婚約破棄ですか? では、私もあなたを愛する義務から解放していただきます
「エレノア・ベルシュタイン! お前との婚約を破棄する!」
王都の劇場で開かれた仮面舞踏会。
そんな中、堂々と着けるのが必須となっている仮面を取り外して、声を上げる。
取り外した男──伯爵令息のロベルトは、集まった貴族たちを前に、私へ堂々と婚約破棄を宣言する。
彼の隣には、可憐な顔立ちの男爵令嬢、リリアが寄り添っている。
これまた彼女も仮面を取り外して、堂々たる態度を示している。
そんな2人を冷めた目で見つめながら私は、仮面が取らないようにしっかりと付け直す。
仮面舞踏会で仮面を外すのは御法度である。
些細なことではあるが、ルールを守れると証明することで、家の格を保つのだ。
こんなの貴族だったら誰でもしっていることである。
「私は真実の愛を見つけた。家同士の都合で結ばれたお前との婚姻など、もう必要ない!」
周囲がざわめいた。
私は扇を閉じ、首を傾げる。
そして一言。
素直に今の気持ちを伝えるとしよう。
「まあ。それはおめでとうございます」
「……は?」
「真実の愛を見つけられたのですよね? お祝い申し上げます」
ロベルトは、拍子抜けしたように口を開けた。
どうやら、私が泣いてすがると期待していたらしい。
「お前、自分が何を言われたか分かっているのか? 婚約を破棄されるのだぞ!」
「ええ。ですから、お祝いしているのです」
「強がるな!」
「強がってなどおりませんわ」
私はにっこりと微笑んだ。
この男と結婚せずに済む。
それは、私にとって何より喜ばしい知らせだった。
なにしろロベルトは、初めてのデートで私に財布を持たせ、食事代を払わせた挙げ句、「女性が男性を立てるのは当然だ」と説教した男である。
贈り物は毎回、彼が欲しがっていた品。
一度、私が考えて、頑張って選んでみたものはゴミ扱いされ、その日のデート中に彼の欲しいものを買わされた。
私の誕生日には「私の存在そのものが贈り物だ」と言って、手ぶらで現れた。
それでも家同士の付き合いがあるからと、私は我慢してきた。
けれど、もうその必要はない。
「ロベルト様。ひとつだけお願いがございます」
「何だ。今さら謝っても遅いぞ」
「今後、私に話しかけないでいただけますか?」
「なっ……!」
「せっかく婚約がなくなったのですもの。あなたに気を遣う時間も、今日で終わりにしたいのです」
彼の顔が赤くなった。
そのとき、リリアが甘ったるい声を上げた。
「ひどいですわ、エレノア様。ロベルト様はあなたのために、ずっと我慢なさっていたのに」
「あら。何を我慢なさったの?」
「あなたのような冷たい女性と結婚することです!」
私は思わず瞬きをした。
その後、思わず笑ってしまった。
「それはお気の毒に。では、これからは温かいリリア様が彼を幸せにしてあげて下さいね」
周囲から、くすくすと笑い声が漏れた。
ロベルトは怒りに震えながら、私を指さした。
「後悔するぞ! 私ほどの男を逃したことをな!」
「ええ。そうならないよう祈っておりますわ」
私は二人に背を向け、会場を後にした。
これで終わり。
そう思っていたのだが。
翌週、私は母から驚くべき話を聞かされた。
ロベルトとリリアが、婚約破棄を祝うために開いた晩餐会で大喧嘩をしたという。
原因は、婚約中にロベルトが私から受け取っていた贈り物だった。
彼はそれらを、すべてリリアに譲るつもりだったらしい。
……自分で新たに物も買わないなんて、ほんと最低な男な。
しかし、リリアは宝石もドレスも気に入らなかった。
なぜなら、その品々は私が彼のために選んだものではなく、ロベルトが自分の好みで選び、私に贈らせたものばかりだったからだ。
リリアは「私はこんなもの欲しく無い」と怒り、ロベルトは「金のかかる女だ」と怒鳴り返したという。
そして、二人は別れた。
付き合うまでも早かったし、別れるまでも早かったわね。
もちろん、私には何の関係もない。
これまでの彼の婚約者に対する誠実の無さが出ただけなのだから。
彼が自分の好み以外に興味を持たなかったから。
私が愛想笑いしていたことにも、願いを口にしなくなった理由についても彼はなんら興味を持たなかった。
だからこそ、彼は最後まで気づかなかったのだろう。
私が彼を愛していたのではなく、愛そうと努力していただけだったことに。
そして、その努力をやめた瞬間、私たちの関係は何も残らなかった。
とても清々した。
生まれ変わった気分だと思った。
数日後、街の花屋で偶然ロベルトと出会った。
彼は私を見るなり、身近にあった花を購入し、慌てて駆け寄ってきた。
「エレノア! あのときは少し頭に血が上っていたんだ。もう一度、やり直さないか?」
私は花束を受け取りながら、彼を見た。
「ロベルト様。私、今度結婚することになりましたの」
嘘ではない。
婚約破棄の後に両親が勧めてくれた縁談を、前向きに考えることにしたのだ。
2人とも家のせいで、私に我慢させたことを大層後悔しており、今回はちゃんと精査して選んでくれた。
「な、何だと? 誰とだ!」
「まだお教えできませんわ」
「私よりいい男なのか?」
私は少し考えた。
「少なくとも、自分の食事代は自分で払う方ですわね」
ロベルトは絶句した。
私は微笑んで、彼の横を通り過ぎる。
「それでは、ごきげんよう」
背後から何か叫ぶ声が聞こえたけれど、振り返らなかった。
私は花束を抱え直し、春の街を歩いていく。
次の恋では、無理に相手を愛そうとするのはやめよう。
好きになった人と、自然に笑い合える関係がいい。
それが、私の新しい願いだった。




