一章 姫なのに城を追い出された! 5
哨戒基地の入り口に、銃を持って立っている二人の男が居た。
見張りであろうその二人は、狙撃の銃声が聞こえた事で周囲を警戒している。
警戒している筈だったのだが、一人は頭部が宙に舞い、一人は顔が背中側を向いた。
いつ、誰によって、何が齎されたのか判別する事も出来ずに。
「ミラ様。」
クレイがミラを見て頷くと、ミラが嗤う。
「遅ぇ。私は上から行く。」
「承知致しました、わたくしは下から制圧致します。」
ミラは刀を鞘に納めると跳躍、二階を越える高さまで飛び上がると、更に壁を蹴って上に跳ぶ。
静かに屋上に降り立つと、気付いた狙撃兵二人が銃を持ち換えてミラに向けた。
躊躇なく発砲。
「いい判断だが、そんな物が当たるほど私は弱くない。」
二人は続けて打つも、ミラはその弾を無表情で避け続ける。
まるで、銃弾の方が避けている様にすら見えた。
「ば、ばけもの・・・」
「変化・焔。」
ミラは刀をゆっくりと引き抜くと、その刀身は朱色に輝いていた。
刀身の周囲は蜃気楼の様に揺らめいている。
「少女にむかって化け物はないだろう・・・」
呆れた目を向け言いながら、刀身を右側に向け水平に構え、柄尻に左手を添える。
「葉月一刀流二ノ型、紫電。」
男二人の銃弾が尽き、弾倉を入れ替えている間にミラは右手にいた男の前に移動した。
男はいつ移動したのかわからず、突然現れたミラに急いで銃口を向ける。
その瞬間、またもミラの姿が消えた。
ミラは男の背後に構えたままの状態で移動していた。
男の前から水平に横薙ぎの一閃でもう一人の前へ移動し、返す横薙ぎでもう一人を斬り今の位置に移動していたが、それは二人の男には見えてはいなかった。
男二人は腹部に熱を感じると、斬り口から発火し上半身が炎に包まれる。
激痛にのたうちまわりたいと思ったが、繋いでいた均衡が崩れ上半身と下半身がばらばらに崩れ落ちた。
「下に行くか。」
ミラは刀を鞘に納めると、近くに置いてあった弾倉を拾って建物内部への扉へ向かった。
「敵襲!・・・」
一階ではクレイの姿を確認した男が声を上げたが、後頭部から血と脳漿を撒き散らし背中から床に傾く。
右眼から脳を突き抜けた金属が壁に当たり、甲高い音を立てて床に落ちた。
「そのナイフは狙撃の弾を防いで曲がったため、使い物にならないので差し上げます。」
クレイは笑みを浮かべ言いながら左右からの銃弾を避け、右手に居た男を肩当で壁に叩きつける。
壁に叩きつかれた男の首に貫手を放ち骨を折るとそのまま掴んで、その身体の後ろに回り込む。
「お借り致します。」
クレイは掴んだ男を防壁に銃弾を防ぎつつ、持っていた銃で残りの兵を排除する。
「さて、二階へ向かいましょう。」
クレイが二階に続く階段の前に立った瞬間、上から銃弾が雨の様に降り注ぐ。
「まぁ、当然でございますね。」
壁に身を隠して懐からフォークとスプーンを取り出す。
(想定していなかったので、一セットしか持ってきてないのですが・・・問題はありませんね。)
クレイは手に持ったカトラリーを見ながら二階の様子を窺がう。
狭い階段を、銃弾を搔い潜って上るのは難しい。
多少の傷は覚悟する必要があるかと思っていた矢先、上から悲鳴と怒号が聞こえた。
「上からもだ!」
声が聞こえたと同時に、階段に飛び出し駆け上がる。
銃口を向けられた直後、壁に跳んでフォークを投げつけた。
男は叫びながら左目に刺さったフォークを押さえ、手から離れた銃が床に大きな音を立てて落ちる。
「後は二階だけだ。」
「ミラ様、ご無事な様ですね。」
左手を柄尻に添え、右手で数発の銃弾を弄びながら階段を下りて来るミラに、クレイは安堵の目を向ける。
「クレイこそ、無傷とは言うだけの事はあるな。」
「当然でございます。」
二人が扉の前に近付くと、一斉に銃弾が飛んで来た。
扉を抜けた銃弾は壁に当たり、亀裂を作り綻びを生み出す。
扉の周りの壁も当たり続ける銃弾に形状を保てず崩れ始めた。
「七人か。」
「はい。問題無い数でございますね。」
クレイは落ちている銃を拾いながら笑みをミラに向ける。
「当り前だ。」
二人は銃弾が止んだ一瞬で部屋の中に飛び込むと、同時に跳躍した。
再装填が終わった銃がまたも入り口に向けて乱射されるが、二人が消えた事で銃声が止まる。
直後、天井から銃声が聞こえた。
クレイの射撃と、ミラの銃弾投擲で部屋の中の男共は瞬時に一掃される。
「二十人程だったでしょうか。」
「呆気ないな。」
「小さな哨戒基地ですから、これでも多い方かと。」
ミラとクレイは話しながら、血臭漂う一階を通過して外に出た。
「・・・」
外に出た二人に、哨戒基地を囲う様に集まった兵が一斉に銃口を向けた。
「帰ったら肉が食べたい。」
「承知致しました。」
言うとミラは右手を刀の柄に掛ける。
「待て待て止めろ!獲物から手を離せ。お前らも銃を下ろせ!」
並んだ兵を割って、大きな声で現れたのはエルディだった。
「おや、味方でしたか。わたくし、兵舎の人間まで顔を把握しておりませんので。」
「私も知らん。」
「服装見ればわかんだろうがっ!」
無表情で言うミラと、いつもの笑みを浮かべるクレイにエルディは大声て突っ込んだ。
「ミラ様。隊員でいらっしゃるのに、把握しておられないのですか?」
「昨日の今日で覚えないよ。」
笑みを浮かべて首を傾げたクレイに、ミラは頬を膨らませた。
「隊長。中は全滅しています。」
確認しに行っていた隊員が戻って上げる声に、エルディは呆れた目をミラに向けた。
「これを二人でやるとか、お前ら本当に何者だよ?」
「ただの執事でございます。」
「ただの令嬢よ。」
「ミラ様、嘘はいけません。」
「呼び方に家の大きい小さいは関係ないでしょ!」
「おや、お気付きになるとは、これは一本取られましたね。」
「クレイ!」
ミラの蹴りを立ち位置を変えただけでクレイは避けた。
「ミラ様、お行儀が悪くていらっしゃいます。」
「お前ら、なんでそんなに緊張感無ぇんだよ・・・」
エルディは溜息を吐くように呆れた目を向けて言った。
「ミラ様とわたくしは帰路についてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、構わねぇよ。後はこっちでやっておく。」
エルディは帰れとばかりに手を振って言うと、哨戒基地へ向かって歩き出した。
「ではミラ様、帰りましょう。」
「うん。ちょっと疲れた。」
言ってミラが動力車に向かって歩き出すと、クレイがその後ろに付いて歩き出す。
奇異の目を向けられていた事は気にせずに。
翌日、学校の昼食でミラは数人の生徒と一緒にご飯を食べていた。
ほとんどがお弁当持参で、購入している人は少ない。
内容を見る限り、クレイが用意したお弁当は他の生徒と似たような内容だった。
初日はそこまで気にする余裕は無かったが、王城に居た時の食事に近い内容であれば、明らかに浮いていただろう事は察した。
「ミラちゃん、今日は一緒に帰れる?」
「うん。」
昨日は断ったが、今日は真っ直ぐ帰り兵舎に向かう予定でしかない。
王城でもなく王女でもない、此処では自分も一生徒でしかない。
煩わしくても、受け入れなければ自分が孤立してしまう。
今の自分は、そういう場所に居るのだと改めて認識せざるを得なかった。
「今度さ、ケーキ食べに行こうぜ。美味しいところあるんだ。」
「あそこ美味しいよね。月一回の贅沢。」
「月一回?」
ミラはその会話に疑問を口にする。
「俺らの小遣いじゃ月一回がいいところだ。ミラはどうなんだ?」
「えぇと、今は貰ってない。」
『えぇ!?』
それには囲んでいる全員が声を上げた。
小遣いという概念が今のミラには無い。
それを口にしただけだったのだが。
知識として、子供は親から小遣いを貰っているとは聞いていたが、貰ってない事に驚かれるとは想定していなかった。
「必要なら、クレイに確認してみる。」
「クレイ?」
「私の執事。」
「執事がいるのかよ?ミラん家って金持ち?」
またもミラは失言だったかと思った。
普通の家に使用人の類は存在しない、知識としては入れた筈なのにと。
「違うけど、お父さんもお母さんも仕事で遠くに行っているから、代わりに雇われたんだって。」
兵舎に伝えた内容は死んだ事になっているが、自分が兵隊である事も隠す必要があった。
だから外では遠隔地で仕事をしている事にしている。
エルディには兵隊である事を隠すため、外ではその様に話している事も伝えてある。
「そうなんだ、大変だね。」
何が大変なのか疑問に思ったが口にはしなかった。
普通の家の事情ではない。
それを口にも出来ないのだから。
「しょうがねぇ、俺のおかず少しわけてやるよ。」
と言ってピーマンをお弁当の蓋に置かれる。
すごく要らないと顔に出そうになったが、何とか笑みを浮かべてやり過ごした。
「ねぇクレイ。」
「なんでございましょう?」
学校から帰り、兵舎に向かう動力車の中でミラは昼間の話しをしようと切り出した。
「今度、ケーキを食べに誘われたの。」
「ご学友との親交も順調、という事でございますか?」
「違う。ケーキはただで食べられないでしょう!」
「そうでございますね。つまり、ケーキを食べるためのお金が欲しいという事でしょうか。」
「そうよ。それもダメ?」
クレイは温和な笑みを浮かべる。
「ミラ様にはご学友との交流機会が必要と考えます。であれば、必要経費でしょう。問題ございません。」
「ほんと!?良かった。」
素直に喜ぶミラを見て、クレイはまた笑みを浮かべた。
「但し、何にいくら使ったのか、お渡しした金額との差額と返却額は報告してください。場合によってはお店に確認にいきますので噓の報告はお止めください。」
「え・・・そこまでする?」
ミラの嫌そうな顔に、クレイは目を細める。
「前にもお伝えしましたが、わたくしが家計の管理をしております。」
「それにしたって細かすぎじゃない?」
「お言葉ですがミラ様。」
その言葉に、ミラは反射的に顔を顰める。
「陛下がお金の管理をするわけではありませんが、収支報告を受け内容を理解し把握しておられます。それは税金を徴収している国の務めだからです。今すぐにとは申しませんが、ミラ様も何れ意識をお持ちいただきたく存じます。」
また小馬鹿にされるのかと思いきや、真面目な顔をして言うクレイにミラは頷くしかなかった。
「わかった。」
「自分の金でも無ぇのに管理どころか好き勝手に使う奴なんざ国に必要無ねぇ。と、仰っておられました。」
「・・・」
いつの間にか満面の笑みを浮かべていたクレイに、ミラは頬を膨らませて睨み付ける。
「到着致しました、気を付けていってらっしゃませ。時間になりましたらお迎えにあがります。」
話している間にケリウス兵舎に到着する。
ミラは無言で動力車を降りると、強く扉を閉めて兵舎へ向かった。
(本当に要らないと思っているのなら、この生活も無駄でしかない。いつかご理解いただけるでしょうか・・・)
クレイは兵舎の扉を潜って消えるミラの背中を見送ると、動力車を発進させた。