遺産 -技術-
演習の翌日、城からの使いが国中の傭兵達へ送られた。所属不明の機人複数にグラス街道関所が制圧されたという報せとともに。その傭兵の中にはノーツ兄妹とディーグも含まれていた。
「アイン、お前はエリスと一緒に招集を断れ。今回はかなり危険だ」
アインとエリスはディーグに前線へ出ることを止められた。もちろんそれは彼らを実の家族のように大切に思っているからであるが、アインは食い下がった。
「自分の国が潰されそうだってのに黙ってるわけにはいかないだろ!」
アインは半ば無理矢理ディーグについていこうとした。
「アイン、先生もこう言ってるし、今回はおとなしく待ってたほうがいいんじゃない?」
エリスはアインを止めようとしたが、アインはなおも食い下がった。
「もう助けられてばかりなのは嫌なんだ!専用機がなくても戦ってみせる!」
昨日と言っていたことが違うが、それだけ国を守りたいという意思は強いのだ。ディーグは説得することを諦めて、城へと連れていくことにした。
「最前線へ出すことはできないが、国の防衛へは加えてやれるだろう。それでもいいならついてこい」
アズマール城に到着したアインとディーグは、作戦会議に参加していた。
「銀の十字傭兵団と金の尖塔傭兵団、そしてディーグ・ベルツは最前線で敵を撃破してください。それ以外の方は彼らのサポートをお願いします」
銀の十字と金の尖塔といえばアズマール人なら誰もが知る最古参の傭兵団で、実力は城の騎士団に次ぐ強さである。その二つとともに最前線へ駆り出されるディーグは、やはり格が違うのだ、と改めて思い知らされた。
「…以上で作戦会議を終了する。働きによって報酬を支払うが、これだけは言っておこう。国王を悲しませないためにも、死ぬんじゃないぞ」
この作戦会議のまとめ役であるテオドア・ノーツはその姓でわかるが、アインとエリスの母親である。髪は赤く、内に秘めたる闘志が漏れ出ているように感じる。顔立ちはエリスに似ているが、スタイルは真逆と言っても過言ではない。40歳になった今も衰える様子がない。たまに人間ではないんじゃないかと思うほどだ。
「おい、アイン」
「またか!?」
妹と同じくいやらしい目で見てたとか言うのか。この母親は。
「またとはなんだ?お前はそんなに頻繁に研究科に呼ばれるのか?」
「え?研究科?なんで俺が研究科に?」
どうも予想とは違ったようだ。違って良かった。それにしても研究科に呼ばれる理由などあっただろうか。もしやエリスの心配していたとおり、訓練用の借り機人を壊してしまったのだろうか。
「お、俺、準備しなきゃ!忙しいって伝えといて!」
慌てて逃げようとしたが、肩をがっしりと掴まれた。
「まぁ待て。出撃までまだ二時間ある。何故逃げるのかわからんが、逃げるような後ろめたいことがあるならこってりしぼられてこい」
母は笑いながらアインを研究科の方へ向かせた。
「……母さんは止めないのか?俺が戦場に出ることを」
「なんだ、止めてほしいのか?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「ならいいじゃないか。胸を張れ。かわいい子には旅をさせろと言うしな」
母は歯を見せて笑い、アインの背中を押した。
「いいからさっさと怒られて、後腐れの無いようにしておけ」
「それ俺が死ぬ前提になってない?」
「冗談だ。早く行け」
今度は背中を蹴飛ばされそうだったので、アインは急ぎ足で研究科へ向かった。
アズマール城の地下にある研究科は、格納庫と呼ばれる区画と繋がっている。アインがいた作戦会議室からは格納庫を通った方が早く研究科に着けるので、アインは格納庫経由で研究科へ向かっていた。
格納庫に格納されているアズマール騎士団の黒い機人を眺めながら歩いていると、一機の機人に目が止まった。
「見たことない機人だな。新型か?」
その機人は銀色で、明らかに騎士団の機人とは違う。昨日アインが借りていた機人―こことは違う区画の格納庫にある―とも違う。それに、一般的な機人は機動性を重視するため、細身のシルエットをしているのだが、この機人はなんというか全体的に厚い。装甲重視の機人も存在するが、もっとずんぐりとしているはずだ。
「なんでこんな半端なタイプに?」
そう、この機人、良く言えばバランスがとれている、悪く言えばひどく中途半端なのだ。
短期決戦が目的の機動性重視。長期的な戦闘、近距離での殴りあいが目的の重装甲。どちらにも属さないそれはどのような目的で作られたのだろう。
「何か特殊兵装でも付いてんのか?」
アインがその機人を詳しく見ようと近づくと。
『警告。警告。それ以上接近するのであれば、敵と見なし、排除する』
「なんだ!?」
その声は若い男性のような声で、目の前の機人の外部スピーカーから発せられた。そして機人は右手を開きこちらに向けた。
「誰か乗っているのか!?」
『繰り返す。それ以上接近するのであれば、敵と見なし、排除する』
「アーセナル、警告を停止してくれ」
アインが戸惑っていると、後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。
「父さん!」
「やはりアインだったか。驚かせてすまなかったな」
『音声確認中。ガロン騎士団長の声紋と一致。了解。自動迎撃システムを一時停止します』
アーセナルと呼ばれたその機人は右手を閉じて、直立姿勢に戻った。
「研究科で話をするつもりだったが、ちょうどいい。このまま話しながら研究科へ向かうとしよう」
「ああ、わかった」
隣を歩く父、ガロンも母と同じく40歳。年相応の貫禄が漂っている。髪の色はアインと同じ黒。ディーグと同じくらいの体形で筋肉質。先程アーセナルが言っていた(?)ように、騎士団長を務めている。
騎士団長を務めている父ならばアーセナルについてよく知っていると思い、アインは気になっていたことを聞き始めた。
「父さん、あの機人はなんなんだ?装甲は中途半端だし、勝手に喋るし」
「お前が研究科に呼ばれたのは、その機人に関わることだ」
「どういうことだ?」
自分に研究科へ加われというのだろうか。しかしアインは搭乗者としての訓練を受けているだけなので、細かい知識についてはよくわからない。だとすると、その機人に関わることといえば、
「まさか…俺があれに乗るのか!?」
「そのまさかだ」
父はそこまで察したアインに感心したように微笑んだが、すぐに真面目な顔に戻った。
「あの機人、アーセナルはお前専用に設定された、専用機だ。とは言っても、一から作ったわけではない」
「ついに俺にも専用機が…って、一から作ったわけではない、だって?じゃあどうやって…」
考え込むアインに向けて、ガロンは告げた。
「あれはオリジナルに次いで発掘された二体目のOシリーズだ」
「なんだって!?それは本当なのか!?」
「嘘をついて何になる?まぁ、さっき言ったとおり、お前専用に少し改造してあるがな」
アインは疑問が多すぎてほとんど口には出せなかった。何故Oシリーズがここにあるのか、何故自分がそれに乗ることになったのか。
だが一つ謎は解けた。装甲が中途半端な理由だ。大抵のモノの初期モデルは汎用性を考え、バランスをとるような設計にする。Oシリーズは恐らくかなり昔の機体であるため、そういう設計のものが多いのだろう。
「どうした?嬉しいんじゃなかったのか?」
「い、いや、嬉しいけどさ、いきなりぶっ飛び過ぎじゃないか」
「お前の特殊体質だってぶっ飛んでるんだ。案外釣り合っているんじゃないか?」
そうか、それか。自分のこの異常体質があるからこそ選ばれたのか。
「でも、俺、戦闘技術はからっきしなんだぞ?この機人だって駄目にしちまうんじゃ…」
「だからさっき言っただろう?お前専用に改造してあるって。研究科から聞いた話だと、お前は無意識のうちに、機人と一体化することを拒絶しているらしい。訓練用の機人でデータを取らせてもらった結果だ」
話によると、自分は機人への適性がほとんどないそうなのだ。
「だがお前の特殊体質を無駄にしてしまうのは惜しいということで、"機人"に適性がない、というだけで他のモノはどうなのか研究科は調べ始めた。機人技術を応用した機戦車、特異なモデルの機獣や機竜など、機人関連の多種多様なモノにお前の適性波形を合わせてみたが、全て十分な戦力に数えるのには程遠かった。そこで研究員の一人が自棄になってOシリーズにも波形を合わせてみた結果、ある一機を除いたOシリーズすべてに適性波形は一致しなかった」
適性波形というのは、人が生まれた時から決まっている特殊な細胞のはたらきを図にして表したもので、波を描くように曲がりくねっているのでそう呼ばれている。その波形は機人にも設定されているのだが、その波形に一致すると機人の100%の能力を引き出せるのだという。量産型の機人には波形を微調整できる機能が備わっているため、大抵の人は90%近くの能力を引き出せる。だがそれは、能力が強力な専用機レベルから能力を削り安定させたから備わった機能である。
専用機は、搭乗者に波形を合わせて、波形が乱れない限界まで能力強化して製造された、いわば特注品だ。だが今までは、アインの波形が特殊な形状をしていたため、現在の技術では専用機を製造することができなかったらしい。
「師匠は隠していたのか……で、そんな俺がなんであのOシリーズには乗れるんだ?」
Oシリーズに適性波形を一致させた例は何度か聞いたことがあるが、いずれのOシリーズも、適性波形が一致したのはそれぞれ一人のみだったという。
「何故かなんて野暮なこと聞くな。波形が100%一致していたんだ」
「100%だって!?」
「それに奇妙なことに、お前の波形をテストのために合わせてみたら、さっき喋っていたAIが起動したんだ」
「AIって、あの演習終了を知らせてくるあれみたいなやつか?」
「あれも一応AIだが、あれは限定した単純作業しかできない。アーセナルのAIはもっと高次元のものらしく、簡単な会話程度はできるようだ」
「会話って…人間みたいじゃないか」
アーセナルについて聞いているうちにアインとガロンは研究科へ到着した。研究科には機人の部品であろうモノがたくさん並んでいて、その周りに人が数人いて色々調べているようだった。
「今回の戦闘からアーセナルに搭乗してもらう。研究科まで呼んだのはアーセナル専用のスーツの微調整をするためだ」
父に連れて行かれたのは、機人のコクピットだけを残したような部品だった。
「そのコクピット自体がスーツになっている。座れば装着されるからそこに座ってくれ。出撃まで時間がない、急げ」
「わかった」
アインがコクピットに座ると、腕、足、肩、頭に機械がせりだしてきて装着された。近くに控えていた研究員が近くにあった別の機械を操作しながら確認をとった。
「適性波形一致確認完了。サイズ確認完了。"あ"から"ん"までの五十音を頭の機械に付いているマイクに、一つずつはっきりと登録してください」
アインは研究員の指示に従い五十音を全てマイクに向かって言った。
「声紋登録完了。そのまま立ち上がってアーセナルまで歩いてください。動作の確認もしますので」
アインが立ち上がると、コクピットから機械が外れ、装着されたままになった。アインはアーセナルまで歩きながら、指示された様々な動きをした。関節の可動範囲を調べたり、跳躍したりしながら、アーセナルのコクピットに到着した。コクピットに座ると、体に装着された機械がコクピットと合体してコクピットを閉じ、アーセナルと接続し、一体化した。
「……ん?ちょっといいか?これって本当に接続されているのか?」
父に問うと、満足そうな顔をして頷いた。
「そう感じるなら完全な一体化成功だ。さすが適性波形完全一致、違和感を感じさせないほどか」
アインが感触を確かめるように手を握ったり開いたりしていると、若い男性のような機械音声が聞こえた。
『先程は失礼しました、アイン様』
「うお!驚かすなよ。お前がこのアーセナルのAIってやつか」
『はい。識別番号0606です。アイン様、これからよろしくお願いします』
そのAIは深く礼をする姿が見えそうな生真面目な喋り方でアインに挨拶をした。
「なあ、そのアイン様っての止めてくれないか?アインでいい」
『そうですか。了解しました。ではこちらからも一つよろしいでしょうか?』
「え?ああ、なんだ?」
AIが人に要望を言うとは。思ってもいなかったAIの発言に一瞬戸惑ったが、聞き入れることにした。
『アインと呼ばせていただく代わりに、アインもそのAIという呼び方を止めてください。私は一般的なAIとは格が違います。それなのに同じような呼び名ではプライドが傷つきます』
「よく喋るな、お前…それに機械のお前にプライドなんてあったのか」
『言ったでしょう。格が違うのです。ですから別の呼び方にすることを要求します』
「呼び名っつってもな…」
『思いつかないようであれば、識別番号0606でも構いません』
「構いませんじゃねぇ。長いんだよ。0606なんて呼びにくいし…ゼロロク…ゼロックなんてどうだ?」
『なんて安易なネーミングセンスをしているのですか。まあ、いいでしょう、気に入りました。ゼロック、私の識別コードはゼロック』
ゼロックは確かめるように何度か、ゼロック、と言っていた。
「早速壊れたか?」
『何度も言わせないでください、格が違うのです。そう簡単には壊れません』
そんなやりとりをしていると、内部モニターに父の姿が映し出された。
『おいアイン、大丈夫か?』
「ああ、大丈夫。異常無しだ」
このAI以外には、と言いかけて口をつぐんだが。
『なかなか連絡が来ないから心配したぞ。何をしていたんだ?』
「ちょっとこのAIに呼び名を改めるように言われてな」
アインが父と会話していると、ゼロックが割り込んできた。
『それはお互い様です。それに私の識別コードはゼロックです。AIではありません』
「ホントよく喋るな、お前は」
ゼロックの声は外部スピーカーからも発せられたらしく、アーセナルに向かって敬礼をした。
『では、ゼロック。アインをよろしく頼む』
『了解しました』
と、そこで出撃を知らせるサイレンが鳴った。敵が予想より早く索敵範囲に侵入したのだろう。
『では、このまま出撃エレベーターに直行してもらう。機体性能についてはゼロックから聞いてくれ』
「ああ、わかった。じゃあ行ってくる」
アインはアーセナルで歩きながら―走ると格納庫の他の機人を倒してしまう危険性があったので―機体性能についてゼロックから説明された。
アーセナルは格闘戦を想定して作られたらしく、銃器系の武器は一つしか装備していないようだ。拳銃をその形のまま機人サイズにした銃、コンパクトガン、これだけ腰に装備されていた。
「で、他にはどんな武器を受け取ればいいんだ?」
『いいえ、これで十分です』
「拳銃と格闘術だけで戦えって言うのか?」
『違います。最後までよく聞いてください。このアーセナルの装甲は、防御のためのものではなく、武器を収納するためのものです』
ゼロックがそう言うと、モニターに情報が表示された。それはおびただしい数の武器を体に纏ったアーセナルの断面のようだった。
「なんだこれ……」
足には、刃が高速振動する短剣、ウェポンブレイク。腕には、相手に刺さると放電して動きを鈍らせる太い投げ針、プラズマピック。その他にも複数、接近戦向けの武器が満載だった。
「ひとまず火薬系は無さそうで安心したが…」
『今回は初戦闘なので武装は控えさせていただきました。要望があれば火薬系を積むこともできますし、遠距離仕様にすることも可能です』
「なんて無茶苦茶な機体だ…」
アインは、アーセナルをエレベーターと呼ばれる射出機に固定し、戦場へと赴く準備を終えた。
「じゃあ行くぞ。俺たちの初陣だ。初陣で戦死なんて御免だからな、ゼロック」
『お任せください。全力でサポートさせていただきます、アイン』
アーセナルはエレベーターから戦場へと勢いよく射出された。




