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12月も末になるとみんな授業なんか聞いちゃいない。高校は冬休みを控えていて、年末どう過ごすとか、クリスマスがどうとかそんな話題で今年も終わろうとしていた。
窓辺の僕の席は少し寒い。外に目を向けるとほったらかしにされたようなグラウンドにはなんだか哀愁すら感じられた。
どうしたどうした、と赤沢が肩を叩いてきた。
「また元気ないなあ。だから俺の行きつけに連れてってやるって。な?」
彼は僕の数少ない友人の一人で、クラスでは上位に入るほどの秀才だ。そのうえなかなかの男前だと思うのだが、品行の下劣さで女子の大半に好かれていなかった。
「いや、また今度にしとくよ」
「つれないなあ」
彼は、優しい男なのだ。
僕は去年赤沢たちと風俗街を散策した時のことを思い出した。
○
そのとき僕たちは初めて見る社会の裏のようなその光景に一種の恍惚を感じて進んでいた。ピンクのネオンがやけに刺激的で、官能的だった。道行く人もどこか普通ではないような感じがし、知らない世界にさまよっているのだという感覚が次第に大きくなった。
「やっぱここらへん歩いてる女は店員で、男は客ってことだろ?」
赤沢は神妙な面持ちでつぶやいた。
「まあ、その可能性は高いだろうね」
僕は目だけ動かし、その一種異様な雰囲気を観察しながら答えた。
その手の店の並びも終わりに近づいてきたころだった。自販機で買ったコーヒーを片手に赤沢が今後の行動計画を仲間に打ち明け、僕はそれを上の空で聞き流しながら今来た道を眺めた。
そのひとつの店の裏口にあたるところから、その人は出てきた。僕の通っていた、心療内科の助手をしていた人だ。僕は固まった。たぶん、本人だ。その人は僕らの来た道へと去って行った。
「どうした?」
僕はなにか茫然とした、不気味な表情をしていたらしく、赤沢が声をかけてきたのにもすぐには気付かなかった。
「いや……別に」
「知り合いでもいたのか?」
その場は何とかとりつくろえたが、僕はひどく動揺していた。まさか、あの人が。何かの間違いなのではないだろうか。
その後、僕らは駅で解散した。駅の明かりは、いつも通りいたって普通の代物だが、なんだか安心するものがあった。電車が来るまでしばし自分を忘れてしまい、いつのまにか自販機に頭をこすりつけてよりかかっていた。
家に帰るとどっと疲れを感じた。布団に横になり、部屋を豆電球だけ付けて薄暗がりの中で今日のことを思い返した。
そして猛烈に後悔した。どうしてしずしずと帰ってきてしまったのか。自分に腹が立った。
店から出てきた人は、本当にあの助手の人だったのか。確認すればよかった。仲間には適当に言い訳して、後から追いかけて行けばよかった。
しかし同時に怖くもあった。もしそうだったら、どうしようか。僕はきっとその事実に落胆することだろう。あの人がそういう世界に通じているという事実に。
とはいえ、なんだというのだ。あの人の人生に文句をつけようという僕はなんなんだ。どうして僕はあの人にそうであってほしくないのか。
恥ずかしくも僕は鼻水を垂らして泣いていた。