっちゃったんでしょ?」
やはり問題はそこか。
アズマール城下街には機人が動き回れるような広い場所は無い。しかし城下街から外に出れば、敵にこちらの手の内を見せることになる。
「今回は格闘に特化しようと思う。格闘術なら生身でも師匠や父さん、母さんに鍛えてもらえば、アーセナルにフィードバックできるからな」
エリスはアインより機人に慣れているが、得意なのは銃撃戦。
今回は格闘戦に特化すると決め、銃器は使わないことにしているので、銃器が使える機会にまた教えてもらうことにした。
「エリスにはまた今度、世話になるかもな」
と、エリスに言ったが、エリスは何かぶつぶつと呟いていてアインの言葉が耳に入っていないようだった。
「小銃の銃床で殴る…いや、ゼロ距離で吹き飛ばす…じゃあ…」
なにかとてつもなく物騒なことを呟いている。もしかしてエリスに教えを乞わなかったことが気に障ったのか。アインがエリスをなだめようと席を立ちかけたとき、エリスが机を叩き立ち上がった。
「うん…ショットガン!アイン、ショットガンなんてどう!?」
「ビックリした……どうって、何が」
「アーセナルに装備する武器のこと。ショットガンなら練習しなくても接近して撃てばかなりの威力になるでしょ?ショットガンなら教えてあげられるし…」
どうやら自分でも力になれることがないか考えていてくれたようだ。
「でも、練習は必要ないんだろ?だったら自分でなんとかするさ」
「でっ、でも!訓練しといて損は無いでしょ!」
エリスはどうしてもアインの力になりたいらしい。
「エリスの厚意を無駄にするわけにはいかないしな。それじゃあありがたく、エリスにもトレーニングに付き合ってもらおうかな」
アインがそう言うとエリスの表情が明るくなって、気のせいか、まとめた髪が尻尾のように揺れているように見えた。
「うん!いっぱい頑張る!」
なんかちょっと不安になってきたアインであった。
翌日、アインはエリスとディーグと共に城の訓練施設《総合訓練所》に向かった。ここはその名の通り、格闘、剣術、そして射撃等を訓練できる施設で、城の関係者なら誰でも利用できる。
アインとエリスは両親が騎士団に所属しているため、利用許可を得ることができた。ディーグは今回は特例―Oシリーズの搭乗者の稽古―で利用を許可されている。
「ここが総合訓練所か」
「うむ、設備が充実しているな」
アインは普段、屋外でディーグに稽古をつけてもらっていたため、ディーグと同様、ここには初めて来た。格闘技に備えての衝撃吸収マットや、剣術稽古のための木製の剣と弱点を守るプロテクター、射撃訓練用の的とゴム弾とアイガードなど、ディーグが言ったように設備が充実している。
「そっか、先生とアインは初めてだったわね」
エリスは射撃訓練できる場所が無いため、頻繁にここを利用していた。アインも何度か誘われたが、外で訓練するほうが好きだったので断っていた。
まずは次の戦闘の基盤になる格闘術から鍛えることにした。
「じゃあ始めるとするか。まずは師匠、機人に有効な格闘術頼むよ」
「いいだろう。機人といっても接続している以上、人間とはあまり変わらないから生身でも通用する技だ」
二人はマットの上に移動し、訓練を始めた。
「相手の弱点は自分の弱点でもある。相手もOシリーズ、直撃は避けねばならん」
「ああ、気を付ける」
「二人ともよくそれで舌噛まないわね…」
エリスが驚くのも無理はない。いや、普通の人なら誰でも驚くだろう。何故なら二人は素早く互いに技を出しあい、それを全て避けたり受け流したりしながら話をしているのだから。
無駄な力を抜いているため、力むような声が出ないのだ。これも全てディーグの普段からの稽古の賜物だ。
「なんでその身体能力で今まで機人に乗れなかったのか不思議。波形のズレってそこまで影響が強いのね」
「波形が合ってないと動きにタイムラグが出るみたいなんだよ。俺は機人はそういうもんなんだとずっと思ってたけどな、っと」
アインは近距離での攻防に業を煮やしたのか、後ろ宙返りで距離をとろうとした。が、それが間違いだった。
「無闇に飛び上がるな。空中では身動きがとれんぞ」
「うおっ!?」
ディーグは急接近して空中のアインの足を掴み、地面に叩きつけた。
「いてて…相変わらず師匠の投げ技には容赦がねぇな」
「動きは悪くはなかったがもう少し集中しろ、技のキレが甘いぞ。それから…」
「あなた!またアイン君いじめて!」
ここで意外な来訪者が現れた。ディーグの奥さんのポーラだ。髪の色はやはり黒色、歳はディーグと同じ。丸っぽい体型で暖かい雰囲気をまとっている。いったい何の用事でここまで来たのだろうか。
「いや、いじめていたわけではなくてな?稽古をつけていただけで…」
「いい年になって言い訳なんてみっともない!ごめんなさいね、アイン君。差し入れ持ってきたから許してあげてね」
「許すもなにも、稽古をつけてもらっていただけなんだけど」
「いいからいいから!ほら、これ食べて元気出してね。エリスちゃんもよろしくね」
「は、はい」
ポーラは差し入れをアインに渡すとすぐに帰っていった。
「相変わらず嵐のような人ですね」
「私もときどきそう思うよ。とりあえずこれを食べてから次の訓練をするといい」
ディーグは苦笑してから差し入れのサンドイッチを手に取り、アインに投げて渡した。
「エリスも食べるぞ」
「はーい」
アインもエリスにサンドイッチを渡してから、少し早めの昼食を食べ始めた。
「射撃は苦手なんだよな」
「だからショットガンを選んだんじゃない」
サンドイッチを食べた後、アインとエリスの二人はすぐに射撃訓練を始めた。
散弾砲の特徴は、中距離では広範囲、近距離では大威力となる代わりに、遠距離での運用には極端に向いていない。
今回は格闘中心に戦術を展開するため、遠距離で弾をばらまく機関銃やアサルトライフル等は選択肢から除外された。
「接近戦が前提なら広範囲攻撃に弾を無駄遣いしないほうがいいわ。確実に仕留められると思わない限り撃たないで」
「つまりゼロ距離以外では使うなってことか」
訓練とは言っても、ショットガンを室内で使うわけにはいかないので、口頭での説明のみになってしまった。
「訓練中失礼します。アインさん、アーセナルの超近距離戦仕様への換装が完了したので一度格納庫まで来てください」
アインがエリスの講義を受けていると、白衣を着た研究員がアインを呼び出しにやって来た。
「聞いてないぞ、そんな話」
「ガロン騎士団長の話ではアインさんに頼まれた、とのことでしたが?」
どうやらガロンの指示だったらしい。日頃から独断で決めてしまうことが多いが、騎士団でもそうなのか。はたまたアインに関することだからだろうか。
「わかった。とりあえず見に行く。準備してから行くから戻っていてくれ」
「わかりました」
アインは研究員を帰らせて準備を終えると、二人に声をかけた。
「師匠とエリスも来てくれないか?不備があったら指摘してほしいんだ」
「ああ、かまわんよ」
「あたしもそのアーセナルっていうOシリーズ見てみたいし」
「ありがとうな、師匠、エリス」
アインはディーグとエリスを連れて格納庫へ向かった。




