守護神 -難攻不落-
準備期間の三日間、各々が自分なりの準備をして旅立ちに備えた。
研究科は新武装の開発と調整、また、輸送機内の設備の改修をしてくれた。また、クロトが持っていた、X・テルミナによる発作の鎮静剤の解析、複製をしていた。
ガロンとテオドアはアインとエリスを抜いた新たな防衛線の組み直しをして、国王にX・テルミナ出撃の許可を取りに。これは案外あっさり了承された。なんでも、『使えない者が使おうと無駄に足掻くよりも、使える者が全力を発揮するために使う方がいいに決まっているだろう』と、国王直々に許可されたそうだ。
エリスは主に生活必需品の買い出しと、輸送機内の設備の改修の、生活スペースに関する設備の監修をしていた。エリスはクロトだけをもう一台の輸送機へ移すように猛抗議したらしいが、結局一台に全員の生活スペースを入れることに決まった。
そしてアインは、クロトにX・テルミナの機能について教わり、特能《武装同化》を使いこなすまでに至った。
「なあ、クロト」
「なんですか?兄さん」
出発の日の朝、輸送機へのX・テルミナ、クロノパウス両機の搬入を終えたアインとクロトは輸送機内部の確認をしながら歩いていた。
「俺ってやっぱりDEMON、なんだよな」
「そうでなければ神託兵の特能は使えませんからね」
「じゃあ、俺はいつからDEMONなんだ?」
「それはもちろん、神に創られた時から…」
「俺は正真正銘人の子だ。証拠だって、探せば山ほどある」
アインはずっと気になっていたことを打ち明けた。
「どの記録も、俺は父さんと母さん、ガロンとテオドアの間に産まれたと記録されている。写真だってある。なのに…!何故俺はDEMONなんだ!?俺はっ…お前の兄さんのはずがない…」
アインは本当はDEMONであることを認めたくなかった。神に創られたDEMONであると認めることは、自分がガロンとテオドアの子ではないと認めてしまうようで、怖かった。運命に抗えない自分が苛立たしかった。そして、その事実を受け入れるのが、悲しかった。
アインが産まれた直後の写真はあるし、エリスが産まれた時のことも、かなりおぼろげながらも覚えている。自分で自分の記憶を疑うのはもう嫌だった。
クロトはアインの問いに驚いたように目を見開き、俯いてからぽつりぽつりと言葉を紡ぎだした。
「それは…私にも分かりません…ですが、兄さんは兄さんです!顔は瓜二つですし、兄さんでなければX・テルミナは使えません!だから!兄さんは兄さんなんです!」
「クロト…?」
「だからっ!そんなことっ、言わないで!もう、一人にしないでっ!!」
「っ!」
始めてクロトが自分に丁寧語無しで話したことに驚いた。
しかしそれよりも、顔を上げたクロトは大粒の涙をこぼしていたことに驚きが隠せなかった。
クロトの口から漏れだした感情の奔流は止まらない。
「兄さんを落とされたとき、本当は必死で探しました!けどっ!長い間時空の狭間にいればそこに存在が固定されて何もできなくなる!だから、兄さんが守ったこの世界を守るためにっ…私はっ…!」
ああ、そうか。
クロトも、一人になるのが怖かったんだ。
何もできなかった自分に苛立っていたんだ。
そして、やっと見つけた兄そっくりのアインが、やはり兄ではないと分かっていて悲しかったんだ。
「ごめん…俺、混乱してて、自分が自分じゃなくなっていくような感じがして…ごめん…」
「い、いえ、こちらこそ取り乱してしまいすみませんでした…これからはアインさんとお呼びしますので…今までごめんなさい…」
そう言ったクロトは、今までのクロトとは違うように、小さくなったように見えた。
クロトのために今のアインにできることはこれしかないだろう。
「…いや、いいよ。これからも俺のこと、兄さんって呼んでくれてもかまわない。レイジと重ね合わせてもいい。だから、レイジを救えなかったことで落ち込むのはやめよう。きっと…いや絶対、レイジはどこかで生きている…たぶん」
「…ぷっ…ふふふふ…最後ので台無しですよ、兄さん」
クロトの顔に笑顔が戻った。いつもの調子に戻ってくれたようだ。
「なんでいきなりこんなこと言っちゃったのか…一応鎮静剤を飲んでおくよ」
アインは早速研究科に量産してもらった鎮静剤を飲み、気分を落ち着けた。
「特効薬のようにも使えますが、予防のために飲んでおくこともおすすめしますよ?」
「迷惑かけるかもしれないけど、それはやめておくよ。薬漬けみたいで嫌なんだ」
これはわがままかもしれないが、アインは薬の類が苦手だった。苦味とか、そういうのが苦手なわけではなく、薬を服用する行為そのものが好きでないのだ。
「分かりました…ですが、普段から肌身離さず持っていてくださいね」
「大丈夫、それは分かってるよ。そろそろみんなの準備も終わってる頃だろう。行こうか」
「はい、兄さん!」
輸送機から出ると、予想通り、見送りを含め全員揃っているようだった。
この旅のメンバーは、アイン、エリス、クロトの三人だ。
ガロンとテオドアはもちろん、ディーグもアズマールの防衛へ付いた。他にも有志は多数いたのだが、これから訪れる国々に戦争だと誤解させないために少数部隊にする、と聞くと、志願者は次々辞退していった。アズマールの傭兵団は大人数で死者を一人も出さないようにする戦闘スタイルなのだ。アインとエリス、それにディーグのように単機での戦闘を前提とした者はほとんどいない。
研究員も何人か同行を申し出たが、アインはそれを全て断った。エリスのショット・リリィ一機ならアインでも整備、修理が可能であり、神託兵はその異常な再生力で基本修理が必要無いからだ。
「エリス!輸送機の確認と連結終わったぞ!そっちはどうだ!」
「こっちも異常無し!いつでも出られる!」
もう一台の輸送機の昇降口にいたエリスに確認をとり、準備完了。
一度輸送機から降り、エリスと共にガロンとテオドア、ディーグとポーラがいる所へ向かった。
まずはディーグ夫妻。
「エリスちゃん、アイン君、辛くなったらすぐに帰ってくるのよ?おばちゃんいつだって待ってるから」
「あまり甘やかすな、ポーラ。アイン、エリス、同行できなくて本当にすまない…国王に止められてしまってな。本当に危なくなったら連絡するんだぞ?」
「ありがとうございます、先生…」
「行ってくるよ、師匠」
「あなたも充分甘やかしてるじゃない?人のこと言えないんじゃないかしら?」
「…うるさい…いいから早く行け。ガロンたちが待っているだろう」
「ああ、そうするよ。ポーラさんも、ありがとう」
「お世話になりましたっ」
「気を付けてね…」
最後に、ガロンとテオドア。
「最後に、とか思っているなら間違っているぞ」
「母さん、俺の心を読むなって…」
テオドアもDEMONの一人なのではないかと思う。相変わらずいろんな意味で常人を超えている。
「アイン、エリス、ちゃんと無事に帰ってきな」
「死ぬなよ」
「父さんも母さんもそれだけかよ…まぁ、行ってくる」
「死ななきゃいつかは帰ってこられるからな。だから、二人とも、絶対に死ぬな」
「わーったよ!絶対に生きて、世界を救って帰ってくるさ」
「すぐ調子に乗るんだから…」
アインの背中を叩いたエリスはすぐに輸送機へ向かって歩きだしてしまった。
「どうしたんだ、あいつ?」
「泣き顔を見せたくなかったんだろう。よく似た母と娘だ」
ガロンが親指で指す先には、城へと歩きだしているテオドアの後ろ姿。
「ほんと、そっくりだ…俺たちも、別れを惜しむ必要なんて無いよな」
「そうだな」
そう言ってガロンが拳を突きだしてきたので、アインはその拳に自分の拳を軽く当てた。
「絶対に帰るから。父さんこそ死ぬなよ?」
「私を誰だと思っている?アズマール騎士団の騎士団長だぞ?」
「そうだよな。アズマールは頼んだ」
「そっちこそ、世界を頼む」
それきりアインは振り返らずに、輸送機の一号車-生活スペースとショット・リリィを積んでいる方-に乗り込んだ。
「ご挨拶は済みましたか?」
「ああ、大丈夫。それよりもエリスはいいのか?」
「うっさい!必ず帰るから必要無いっ!」
アインに背を向けたままだが、その意志は充分伝わった。
「じゃあ、出発だ!」
三人を乗せた輸送機は東へ、難攻不落のノンフォールへと走り出した。
アズマール出発から三日。交代で運転しながら、ようやくノンフォールが目視できる距離までたどり着いた。ちなみに、今はアインが運転担当だ。
「頼むから…二人とももう少し仲良くしてくれないか?」
しかし現在のアインに、ノンフォール視認を喜ぶ余裕は無かった。
「「だって(ですが)この女が」」
再び睨みあう二人。
出発からずっとこの調子なのだ。
「まずは名前で呼びあうようにしろ…あとクロト、前から思ってたけど言葉遣いが良いのか悪いのか分からん」
放っておけばいいと思うかもしれないが、二日目にためしに放っておいてみた結果、あとちょっとのところでショット・リリィ対クロノパウスの戦闘を輸送機内格納庫で見ることになりそうだったのだ。
「だって、この女」
「クロト」
「…クロトがいちいち突っかかってくるんだもん!」
話を詳しく聞くと、クロトが何かにつけてエリスをミリアと呼びケンカをふっかけているそうだ。
「だから、ミリアじゃなくてエリスだ。俺の妹」
「兄さんの妹の座は私のものです。誰にも渡しません」
「違うもん!アインはあたしのだってば!」
どうやらケンカの内容は妹の座争奪戦(?)らしい。
「もう二人とも妹でいいだろ…」
あきれてため息を吐いていると、ノンフォールの間近まで到着していた。
「ほら、そろそろ到着だ。準備しておけ」
「準備、ね。今必要なのは戦闘準備みたいだけど?」
「な…嘘だろ…?」
エリスに指摘されてようやく分かったが、ノンフォールの防護壁前には機人がずらりと並び、その真ん中あたりに他の機人とは違う雰囲気の機人、件のガーディアンが仁王立ちしていた。
「お出迎え、ってわけじゃなさそうだな…ちゃんと、攻める気は無いって信号送ってたんだけどな…」
どうやら相手方は信用してくれなかったようだ。皆一様に武器を構えている。
「仕方ない、輸送機を止めて俺たちも出るぞ」
エリスとクロトを格納庫へ促し、アインもX・テルミナへ乗り込んだ。
『災難続きですね、アイン』
「ほんとだよ…」
わかってくれるのはゼロックだけか。
輸送機側面のハッチを開いて、三機は輸送機から降りた。
『ねぇ、生身で降りた方が良かったんじゃない?』
「それでも攻撃されたらアウトだろ」
『ま、そっか。もし戦闘が始まったら後ろから援護するから』
『私は前で戦いますね』
「ああ、俺は真っ直ぐ突っ込む」
三人で軽い作戦会議をしてから、両手を挙げて攻撃の意思は無いことを示しながら接近していった。
『我は防人部隊長、ケンゴウ・シンダイ!異郷の者よ!何用か!』
百メートルほどの距離まで来たところで、相手方から若い男の大音声で問いを投げかけられた。どうやらいきなり攻撃、は無さそうだ。
「俺はここから西にある国、アズマールから来た!そちらの国、ノンフォールが保有するO・シリーズ、ガーディアンとその搭乗者に用がある!是非話をさせてほしい!」
『ガーディアン…たしか他国がそんな風に呼んでいたな。このO・シリーズ、妖機藍丸のことだな?』
「たぶんそうなんじゃないか?実際に見たことは無くてね」
前情報とは違ったようだが、無事対面は果たした。
『兄さん、あれ、神託兵の一体だと思います』
「よし、一発目から当たりか」
幸先がいい。災難続きだった分、ようやくツキが回ってきたようだ。
「俺はアイン・ノーツ。その妖機藍丸とあんたの協力を得ようと思い、ここまで来た」
『協力、というと?』
「俺たちは仲間を集め、人類を滅ぼそうとしている神を潰す。そのためにはあんたの協力が必要になる。だから、ついて来てほしいんだ」
『そうか、貴様は我に貴様の下に付けと申すか』
「人類を救うためだ。頼む」
『ならばまずは、貴様の力を見せてみよ!付き従うかはここで判断する!』
「まぁ、ある程度は予想してたけどな…」
狂乱の戦士。噂に違わずかなり好戦的だ。
そして、妖機藍丸。X・テルミナを上回る分厚い機体なので、重装甲タイプだろう。少なくとも、X・テルミナより速くは動けないはずだ。
外見は日本の鎧武者によく似ている。特徴的な角飾りと独特な形の肩当てが異彩を放っている。
武器は腰に刀が一本と火縄銃に似た銃が一挺。
そして右手に持ったこれまた特徴的な槍。日本やさらに太古の時代の人々が用いたもので、柄が長く、その長い柄の先に小さな十字型の刃が付いている。この槍はヨーロッパなどのそれと違い突きだけでなく、薙刀のように切りつけたり、棍のように殴り付けたり、攻撃を受け止めるのにも使える案外万能な武器だ。
と、その槍への対抗策を練っていると、妖機藍丸が槍の柄の先を地面に突き立てた。すると、周りに武器を構えていた機人たちが武器を下ろし、後ろへと下がった。
「一対一をご所望か?」
『三対一でも構わんのだぞ?』
「舐めやがって…エリス、クロト、下がっていてくれ。こいつは俺一人でやる」
『了解です』
『これだから男って…』
X・テルミナの現在の武装はブラッドナイブス戦から変わらず、超近距離戦仕様のままだが、いくつかバインダーに武器を補充してある。新武器はまだ一度も試していないため、格納庫だ。
『なかなか肝が座ったやつだ』
「そのまんま返すぜ」
『ふっ、面白い。いざ尋常に!』
「勝負だ!」
ノンフォール前の開けた戦場にて、戦いの火蓋が切られた。
向かい合った二体の機人はほぼ同時に地を蹴り急接近した。
藍色の神託兵妖機藍丸は得物の槍を振りかざし、銀色の神託兵X・テルミナは脚部バインダーからプラズマピックを二本投擲しながらウェポンブレイクを左手に構えた。
『甘いわっ!』
妖機藍丸は槍の真ん中を持って回転させ二本のプラズマピックを弾き飛ばし、その回転の勢いと飛び出す速さを乗せた槍で前方を薙ぎ払う。
「直線の動きなんて!」
X・テルミナはそこでブレーキをかけたりせずに、滑り込むようにして体勢を低くして槍をかわし、右足で足払いをかけた。しかし相手は、地に根を張ったように全く揺らがなかった。
「なんて重さだよっ…」
X・テルミナは足を引かずにそのまま力を込め、その力を利用して相手の左側へ自らを吹っ飛ばした。
『ほう、やりおる』
X・テルミナが先程までいた場所に突き刺さる槍。足を引いていたらそこで終わっていただろう。
即座に立ち上がり再び急接近。
『ふん、まるで猪だな。やはりつまらぬやつだったか?』
「うるさい、ほっとけ!」
今度は腰を捻りブースターで左へ方向転換し、右腕のショットガンで弾をばらまいた。
『こざかしい!』
妖機藍丸は再び槍を回転させるが、何発かは通ったようだ。
しかし狙いは相手の本体ではない。
妖機藍丸の周りを時計回りに回りながら右腕のショットガンを撃ち続けた。
『ええい、ちょこまかと!鬱陶しい!』
「あいにく、こういう戦い方のほうが得意なんでね」
妖機藍丸を防戦一法に追い込んでいるように見えるが、本体にはほとんどダメージは入っていない。
そう、本体には。
『ぬおっ!?』
妖機藍丸が体の向きを変えながら防御をしていると、地面のくぼみに踵が落ちて体勢を大きく崩した。
X・テルミナはこれを狙ってショットガンを、地面に負荷をかけるために、撃ち続けていたのだ。
「終わりだ!」
体勢を崩してがら空きになった左の脇腹へとウェポンブレイクを突き刺し捻った。ウェポンブレイクの高速震動と捻りによって妖機藍丸は倒せるはず。
手応えを感じ、ウェポンブレイクを引き抜こうと力を入れた。しかしそれは相手の脇腹に突き刺さったまま抜ける気配が無い。
『私がかかったのではない。貴様がかかったのだ』
「なっ!?動けるだと!?」
妖機藍丸は痛みで動きが鈍るようなことはなく、静かに槍の穂先をX・テルミナの首に添えた。
『勝負あり、だな』
「くっ!」
負けた。こんなはずではなかったのに。何が悪かったのだろうか。
体の調子、万全だった。
武装、不備はなかった。
地形、アズマールとさして変わらない。
ならば自分の油断と慢心によるものだ。X・テルミナという強力な機人を手に入れ、初勝利を体験し、舞い上がっていたのだ。
そんな自分が、情けない。
『一週間猶予をくれてやる。ノンフォールへの入国許可も出そう。その代わり、一週間後、私に勝つことが出来なければ貴様の下には付かん。逆に、貴様とそこの二人をこの国の防人部隊に付かせる。この条件、拒むのならば私の前に二度と姿を現すな』
「だからとどめを刺さなかったってか…そこまでして戦いをしたいのか…」
『違うな。ただの戦いなんぞつまらん。自分より強い者がいることを知り、それを乗り越えることが我が望み!』
狂っている。アインにはそうとしか思えなかった。
「わかった。条件を飲もう。でも少し変更してもらいたい」
『なんだ』
「あの二人は巻き込まないでくれ。頼む。俺の大事な妹たちなんだ」
自分でもいくらなんでも甘えすぎだと分かっている。しかし、あの二人を自分の勝手な判断で振り回すわけにはいかないと思ったのだ。
『この条件を飲み、一週間後に再び私と相見えることを約束するのならば、仕方ない。その変更、許可する』
「ありがとう、本当にすまない」
X・テルミナは振り返り、二人の元へと戻った。
「すまん、負けちまった…」
『ええ、残念でしたね…』
『怪我は無い?』
「ああ、大丈夫だ。それと、一週間後、再戦の約束をした。ノンフォールには自由に出入りしていいらしい」
条件を全て話すべきか悩んだが、あえてアインが負けたときの話は伏せておいた。
『再戦って…勝算はあるの?』
「まだ分からない。でも、世界を救うためには勝たなきゃいけないんだ」
妖機藍丸、もとい神託兵パラデイオン。なぜあの致命的な一撃でびくともしなかったのか。そして、武器を掴んで放さない謎の装甲。あれに対処出来なければ勝つことは難しいだろう。
「早速新顔の活躍する時が来たかな」
三人は格納庫へ戻り、ノンフォールの量産機人《足軽》の先導でノンフォールへと入った。
『隊長、大丈夫でしたか』
「大丈夫だが、正直藍丸の能力に救われたな。少し危険であった」
アズマールの騎士団にあたる組織防人部隊。その名の通り《防人》という機人で構成されている。
その防人部隊の部下からの通信に答えるケンゴウ。妖機藍丸の特能《斬肉断骨》が発動していたため、脇腹の痛みはまったく無い。ちなみに、あの震動する短刀はすでに返還しておいた。
「あやつめなかなかやりおる…一週間でどれだけ強くなるか楽しみだ」
『隊長は相変わらずですね…』
『隊長、伝言があります』
「足軽部隊か。どうした」
足軽部隊もその名の通り量産型機人の《足軽》で構成されている。足軽の役目は主に、伝言、偵察、補給物資の運搬である。戦闘に参加することは少ない。
『先ほどの相手からなのですが、あんたは強い、だが負けるつもりはない、と』
「わざわざそんなことを伝言させたのか。本当に面白いやつだ」
『返答はいかがいたしましょう?』
「いや、いい。いつまでも続きそうな気がするのでな。ご苦労」
『はっ』
足軽を偵察に戻らせ、ケンゴウは防人部隊を率いて《機人の間》へと戻った。
「ふっ、私もうかうかしていられぬな」
ノンフォールへと入国したアインはエリスとクロトを観光に行かせ、自分はどこか広い場所、X・テルミナでの新武装練習に使えそうな場所を探していた。
二人で行かせたものの、あの仲ではおそらく、いや必ず別行動する。
「早速片方発見か…」
特徴的な瓦屋根の家の角を曲がったところで、東には珍しい赤い髪の小柄な少女が見えた。が、様子がおかしい。数人の男に囲まれていたのだ。
「面倒なことしやがって…」
小走りで近づくとだんだん話の内容が聞こえてきた。
「なぁなぁ、おれたちと遊ばねぇ?」
「嫌っつってんでしょ。そこ退いて」
「そんなこと言わないでさぁ」
予想通り、エリスが街の男に声をかけられていた。
早く止めなければ、やばい。
とりあえず一番手前にいた男の肩を叩き振り向かせた。
「おいあんた、やめてくれないか」
「あぁん?なにもんだてめぇ!?」
うわ、めんどくさっ。と言いそうになったが、平常心、平常心。
「俺の連れなんだ。いいからそこを退いてくれ」
「カレシは黙ってな!」
男の一人がアインの胸をドンと押して叫んだ。
あぁ、もう駄目かもしれない。
この男共が。
「うちのアインに何してんのよ道端の石ころ風情が」
「うっ!?」
ガチャリという音と共に締め上げられる男の腕。
エリスが関節を極めて、腿のホルスターから抜いた小銃の銃口を背中に突きつけたのだ。
他にいた男たちはエリスの気迫にやられて動けないでいる。
「今すぐアインに謝って、二度とあたしの目の前に現れないで」
「す、すんません!もうしませんから撃たないでくれ!」
「…ふん」
エリスは男を他の男たちの方へ蹴り、小銃をしまってこちらへ駆け寄って来た。
「大丈夫!?」
「俺は大丈夫だけど、街中で銃はまずいだろ…」
「空砲だから、ほら。あまりにムカついて引き金引いちゃったって問題無し」
エリスが弾倉を取り出してこちらへ見せた。
「いや、そういう問題じゃなくてだな…」
本当に銃を持ったときのエリスは恐ろしい。
このまま一人で歩かせるのは危険だと判断。主に周囲の人が。
「これから何かする予定はあるのか?」
「別に、備蓄も充分だし、特にすることはないわ」
「じゃあちょっと付き合ってくれないか?」
「つっ、つきあっ!?」
エリスの顔が途端に赤くなった。
「ああ、違う違う。突っつきあうんじゃなくて、俺に付き合ってくれないかって」
「分かってるわよ!んなもん!」
意味を取り違えたわけではなかったようだ。
「あ、そうか。別にやりたいことがあるなら、そっちに行っていいぞ」
「ううん!別の用事なんて無いから!…付き合ってあげる…」
「そうか、助かる」
エリスの頭をぽんと叩き、再び場所を探そうと歩きだした。すると、エリスが隣にぴったりとくっついてきた。
あんなに強気でいても、本当はあの男たちが恐かったのだろうか。
「大丈夫だって。次は俺がちゃんと守るから」
「ばっ!違うわよ!そういうんじゃなくて…」
「わかったわかった」
「違うって言ってんでしょ!」
ビシビシと手首にチョップを連発してくるエリス。
その動きはまるで武器を叩き落とす動作に似ていて。
「ちょ、エリス、それけっこう痛い」
「鈍いやつは叩いて直すのよ!」
確かにすぐに助けに入れなかったが、そんなに判断力は鈍っていないと思う。
「悪かったって」
「絶対分かってない…」
エリスは溜め息を吐くと、チョップを止めてアインの袖を掴んで歩き始めた。
「あいつもか…」
次に見つけたのは、金色の髪が周りの黒から浮いているクロトだ。
しかしこっちは誰かに絡まれたりはしていないようだ。
むしろ、クロトが歩くと人々が道を空ける、と言うより避けられているように見える。さらに、人々から「金色の悪魔…」という囁き声が。
絶対何かやらかした。
そんなアインの不安をよそに、クロトは満面の笑みでこちらへ駆けてきた。
「兄さーん、探しましたよー」
クロトが手を振ってきたので、こちらも手を挙げようとすると、エリスが腕を引っ張ってクロトとは反対の方向へと走り出した。
「どうした!?」
「あの女…じゃなくてクロト!絶対何か問題起こしてる!」
「エリス、お前も人のこと言えないから…」
エリスに腕を引かれるまま三十秒ほど、入り組んだ細い道を利用して全力疾走でクロトから逃げた。
「ここまで来れば大丈夫ね…」
「何が大丈夫なんですか?」
「ひぃっ!?」
「うおっ!?」
いつの間にか、逃げてきた方とは反対の方にクロトが立っていた。
「私から逃げられるとでもお思いですか?ミリア…ではなくエリスさん?」
二人ともいい加減名前で呼びあうのに慣れてもらいたい。
「クロトが何か問題起こしたからじゃないの!」
「私は何も悪いことはしてませんよ?」
「じゃあなんであんな…」
「ただ、数匹の畜生に絡まれたので、ガッとしてゴッとやってキュッと締めただけですよ」
「お前も大概恐いよな…」
入国して早々、あまり問題を起こさないでほしい。まあ、正当防衛なのかもしれないが。
「お前らを単独行動させた俺が悪かった…もう、二人ともついてこい…頼むから…」
「喜んで!」
「あんたはいらないのよ!」
アインを挟んで睨み合う二人。
クロトがいる左の腕に柔らかい何かが当たっている気がするが、反対側のエリスが癇癪を起こしそうなので黙っておくことにした。
広い場所を探してかれこれ三時間。辺りはもう暗くなってしまっている。
せめて外の平野でもいいと思い門番に許可を貰おうとしたのだが、敵と誤認してしまうためやめてほしいと言われたため、引き下がるしかなかった。
アインたちは、もうイメージトレーニングしか無いのかと諦めて、輸送機へと歩いていた。
「もし…アズマールのアイン殿でよろしいか」
「っ!いつの間に…」
人が少なくなってきた辺りで突如、背後に黒い衣に身を包んだ人が現れた。
突然の出来事に、傍らにいた二人も咄嗟に身構えている。
「アイン殿でござろう?」
「そうだが…何の用だ?なぜ俺の名前を知ってるんだ」
「城主から文を預かってここに参った。それに、金色の悪魔と緋色の獣を連れているアインと呼ばれる見慣れぬの男がいる、と街で噂され…」
城主、国王のことだろうか。
と、そこまで言ったところで黒衣の動きが止まった。その視線の先にはどす黒い気を放つ二人が。
「誰が悪魔なんですか…?」
「誰が獣ですって…?」
クロトは片手で指をバキボキと鳴らし、エリスは銃をくるくると回していて、今にもノンフォールを火の海にしそうな殺気が溢れ出ている。
「こ、これが城主からの文でござる!これにて御免!」
黒衣の人は素早くアインの手に紙を握らせ、小さな球状のものを地面に叩きつけたかと思うと、白い煙がもうもうと立ち込めた。
「うわっぷ!なんだこれ!」
「けほっけほっ…何も見えない…」
「日本の昔の何でも屋、忍者の煙玉ですね。害は無いはずです。本物は初めて見ました…」
煙が晴れると、そこにはすでに黒衣の人の姿は無かった。
「なかなか使えるな、あの玉…」
「そうやってすぐ何でもリスペクトするのはやめてください…それよりも手紙の内容は?」
手紙を開くと、線のような文字でいっぱい。アインには所々しか解読できなかった。
「えっと…」
手紙の内容は、特訓にちょうどいい場所を条件付きで提供するとのこと。詳しくは明日、城の使いが案内してくれるらしい。
「条件は…」
「お金ですか?」
「いや、違うみたいだ」
「じゃああたしたちを…?」
「そういうもんじゃねえよ!」
城主が示した条件は単純明快。至って簡単だが、予想外の条件であった。
「ノンフォールの決闘場にて見物人付きで一対一の勝負。一人ずつ闘う三回勝負とする」
つまり、エリスとクロトも戦わなければならなくなったのだ。
翌朝、輸送機から外を見ると、昨日の城主からの手紙の通り、輸送機の前に案内役と思われる、鼻の長い赤い仮面で顔を隠した人が傍らに鎧を纏った馬を連れて立っていた。
「なぜ私がこのような役を…」
明らかに不満がだだ漏れだった。声と体格からして男だろう。
「あんたが案内役、でいいのか?」
アインが輸送機から降りて仮面の男に声をかけると、仮面の男は姿勢を正し軽く礼をした。
「いかにも。あなたたち…じゃなくて貴殿らに地下訓練場への道を伝えるために参った」
なんだか話し方がとてもぎこちない。この国の出身ではないのだろうか。
「こっちは準備できてる。いつでもいいぞ」
昨日の手紙で案内役が来ることは分かっていたので、相手を待たせないように早めに準備を済ませておいたのだ。もちろん、エリスとクロトも。
「あいわかった。私…じゃなくて…あー!面倒だ!」
仮面の男はひとしきり頭をかきむしると、再びアインへと向き直った。
「すみません、この国の儀礼的な言葉遣いは省いていいですか?」
「かまわないけど、いきなり口調が変わったから驚いたぞ」
昨日の忍者のような話し方はこの国の儀礼的なもののようだが、この男はそれに不馴れなようだ。
「助かります。私が馬で先導するので輸送機でついてきてください」
「了解だ」
仮面の男はすばやく馬に跨がり輸送機の前方へと走り出し、ノンフォールから出た。案外速い。
アインも急いで操縦室へと入り仮面の男の馬に追従する。
操縦室にはエリスとクロトがすでにいて、前方を走る仮面の男を見ていた。
「あれが案内役だったのね。仮面被ってるのにちゃんと前見えてるのかしら?」
「見えていることを願うよ」
そういえばなぜ仮面なんかを被っているのだろう。あれもこの国の儀礼的なものなのだろうか。それか、何か顔を隠さなければならない理由があるか。
「まぁ、前が見えないようなもの被るなら馬を移動手段に選ばないだろ」
「でも…なんか蛇行してますけど…」
「……大丈夫か?」
とても不安になってきた。
ノンフォールの城壁沿いに三分ほど走ったところで、仮面の男は馬から降りて城壁の何かを操作し始めた。すると、城壁の一部が上昇して入口らしきものが出現した。
「アズマールの格納庫と似てるな」
「そうね。ほら、早く入りましょうよ」
見ると、仮面の男がこちらに向かって手招きしている。このまま入れということだろう。
入口から入ると、中もアズマールの格納庫によく似ていた。いたるところに機械が設置されていて、先日見たサキモリとアシガルと呼ばれる機人が、片膝をつく待機姿勢で壁沿いに並んでいる。
「ここは格納庫でもあるみたいだな。地下訓練場はもう少し先か」
しばらく進むと景色が変わり、広いスペースに出た。十分に立ち回りできる広さだ。ここが地下訓練場だろう。
仮面の男の指示に従い輸送機を端に停めて輸送機から降りると、より広く感じられた。ここだけ地面は金属ではなく土が敷き詰められている。
「どうですか、ノンフォールの地下訓練場は」
「これはすごいな。これだけのものを地下に作るのは大変だったんじゃないか?」
この規模と設備は、悔しいがアズマールに勝っているだろう。そう考えると、アズマールの格納庫などの設備の建造にもかなりの労力がかかったのかもしれない。
「いえ、実は、この設備は建国以前から存在していたんです。国の地下に設備を作ったのではなく、地下設備の上に国を建てたのですから」
「そうだったのか…となると、この設備も遺跡の一種ってことか。じゃあアズマールの設備も…」
そういうことなら、両国の設備が類似していることに合点がいく。
「正確には、生きている遺跡ですね。一般に遺跡と呼ばれているものは機能が生きてませんから」
思わぬところで大きな発見をした。他の国々もそういった経緯で作られているのかもしれない。
「では、私はこれで…」
仮面の男が軽く礼をして踵を返そうとしたしたその瞬間、表現しにくい不思議な感覚を感じ、この男と戦いたいという気持ちが急に膨れ上がりアインの口を動かした。
「待ってくれ!ちょっと俺と手合わせしてくれないか?」
急に手合わせを申し込まれた仮面の男は、決まりが悪そうに頭を掻いた。
「あいにく、私の愛機は調整中でして」
しかし不思議な感覚は治まらない。
「いや、生身でだ。妹たちと生身で格闘するわけにもいかないんでな」
エリスとは軽い組み手をすることもあるが、妹相手に本気は出せない。そういった言い訳で自らを納得させようとする。
「……いいでしょう。防具を用意するので少々お待ちを…」
「いや、いらない。寸止めでいく。さあ、早く戦わせてくれ」
「ちょっと、どうしたのアイン?なんか変よ?」
「ここで発作が出てしまったようですね……兄さん早く薬を!」
「いいんだ、今は好きにさせてくれ」
「アイン…」
戦いたい。戦いたい。戦いたい。
ただそれだけしか考えられない。戦えばきっと気が済むだろう。
「…狂ってるのはどちらなんでしょうね…」
「ん?なんだ?」
だめだ。いつもならそのくらいの声量でも聞こえるはずなのに。
仮面の男が呟いた言葉はアインの耳には届かなかった。
「いえ、なんでもありません。では始めましょうか」
「ああ、小細工はなしだ」
互いに訓練場の真ん中まで歩き、三メートルほど距離をとって構えた。
先に動いたのはアイン。
一気に詰め寄り得意の足払いをかけようと、右足が地面を掠める。
「ワンパターンですね」
「読まれた!?」
しかし仮面の男はこれをジャンプで容易くかわし、アインの背後を取る。
「っ!」
アインはそれを察して右足の爪先を地面に突き立てそのまま前へ跳んだ。
「危機回避能力はさすがですね」
「お前っ、なんで!」
俺の動きを読めた、と言う前に、後ろから駆け寄る気配を感じ、右足で跳んだ遠心力のまま後ろを振り返りざまに、牽制のために左腕を裏拳で振り抜こうとした。
しかし左手に固い感触と衝撃が。
仮面の男の顔面に拳が当たってしまったのだ。
「すっ、すまん!勢いで当たっちまった!」
次いで聞こえるカランという乾いた音。
「いえ…大丈夫ですよ。仮面が割れただけです」
寸止めと言ったのに当たってしまったことで、アインは我に帰った。
アインは慌てて割れた仮面を拾い上げ、仮面を被っていた男に駆け寄る。
「悪かった!本当にケガとかしてないか!?」
「本当に大丈夫ですよ。ほら」
仮面の下に隠れていた顔は整っていて、女性が放っておかなそうな美男子だった。
「あんた、なんでこんな仮面で顔隠してたんだ?堂々としてりゃいいじゃないか」
「素顔で歩いているとすぐに女性に囲まれてしまい身動きがとれなくなってしまうんです…アインさんは女性二人を連れていると聞き、急遽用意してもらったんですが」
「…そーですか…」
なんというか、男としてイラッときたが、平常心、平常心。せっかく無傷で済んだのに、ケガさせてはいけない。
「今回は私の負けのようですね。次はこうはいきませんよ」
「次?また相手してくれるのか?」
「はい、近いうちに必ず」
約束を破ってしまったのにまた相手をしてくれるとは、ありがたい。
「アインさん、あなたが強くなって私の前に現れることを願っています。頑張ってください」
「ああ、任せとけ!次は機人同士でな」
「はい、必ず」
「クロト、パラデイオンの特徴は分かるか?」
案内人が去った後、アインはひとまずパラデイオンへの対策を練ろうとクロトに相談していた。
神託兵はそれぞれ特殊な能力を有していると言っていた。パラデイオンももちろん有しているはずだ。
アインの予想では、装甲に何か能力が付与されているはずだ。刃を突き立て捻ったのに相手からは痛みによる動揺が欠片も感じられなかった。
それに、刺さった刃を抜こうとしたとき、X・テルミナの力ではびくともしなかった。
「パラデイオンが神から与えられた名は《守護》。特能は《肉を斬らせて骨を断つ》。パラデイオンの特殊装甲は、斬りつけてきた相手の武器を受け止め絡めとり、特殊装甲へのダメージは搭乗者へフィードバックされない。神託兵の盾となる存在でした」
「そんなの無敵じゃないか。どうやって勝てばいいんだよ…」
痛みを感じないだけならただ接続を切ればいい。しかし、接続を切れば滑らかな動きができなくなり、戦闘に支障が出るのは間違いない。
接続を必要としない亜機人というものがあるが、あれは戦闘用ではなく荷物の移動など単純に力が要るときに必要とされる。
つまり、パラデイオンは機人の弱点とも言える部分を一つ潰しているのだ。
「ただ、特殊装甲の衝撃吸収の許容量を超える攻撃を叩き込めれば、あの装甲は砕けるはずです。実際、最終決戦の善神の一撃で装甲を破壊されてしまいましたから…」
「強い一撃か…エリス、たしかあれ積んでたよな」
「強い一撃?あれって…ああ、あれならショット・リリィ用に積んであるけど。あれがどうしたの?」
「パラデイオンと戦う時に貸してくれないか?あれならなんとかなるかもしれないんだ」
「いいわよ、今回は使えそうにないし」
「助かる」
あれと、新武装を組み合わせて、なんとかしてやつを倒さねば。
負けるわけにはいかない。




