決闘 -実力- (後編)
「おつかれ、エリス」
「予想以上に強かったわ…」
滅多に弱音を吐かないエリスにこう言わせるとは、敵は相当強かったのだろう。
「さて、次は私の番ですね」
「おう、頑張れ」
「負けんじゃないわよ!」
「分かってますよ、緋色の獣さん」
「うっさい!金色の悪魔!」
今回だけはアインは二人の口喧嘩を止めなかった。これだけ元気があれば緊張なんてしてないだろう。
「では、行ってきますね」
「待ちなさいよ!」
「いいぞ、行ってこい」
クロトもなれた動きでクロノパウスに乗り込む。
クロノパウスの武装は、腰に長剣、短剣、投針。両腕に盾。
それぞれに名前が付いているのは、それぞれに能力が宿っているからだとクロトが言っていた。
二本の剣と投針は黒く、クロノパウスの白い機体に、よりモノクロな雰囲気を与えている。
盾は丸く、表面には円状にⅡ、Ⅵ、Ⅸなどの奇妙な模様が付いている。
今のところ、訓練でしか動きを見ていないため、戦闘力は未知数だ。
対する相手は機人。
闇夜に紛れるような黒い色と、背中に背負った大きな十字の刃物が特徴的だ。
見たところ武装は、腰に小刀、何が入っているか分からない小型パックが六つ。そして背中の十字の刃物。
完全に軽装備タイプだ。シルエットも細い。
注意すべきはあの小型パックか。やはりこの前のように煙玉などが入っているのだろうか。だとしたらとても厄介だ。
この戦い、どうなるだろうか。
両者が決闘場の真ん中へ到着した。
『これより決闘二回戦を始める!』
『三』
『二』
『一』
『始め!』
二回戦は観客の予想に反し、開戦直後から互いに相手の出方を窺っていた。
クロノパウスは右手に長剣、左手に短剣を持ち、半身で構えている。
シノビは右手に小刀を逆手に持ち、体勢を低くしている。
「来ないならこちらから行きます」
このままでは戦局は変わらないと思ったか、クロノパウスが先に動き出した。
まだシノビは動かない。
クロノパウスは長剣で思いきり大上段から切り下ろした。
『冷静になるでござるよ』
シノビはこれをすれすれで回避し、小刀を繰り出した。
「ふっ!」
クロノパウスは左手側の盾で小刀を弾いて、長剣を横薙ぎにした。
しかし、突如シノビの姿が消える。
『おっと、足下ががら空きでござる』
体を沈め、足下の物を拾うように左手で足払いをかけてくるシノビ。
「なっ!?」
クロノパウスが足払いを食らって倒れてしまう。
『正面から正々堂々と戦うなんて久しぶりでござるな』
小刀を腹部に突き立てようと振り下ろす。
クロノパウスは横に転がりこれを回避し、すぐに起き上がり長剣を納め、右手に四本の投針を五本の指に挟んで持った。
(静と動の切り替わりが読めない…)
攻めてもかわされると思い、今度は守備に回ろうと身構える。
左手の短剣を前に出し、シノビの動きに備えた。
今度はシノビが地を蹴り、左右に跳びながらこちらへ接近してきた。投針を警戒しているのだろうか。
シノビが右側から小刀を構えて襲いかかる。
「今っ!」
クロノパウスは、シノビが小刀を振りかぶった隙に投針を飛ばした。
『っ!』
四本中二本がシノビの腹部と右腕に突き刺さった。
至近距離だったためダメージが大きかったのか、シノビがぐらりと体勢を崩す。
クロノパウスは伸びきった右腕をそのまま振り抜き、右手側の盾を水平にし、胴体を殴った。
『がっ!』
衝撃で機体がくの字に曲がって吹き飛び、地面に倒れ伏した。
(このままなら、いける…)
追撃をしようと長剣を抜いたが、そこでシノビがゆらりと起き上がった。
『そろそろ忍者の本領、披露させてもらうでござる…ハッ!』
シノビがパックから拳大の何かを取り出して地面に投げつけると、膨大な量の黒煙が溢れ出し、クロノパウスの視界をあっという間に奪い去った。
「黒い煙玉!?」
先日、白い煙玉の存在は確認していたが、クロノパウスは機体色が白いため迂闊に使えないだろうと思っていた。しかし、黒い煙を噴き出すタイプもあったとは、油断していた。
『フッフッフ…忍者の得意とするは奇策と隠密…日の下でもこうすれば全力が出せるのでござる…』
声の場所に当たりをつけて長剣を降り下ろすが手応えは無く、代わりに背中を斬られた。
「かはっ!?」
『無駄、無駄でござる…』
痛みでよろめく中、観客の歓声が聞こえる。
何故、と思うがすぐにかぶりを振る。
ここは相手のホームグラウンド。
どんな手だろうが、自国が有利ならば喜ばずにはいられないだろう。
クロトは歓声を意識の外に追いやり、目の前の状況をどうすべきか考えることと、クロノパウスの再生に集中した。
(風は…駄目、ほぼ無風。それにクロノパウスのライトでも、この黒い煙じゃ意味がない…なら…)
この時代に来てからは怖くて使えなかった、神託兵の力を使うしかない。
何もしなければこのまま終わってしまう。
それは、あの女、エリスに負けたようで気に入らない。
『煙が晴れる前にっ…』
相手も決めにかかってきたようだ。
クロノパウスの黄金林檎の駆動音が高くなり、機体が淡い光を帯びていく。
「クロノパウスっ…オーバードライブ!」
目の前を虹色の光が覆い、直後、全ての感覚がブラックアウトした。
・・・・・・・・・・・・・・・
全ての感覚がシャットアウトされ、宙に漂うような奇妙な感覚。感覚は全て消えているはずなのに、この感覚だけが気持ち悪く続く。
(これは…やっぱり…駄目…か…)
突如、宙に浮いたような感覚は、何かに背中を引っ張られているような感覚へと変わり、高速で引き戻される。
(また私は…兄さんを…)
兄さんを、助けることはできないの?
・・・・・・・・・・・・・・・・
『審判!試合を中断してほしいでござる!』
「何か起きたか?」
控え室から見ていたアインにも聞こえるほどの大音声で、相手が試合中断を求めてきた。
『わかりました。一度試合を中断します。何かあったのですか?』
審判からアナウンスが入る。個別回線で通信をしないのは、全員に状況を知らせるためだろう。
『相手のクロノパウスがいきなり後ろに倒れて、それからぴくりとも動かないのでござる!煙玉もそろそろ晴れる頃、煙が晴れたらすぐに救護班を寄越してほしいのでござる!』
「なんだって!?」
「もう!何してんのよクロトは!」
エリスも心配しているようで、控え室から体を乗りだし状況を見守っている。
『了解、ただちにそちらへ救護班を向かわせます』
「クロト…無事でいてくれよ…」
・・・・・・・・・・・・・・・・
「すみません兄さん…」
クロノパウスから助け出されたクロトはすぐに目を覚まし、救護班の治療を断り、控え室へと戻ってきたのであった。
「何があったんだ?」
「ちょっと、クロノパウスの能力を発動しようとしてしまいまして…やはり、駄目でしたか…」
クロトはクロノパウスの時空跳躍能力を使おうとしたらしいのだが、まだ機能が回復していなかったようで、反動を受けて意識が飛んだそうだ。
「今まで能力に頼りきった戦い方をしていたのが裏目に出てしまいました…」
「そうね、クロト。今回の敗因はあんたの怠慢よ」
アインの隣に立って静かに見ていたエリスは、急にクロトを責め始めた。
「エリス、そんなに責めなくても…」
「いえ、いいんです。その通りなのですから」
いつものように食ってかかると思っていたアインは拍子抜けしてしまう。それだけ今回の不服な敗北に負い目を感じているのだろう。
「あんたが負けたせいでアインが戦わなくちゃ、X・テルミナに乗らなきゃいけなくなった」
エリスは冷静だが、こういうときが一番怒っている。先日の騒動の時の声色によく似ていた。
「エリスいい加減に…」
「アインは黙ってて。万が一、あたしたちが負けるようなことがあれば、あたしはクロトを許さない」
「…その時は、どんな罰でも受け入れましょう」
クロトは目を伏せ、膝に乗せた手をグッと握り締めた。
「でも、あたしはアインが絶対に勝つと信じてる。あんたも罰を受ける覚悟をするぐらいなら、アインを信じなさい」
「エリスさん…」
クロトはハッと顔上げると、少し笑った。
「私も信じます、兄さんの、勝利を。いえ、あなたよりも深く、兄さんの勝利を確信します」
「あ、あんたねぇ…立ち直ったと思ったら…」
エリスはきっと、落ち込んでいるクロトを元気づけようとしてくれたのだろう。
「あら?エリスさんは万が一にでも兄さんが負けるとでも思っているのでしょうか?」
「揚げ足ばっか取って…!一回痛い目見ないと分かんないのかしら?」
…元気づけようとしてくれたのだろう。たぶん…




