邂逅
キンキンキン、と金属と金属が交差する音が遠くから聞こえてくる。
――この音は、昔からよく聞いている音だ。
ひどく懐かしい記憶が海馬から呼び起こされて、それとともに意識が少しずつ浮上していく。
その他にも音が鳴り響いていることに気づいた。
金属の音と同時に聞こえるそれは、人の声だろうか。会話とは思えない、感情の発露のような一方通行の音が鼓膜を震わせる。
次に気づいた音は地割れのような音だった。地響きのような、地面が唸っている音が先ほどまで聞こえていた音を軒並みかき消していく。
ふと今の自分がどのような状況なのか想像して驚いた。体が浮いているように感じているのだ。
すると、先ほどまで聞こえていた音がより近く、力強く響いてくる。
また、その音に共鳴して体が揺れている感覚が沸きあがってきた。
――誰かに抱えられている……?
ようやく覚醒してきた五感を確かめながら目を開くと、眼前には自分を抱え込み、顔を覗き込む人がいた。
そう。人間に通常備わっている部分とは別の位置――頭に耳が生えている、人がいた。
「……君、目が覚めたか」
その声はとても凛としていて、大衆の前で声をあげれば聞く者すべての意識を根こそぎ奪ってしまうような、威圧感と力強さを感じる音だった。
「……ええ。あなた、は?」
長らく声を出していなかったのだろうか。ひどくしわがれた声で、息も絶え絶えになりながらなんとか絞り出した声に彼女は視線を上げ、こちらに背を向けた。
「こちらも話したいのはやまやまだが、今は状況が状況だ。――皆のもの、行くぞ!」
そう彼女が声を発した瞬間、先ほどまでとは比べ者にならないほどの地響きと雄叫び、そして砂埃が宙を舞った。
手をかざして砂を入れまいと目を細めて、そこでようやく私は現状を理解した。
――彼女は剣を持っていた。地面から彼女の腰の部分までに当たる長い刀身を光らせるそれは、目の前に広がっている敵陣を薙ぎ払わんとする威圧を放ち、敵前へと駆けていった。
――地響きは、私の周りに数多く待機していた戦士たちが、一斉に走り出したことによる振動と轟音だった。自らの士気を高めんと声をあげ、土煙と砂埃を浴びながらも前に進む戦士の姿がそこにあった。
意識が覚醒する前に聞いた、金属同士のぶつかる音が再度、大きく何度も響き始める。それは剣戟によって発生される音で、音の近さから戦線が目の前であることを想起させた。
ようやく事態を理解し、なおもその現実に体を動かせないでいると、たくさんの戦士が剣を構え戦いを繰り広げようと前に歩を進める中で、私の近くで足を止める者がいた。
「――!……大丈夫ですか?ここは、あまりにも敵陣に近すぎます。私と一緒に、後陣まで下がりましょう」
そう手を引いて立ち上がらせてくれた少女は、目が覚めた時に出会った彼女と同じく、耳が横ではなく頭の上に生えていた。
辺りを見渡すと、戦いに赴いている戦士たちの、見える範囲のすべての人間は同様に耳が上に生えていた。
それだけではなく、よく見えていなかったが尻尾のようなものが生えている人間も男女ともに、いくらか見受けられる。見えていないだけで、全員に存在するものなのだろうか。
物珍しそうに周囲に視線を配る私に気づいたのか、手を取ったままである少女は困ったように顔を歪ませた。
「怖い、ですよね。私たち『獣人』の後陣だなんて」
「……獣人」
『獣人』。彼女は今確かにそう言った。獣「の」人。獣「と」人。
形がどうであれ、彼女たちは動物と人間が入り混じった種族なのだろう。
「それでも団長の意向なので、申し訳ありませんが付いてきていただけないでしょうか。見たところ怪我はされていないようですが、見えていない可能性もありますので」
「……ああ、大丈夫だよ。私も何が何だか分からない状況なんだ。助かるよ」
正直なところ、現状を正しく理解できたとは全くもって言い難い。
獣人がどのような存在なのかも、なぜ彼女が自らのことを『怖い』と称したのかも。
それになにより――先ほどから自分のことが何一つ思い出すことができないのだ。
なぜ、私はここにいる?ここは一体どこで、どうして私はここにいる?何のために?そもそも私は一体――。
取り留めのない思考が脳内を支配し、目を回しそうなほど「なぜ」と「どうして」を繰り返しそうになったが意識的にその思考を除外し、大きく息をつく。
彼女に手を取られ、獣人とぶつからないよう逆走をし、どうにか人だまりから抜け出すことができたが今まで以上に大きな剣戟の音が鳴り響き、私は足を止め振り向いた。
眼前に広がるは数千を超える軍勢と軍勢の衝突。剣だけでなく弓や投擲物、視界の端では爆発や大きな衝撃が人々を巻き込んでいる。
遠く、遠くに見える戦いは幾千の人の中でも一際異彩を放つあの彼女の号令により、本格的に激化していった。
何とか視界に捉えることのできた彼女は、やはり獣人の見た目を象っており、敵陣をかける姿は英雄のように思えた。
手を取ってくれている彼女に腕を引かれ、私はこの場を後にする。
目覚めたとき、一番に助けてくれた彼女の勇姿に後ろ髪をひかれながら。
あの砂埃の中でうっすらと見えた、獣人の相対する敵の姿が、自分と相違ない真っ当な人間の形であったことに目を背けながら。
「……そういえば、君の名前を聞いていなかったね。教えてくれるかい?」
「私は――ケルナです。見習い衛生兵ですが、少しの間よろしくお願いしますね」
微笑んでそう名を口にした彼女――ケルナの顔を忘れないよう記憶に刻んで、私は気持ちを新たにした。
――ここは紛れもない、戦場だ。




