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インパルシブ・コンフリクト  作者: 肉付き骨
10/19

暴走 -本性-

 ゼロックが敵の破壊を決定したその時、いつの間にか取り巻きの敵機人八機に囲まれていた。


『目標物破壊ノ妨ゲヲスル存在ヲ確認。データベース照合中。エラー。データベースニ存在シナイ未確認機体ト判断。戦闘レベルヲ5カラ7ヘト変更。破壊スル』


「おい!ゼロック止まれ!」


 しかし、アーセナルはアインの制止に反応することなく攻撃を始めた。アインの接続はまだ続いているため、自分の意思に反して身体を動かされる奇妙な感覚に襲われる。

 ブースターで敵の懐に潜り込み、掴むようなアッパーで強引に胸部と頭部をまとめて抉り取り、他の機人へ投げつけ、残った胴体ももう片方の手で投げつける。


「無茶苦茶だ…!」


 その姿、まるで猛獣。

 そんな格闘とは呼べないような力任せの攻撃で次々に破壊していき、あっという間に八機全てを原形を留められなくなるまで破壊し尽くした。


『未確認機体ノ沈黙ヲ確認。模造品ノ破壊ヲ再開スル』


「止めろ!中に人が乗ってるんだろ!?」


『否定。模造品ノ内部ニ生体反応ナシ。類似シタ反応ハ、ダミーマシント断定。戦闘レベルヲ7カラ5ニ変更』


 そこからは一方的な戦闘だった。 ブラッドナイブスの斬撃を片手で掴み、へし折り、その刃をコクピットへと何度も突き刺した。アーセナルの装甲が丈夫なためか、痛みは無いが気持ちのよいものではない。

 最後は散弾砲をゼロ距離で数回放ち、一瞬で終わらせた。


「う…ああ…」


 アインはアーセナルのその戦い方に戦慄を覚えた。


『破壊完了。善神、悪神ノ反応ナシ。未ダ未確認機体ノ反応複数有リ。緊急機能継続希望ノ有無ヲ求メル』


「もういい!止めろ!止めてくれ!」


『了解。緊急機能停止。メインAIヘト移行』


 アーセナルが止まると、アインの目の前が真っ暗になった。アーセナルとの接続が切れ、全身を脱力感が襲う。


『……イン!アイン!応答しろ!』


「師匠…」


『ようやく繋がったか…』


 ディーグは焦っているようだったが、僅かな怒気をはらんでいるようでもあった。


『アイン、何故奴を殺した』


「師匠!違うんだ、聞いてくれ!」


『詳しくは帰ってから聞かせてもらう』


 ディーグから通信を切られてしまい、アインはうなだれた。






 それからどのくらい経っただろうか。五分だったかもしれないし、一時間だったかもしれない。アインの目の前が再び明るくなり、それと共にアーセナルのOハートの駆動音が聞こえてきた。


『再起動完了しました。ご無事ですか』


「ッ!ゼロック!なんなんだよさっきのは!」


 ゼロックの異常な無機質さは消えていたが、アインはそれに気づかずゼロックに怒りをぶつけた。


『それはこちらの台詞です。何故ブラッドナイブスの目の前で私の機能をシャットダウンしたのですか』


 もちろんアインはそんなことをした覚えはない。そもそもどうやってゼロックの機能を停止させるかさえ知らない。


「俺はそんなことしてない。それに、ゼロックが機能停止したのはお前がブラッドナイブスを破壊しちまった後だろ?」


『いえ、確かに戦闘前に機能停止されました。私単体で戦闘をこなせる程の機能は有しておりません』


 おかしい。明らかにアインとゼロックの話には矛盾が生じている。


「じゃあ、ブラッドナイブス戦の記録は残ってないのか」


『はい。残っているのは前回のブラッドナイブス戦の記録のみです』


「どうなってんだ……」


 このまま話していても埒があかない。そう思いアインは格納庫へと戻ることにした。

 しかし、アーセナルを動かすために再び接続した瞬間、全身に痛みが走り警報が鳴った。


「ぐっ!?今度はなんだ!」


『異常発見。全身の疑似筋肉の断裂を確認しました。直ちに再生を行ってください』


 先程のあの猛獣のような異常な動きの代償だろうか。アーセナルの各部を動かす疑似筋肉のことごとくが破損していた。

 アインはそれをすぐに再生し終え、格納庫へよろよろと歩き出した。






 アインとゼロック-AIの機能を持つ部分だけ-は作戦会議室でディーグの事情聴取を受けていた。

 聞かれた内容は主に二つ。アーセナルの異様な動きのこと、そして何故任務に背きブラッドナイブスを粉々に破壊したのか。


「どっちも俺がやったことじゃない。アーセナルが勝手に動いてやったんだ」


「…だそうだが」


『私はそのことについてまったく関与しておりません。加えて、ブラッドナイブスとの戦闘前と戦闘後の間の記録が残っていません。こちらが説明を求めたいぐらいです』


「どういうことだ……」


「アイン様!」


 ディーグが唸って考え込んでいると、この前訓練室までアインを呼びに来た研究員がいきなり作戦会議室に入ってきた。


「何事だ、今は事情聴取中だ」


「すみません…ですがその事情聴取に関係のあることなので急ぎ伝えた方がよいかと…」


 研究員はディーグの厳しい言葉に勢いを削がれた様子だったが、引き下がらなかった。それほど重要な話なのだろう。


「わかった、話してくれ」


「ありがとうございます」


 研究員は一礼すると小脇に抱えていた書類の束を机に広げた。書類の中にはいくつか写真も混じっている。


「まず、有人機ブラッドナイブス破壊の件です。現場検証の結果、コクピットには誰も乗っていませんでした。代わりに奇妙な箱形の装置が積まれていて、そこから生体反応に非常に近い反応が確認されました」


「そんなもの製造可能なのか」


「いえ、おそらく現在の技術では複製すら叶いません」


 ディーグの問いに首を横に振って答え、それに関する書類を端に寄せた。


「これに関しては私たちではどうにもなりません。しかし、アーセナル暴走時の音声記録では…」


 研究員はそう言って違う書類をディーグへ渡した。


『いつの間にそんな装置を設置したのですか。プライバシーの侵害です』


「AIがなに一丁前にプライバシーとか言ってんだよ」


「超近距離戦仕様に換装する際に」


「あんたも真面目に答えなくていいよ…」


 研究員は咳払いをして、説明の再開をした。


「暴走時の音声記録の話でしたね。ゼロックが自覚していなかったことなので、暴走時のAIは今は仮に暴君と呼ぶことにしましょう。構いませんか?」


『私は別に構いません。続けてください』


「ではまず、ゼロックと暴君の話の矛盾点について、ゼロックはブラッドナイブスを有人機と誤認しましたが、暴君はすぐに見抜きました」


『面目ありません』


「また、アイン様の話ではあの動きが全て自動操縦だったと」


「ああ、そうだ」


「だとすればあれは現代のAIを遥かに凌駕しています。この二点から、暴君はOシリーズのAIすら及ばない異常な性能を持っていると判断しました。ですが…」


 どんなに強力なものでも制御出来なければ天災に等しい。今回はオーバーロードで疑似筋肉が破損したため停止したのかもしれない。


「そんな不安要素外せばいいじゃないか」


 アインは至極当然なことを言ったつもりだったが、研究員は苦い顔をして首を横に振った。


「そのことなんですが…」


 まさかその力を制御しろとでも言うのだろうか。アインはそう思い反論しようとした時、研究員の口から思いもしなかった言葉が出た。



「無いんです、どこを探しても」



 研究員曰く、初めはゼロックに異常が無いか調べるついでにデータを解析してみたそうなのだが、戦闘レベルの変更や、圧倒的な自動操縦に関する機能がどこにも存在しなかったらしい。

 現在凍結中の機能については、解析するためにあらかじめ外しておいたそうなので、起動するわけが無いと断言した。


「まさかと思いアーセナル自体もくまなく調べたのですが、それに関する機能は発見出来ませんでした。代わりにまた新たな謎が見つかってしまいましたが…」


「謎?新たな機能か?」


「機能…その言葉に収まるものなのでしょうか…とりあえずこの写真を見てください」


 そう言って研究員は二枚の写真を書類の間から取り出して並べ、片方を指差した。


「まずはこちら、今回装備させた散弾砲です。異常は見受けられませんよね」


「ああ、普通だな。そういえば、どうやってトリガーを引かないで撃てるようにしたんだ?」


「そのためのワイヤーを利用した機能を搭載したのですが、使用された形跡が無かったので詳しく調べさせていただきました」


「そんなわけない、俺は使ったぞ?」


「だから調べたのですが、その問題の散弾砲がこちらの写真です」


 もう一枚の写真はゼロックの腕ごと写真に収められていた。

 バインダーに隠されていた散弾砲は、一枚目の写真とは細部が異なっていた。一部は溶けたように腕に絡み付き、一部は形状変化してベルトのように腕に装着されていた。


「これがそのワイヤーを利用した機能か?」


「冗談はお止めください、出撃直前まではこんな形にはなっていませんでした。原因があるとすれば、あの暴走でしょう。他にもこんな写真もあります。今回の暴走時に傭兵団の機人のカメラで撮影したものなので画質はよくありませんが」


 研究員は再び書類の間から写真を取り出して机に置いた。

 そこに写っていたのはアーセナルだったが、姿が大きく変容していた。人の口にあたる部分が大きく裂けるように開き、目はバイザーが無くなった双眼が赤く煌々と光り、腰には尾のようなものが生えていた。


「これは……」


 この異形にはさすがのディーグでも驚きを隠せなかったようだ。


「私の知る限り、変形機構を有しているのは機戦車と、西方のOシリーズ《アーマービースト》だけのはずだったのだが」


 変形可能な兵器は数が少なく、ディーグの話にある通りその二種類しか確認されていない。

 機戦車は戦車形態-一般に言われる戦車とは異なりいくつかの種類がある-と機人形態に変形可能な、機人の一種の派生系で、性能は高いが製産コストが高いためあまり普及していない。

 アーマービーストは、西方の一国ジャンガが保有するOシリーズの一つで、機獣と合体することで変形できる機能を持つらしい。


「アーマービーストのそれも、機能と呼んでいいのかわかりませんがね。現在確認されていたのはその二種類だけだったのですが、ここでアーセナルの異形の変形機構が見つかるとは…」


 今回の暴走の結果、ここまで難題が見つかるとは誰も思っていなかったため、研究科はてんてこ舞いになっているらしく、研究員は深い溜め息を吐いた。


「暴走の原因、今回見つかったダミーマシン、暴君の言葉、武装を変容させる能力と変形機構。これらについてはこれから研究科で詳しく調べておきますので、未だ捕まっていない奇襲犯の再攻撃に備えておいてください」


「分かった、気を付けるよ」


「ディーグさんも、事情聴取のお邪魔をして申し訳ありませんでした。失礼します」


「いや、構わんさ。有益な情報感謝する」


 研究員が退室した後、アインは再び作戦会議室の椅子に座らせられ事情聴取が再開された。


「ブラッドナイブスの件は不問にしようと思う。ニュートラルからも許しは得ているからな」


 ブラッドナイブスはニュートラルが保有するOシリーズの中でも機体性能が低い機体だったらしく、賠償は少なく済んだらしい。むしろ、ニュートラルのOシリーズが他国を襲ったという、条約に反する事態が広がる前に事を収めたことに感謝すらしていたそうだ。

 アズマールは比較的温厚な国で他国との戦闘を望まないため、同じ意志を持つニュートラルとは同盟を組んでいる。そのため、ブラッドナイブス消失の情報がいち早く回ってきて、ブラッドナイブスの異常にすぐ気づくことができた、というわけだ。


「じゃあこれで帰っていいんだよな」


「ああ、すまなかったな。家でゆっくり身体を休めてくれ」


「早く帰らないとエリスのドアバン被害者が増えちまうかもしれないしな」


「ドアバン?何だか知らんが、とにかく気をつけて帰るんだぞ」


『アイン、お気をつけて』


「二人ともおつかれさん」


 アインは片手を軽く挙げて作戦会議室から出て、城の正門へ向かって歩き出した。外は既に暗くなり、満月まであと少しの月は空高くに昇っていた。


(ヤツの狙いはアーセナルだったんだよな……)


 相手の狙いがアーセナルならば、アーセナルがここにあるかぎりいつまでも攻めてくるんじゃないだろうか。そんなことを考えながら歩いていると、門の手前に赤い長髪の女性、テオドアが立っているのが見えた。


「事情聴取は終わったのか、アイン」


「ああ。結局不問だってさ」


「それはご苦労なことだ」


 二人は他愛もない話をしてひとしきり笑った後、テオドアは真剣な顔になり、唐突に話を切り出した。


「アイン、自分がこの国からアーセナルを連れて出ていけばいいなどということを考えているんじゃないだろうな」


「………だったらなんなんだよ」


 アインは図星を突かれて驚いたが、このまま引き下がるわけにはいかない。


「ここに俺とアーセナルがいる限り敵は何度でも来るはずだ。それに、またいつあの暴走が始まるか分からない。暴走して家族を、仲間を、みんなを傷つけてしまうのが恐いんだ……だから、俺一人で出ていく」


「アイン……」


 アインが出ていこうと思う理由を一通り話し終えるとテオドアは歩み寄り、俯くアインの両肩を掴み顔を上げさせて、


「自惚れるな!この馬鹿息子!」


 一喝した。そして矢継ぎ早に次々と言葉を繰り出す。


「仲間を傷つけてしまうのが恐い?はっ!なめるな!我等騎士団、ぽっと出のお前ごときにやられるほどやわに鍛えた覚えは無い。暴走したら止めてやろう。傷つけそうならば守ってみせよう。だから一人で出ていくなんて容易く言うな!青二才が!」


「母さん……」


 テオドアは怒鳴りつけた後、振り返って城の中へと歩いていった。振り返るときに月光を反射して光るものが宙にとんだように見えたが、アインは敢えて口には出さなかった。


(かわいい子には旅をさせろ、とか言ってたくせにな)


 アインは月を見上げて苦笑し、自分の家へ歩き出した。

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