身に覚えのあるダンサーは迷惑かけてすみませんと謝りなさい
ボレロ。
円形の赤い台の上で、メインダンサーが踊る。独特なリズムの中、周囲を取り囲む人間たちが、次々と踊りに魅了されていく。そして周り中を巻き込んで、熱狂のダンスを作り上げる!
ダンサーならだれもが憧れるこの舞台の、メインダンサーに選ばれたのだ。
私は必ずこの舞台を成功させてみせる!
幕が上がる。スネアドラムの音。
ゆっくりと動き出す。
フルートが加わる。
クラリネットが加わる。
ファゴットが、小クラリネットが、オーボエが。
重厚になっていくオーケストラの中で、汗が光っているのが見える。
男性ダンサーひとりひとりの息遣いが聞こえる。
自分の姿が俯瞰で見える。
ああ、私はまたここに来た。
ゾーンだ。
◇◇◇
ベッドで静かに読書をしていたら、誰かが現れた気配がした。
やっぱりいた。今度はなんだ、バレエダンサーか。
子爵邸の重厚な家具が並ぶ一室で、レオタード姿の女性ダンサー。シュールだ。
音が聞こえないのでいまいちよくわからないが、たぶん上手なのだろう。正確なリズムを感じる。
自己陶酔してるように、恍惚とした表情で5分ぐらい踊って、ポーズを決めたところでスウッと消えていった。
なんか今の、昔映画で見た「ボレロ」っぽいなあ。
ここで踊ってたんだから、きっと拍手喝采だったんだろうね。
向こうの世界にとってはいいことなんだろうけど、私にとってはいい迷惑だ。
――最初は何事かと思った。
いきなり私の部屋に鬼のお面を被った着物姿の人間が現れ、長い髪をぐるんぐるん振り回すのだ。
「誰!? 何? ちょっと! 誰か来てー!」
と騒いで、すぐに侍女や夜警、父母も駆けつけてくれたが、誰にもその姿が見えてなかった。なんなら、ぐるんぐるんしてる人をすり抜けて、あちこちを見て回っていた。
私は『きっと疲れて幻が見えたのだ』と判断されて、ベッドに寝かされた。
そうか、これ実在してないんだ、私だけに見える幻影なんだ、と気づいた時、前世を思い出した。
前世の私は、とくに何のとりえもない平凡な女子高生だった。
よくわからない病気で早死にして、この世界の子爵令嬢に転生した。
転生したけど、別に悪役令嬢でもないし、特別な力も持ってないし、とくにかわいくもない。
ということは、この幻影の登場が、転生の特典に違いない。
さっきのぐるんぐるんは、たぶん能だよね。
そして今また現れたこのタキシード姿の男性は、タップダンサーだと思う。音がしないから、ただじたばたしてるようにしか見えないけど。
ダンスとか、体育の授業でやったくらいしか知らないけど、ここに現れる人がすごいってことぐらいはわかる。動きが、表情が、スピードが、体幹が、プロだ。体を使って表現ができるプロの仕事だ。
たぶん、前世も平凡、転生後も平凡な私に、与えられた転生チートがこれなのだろう。
娯楽の少ない今の世界で、プロの素晴らしいダンスを見られる。
それも、ただのプロじゃない。私の部屋に現れるダンサーは、みんなゾーンに入ってる。
目がイッちゃってるのだ。これたぶん無意識で踊ってる。
そして、私の部屋がたぶん「ゾーン」なのだ。
ダンサーがノリにノッて、イッちゃうと、私の部屋にきちゃうのだ。
――それが、夜な夜なダンサーが現れる謎について、私が下した結論だった。
だから、さっきのバレエダンサーの登場にも、慣れっこになっていたのだ。
はじめのうちは、「ゾーンに入るような踊りがいろいろ見られて幸せ」と思っていた。
家にいながらにして、最高級のダンス動画が見られるようなものだもんね。音はないけど。
金色の集団が現れて、キラキラした棒を振りながら踊りだした時は驚いたなあ。
中央にいるのはどう見てもマツケンさんだった。あの歌は他とどこか違うと思っていたけど、ゾーンに入ってたのかと納得した。西洋貴族の豪華な部屋の中で踊り歩く金色集団。あれだけは面白かった。
神様はきっと、「平凡な人生に刺激のあるダンスを!」「異世界で踊る不思議感覚の体験を!」という、転生者とダンサーのwin-winな関係になれると思ったんだろうなあ。でも正直、ダンスに別に興味もなかった私にとっては、いらないサービスである。こっちは見えてないだろうけど、ダンサーがいるときに着替えるのとか嫌だし、考え事をしてる時に踊られると気が散ってしょうがない。どっか違うとこに行ってくれないかなあ。
◇◇◇
舞台は大成功だった。
いまだ拍手が鳴りやまない。
共演したダンサーたちが感動して抱きついてくる。
「素晴らしかった! 君は天才だよ! どうしてあんな踊りができるんだい!?」
「それが、よく覚えてないの。気がついたら終わってた」
「それはあれだね! ゾーンに入ってたってやつだね!」
「ええ。どこか、異世界に行って踊ってたような気がするわ」
「異世界転移系ワケアリ物件。毎晩寝室かどこかに複数ダンサーがダンスを踊りに来る。踊ったら消える。ちなみにダンスのジャンルはランダム(タップダンスから能まで世界中の物)」
——というリクエストを受けて書きました! お題を出してもらうの初めてだったので楽しかったです!
ありがとうございました!
9月24日、[日間]コメディー〔文芸〕 - すべて
で3位になってましたー! ありがとうございます!(*'▽')




