古代 -真相-
長くなりますが、「あまり細かい設定は気にしないからさっさと戦闘シーン見せろや」な方はここはスルーしていただいても構いません。
どうしてこうなった…
《日本》。この地球の古代に存在していたという島国の一つ。
現在は大陸が一つと、周囲にとても小さい諸島群しか発見されていない。しかし古代には六の大陸と、島国が数多く存在していたという記録が残っている。
だが、何故大陸が一つになってしまったのか、その理由は判明していない。その境目の百年間の記録が極端に少ないのだ。
有力な説は、隕石による人類絶滅の危機に瀕した後、一つの大陸を残し、他の大陸は沈んでしまったという説。
もう一つは人類絶滅の危機の後、急激な地殻変動によって大陸が全てくっついたという説である。さすがに無理があると異を唱えた学者もいたが、この説を考えた学者が示した二つの資料を見た者は、その説を受け入れざるを得なかった。
遥か昔の地球の始まりの頃は大陸はただ一つ、《パンゲア》だけ。驚くことに、そのパンゲアと現在の大陸の形がほぼ一致したのだ。
この説から、この大陸の文化が地域ごとに大きく異なるのは、複数の大陸が合わさったためなのではないかという推察をされている。
全ての真相はニュートラルが保有していると噂されているが、ニュートラルは沈黙を貫いている。
真相を知るのならば、何故公表しないのだろうか。謎が謎を呼び、学者たちは大きな混乱の只中に立ち尽くしている。
空白の記録の真相とは。この地球に何が起きたのだろうか。
「私は、《人類リセット計画》が再び実行されることを防ぐために、六人の《DEMON》(デモン)を五百年前からこの時代に連れてくる……はずでした」
「待ってくれ、全然話が見えてこないんだが」
人類リセット計画、DEMON。聞いたことのない単語が次々に出てくる。
「そうですね、兄さんは記憶をなくしているのでした。人類リセット計画というのは、混沌とした世界の様子に痺れを切らした一部の神々によって始められた、神が創造した巨大人型機動兵器《善神アフラ・マズダ》と《悪神アーリマン》によって行われた人類削減です」
「神が人類を減らすなんてありえない。そもそも、神なんて実在しない」
いや、神は存在するのかもしれないが、人類に影響を与えるようなことはありえない。あくまでも信仰の対象なのだから。
アインはそう思い、人類削減というのも大規模な災害などが起こったのだろうと予想していた。
「兄さんのX・テルミナも私の神託兵も、人類リセット計画を阻止するために神々から授かったものだとしても、兄さんも含めた私たちDEMONが神々に創られた命だとしても、信じられませんか?」
「なんだって…?アーセナルとクロトが神に創られただって?」
アインは混乱して、と言うよりも、体の内側から何かが出てこようと暴れているような感覚を覚えてよろめいた。
「なんだ…これ…!」
「兄さん!?大丈夫ですか!?」
頭を抱えて唸っているとクロトが駆け寄ってきて、腰にさげていた水筒をアインに差し出した。
水筒の中身を一口飲むと落ち着いたのか、奇妙な感覚が消え失せた。
「はぁ…はぁ…これは…?」
「非常時のために持ち歩いている、兄さんの発作を鎮めるための薬です」
発作とはなんのことだろうか。そして、何故アインにもその薬が効いたのか、よくわからないが大分楽になってきた。
「発作って…どういうことだ…」
「それは、X・テルミナに搭乗することによる副作用のようなもので、搭乗時間が蓄積すると発作を起こして意識を失い、衝動に任せた行動をしてしまうのです」
「なんて危険な機体だ…」
「だからX・テルミナは封印されていたのに、何故封印を解いたのですか?」
「封印…?」
封印とはどういうことなのだろうか。帰ったら父や研究員を問いたださなければ。
「それについては俺は分からない。詳しく話を聞きたいんだが、俺たちの国アズマールまで同行してもらえないか。そこのクロノパウスも一緒に」
「はい、兄さんのいるところならどこへでも。他のDEMONもそこにいるのですか?」
「それについても、俺は一切知らないんだ。役に立てなくてごめん」
そのDEMONの意味についても分からないので、戻ってから色々聞くことになりそうだ。
「いえ、一番最初に兄さんを見つけられたので良かったです。…もしあの女だったら即刻戦闘でしたからね…」
終わりの方は小さくて聞こえなかったが、特に伝えようとしているわけではなさそうだったので、聞かないでおいた。
「じゃあ、俺がアーセナルで先導するからついて来てくれ。クロノパウスは動くか?」
クロトの神託兵と言っていたクロノパウスは、瓦礫に埋まって機能を停止していたのでどこか故障したのではないかと心配してクロトに確認をとった。
「大丈夫です。神託兵に故障、不具合が起きてもDEMONなら自力で直せますので」
クロトがクロノパウスに乗り込むと、機体が足先から淡く発光していき、頭まで到達したところで光が収まった。
『異常無しです、兄さん。ついでにデータベースをX・テルミナと同期しておきました』
「データベースを同期?なんだかよくわかんないが、とりあえず了解」
手を振って動くことを証明してきたので、アインもアーセナルに乗り込んだ。
「待たせたなゼロック」
『いえ、大丈夫ですアイン。それよりも、私のデータベースが修復されたようなのですがっがががっがが』
「おい!?思いっきり故障してんじゃねーか!」
突然ゼロックが壊れた通信機のようになってしまった。しかしアインが慌てて何度か声をかけているとピタリと声が止み、コクピットが真っ暗になってしまった。
「ゼロック、もしかしてまた暴君に…?」
アインは真っ先に先日の暴走を思い浮かべたが、一向に動き出す気配はない。
とりあえずクロトに状況を説明するために、コクピットを開くレバーを引こうとすると、コクピットが明るくなった。
『再起動完了しました。データベースの更新中。兵装確認完了しました。データベースの更新完了しました。機体確認、X・テルミナ。搭乗者確認、レイジ・アポストル』
モニターに膨大な量の文字と画像が流れて、ゼロックがかつての暴君のように作業の進捗を示してきた。
「ゼロック、俺だ、アインだ。俺はレイジじゃない」
『わかっています。ですが、データベースのレイジ・アポストルのDNAデータとアインのDNAデータが完全一致していて。これは、どういうことでしょうか』
「嘘だろ…」
アインは本当に、記憶を失ってしまったレイジなのだろうか。
「…ここで考えても仕方ない。とりあえず戻るぞ。なんで城の騎士団が俺を追っかけて来ないか気になるしな」
『了解です』
「こんなときになにやってんのよあのおバカ!」
あまりのタイミングの悪さにエリスは叫んだ。
アインがアーセナルに乗って出ていった直後、アズマールの索敵範囲内に突然一体の機人の反応が現れたのだ。
「アインの追跡は後回しだ。機車は戻って、いつ戦闘が始まってもいいように準備しろ」
現在全体を指揮しているのはテオドアとガロンだ。
「だがまだ攻撃はするな。たった一体となると他国の使者かもしれん」
「それぐらい分かっているさ、ダーリ…」
「…おい…」
ガロンがテオドアが言いかけた言葉を止めると、テオドアは自分の失態に気づき、顔を真っ赤にして咳払いをして言い直した。
「…だ、ダージリンティーなど飲んで落ち着こうか、ガロン」
「…そうだな。おいお前ら、手が止まってるぞ!そこ、笑ってないで動け!」
ガロンが喝を入れると、テオドアとガロンのやりとりを見ていた研究員や整備技師たちは渋々といった感じでそれぞれの持ち場に戻っていった。
「ねぇ見て。アインがその機人に接触したみたい」
エリスが指差す先にあるのは巨大なモニター。アズマールの広範囲レーダーだ。そこには点滅する点が二つ。片方には『ARSENAL』、もう片方には『UNKNOWN』と示されている。
「これは…遺跡の辺りだな。通信は繋がらない、あいつは何をしに行ったんだ……誰か、アインから話を聞いた者はいるか!」
ガロンが全員に伝わるように大きな声で聞いたが、誰も知らないらしい。
「やっぱり迎えに行ってくる!」
「いや、まだ行くな」
エリスが走り出すのを、テオドアはエリスの服の首もとを掴み止めた。
「モニターをよく見ろ。二体に動きが無い。きっと話し合いができているはずだ。少なくとも戦闘にはなっていない」
「でも!」
「とりあえず二体が動き出すまで待て」
それから十分ほど経ったとき、ようやく二体に動きがあった。
「団長。アーセナル、ならびに不明機、こちらに向かって動き出しました」
「相手が攻めこんできたか?」
「いえ、アーセナルが先行しているようです。アーセナルに回避運動らしき動きも無いので、敵意は無いかと」
モニター上の点はアズマールに向かって、アーセナルが前、不明機がその後ろにつくようにして、一定の早さでまっすぐ移動している。
もしアインが攻撃を受けながら撤退しているとしたら、点はまっすぐ動かずに、左右に動いたり速度が変わったりするはずなのだ。
「わかった。格納庫の東ゲートを開いておけ」
「了解。東ゲート開放してください」
程なくして、アズマールの周囲の映像を映すモニターでも視認できる距離まで接近してきた二体に光で合図をして、格納庫内へと導いた。
なんの連絡もなく格納庫へ誘導されたので、傍受を恐れていたのだろうか、と思ったが。
「なんで通信シャットアウトしてんの!連絡できなくて心配したんだから!」
「え、えぇ?」
帰ってきて早々、身に覚えのないことでエリスに怒られてしまった。
まず、勝手にアーセナルを持ち出したことで怒られると思い、それに対する言い訳を考えていたのだが、予想外のことで怒られるとは。
「俺、そんなことしてないんだけど…」
「…まぁいいわ。それよりもこの機人とこの女の人はなんなの?どこかの国の使者?」
「そういや紹介が遅れたな。こいつはクロト…って、なんでそんな怒った顔してんだ!?」
アインがエリスに紹介しようとクロトを振り返ると、金色の長髪が浮かび上がるのではないかと思うほどの殺気に満ちていた。
「何故あなたがここにいて、何故そんなに兄さんと親しくなっていやがるんですかぁ!ミリアさん!」
「ひっ!?」
「お、落ち着け、クロト!なんか性格変わっちゃってるから!」
クロトは今にもエリスに飛びかかりそうだったので、アインが肩を押さえ制した。
「こいつはエリス!俺の妹だ!お前の言うミリアじゃない!」
アインが説明すると、状況を理解したのだろう。クロトは恥ずかしくなったのか、俯いてしまった。のかと思ったのだが。
「……妹ぉ?妹は…私一人ですよ!ミリアさん!私から妹の座も奪おうと言うのですか!?」
「うわぁ!落ち着けったら!違うって言ってんだろ!」
今度は父、母、アインの家族協力防衛ラインでこれを食い止めた。
「な、なんなのこの人…」
あの後、なんとかクロトを説得し誤解を解いたのだが、どうにも機嫌が悪そうだ。
「確かにミリアさんより全体的にちっちゃいですが」
「ちっちゃいですって!?あんたケンカ売ってんの!?」
「まあまあ、落ち着けって」
どうもこの二人は相性が悪いようで、先程からずっと睨みあっている。犬猿の仲とはまさにこのことだろう。
「では私が改めて聞こう」
見かねたのか、ガロンが皆の疑問を代表してアインに聞いた。
「この少女、クロトは何者なんだ」
「クロトはその機人、クロトの時代では神託兵と呼ばれているらしいんだけど、そのクロノパウスで過去から来たって言うんだ」
「過去から、か。クロト、君に頼みたいことがある」
「なんでしょうか」
「どうせ父さんでも理解できないって」
ガロンが近くにいたクロトに声をかけると、エリスと睨みあっている目を逸らさずにこれに応じた。
「このクロノパウスで時を超えて見せてくれないか。悪いがまだ信用できない」
「それは難しいですね…善神と悪神が目覚めつつある今、時空跳躍しようとすれば、今度こそ時空の狭間で迷子になりかねません。実際、悪神の悪あがきのせいで神託兵搭乗者の六人のDEMONを時空跳躍中に落としてしまいましたから……」
「…なるほど、わからん」
「だから言ったじゃんか」
ガロンが唸っていると、クロトはエリスから目を離しクロノパウスのコクピットへ入り、数十秒経つと戻ってきた。
「何してたんだ?」
「兄さんもガロンさんもあまり理解していなかったようなので、ここのシステムにデータベースをコピーしておきました」
「それは助かる」
「そんなホイホイコピーしちゃっていいのかよ…」
「むしろ、より多くの人々と過去の情報を共有しなければ、善神と悪神を破壊することは難しいと思います」
クロトの言うことは正論だった。情報を秘匿していると言われているニュートラルにも見習って欲しいものだ。
「これは…すごいものだな…」
「どうしたんだ?」
どうやら、クロトが提供してくれた情報で何か発見があったようだ。スクリーンに映し出して説明を始めた。
「まず、アーセナルの正式名はX・テルミナと言うらしい」
「それは知ってる。他には?」
「我々がO・シリーズと呼んでいる物の小数、正確に言えばクロノパウスとX・テルミナを含む九体は神託兵と呼ばれていた。何故そんな名前かというと」
「神から託されたから、か。ホント、まるでおとぎ話か何かみたいだよな」
「だが、神の力によるものだったらX・テルミナと武器の融合についても納得できる。あんなもの、人には作り得ない。それに、O・ハート。あれもそうだ。なのに何故ニュートラルが復元、複製できたんだ?」
確かにそうだ。改めて考えてみると明らかにおかしい。無機物が再生するなど。
「O・ハートとは《黄金林檎》のことですね。それは恐らく、そのニュートラルのバックに、生き残った神がいるのではないでしょうか?」
「生き残ったって…じゃあ今は神は…」
「兄さんの考えはあっていると思います。最終決戦の、大陸すら変形させた最後の衝撃で、ほとんどの神が存在を抹消されました。もちろん人類も例外ではなく、一般人は八割が消滅。跡形もなく吹き飛ばされました…」
「なんだってそんなに…」
神がほとんど消滅するほどであれば、人類は絶滅していたはずだ。
「守ったんです。我々DEMONを、人類を、この星の生命を」
「そうだったのか…」
「そもそも、DEMONとは何なんだ。神がそこまでして守る価値のあるものだったのか」
「父さん!」
「いいんですよ、兄さん」
クロトもDEMONだと言っていたため、ガロンの失礼な発言を止めようと思ったのだが、クロトはそこまで気にしていないようだった。
「まず、DEMONは八人いて、そのうち一人は、善神アフラ・マズダと悪神アーリマンの封印のため、神託兵と共に犠牲になりました。現在は私と兄さんを含む七人が存在するはずです」
「少ないな。神託兵と同じくらいか」
「さすが兄さん、察しがいいですね。DEMONは神託兵を動かすために神が創った人間を超えた人間ですね」
「でも、一人足りなくないか?」
「それはそうですよ。神託兵は実質的には九体だったのですが、X・テルミナは神にも手の負えない失敗作なので封印され、代わりに兄さんは制式モデルの《レストライン》に搭乗することになったんですから」
封印、そういえばそんなことも言っていた。
「父さん、X・テルミナが封印されてたって知ってたか?」
「む…そういえば鎖でがんじがらめにされていたな。あれが封印だというなら脆すぎだ。すぐに解けたぞ」
「えっ!?」
それを聞いたクロトは声をあげて驚いた。
「ビリビリしたり弾かれたりしませんでしたか?」
「ああ、切れなかったんで引っ張ったら解けたな」
「そんな簡単に…今その鎖は?」
「かなり丈夫なのでどこかで使えないかと思い、武器庫にしまってある」
「ああ、あの例の武器に使えそうなやつ。あれがそうだったのか」
以前、アインが資料室にて調べものをしていた際、臨機応変な元アーセナル、X・テルミナに相性のいい攻防一体の武器や、近距離でも遠距離でも使える武器を見かけたので研究科に製作、もとい復元を依頼しておいたのだ。
「封印用の鎖を武器に流用してしまうとは…やはり兄さんは記憶を失っても兄さんですね」
「どういうことだ?」
「戦場で拾った武器や倒した敵のパーツを投げつけたり、私たちがあきれるような奇妙な戦術をすました顔でいつも考えて、周りの人々だけでなく神々まで、兄さんに驚かされてばかりでした」
どうやらレイジという人間、いや、DEMONはムードメーカーだったようだ。
「あのときは笑えましたね。敵の腕パーツをもぎ取って『ロケットパンチだ』って投げつけたんですよ。なにやってるんですかって聞いたらなんて言ったと思います?『日本のロボットはよく拳を飛ばす。俺はそれを敵の腕でやっただけだ』って。兄さんの知識は偏りがあって、世間知らずで、冷静でしたがおもしろい人でしたよ」
「お前はその兄さんの話になると止まらないな…話が横道に逸れちまったな。悪かった」
そう言うとクロトは何故かきょとんとした顔で答えた。
「あれ?初めから兄さんの話ではありませんでしたか?」
「範囲を狭めすぎだよ!DEMONの話だっただろ」
「ああ、そうでしたね」
クロトはポンと手を叩き、説明を再開した。
「DEMONの特徴は、金属のような光沢を持つ髪色と、不老。外見で分かるのはこの二つですね。私たちDEMONは二十才周辺の容姿で創られ、そこから変化しません」
「不死ではないのか?」
「それなのですが、DEMONは跡形もなく消されない限りは死にません」
「どういうことだ?」
寿命が無いということだろうか。それならば心臓を刺されない限りとか、他にも言いようがあったはずだ。
「そうでなければ死なない理由は他の特徴、外見上分からないものの一つにあります。それらの特徴は、強靭な肉体、動物トップクラスの運動能力、神託兵への完全適合。それと、神託兵並みの自己再生能力です」
「なんだって!?もうほとんど神託兵そのものじゃないか!」
つまり、神託兵を完全に活かすために、神託兵並みの能力を与えた、ということだろう。
「あとは、何故神が我々を庇ったか、という質問でしたね。兄さんは不思議に思いませんでしたか?何故神が直接不良品の善神と悪神に手を下さなかったか」
「そういえば…なんでだ?X・テルミナと同じで手におえなかったからか?」
「大体正解ですが、少し不足していますね。神々は各々の力を少しずつ削って足し合わせ、完全無欠の、新たな神を創ろうとしたんです」
「それがその善神と悪神か」
「そうです。ですがそこで予想外の問題が発生しました。暴走による人工物の破壊と、乳幼児以外の殲滅です」
ここへ到着する前に聞いた話だ。地球に純粋な心を持つ人々のみを残そうとした、人類リセット計画の暴走。
アインは、この計画は人間を物理的に減らしてしまう点から見て、初めから失敗していたのではないか、という否定的な意見を持っていた。
「あれ?でも人工物の破壊って、何故?人類を無垢な状態に戻すことが目的じゃないか」
そう、人類リセット計画とは、あくまでも人類から善き心と悪しき心を消して、残った純粋な人類で新たな世界を作らせるというニュアンスだと思っていたのだが、何故そこに人工物の破壊が発生してしまったのか。
「善神と悪神は人類リセット計画を過大解釈したのです。つまり」
クロトはそこまで言うと地面を指差しこう言った。
「この地球を、原初まで戻そうとし始めました」
「人類の削減はできる限り少なく留められたのですが、我々DEMONと善神悪神の最終決戦の際にぶつかりあった神の力が思わぬ衝撃波を生み、人類の大量絶滅と大規模な地殻変動が起こってしまいました」
「結局その善神と悪神はどうなったんだ?」
「最終決戦で大半の力を使いきって動きが鈍ったところで、DEMONの一人、えーっと…マリク?が自らの命と引き替えに、封印の名を冠する神託兵と一つになり善神と悪神を地中深くへと引きずり込み封印を果たしました」
マリク(?)とスィール。クロトが言っていた、犠牲になったDEMONと神託兵とはこのことだろう。
「その、なんかごめんな。嫌なこと思い出させちゃったみたいで…」
「あ、いえ。兄さん以外どうでもいいんで」
真顔で否定された。ついでに、ないない、と手を振りながら。名前が疑問形だったのはそういうことか。
「マリクに謝れ!マリク不憫すぎるだろ!」
「まあそれは置いといて」
「マリク…」
アインの抗議も虚しく、軽く流されてしまった。彼、いや彼女なのか、の本名なのかわからないが、マリクに同情の念を抱かざるをえなかった。
「今は時空の狭間に落としてしまったDEMONの残り五人と、この時代まで残っているであろう神託兵の残り六体を早急に集結させなければ」
「そんなに強いのか。その善神と悪神は」
「それも否定できませんが、問題は奴らの卑劣な能力、《洗脳》と《ジャック》です。兄さんが記憶を失っているように、他のDEMONにも同様なことが起きている場合、自分がDEMONであることを思い出させて神託兵に同調してもらわなければ、奴らは能力を使って容易く寝返らせるでしょう」
そんな能力があるならば、確かに急がねばならない。おそらくは、この前のブラッドナイブスのようになってしまうのだろう。
「でも善神と悪神はどうやって洗脳してくるんだ?」
人を洗脳するのであれば催眠術などだろうか。はたまたもっと直接的なのだろうか。
「前に洗脳された人々を尋問した際には皆口を揃えて『夢で神のお告げを聞いた』とか言ってましたね」
「夢…」
自分の夢の銀色の影、あれも洗脳なのか。そう考えるとぞっとする。なんせ一瞬かもしれないが身体を乗っ取られていたのだから。
「さあ、それを防ぐためにも急ぎましょう。ガロンさん、この近辺に神託兵らしいものはありますか?」
「ん?ああ、神託兵か。ここから東の方向にある難攻不落の国が《ガーディアン》と呼ばれる強力なO・シリーズを保有していたはずだが」
ノンフォールのガーディアン。噂によるとどんな敵が攻めてこようと、たった一体で全て相手取るという狂乱の戦士らしい。しかも全戦無敗。奇妙な力を使うとも聞く。
「いきなり手強そうだな。相手がDEMONの記憶を失ってなければ戦わずに済みそうなんだけどな…」
「とりあえず行ってみなければ何も分かりません。ここに輸送機はありますか?」
輸送機とは、機人の運搬に用いられる超大型の機車だ。一台につき二体までしか収容可能でないなので、一般にはあまり使われない。
「二台ならあるが、アインも連れていくつもりか?」
ここでテオドアが話に割り込んできた。この前もアインが一人で出ていくのを止めたくらいだ。出発には反対なのだろう。
「もちろんですよ。兄さんも、X・テルミナに搭乗できる時点で、紛れもなくDEMONなのですから」
「だが同時に私たちの子供でもある。お前は誓えるのか?」
誓うとはなんのことだろうか。アインはまったく話についていけない。ガロンとエリスも同じようで、首を傾げている。
アインのことを命を懸けてでも守れるかどうか、とかだろうか。それはそれでアインの男としてのプライドが潰される。
「お前は命を懸けてでも」
やはりか。アインはそう思い止めに入ろうとしたが
「私の息子を愛せるかっ!」
「はあ!?意味わかんねぇよ!」
「はい!もちろんです!お義母さま!」
「クロト!?」
「うん、じゃあ許す。いってらっしゃい」
「ありがとうございます!」
「ごめん全っ然ついていけない」
もちろんそれはアインだけではなく、ガロンは苦い顔をしているし、エリスは真っ白になっているように見えた。
「お前はバカかバカ息子。ここに婚約が成立したのは明白だろ?」
「だろ?じゃねーし!何よりこいつ、俺のこと兄さんて」
「今日からダーリンですね!」
「やめろぉ!」
どうやらこの一瞬でクロトとテオドアは意気投合してしまったようだ。何故かハイタッチまでしている。倍面倒くさい。
「冗談に決まってるだろバカ息子」
「そのバカ息子って言うの、気に入ったのかもしれないけどやめてくれないか?」
「わかったよ、バカ息子」
「わかってねぇ!?エリスからもなんとか言ってくれよ…」
そう言ってエリスを振り返ると、エリスはぶつぶつと何かを言っていた。
「アインが婚約アインが婚約アインが婚約アインが婚約アインが婚約アインが婚約アインが婚約アインが婚約…」
「エリスが壊れた!?」
まさに心ここにあらずといった様子でひたすら同じ言葉を繰り返して虚空を見つめている。端的に述べると、目が死んでる。
「ほら!母さんのあれは嘘だって!目を覚ませ!」
肩を揺すってやるとだんだん焦点が合ってきた。
「嘘…なんだ嘘か……って顔が近い!?」
「ぶっ!?」
正気を取り戻した途端に右頬に飛来する裏拳。今、この場の理不尽密度が急上昇中です。
「ごっ、ごめんアイン!」
「兄さん大丈夫ですか!」
「ほら、大丈夫か?」
はい、ご覧の通り。全員に、原因はあんただよと言ってやりたかったが、そこは我慢の子。これ以上事態をややこしくしたくない。
「お前も大変だな…」
「俺の味方は父さんだけだよ…」
頬をさすりながら起き上がり、ひとまず自宅へ戻ろうとすると左腕を掴まれた。
「では兄さん、準備も兼ねて出発は三日後にしましょうか」
「まあそれぐらいが妥当か。わかった、三日後な」
アインが再び歩きだそうとすると、今度は右腕を掴まれた。
「ちょっと待った!あたしもついていく!」
「いや、ダメだ。エリスは父さんたちとアズマールに残ってくれ」
「なんで!?」
「俺はDEMONかもしれないが、エリスは違う。エリスは関係無いんだ。巻き込むわけにはいかない」
アインは何らかの原因でDEMONとなってしまったようだが、エリスにそんな兆候は見られない。それに
、自らの神託兵を有していない。それなのにこんな世界規模の問題に巻き込むことはできないと思ったのだ。
「お父さん、お母さん…」
アインから許可は得られないと分かったのだろう。エリスはガロンとテオドアに助けを求めた。
「そんなの許すわけ…」
「いいんじゃないか?」
「父さん!?」
「いいよ。アインを頼んだ」
「母さんまで!」
「これで文句ないでしょ、アイン」
「むう…」
まったくの予想外だった。まさかガロンとテオドアが二つ返事で了承してしまうとは。
「……わかった。そのかわり、危険を感じたらすぐに退いてくれよ?」
「当たり前でしょ。それぐらい分かってるわ」
エリスは唇を尖らせていたが、口角が上がっていた。そんなに戦いたかったのだろうか。
「じゃあ三日後な。ほら解散解散」
アインがパンパンと手を叩いて催促すると、ようやく皆散らばってくれた。
皆がいなくなった後、元々格納庫が持ち場のガロンを呼び止めた。
「父さん、ちょっといいか?」
「大丈夫だが、どうした?」
「例の武器、三日以内に仕上がりそうか?」
例の武器。X・テルミナを封印していたという頑丈な鎖を用いて制作してもらっているものだ。
「ああ、問題ない。あと二日ほどで仕上がるだろう。オプションも付けておくからな。期待していいぞ」
「ホント、ありがとな」
アインが制作を依頼している武器。ユニークなものだが、これが吉と出るか凶と出るか。これからイメージトレーニングをしておかなければ。




