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Cage Breaker  作者: takosuke3
一章 ~籠の外へ~
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契約

 目を覚ました──と、認識するのに、しばらく時間がかかった。そして、認識するほど頭が回転すれば、次は自分に何が起こったかだった。

「っ!」

 私は、掛けられた毛布を跳ね飛ばしながら、飛び起きた。周りを見回すと、すぐ傍に置かれていた剣を見つけたので、それを拾う。

 私は、所狭しと積まれた荷箱の間にいた。どうやら幌を掛けられた荷車の中らしい事が分かる。移動中なのか、断続的な揺れが絶えない。

「二時間で覚める麻酔で、一晩眠りっぱなしとはね」

 その声に、私は振り返る。正面側の幌から、そいつは顔だけを覗かせていた。まだ、年若い少年であった。

「よっぽど疲れてたんだね、君は」

「貴方は」

 言いかけて、声が掠れた。口から喉の奥まで、へばり付くような感触があった。

「お喋りの前に、水を飲むんだ。そこの樽に入ってる」

 少年は樽を指差し、幌の向こうに引っ込んだ。言われたとおり、樽のふたを開けると、容量一杯の水が入っていた。縁に引っ掛けられているひしゃくで、一瞬躊躇うも、一気に飲み干した。それで、だいぶ喉が渇いていた事に、ようやく気づく。一晩眠っていた、という少年の話は、嘘ではなかったようだ。もう二杯飲み下し、景気づけにもう一杯腹に流し込み、

「ふぅ」

 大きく息を吐き出しながら、正面側の幌を開ける。

 荷車を引くのは、駆鳥と呼ばれる巨大な鳥。その御者台に座るのは、先ほどの少年が、一人。翼が無いので、地駆民のようだ。

「訊きたいことが、いくつもあるんだけど? 貴方は」

「いくつも同時に訊かれてもままならないからね。出来れば一つ一つ分けてくれると、かな~り有り難いかな」

 最初の問いを、少年は飄々と遮った。実際、矢継ぎ早に次の問いが出そうになった私は、いきなり出鼻を挫かれる形となった。

 一度深呼吸して、改めて問いかける。

「まず、貴方は何者?」

「まずは、見ての通りだね」

 と、少年は荷車と駆鳥を指差し、

「聖都と鉱山を鳥車で行き来して、運送業務に勤しむ地駆民。名前を聞いてるなら、トーマだ」

「どうして、私の邪魔をしたの? 返答次第では、容赦しないわよ」

 問いかけながら、私は剣の柄に手をかけておく。このトーマという地駆民の幼生が、私を昏倒させたのは明らかだ。

「じゃあ逆に訊くけど‥‥‥仮に、君が連中を殺ってたら?」

 ややあって、トーマは逆に問い返した。その物騒な物言いに、私は言葉を詰まらせる。

「ベ、別に殺すつもりは」

「そうかい? あの、輝力量を見る限りじゃ、殺るつもりだったとしか思えないけど」

「か、加減を間違えただけよ。それに、先に手を出したのは、あの地駆民共だわ」

「そんなのは問題じゃないよ」

 トーマは私の言葉を遮り、言い聞かせるように続ける。

「理由はどうあれ、人を殺したら(・・・・・・)? 傷つけたら(・・・・・)? 災いをもたらしたら(・・・・・・・・・)? それが、魔翼だったら(・・・・・・)?」

「‥‥‥」

 返せる言葉は無かった。

 トーマの言うとおり、事情はどうあれ、魔翼を背負う自分が危害を加えようものなら──良くないどころか、悪い想像しか浮かんでこなかった。

「少しは頭が冷えたかい?」

 などと、トーマは笑って言うが、私は笑えなかった。頭はおろか、背筋が急速に冷えていく。

 そして、もう一つ疑問が浮かんだ。

「どうして見ず知らずの貴方が、そんな事を気にかけるの?」

 トーマと面と向かうのは、初めてのはずだ。私のことを気にかける義理も義務も無いはず。

「決まってるじゃないか」

 と、トーマは妙に気取った笑顔を浮かべ、

「女性を危険から助けるのは、紳士の義務。それが魔翼だろうと聖翼だろうと地駆民だろうとね」

 歯をキラリと輝かせた。素晴らしく板についていない。

「あ、そ」

 要は、通りすがりの気まぐれ──と、私は思う事にした。もちろん、紳士云々は、欠片も信じない。

「それは、どうも」

 私は、翼を広げる。どの道、こんな所で時間を食うわけにはいかない。

「トーマと言ったわね。紳士ごっこも良いけど、自分の仕事を忘れちゃだめよ。しっかり働きなさい」

「君もね‥‥‥失踪事件の調査、頑張りなよ」

「言われなくても、そのつもりよ」

 トーマの激励に、私は頷きながら飛び立ち、

「ちょっと待ちなさい?」

 すぐさま元の位置に降り立った。

「何で、私の使命を知ってるのよ?」

 私は、使命の事はおろか、失踪事件のことだって一言も口にしなかったはずだ。

「はぁ‥‥‥」

 トーマの返事は、深々とした嘆息だった。何だか、凄く馬鹿にされた気がした。

「貴方、何か知ってるわね?」

「‥‥‥君ね」

 態度が不穏になる私に対して、トーマの反応は冷めていた。

「仮にも調べ物をするんだから、少しは、頭を働かせてみなよ。君だって、何も知らないわけじゃないだろ? 前情報とか、いくつか聞いてるんじゃないか?」

「前情報‥‥‥」

 私は、聖皇から聞かされた話を思い出してみる。結果、

「えっと‥‥‥」

 何も出てこなかった。トーマは、怪訝そうに目を細め、

「ちょっと待て。本当に、何も知らないのかい? 鉱山で、具体的にどういう事が起こって、どういう状況が進行してるとか」

「‥‥‥」

 私の沈黙は、それが答えだった。トーマは鼻を鳴らし、

「大聖宮がやっと重い腰を上げたと思ったら、こんなの(・・・・)だよ。ままならないもんだね」

 気に入らない言い草だが、今トーマは、気になることを言った。

やっと(・・・)? そんなに前から、騒ぎになっていたの?」

「そこからかよ。まあ、いいや」

 肩をすくめながら、トーマは知っている事を話していく。



 失踪騒ぎが始まったのは、今から一ヶ月ほど前から。鉱山の地駆民からは、捜索や事件解決を願う声が、鉱山の執政官を通じて大聖宮に寄せられていた。それも、幾度となく。

「──尾鰭も他にたくさんあるけど、とりあえずまとめると、こんな感じかな」

 言い終えて、トーマは一息付く。その先は、私が付け加えた。

「その矢先に、こんな所を天翔民がうろついていたから、ちょっとカマをかけてみた──そんなところかしら?」

「そういうこと、なんだけどね」

 肯定しながらも、トーマは首を傾げた。訝しげな目を私に向け、

「正直、半信半疑なんだよ。君がその調査をやるってのはさ。文字通り毛色は違うし、一人でいるし」

 毛色が違う──否が応にも、私は過敏に受けてしまい、拳を握り締めた。それに気づいていないのか、トーマは続ける。

「大体、今言った内容だって、〝ウワサ話〟程度だぜ? しつこいようだけど、本当に、今僕から聞かされるまで、知らなかったのかい?」

「‥‥‥いいえ」

 再度の確認に、しかし私は、首を横に振った。

 失踪事件が相次いでいるから、調べてこい──ミカエルの話を要約すれば、それだけだった。自分の立場や、ミカエルの関心の薄さが、改めてよく分かる。

「‥‥‥ままならないもんだね」

 トーマは、肩をすくめる。私も肩をすくめ、

「情報提供に感謝するわ」

 と、話を切り上げた。これ以上の話は、彼も知らないと見ていいだろう。

「大したお礼は出来ないけど、貴方の協力が、事件解決の重要な皮切りになったって、後で同族に自慢させてあげる」

「自慢話なんかいいからさ、護衛をお願いするよ」

「護衛?」

 思わぬ申出に、私は問い返した。トーマは、妙に神妙な面を浮かべ、

「いつも頼んでいる人が、腹壊しちゃってね。どうしようかと思ってたんだけど、ちょうど良かったよ」

「良かったって‥‥‥勝手に決めないで。悪いけど、私にそんな暇は無いわ」

 思わぬ収穫だったが、これ以上付き合ってはいられない。今度こそ飛び立とうと翼を広げ、

「滅んだはずの黒き魔翼(・・・・)が復活して、再び災厄をもたらそうとしてる」

 不意に呟いたトーマの言葉に、その姿勢のまま、硬直した。

「え?」

「さっき言った、〝尾鰭〟の一つだよ」

「それって‥‥‥」

 私の翼は、気づかぬ内に、閉じていた。その間に、トーマの話は続く。

「そうでなくても、失踪事件が続いてる上に、解決の兆しも見えないもんだから、鉱山の地駆民達は、かなりピリピリしてるよ。君を襲った連中が、良い例さ」

 襲った連中──斧と弩弓を持った、さっきの地駆民たちを思い出す。

「あの二人は鉱山の自警団だったよ。話を聞いたら、魔翼云々の噂を耳にして、いわゆる血気逸ったってクチらしくてね」

 今思えば──確かに、彼らは何だか切羽詰まったような様子だった。その噂を真に受けての行動だとすれば、納得できる。

「それで、その地駆民──自警団達はどうしたの?」

「先に帰ってもらったよ。説得すんのは、ちょっと大変だったけどね」

「どうやって説得したのよ?」

「仕事柄、僕はあちこち顔が利くし、それなりに貸しもあるって事さ‥‥‥でも、君はどうだい?」

「どうだ、て?」

「ろくなツテも無い、殆ど行った事も無いような街で、しかも、そんなもの(・・・・・)を背負ってる」

 トーマが指さしたのは、私の右翼──魔翼だった。

「一人でまともな調査なんて、ままなると思うかい?」

「その、くらい‥‥‥」

 強がりは、すぐに萎んだ。情けない話だが、自信は全く無い。さっきの自警団の事を考えると、好きに動けるかどうかも怪しい。

「そこで、だ。」

 気力の萎えかけた私に、トーマは手を叩いて言った。

「繰り返すけど、僕はそれなりに顔が利くからね。だから、鉱山での情報収集に協力するよ。それが、護衛の見返り‥‥‥なんて話は、どうだい?」

「‥‥‥」

 私は、考える──ふり(・・)をした。

 トーマの申し出は、私にとっては願っても無いことだ。この男の護衛など、どうという事は無い。ただ──地駆民相手に素直に頷くのは、癪だった。頭の中で、十秒ほど数え、

「良いわ、一緒に行ってあげる。その代わり、貴方もしっかり働いてもらうわよ」

「取引成立、と。短い間だけど、よろしく」

 と、トーマは手を差し出すが、私はそれを払いのけた。

「地駆民と馴れ合う気は無いの」

「そりゃ残念無念~」

 全然残念そうでないどころか、明らかにナメた態度であった。

 いずれ、態度を改めさせないと──私は、剣の柄を握り締めるのだった。


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