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Cage Breaker  作者: takosuke3
二章 ~籠の鳥~
8/20

疑念


「悪いけど、予定より少し遅れる‥‥‥うん、そんなとこかな」

 トーマの話し声に、私は我に返った。どうやら、知らずに眠っていたようだ。

 日は、まだ昇り切ったばかりで、空が白み始めたのを見たのは覚えているから、眠ったのは半時くらいか。

「もちろん冗談だよ‥‥‥まあ、女と一緒ってのは事実だけど」

 目と耳だけを、そちらに向ける。兜だけを被ったトーマが、荷車に背を預けながら喋っている。口ぶりからして、誰かと話している──とは思う。

「ちょいと面白いやつだよ‥‥‥いや、あくまで毛色が違うってだけさ」

 その〝誰か〟の姿がどこにも見えない。まさか、相手は幽霊とでも言うのか。

「おっと、お姫様がお目覚めだ‥‥‥はいはい、わ~ってるよ。んじゃ」

 会話は終わったらしい。トーマは腰を上げると、兜を脱ぐ。流れから考えて、あの兜には、普段見えないモノを見せる力でもあるのだろうか。

「おはようさん。怪我の調子はどうでござ~ますか?」

 と、トーマはこちらを振り返った。

 私は、黙って立ち上がる。そのまま、地面を蹴り、同時に翼を大きくはためかせて体を浮かせた。

「ご覧の通り、飛んで跳ねる分には、全く問題無いわ」

 とはいえ、完治してるとは言い難い。この調子なら、鉱山に着くまでには治せる自信はあるが、それも無理をしなければの話だ。

「なら良かった。でも、無理はするなよ」

 そのトーマの苦笑は、まるで全てを見透かしているようだった。何だか意地を張る自分の方が、何だか幼く見えた。

「で、良かったついでに、そろそろ出発するよ」

 トーマは、私の足元を指差す。そこには、私の使っていた掛布と敷布があった。

「自分が使ったモノくらいは、自分で片付けてくれると有り難いんだよね」

 たった今気付いたが、傍にあった焜炉ややかんは、既に片付けられていた。明らかに、わざと残したのだ。

「何よ、もう‥‥‥」

 着地した私は、ぼやきながら寝具類を畳んでいく。一方のトーマは、駆鳥に荷車の引き具を手早く繋ぐと、御者台に乗った。黙って手綱を振るい、鳥車を前進させる。

「ち、ちょっとっ!」

 私は、畳んだ寝具を抱えて慌てて飛び上がる。その間に、鳥車は加速した。

「‥‥‥っ」

 翼の痛みを堪えながら、私も加速する。鳥車がさらに加速する前に、幌が開けられた後部から、荷台の中に飛びこんだ。

「確かに完治とは言い難いけど、動き回るには問題無いようだね」

 御者台のトーマは、前を向いたまま言う。

「いや、恐れ入ったよ。本当に一晩で治したんだね」

 どうやら、本当にまともに動けるか、試されたらしい。

「やってやれない事は無いって言ったのは、貴方よ?」

「どうせ途中で諦めて、投げ出すと思ってたんだよ」

 振り返ったトーマは、疑わしげに私の体を見つめる。

「どういう心境の変化だい? まさか、別の誰かがすり替わってるとか?」

「私は、本物かどうかを疑われるくらい、信用が無かったのかしら?」

「信用されてると思うかい?」

 思わない──私は、言葉の代わりに嘆息を返し、

「お荷物なままなのが、癪だっただけよ。心境の変化なんて大げさなことじゃないし、誰かがすり替わってるわけでもないわ」

「それは良かった」

 本気で疑ったわけでないのだろう。トーマもそれ以上は、追及してこなかった。

 私は、その場に腰を下ろす。縁を挟んで、トーマとは背中合わせになる形になった。

「でも、うろ覚えの輝術でも、やってみるものね。こんなことなら、最初からこうしてれば良かったわ」

 そうすれば、あんな痛い思いをしてまで、刺さった石を抉り出さなくても良かった──その考えを、しかしトーマは否定した。

「残念だけど、〝包養〟は、あくまで傷を癒すだけ(・・・・・・)さ。体に刺さった異物を排除するには、また別の輝術を使わないといけない。下手すれば、異物ごと傷を塞ぎかねないよ」

 想像してみた。石が刺さったのは、右脇腹を始め計五か所。それら全てが、体の内部にそのまま残ったりしたら、確かに危険である。

 それにしても、

「輝術に詳しいのね? 地駆民なのに」

「そうかい? ちょいと勉強すればこのくらいは」

「ちょいと勉強、ね‥‥‥」

 確かに、不可能ではない──ただし、限りなくそれに近い。

 何しろ、輝術に関するあらゆる技術、知識は、全て大聖宮の中だ。地駆民に漏れるようなことは、まず無い。トーマと何らかの関わりを持つ天翔民が、つい口を滑らせたとも考えられるが、

「それでも、天翔民に親しい知り合いでもいない限りは、無理よ」

「僕は顔が広いって言ったろ。天翔民にも、それなりに親しくしてもらってる人がいてね」

「それって」

 さっき貴方と話してた幽霊?──その問いを、私は飲み込む。いちいち回りくどく問いただしたところで、はぐらかされるだけだろう。

 だから、

「貴方、何者なの?」

 率直に言った。トーマは、何を今更と言いたげな表情を浮かべ、

「鳥車往還運送業者?」

「それじゃあ‥‥‥何で私に近づいたの?」

「そりゃ、護衛のために」

「そんなのは方便でしょ。貴方にそんなもの、必要無いもの」

 何せ、激流のような輝術をあっさり受け止める〝力〟を有しているのだから。

「大体、荷物にしかならない〝籠の鳥〟を、無理に連れているのも、変な話よね?」

「運送業者が荷物を運んで、何かおかしいかい?」

「貴方の場合はね」

「何だい何だい? やけにつっかかるね?」

「私の本当の仕事、忘れたわけじゃないでしょう?」

 とか言いつつ、実は私自身、色々あって忘れかけていたが。

「貴方、失踪事件に何か関係あるの?」

 その問いに、少々の間を置いて返ってきたアイールの答えは、

「‥‥‥まあ、素人にしては、かな。馬鹿正直過ぎるのは、御愛嬌と思う事にしよう」

 期待はしてなかったが、やはり真面目に答える気は無いようだ──そう思っていた。

「まず、失踪事件に関係云々だけど──答えは、否だね。君と出会った時に喋った以上の事は、知らない」

 だから、返ってきた明確な答えを、私は危うく聞き逃すところであった。

「それと、君に近付いたのは、本当に偶然だ。強いて言えば、半聖半魔なんて珍しい拾い物をした──そんなとこさ。その意味なら、護衛云々が方便てのは間違いないよ。それで、僕が何者かだけど」

 言いかけて、しかしトーマは何やら思案し、

「今はまだ秘密──というか、君には理解出来ない。だから今は、あくまで鳥車往還運送業者、てことで」

「それで、私が納得すると思う?」

 トーマは、嘘を言っていないだけだ。全てを話してるわけではない。

「納得するかは、ご自由に。僕には、大事なことじゃないよ」

 私は、肩をすくめる。

 結局、トーマは私を信用していない。昨日までに比べれば、まだマシなだけだ。これ以上何を聞いたところで、まともな答えは返ってこないだろう。

「貴方は」

 だからその問いは、あくまで興味本位であった。

「その〝力〟で、これから何をしよう(・・・・・)としてるの?」

 昨夕のトーマの問いを、そのまま返す。興味本位なので、答えは期待してない。

「僕らが目指すのは、あの空の向こう‥‥‥雲よりも、青空よりもずっと向こうの、星の海だよ」

「‥‥‥」

 星の正体を確かめるという試みは、天翔民によって過去に何度か行われてる。何人もの天翔民が、星空に向かって飛び立った。そして、誰一人として生きて帰ってこなかった。

 なので、私はその言葉を真に受けなかった。

 少なくとも、今この時は。


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