1話 人生はサプライズの連続
「いた! 魔王……だよな!? お前、いいやつか!? 悪いやつか!?」
玉座の間に、ドアの破壊音が響き渡る。
機動性重視の装備をした女勇者が意気揚々と入場してきたようだ。
「よ、よくきたなっ! 俗欲にまみれた……あのぉ、あれ。あの、不浄の……? 人間風情が! 勇者だかなんだか知らんが……ちょっとカンペ見えないです姉さん」
「なんだお前、変なやつだな。だが、良い! 好きだお前! 性格いいだろ絶対」
「ほんとすみません、魔王歴1時間くらいなもんで……え?」
――遡ること、数時間前。
仕えていた主人が死んだ。
玉座の間にある長い階段から転げ落ち、転落死した。
魔王と呼ばれ、魔界のトップに君臨していた人なのに、あっけない死に様だった。
「でぇ? 次は誰が玉座に座るのかしら? お姉さんは嫌よ? 勇者たちの相手なんて疲れるし」
「あたしも嫌だなぁ……というよりそんな技量がないやぁ。勇者たちと戦う気力もなぁーい」
「ワシもだ! トップに立つ技量はないし、性に合わない! 戦いは好きだがほどほどでいい!」
「私も遠慮したいなぁ。めんどうそうやし、ほんま堪忍やで。勇者たちのお相手は勘弁やわぁ」
会議室で4人の悪魔が、魔王の座をなすりつけ合っている。勇者と戦いたくないそうだ。
ここ、魔界の最深部。
悪魔のトップに立ち、支配する魔王が運営する魔王軍。
その名も【悪の組織ーズ】。
人間から恐れられ、魔界で暮らす悪魔たちには羨望の眼差しで見られるはずの魔王の席。
のはずなのに。
「だが誰かがトップに立たねぇと方々に格好がつかないぞ! ワシは断るが」
「そんなの勝手じゃない! お姉さんだって嫌よ?」
「やりたくないで片付いたらこんな困らんやろ、アホみたいなこと言うてんと合理的に世代交代と行こうや。私もやりたくはないけども」
「ふわぁ、なんか眠くなってきた」
悪の組織ーズの幹部様方は魔王の席をなすりつけ合っている。おかしくないか?
魔王に認められた実力者で、次期魔王候補とも呼ばれていた連中なのに。
ただまぁ、この人らがこうなのはもうどうしようもないか。
実はこの魔王軍、世間の評価とは違いとてもゆるい。そして怠惰だ。
「もうお姉さん帰るわよ? 決まりそうにないし」
「まぁまぁ待ってくださいって姉さん」
大胆に開いたドレスの胸元で大きなおっぱいを揺らす幹部の1人。
この人は色欲の二つ名を持つサキュバスのお姉さんだ。
帰ろうとする姉さんの前に立ち塞がるものの、目のやり場に困ってしまう。
「いくらラウドくんの頼みでも嫌よぉ。魔王様の席なんて重圧がすごくてお姉さん死んじゃうわよぉ」
弱音を吐きながら俺の前でくねくねと動くたびに、まるで液体のような柔らかさを主張するかのようにたぷたぷとおっぱいが動いている。
「おうラウ坊よぉ! お前はどうしたい! ラウ坊が1番魔王様のそばにいたろ。次の魔王は誰がふさわしいと考える?」
力強い声と真っ直ぐな視線で俺に尋ねる幹部は、獄炎の二つ名を持つフレール。人間4人分くらいのゴツさがある筋肉を大胆に露出させているのが暑苦しい。
確かに俺――ラウドは、この人たちより魔王様のそばにいた。付き人として。
俺より先に魔王様と交流があった人達は多いが、きっと俺よりも濃い密度で魔王様と居た人はいないはずだ。
物心つく前に拾われてそこからはずっと一緒だった。いわば一生をかけて仕えてきたんだ。
だからフレールさんはこう言いたいのだろう。
お前が変わりなく仕えられそうな人物は誰かと。
「誰がふさわしいって聞かれましても……答えかねるというか、なんというか……」
正直こういうことに付き人を巻き込んで欲しくはない。
それに、誰かを俺が挙げればそれを理由にその人が魔王になってしまうだろう。
そうなれば逆恨みされかねないな。
なんとかこの場を凌ごうと口ごもっていると、頬に冷ややかな感触を察知する。
「こらラウド、こういうんはスパッと言い。男やろ? しゃんとせんかい」
「冷たっ! ちょっとサザレさん、冷たい手で触らないでくださいよ」
「酷いわぁ、体質的に温かくならんのに」
めそめそとわざとらしく、着物の袖で顔を覆い泣き真似をするこの幹部は、氷結の二つ名を持つ。
魔界の西の方出身らしく、俺が知ってる情報はそれしかない。謎が多い人だ。
髪色がまさに氷結の二つ名にふさわしいほど寒々しい。
「いや、それは、まじシンプルにすみません……」
「ちゃんと謝れてええ子やねぇ。ラウドが次の魔王になったらええんちゃう?」
なんてことを言うんだこの人は。
そこまでして魔王をやりたくないのか。
「んー、むにゃあ。もう食べれなぁい……あ、串揚げあと5本追加ぁ」
気の抜けるような寝言が聞こえてくる。
視線を向ければ机に突っ伏して眠る、にぎやかしの二つ名を持つ幹部のリーファが映る。
この人に関してはサザレさんより情報がない。耳の形状からおそらくエルフで相応長生きしてる。くらいしか分からない。
「ちょっとなに寝てんですかリーファさん! 起きてください! 幹部陣がしっかりしないと社員たち路頭に迷いますから! 今はガチではやく魔王決めてください! いつ勇者組合の連中が攻めてくるか分かんないですから!」
俺たち悪の組織ーズは、敵対組織である勇者組合と熾烈な争いを繰り広げている。
こうしてる間にも数々の勇者たちがもう死んだ魔王の首をとろうと押しかけてくるかもしれない。
「むにゃあ、まだ魔王様決まってなかったんだぁ? もうジャンケンで決めればよくなーい?」
寝ぼけた声で提案されたバカみたいな決定方法だが、幹部陣に異論はないらしい。
コクコクと首を縦に振っている人しかいない。
組織のトップを運任せで決めるなんてバカげているとは思うが、きっと魔王様もこうしただろう……。
初代魔王様、あなたが貫いたゆるい社風は何代経っても継続されているみたいです。
「じゃあみんな準備はいいねー?」
「おう! おいラウ坊もさっさと手だしな!」
「せやでラウド、一人だけ逃れようなんて甘い話ないで」
幹部陣は揃って俺を見る。
円形に並びグーに握った手を前に突きだしたままの幹部陣、なんだか間の抜けた光景だな。
「ほらラウドくーん、お姉さんの隣においでー」
もうどうにでもなれだ。
自慢じゃないが、俺はジャンケンで一度も勝ったことがない。
それは幹部陣も知っていることだ。
きっと、魔王様が死んで落ち込んでいるだろうと考えた末、少しでも気分転換になればと考えてくれてるんだろうな。
「負けた人が魔王ってことでよかったかしらー?」
「「「うん」」」
幹部陣の声が揃う。
「え、待ってそれ……」
「「「ジャンケン、ポン!」」」
咄嗟に出した俺の手はグーのまま。
――そして現在に至る。
「と、言うわけで魔王になりたてなので今日は一旦見逃してくれません?」
魔王っぽいセリフのカンペを出してくれていた姉さんに、カンペを下げるようジェスチャーをしながら、なんとか勇者を刺激しないように頼み込んでみる。
新体制になってすぐ勇者とやり合うには心の準備が出来ていない。
だが勇者組合の連中だ、そう簡単に退くとは思えない。もし戦闘になればフレールさんたち幹部が対応してくれるとは思うが、出来る限り戦闘はしたく無い。
「なるほど、だからそんなにオーラがなかったのか。苦労してるんだな魔王って」
「まぁ……」
俺の目の前にいる女勇者は、今にも斬りかかりそうな様相で構えていた剣を下ろし、苦笑いを浮かべる。
さらっと失礼なことを言わなかったか?
「今日は退く。明日以降どうするかはお前の返答しだいだ」
「返答?」
「お前、なんで魔王軍にいる。人間をどうするつもりだ?」
まるで俺と対話するかのような冷静な態度。
今まで先代に襲いかかった勇者を数々見てきた俺だが、こんな勇者は初めて見るな。
人間、か……。
どうするつもりって言われてもなぁ。
「別にどうもしようとも思ってない、そもそも俺は争う理由が分かってないから。先代もそう言ってた、人間が挑んでくるから遊んでるだけって」
「魔界から来た悪魔が人間を襲った事例が数多くある。それはどう説明するつもりだ? 理由なき快楽のための争いか?」
俺の言葉を噛み締めるように聞いた勇者は、鋭い語気で言葉を返す。
返答を誤ったか……?
勇者の表情が鋭い険しさに変化する。
「それに関しては先代のころから把握している。組織として不甲斐ないが、末端までは管理できないんだ。こういう言い方は良くないけど若手は勝手に好き放題やってる。もちろん改善策は考える。ただ今はそれ以外は言えない。謝罪もしない、人間も争いを生むだろ?」
「そうか、分かった。ならこれが最後の質問だ。お前の目標は?」
俺を見定めようとしているのが伝わる。
悪即斬が勇者の思考かと思っていたが、案外冷静なやつもいるんだな。
「高尚なものはないけど、魔界のみんなが安心して飯食ってぐっすり寝れる世界にしたい。もちろん人間だって平穏な暮らしを送れればいいとは思ってる」
俺の気持ちに偽りはない。
先代も同じことを言っていた。争いは自分から起こさないし、きっと先代も本心だったと思う。
「そうか、ならお前はいいやつだ! やはり惚れたぞ!」
「えっと……」
「見た目が少しよわよわしく感じるが筋肉質で、ツラもアタシ好み! 一目惚れだな。お前が悪い奴じゃなくてよかった! 結婚しよう!」
ぐいぐいと俺の方に歩み寄ってがっつりと腕を掴んでくる勢いのある女勇者に気圧されそうになる。
なんなんだこの人……。
「ね、姉さん……フレールさん……たす……」
こっちを見てげらげらと笑う2人に助けを求めたのが間違いだったのだろうか。
「ラウドくん隅に置けないわね~。お姉さん妬いちゃうわ」
「がっはっは! ついにラウ坊も家族をもつのか! いいじゃねぇか! めでたいなぁ」
ダメだこういうときのこの2人は頼りにならない。相手に敵意を感じれないから、戦意がないんだろうな。
「お嬢ちゃん、ちょっと待ってもらってええ?」
「アンタは?」
「サザレ。お主が求婚したラウドの保護者のようなもんや、ここにおる幹部の4人全員な」
唐突な求婚におろおろしている俺を見かねたのか、サザレさんが落ち着いた口調で勇者に話しかける。
「ええか? こういうんは順序っちゅうもんがあんねん。突然押しかけてきて、結婚しようなんて、本人も家族も納得せんやろ」
「たしかにアンタの言うことは一理あるな」
さすがサザレさんだ。
げらげら笑うだけの2人とは違って頼りになる!
俺の唯一の味方だ! リーファさんは床に横になって寝てるし……。
「サザレさんもこう言ってることだしお引き取りを……」
恐る恐る勇者の顔を覗き込みながら帰ってもらうように促す。
視線に映るのは、何かを決意した表情の勇者だった。
「アンタの口ぶり、結婚に反対ではないんだな」
「惚れたんやろ? うちのボスに。その気持ちに偽りがないなら、止めへんで。むしろ応援するわ、順序さえ守ってくれたらな」
ん? なんか流れ変わった?
「まずはお友達、次に恋人、進展したら同棲して、やっと結婚や。これはお主の幸せのためにもなる。価値観が合わんと結婚生活地獄やで?」
「アンタ、いいやつだ」
ふっ、とほほ笑むサザレさんに対し、勇者は豪快にニカっと笑っている。
「まぁ、この子は今魔王の席について間もないひよっこや。一人前のボスになるまでは、保護者の許可が出やんとは思っといてや」
「それでいうとアタシもまだ未熟だ。一緒に一人前になるぜ。これも正しい順序ってやつだろ?」
なんだろう。俺抜きでなぜか俺に重大な影響のある人生のイベントがぽんぽん進んでいる。
「次に来るときは友として、魔王を知りに来る。じゃあな」
勇者はサザレさんと熱い握手を交わし、颯爽と出口まで移動する。
あの人俺のこと忘れてない? 俺が主軸の話だったよな?
途中から全然こっち見てなかったぞ。サザレさんと意気投合してたし。
「あ、そうだ」
勇者は立ち止まり、俺の方へ振り返る。
そして告げる。
「勇者組合所属、勇者のシア。これがアタシだ、今日はこれだけ知ってくれればいい。お互い、徐々に知っていこうな」
はにかむような笑顔は、ドアを破壊して玉座に入ってきた人物とは思えないほど純白なものだった。
よかった。俺、忘れられてなかった。
「あ、俺の名前……」
すたすたと歩いていくシアは、一方的に情報を押し付けて満足したのか、止まる気配がない。
「ラウドだろ? 呼ばれてたからもう知ってる」
振り返ることもなく吐かれた言葉だが、その言葉はどこか弾んだような、嬉しそうな雰囲気をまとっていた。
なぜそう感じたかはわからないが、これでひとまずは一件落着なのかな。
「いや違うなこれ。よくわからない面倒ごとに巻き込まれた気がする」




