二章 姫なのに前線に放り出された! 1
「ミラは苺かぁ。」
「おすすめって書いてあったから。ソラーグはチョコ好きなの?」
ミラが店員から受け取ったケーキを見て、同じ教室の男子生徒ソラーグがもの欲しそうに見る。
「あぁ。苺もうまいんだけどさ、どうしてもチョコ系頼んじゃうんだよな。」
「セイラは?」
帰る方向が一緒で、何度か一緒に下校した女子生徒セイラにミラは聞く。
その時、店員がセイラの分を運んで来た。
「フルーツロール。いろんな果物が入っていて好きなの。」
「あ、確かに。次に来た時、私もそれにしてみる。」
ミラは言うと、王城に居た時はフルーツなんてあって当たり前のものだった事を思い出す。
それすら、此処では当たり前ではないのだと思わされた。
「スアンはミルクレープ好きよね。」
「うん、好き。」
と言って、もう一人の同じ教室の女子生徒スアンは、ケーキから目を離さずに頷き一枚一枚剥がして食べ始めた。
(あれって、ああやって食べるものなの?)
見た事の無いミラにとっては、それが正解か不明だったが、違う気はした。
「苺のケーキが580リル、紅茶が430リル、合計1010リルよ。2000リル預かったので返却分は990リル。これでいい?」
家に帰ったミラは、クレイの前にお金と領収書を置いた。
「流石ミラ様。領収書まで頂いて、わたくしの手間を省くご配慮痛み入ります。」
(いや、そこまで考えてなかったけど。まさか、領収書を出さなかったら確認に行ったの!?)
ミラはそんな事を思ったが、面倒な事になりそうだったので口には出さなかった。
「虚偽の報告は罪でございます。裏を取るのもわたくしの役目。何事も信用の積み重ねが重要でございます。」
(やっぱり行ったわけね。)
笑顔のクレイにミラは顔を顰めたが、王城に戻るためには必要な事だと思うと吐き出しそうだった溜息を飲み込んだ。
「では、わたくしは動力車を玄関前に移動致します。」
「うん。」
クレイがダイニングから出て行くと、ミラは兵舎に向かう準備のため自室に移動した。
ミラは兵舎に着くと、入り口に設えられた木製のボードで、自分の名前の下にある札を出勤に変える。
そのまま倉庫へ向かったのだが、ノインにエルディが呼んでいると言われ兵舎に戻った。
「来週から季節休だろ。」
隊長室に入ると、エルディが言う。
学校でも話題にはなっているので、ミラも休みである認識はあった。
「学校の休みまで把握しているの?」
「お前がいなけりゃ把握なんかしねぇ。つまり、把握しねぇと仕事の割り振りが出来ねぇんだ。」
エルディは面倒臭そうに言うと、煙草を銜え火を点けた。
「毎日朝から来ればいいんでしょう?」
「そんなのは当たり前の事だが、せっかくの長期休暇だからな。」
エルディは言うと口の端を吊り上げた。
その顔に、ミラは不穏を感じ眉間に皺を寄せる。
「旅行でも行ってこいや。」
「は?」
予想もしていなかった言葉にミラは口を開けて疑問を漏らす。
「旅行?」
「そうだ。毎日整備じゃつまらんだろ。」
「そんな事はないです。」
実際のところ、学校帰りの短い時間とは言え銃器を扱う事自体、ミラは嫌いじゃなかった。
親切に教えてくれるノインのおかげもあり、現状に不満は無い。
「まぁそう言うな。ノインにはもう言ってある。」
「・・・」
「一応、仕事が休みってわけじゃねぇ。遠出して楽しんで来いってだけの話しだ。」
それを旅行とは言わない。
と思ったが、ミラは口に出さず続きを待つ。
「場所は?」
が、なかなか出て来ないため聞いた。
「お、興味が出て来たか。行先はローリンツだ。」
「聞いた事無い。」
ろくに地理を把握していないミラにとって、場所の名前を聞いてもわからなかった。
だが、その反応にエルディは訝し気な目を向ける。
「おいおい、ワエンセウ出身でローリンツを知らないだと?」
ワエンセウ地方の名前を聞いた途端、ミラはしまったと思った。
同時に、エルディを睨み付ける。
「思い出した。それってワエンセウの北に位置する場所。」
「そうだ。」
「ワエンセウ地方を取り戻した後、もっとも前線が激化しているところじゃない!」
「やっと理解したか。」
レダクエット地方の最南端に位置するローリンツは、確かにワエンセウ地方の北に位置する。
ローリンツは国境にある街だったが、前線になって廃墟となり久しい。
毎日の様に砲弾が降って来て兵の死傷も絶えないような場所だ。
一進一退の攻防が続けられ、相手の疲弊を待っている。
どちらかが崩れれば、その場所を奪われるのは必至。
そんな場所に行けと言われた事に、ミラは思わず声を大きくしていた。
「旅行どころじゃないじゃない、そんな場所。何も無いわよ!」
「毎日状況が変わるから退屈はしないぞ。」
「今でもしてないわよ!」
「国内でもあの光景が見れる場所は少ないんだがな。」
「楽しくない!」
「まぁ、兵隊になった以上避けては通れねぇんだよ。上官命令には従え。」
「ぐっ・・・」
笑みを浮かべて言うエルディを、ミラは口を噤んで睨んだ。
「ちなみにネーヴェが現地での上官になる。一時的に配属が変わるが気にするな。」
「はぁ・・・」
その名前を聞くと、会う度に敬礼してくる男を思い出して溜息を洩らした。
「実力的にはお前の方が上だろうが、隊の経験が無ぇ。そこは妥協しとけ。」
「そんな事を気にしているわけじゃない。」
「そうか。日程はまた伝える。話しは以上だ、業務に戻れ。」
ミラは一礼すると隊長室を後にして、浮かない表情のまま倉庫へと向かった。
「ミラ様。浮かない表情でございますね。」
迎えに来たクレイが、動力車の中で窓の外を見ながら無言のミラに声を掛ける。
「学校が長期休暇の間、ローリンツに行けと言われた。」
「最前線でございますね。」
「うん。」
理由が分かったところで、クレイが何を出来るわけでもない事は承知していた。
軍属であれば当然の事であり、避けて通る事は出来ない。
ただ、自分はするべき事を全うするのみと。
「暫く留守にする事になるね。」
「そうでございますね。出発までに食材を使い切る必要がございますので、ご協力いただきたく存じます。」
「そう、わかった。」
言った後、窓の外を見ていたミラが勢いよくクレイに顔を向ける。
「クレイが食べればいいじゃない。」
「もちろんわたくしもいただきますが、流石に全部は無理でございます。」
「いや、私が居ない間に食べればって事。」
「お言葉ですがミラ様、わたくしは家を預かっているわけではございません。」
クレイの言葉にミラは首を傾げた。
「私の執事でしょ?」
「仰る通りでございます。わたくしはミラ様の執事であり、お世話やお護りする事が仕事でございます。」
「あ・・・えぇっ!」
クレイの言葉を考えていたミラは、その意味に気付くと目を大きくする。
「それって、一緒に来るってこと!?」
「当然でございます。わたくしにはミラ様の状況を報告する必要がございますので。」
「そういう事ね。」
知っている人が居る事に一瞬安堵したミラだったが、クレイはあくまで仕事でしかないのだと認識させられると寂しくもあった。
さらに、満面の笑みを浮かべたクレイが目に入るとその思いすら吹き飛ぶ。
「報告も必要ですが、どちらかと言えば危険人物を野放しに出来ないというのが正直なところでございます。」
「はぁっ!?誰が危険人物ですって!!」
ミラは身を乗り出してクレイに声を上げるが、本人は目を細め一瞥だけする。
口元の笑みは変わらずに。
「おや、自覚がございませんとは。空気中の水分を集めて床を凍らせ従者を転ばせたり、椅子に座っている兵士の後ろからこっそり近付いて帯電させた刀で椅子に電流を流し痺れさせたりと、蛮行を行っていたのはどなたでしょうか。」
「な!何故クレイがそれを知っているのよ!」
クレイは笑みを向けただけですぐに前に向き直る。
「それはさておき、その様な事態が起き将軍や陛下の耳に入りますと、わたくしの信用が失くなり職も失いかねません。」
「わかったわよ。」
不服そうに言ってミラは座り直すと窓の外に目を向けた。
「どのみちミラ様が王城に戻れませんと、わたくしの責を問われます。不本意ながら、ミラ様とは一蓮托生の様な関係である事、ご留意ください。」
「今、不本意とか言ったわよね?」
「これは失敬。」
言いながらクレイは満面の笑みをミラに向けた。
「わざとでしょ。わざと言ったわよね!?」
「決してそのような事はございません。」
「嘘つけ!」
ミラは言いながらクレイの運転席を蹴りつけた。
「休み中みんなで遊園地に行かね?」
学校の昼食時、ソラーグがそんな事を言った。
聞いたことはあるが、行った事の無いミラにとっては魅力的な響きに聞こえる。
「祖父母のところに何日か行くから、それ以外なら行けるかな。」
セイラが口の中の物を飲み込んでから答える。
「あたしはいつでもいい。むしろおやじを説得できるか次第。」
続いてスアン答えた。
ミラは、その会話に若干の寂しさを覚える。
「ミラも行くだろ?」
ソラーグが当たり前の様に聞く。
(行けるなら、行きたい・・・)
そう思いながら、ミラはゆっくりと首を振った。
「ごめん、休み中遠出する事になってるの。」
「そっか、それじゃ仕方ねぇ。そのうち行こうぜ。」
「うん、ありがと。」
(本当に、いつか行けるといいな。)
そう思うと、聞いただけのうろ覚えでしかない、遊園地のある方向に一瞬だけ顔を向けた。