四章 姫なのに敵国に売られた! 5
「残りは隠れて出て来ない様だな。」
前方に二人、背後に二人。
ミラは人数を確認すると小さな声で言い、クレイが頷いて同意した。
「金だけ置いて行け。そうすれば痛い思いや、うっかり死ぬことも無い。」
(よく言う・・・)
既に抜剣した状態で下卑た笑みを浮かべる前方の二人にミラは呆れた。
「大変恐縮ではございますが、必要最低限の持ち合わしか無く、あなた方に施す分はございません。」
言ってクレイは見下す様に嗤った。
「だったら奪うまでだ!」
「わたくしは隠れている方々にお眠りいただいてきます。」
「あぁ。」
前後から襲ってくる四人の間合いに入る前、クレイは言って姿を消した。
「何っ!?」
同時にミラも消えた事で、四人は周囲に目を向けようとする。
が、背後から寄った二人が首を回す事無く硬直した。
ミラが背後に跳び、一人目の首筋に左手の手刀を入れ、もう一人は振りぬいた左手の勢いのまま右足で回し蹴りを叩き込んだ事によって。
「私はお前らに用は無い。」
「ならさっさと死ねっ・・・」
男が突進しながら剣を振り被った瞬間、一足飛びで間合いを詰めたミラが目の前に居た。
左手の拳に右手の掌を添えた左手の肘打ちが、地面を踏み込むと同時に鳩尾に入る。
剣を振り下ろすまで行かず、男は後方に吹き飛んだ。
「・・・」
もう一人の男が無言で吹き飛んだ男とミラを交互に見る。
「隠れていた四人の方にはお眠りいただきました。」
「そうか。」
そこへクレイが戻ると、残った一人の男は一目散に逃げだす。
「出てきたらどうだ?」
ミラは逃げた男には目もくれず、一軒の家に視線を向けて静かに言った。
「うちの執事が迎えに行かないと出て来れないか?タチニ。」
「割に合わねぇな・・・」
クレイが動こうとしたところで、家の陰からタチニが現れた。
「何故気付いた。」
タチニはミラを見据えて言う。
その動作は堂々としており、二人に臆する様には見えなかった。
「さっき会ったからな。気配でわかる。で、続けるのか?」
「やらねぇよ。こっちはただの年寄りだ、無理に決まってんだろ。」
(見た通りか。なら他に策でもあるのか?)
ミラはこの状況でも臆しないタチニの振る舞いに、訝し気な目を向ける。
「普通の旅行者から金を奪う。それ以上の事はできねぇよ。」
タチニは力なく吐き出すと、近くの石に腰かけた。
「わたくし達が案内された食堂は、さしずめ最後の晩餐と言ったところでしょうか?」
「え、そなの?」
タチニの態度から、添えていた手を刀から離しミラが首を傾げた。
「そんな大袈裟なもんじゃねぇよ。」
「あのご飯の帰りに襲うつもりで案内したって事?」
「おそらくそうでしょう。美味でございましたので、襲う前にせめて腹を膨らませるという配慮でしょうか。」
「・・・」
ミラの疑問にクレイは答えてタチニを見るが、反応は無かった。
「つまり、食堂のおじいさんも組んでいた?」
「どうでもいいだろう。それより、この年寄りの始末はどうすんだい!?」
続けたミラの疑問に、タチニは声を荒げた。
「いえ。ミラ様がまた来ると言った時、主人の表情に一瞬陰りが見えました。食堂の主人は知ってはいたが、関わってはいないでしょう。」
「ちっ・・・」
タチニはクレイの話しを聞くと小さく舌打ちして明後日の方向に目を向けた。
「そう、良かった。明日も食べれるね。」
「驚く顔は見れるかもしれません。」
「それは楽しみね。」
ミラは笑みを浮かべて言うと、タチニに近付いて肩に手を置いた。
そっぽを向いていたタチニは驚いて身体が跳ねると同時に、ミラを睨む。
「なんだ?」
若干震えた声で、ミラの行動の真意を確認する。
「私たち、暫く滞在するの。この辺の事、良く知っているんでしょ?だからいろいろ教えてね。」
「はぁっ?何を言い出してんだ!」
「言葉通りよ。」
驚くタチニにミラは満面の笑みを浮かべた。
「くそ・・・お前らただの旅行者じゃねぇだろ。」
「ただの旅行者なんだけど。」
と言って、ミラはクレイに目を向ける。
なんと言おうか思いつかず、クレイを見たのだが察した様に頷いた。
「リデアートにあったミラ様の家は名家でした。名家と言えば聞こえは良いですが、それほど大きくもありません。少し前になりますが、ミラ様は両親を事故で亡くしております。」
淡々と語るクレイをタチニは睨んだが、そのタチニから見えない様にミラは呆れた表情をした。
「それがなんだってんだい。」
「遺産は残されたものの、ミラ様は維持管理が出来る歳ではございません。それに、両親が亡くなった土地にいるのが辛く、思い出の残る家を断腸の思いで手放されました。」
クレイに話しに合わせ、ミラは地面に視線を落とし鼻をすすった。
「要は、新しく住む場所を求めております。そういう点では旅行者でございます。」
「話しはわかったが、こんな何も無ぇ場所を選ぶ理由がわからんな。ツォリアなら納得いくがよ。」
「ツォリアは騒がしく物価も高い。ここなら、自然も多く気持ちが落ち着きそうだったから。」
「もの好きな奴だな。」
言ってタチニは街路に目を向けた。
住人を失った家もあれば、開けられなくなった店もある。
そんな場所に住もうなんて思う人間は、もの好きか何かしらの目的があるか、そのどちらかだと考えながら。
「いいだろう。住む場所を紹介でもすりゃいいんか?」
「今日着いたばかりでございます。しかも野盗の真似事をするような方の紹介を信用できましょうか。」
クレイは鋭い目つきでタチニを見下ろす。
「はっ。別に要らねぇならいい。なら何をしろってんだ。」
「私が街を見て回りたいの。明日から案内して。」
「案内料は発生するよ。不幸話しで親切にしてやるほどお人よしじゃねぇんでな。」
取れるもは取る、そう思ってタチニは口の端を上げて嗤った。
「貴女の行動には目を瞑る。それでよろしいですか?」
「はっ。それとこれとは別だ。お前の素性も関係無ぇ、ものを頼むんなら払うもんは払いな。」
「では・・・」
クレイは嗤うタチニを見下ろしながら断ろうと思ったが、ミラが手で制したので言葉を止める。
「まだ皆伝に至れぬ奥伝道半ばの未熟者だが・・・」
ミラは剣呑な目をタチニに向け、言いながら鍔に左手の親指をかける。
タチニは恐怖を感じるとその場から離れようと立ち上がったが、直後地面にへたり込んだ。
「なんじゃ、これは・・・」
「余人に剣気を払われるほど弱くはないと思っている。」
怯えるタチニにミラはゆっくりと近付いた。
「ミラ様は得物を手にすると性格が変わる問題児でございます。」
「クレイ、二度目だな。」
満面の笑みで言ったクレイに、ミラはケリウス兵舎での事を思い出し剣呑な目を移して静かに言った。
「おや、そうでしたか?」
「覚えてないならいい。ただし、三度目は言えない様にしておこうか。」
言ってミラは柄に右手を掛けた。
「出来るのならば。しかし、わたくしが居なくて生活が可能でしょうか。」
薄ら嗤いを浮かべクレイがミラと対峙して身構える。
「ちっ・・・」
対峙した隙にその場から走り出したタチニに、ミラは舌打ちすると再び剣気を当てる。
同時に、タチニの行先にクレイが瞬時に移動した。
「お前ら、面倒事は起こすんじゃねぇよ。」
「まだお話しの途中でございます。」
「は、二人でおっぱじめたから終わったのかと思ったわ。」
地面に座り込んだタチニは不貞る様に言うと、そこにミラが近付いて来る。
「気配は覚えた。遠く無ければ察知も容易だが?」
「あたしを脅そうってのかい?」
「金は払う。が、働きに応じた額を私が判断する。それでどうだ?」
「・・・」
ミラの提案にタチニは暫し考え込むと、仕方ないとばかりにミラを睨んだ。
「いいだろう。ただし、何をするにせよ条件がある。」
「なんだ?」
「あたしの配下、若しくは知人あたりで行動してもらうよ。」
「先程の面倒事、それが関係しているのでしょうか?」
クレイの言葉に、タチニは苦虫を噛み潰した様な顔をした。
「この街の治安維持は軍が担当しているが、住民の問題はほとんど放置する役立たず共だ。だが、余所者が問題を起こすとここぞとばかりに介入してきてはふんぞり返る屑だ。」
「何それ?」
既に刀から手を離していたミラが、嫌そうな顔で聞く。
「つまり、わたくし達が問題を起こす事で軍が動く、それを回避したいという事ですね。」
「そうだ。」
「そんなのおかしいじゃん。」
「知るか。余所者の問題から住民を護ってやった、感謝されて当然。ただ飯、ただ酒は当たり前の様に要求する。そんな屑共を街の人間が受け入れたいと思うか?」
「それでさっきの条件って事ね。」
ミラは聞いた内容に頬を膨らませながらも、タチニの言った条件に納得した。
「あぁ。嫌なら自分でなんとかするしかねぇ。街の住人は好んで協力はしねぇだろうよ。」
「わかった。それでいいよ。」
ミラは笑顔で頷いた。
「これでわたくしも、心置きなく住居を探す事が出来ます。」
「今の話しの流れで察してるかも知れねぇが、この街で探すのは苦労するかもしれんぞ。あたしなら伝手がある。紹介料は貰うがな。」
タチニは言って口の端を上げた。
「えぇ、その時はよろしくお願いいたします。」
と、返す様にクレイも笑みを浮かべた。
既にタチニの知人として同意したのだから、その立場は利用できるのではないかと思って。
(本人はそこまで考慮していない様ですが。)
「で、明日からだったか。」
「うん、明日のお昼、この場所に来て。」
「わぁったよ。」
ミラは手を出して、タチニを起き上がらせるとクレイと共にその場を後にした。
「あの戦闘、どこまであたしの範疇として処理されるかが問題だけどな・・・」
タチニは二人の後ろ姿を見ながら、小さく呟くと背を向けて歩き出した。




