一章 姫なのに城を追い出された! 2
「こちらがケリウス兵舎の入り口でございます。」
「思ったより大きいね。」
動力車が余裕ですれ違う事が出来る幅の出入り口をミラは見て言った。
鉄製の門は車輪が付いており、必要時には開け放たれるだろうそれは現在重々しく閉じている。
「では参りましょう。」
クレイはその横にある鉄製の扉を開けながら言う。
「え、あ、こっち?」
「そちらの門を飛び越えたいのであればお止めはしませんが・・・」
「しないわよ!」
呆れた目を向けるクレイを睨みながら、ミラは兵舎の門を潜った。
建屋へ向かいながらミラは周囲を見渡す。
動力車の点検や、重火器の整備をしている兵が目に入ったが、向こうも手を止めると訝し気な表情をしてすぐ作業に戻った。
察しなくても、何故こんなところに小娘が居るのか?
一様にそんな顔だとミラには見えた。
「道中お伝えした様に、ケリウス兵舎はエルディ隊長が管理しております。」
「うん、聞いた。」
「実際に訪ねた後の事については聞いておりませんのでご留意ください。」
「わかってる。」
遠くに見える射撃訓練場らしき場所に目を向けながらミラは相槌を打つ。
「ちなみに管轄はアウレス将軍となりますので、ミラ様もご存知かと。」
「知ってる。何かあればアウレスに言えばいいのね。」
ミラがそう返事をしたところで、兵舎の出入り口に着いた。
クレイは取手に手を掛けたところでミラに笑顔を向ける。
「お言葉ですが、アウレス将軍も陛下に釘を刺されております。ミラ様が何かを言ったところで取り合ってはいただけません。」
「・・・」
その言葉に、ミラはクレイを睨むと開けられた扉を抜け兵舎に入った。
「お前がミラか。」
隊長室に入ると、体格の良い男が鋭い目つきでミラに声を掛けた。
「はい。」
「俺が隊長のエルディだ。まったく、陛下にも困ったもんだな。」
エルディは言うと、不精髭を蓄えた口に煙草を運び銜える。
「本来は訓練を受けた兵が前線に配置される。訓練を受けてすらいない小娘を捩じ込んでくるなんざいい迷惑だ。」
「断れないの?」
火を点けて紫煙を吐きながら鋭い視線をミラに向ける。
「だから迷惑だってんだ。ある程度訓練を受けた兵ならそんな疑問は口にしねぇ。」
「まぁいい、事情は聞いてる。ワエンセウ地方出身でオルベウイの兵に両親を殺された孤児だってな。」
それを聞いたミラは怪訝な顔をクレイに向けたが、クレイは明後日の方向を見ていた。
(こいつ、知ってて顔を逸らしているのね。)
「ワエンセウ地方を取り戻した事を機に、オルベウイへ復讐したいらしいじゃねぇか。その気概と、その辺の兵より出来るからと押し付けられたわけだ。」
「・・・」
ミラは何度かクレイを見たが、一向に目を合わせようとはしなかった。
「そりゃ前線に出れば活躍の場はあるかもしれねぇ。だが軍ってのは統率が重要だ。勝手な行動をすれば話しを持ってきた将軍に付き返すからな、それは念頭に置いておけ。」
「はい。」
言いたい事はいろいろあったが、ここは大人しくしておこうとミラは返事だけする。
「とりあえず今日はどの程度か確認だけしときてぇ。内容によっては明日までに配置が決まるかもしれねぇが、そうじゃないかもしれねぇ。」
「わかりました。」
エルディは返事を聞くと、煙草を灰皿に押し付けて立ち上がる。
「今日いる指揮官は・・・ネーヴェか。あまり・・・いや、いいか。」
独り言の様に言いながら隊長室の扉にエルディは向かう。
「ついて来い。」
部屋を出るエルディにミラとクレイが続いた。
「何の冗談っすか隊長。こんな小娘と遊べなんて。」
「お前より強いかもしれねぇぞ。」
面倒くさそうに言うネーヴェに、エルディは無表情で応えた。
兵舎に入った方とは反対側、裏の練兵場にミラとクレイは連れて来られた。
遅れて数人いる指揮官のうちの一人、ネーヴェが現れる。
ネーヴェは既に木剣を持っており、肩に担いでやる気の無さそうな視線をミラに向けていた。
「私は何で戦えばいいの?」
「腰に立派な曲刀をぶらさげてんじゃねぇか。」
ミラがエルディに確認すると、腰の刀を指差して言った。
「これは使えない。私にも木剣を貸して。」
「しょうがねぇ、お嬢ちゃんには特別に俺のを貸してやるよ。」
エルディではなくネーヴェが応え、担いでいた木剣をミラの方に放り投げた。
「ネーヴェ、やるなら本気でやれ。」
「隊長本気っすか?せっかくの新兵がダメになっちゃいますよ?」
「構わねぇよ。」
エルディが言うと、ネーヴェは口の端を上げて嗤い、腰から帯剣した剣を鞘事外す。
「助けるならいつでもいいぞ?」
エルディは隣で目を細めたクレイに挑発するように笑みを向けた。
「いえ、その必要はございません。世間知らずのミラ様にはちょうどいいでしょう。」
「そうかい。」
笑みを浮かべたクレイにエルディは言うと、視線をミラの方に向ける。
ちょうどミラが木剣を拾ったところだった。
「明日から兵舎に来たいと思えねぇようにしてやるよ。」
ミラが木剣を拾った直後、ネーヴェが間合いを詰めて鞘ごと横薙ぎの一閃。
上半身は後方に逸らしたものの、木剣は中ほどから砕けて先端が舞った。
「もう木剣は無いから、それで頑張りな!」
続けて放つ突きを、ミラは後方に跳んで避ける。
「あいつは協調性が無くてな。他の指揮官が出払って、あいつだけ兵舎に残っている事が多い。」
「問題児という事でしょうか?」
エルディの説明に、クレイは目を離す事無く問いを返す。
「まぁそうなんだが、こんな時はちょうどいい。あいつにやられるくらいなら、うちにゃ要らねぇ。」
「なるほど。」
「が、やり過ぎる前に止めに入る気構えだけしとけよ。」
「それはわたくしと隊長のどちらの事でしょうか?」
エルディはクレイに言ったつもりだったが、当の本人は笑みを浮かべたままそう言った。
その笑みを見て、エルディは戦いに意識を戻す。
「逃げるのは上手いようだが、いつまで動けるかなぁ?」
跳んだミラを追ってネーヴェが追い付くとさらに突きを繰り出す。
身を翻す様に躱すと、突きが横薙ぎに変化。
その時、視界からミラの姿が消えた。
「何!?」
クレイだけがその姿を追っている。
ネーヴェは背中に衝撃が奔ると、地面にうつ伏せで倒された。
拘束から逃げ出そうと思ったが寒気を感じ、動くどころか声すら出せずに硬直する。
「お前の相手は飽きた。」
首筋に刺さった折れた木剣の先に恐怖を感じながら。
ゆっくりと横目で木剣を突きつけるミラを確認すると、その顔は飲み込むような闇をした瞳と無表情だった。
「何が起きた・・・」
「ミラ様の勝ちでよろしいでしょうか?」
エルディが驚きを隠せずに声を出すも、クレイは笑みを浮かべたまま淡々と言う。
「それになんだ、ありゃ・・・殺し屋でもあんな顔はしねぇぞ。」
「お伝えしておらず申し訳ございません。しかし、百聞は一見に如かず、とも申しますし。」
エルディはゆっくりとクレイを見るが、終始態度に変化は無い。
「ミラ様は獲物を手にすると態度が変わる問題児でございます。ネーヴェ様よりも扱いが大変かもしれませんね。」
「ふざけん・・・なよ・・・」
クレイが話した内容にエルディは声音を低くして睨み付ける。
「ちなみに陛下とアウレス将軍から伝言をお預かりしています。返却は不可、でございます。」
「なっ・・・」
「わたくしはミラ様の案内と、この言葉を伝えるために参りました。軍属のエルディ様であれば、取るべき行動は承知かと存じます。明日からミラ様をよろしくお願いいたします。」
笑みを浮かべたままのクレイが初めてエルディに向き直り、言うと深く一礼した。
「くそ!・・・」
エルディはクレイから目を逸らして悪態をつき、問題のミラに目を向ける。
ネーヴェを踏みつけたまま起き上がると、木剣を左手に持ち右手を刀の柄に添えた。
「おい、まさか・・・」
刀身を少し引き抜いたミラは、木剣の先を斜めに切り落とし鞘に戻す。
先の尖った木剣を右手に持ち替えた直後、その手が霞んだ。
耳元で弾けるような音がしたエルディは、ゆっくりと顔を右に動かす。
そこには建屋の壁に突き刺さった木剣があった。
「私の勝ちでいいの?」
エルディが恐る恐るミラに目を向けると、その顔は戦いが始まる前の少女の顔だった。
先程までの面影すら無く。
「あ、あぁ。詳しい話しは、明日するから、また来てくれ。」
「そう。わかった。」
「ミラ様は学生でいらっしゃいます。役務の時間についてはご考慮いただけますでしょうか。」
「わかった。」
エルディは肩の力を抜き、溜息を吐くように漏らした。
「が、あんた何者だ?少なくとも将軍と接点があるようだが?」
「ただの執事でございます。もともとお城に仕える従者でしたが、ミラ様がお一人では不便だろうと、アウレス将軍より補佐するよう仰せつかっただけでございます。」
「なるほど。そういう事にしといてやる。」
エルディはそう言ったものの、実際のところ城に仕えてた従者であり、アウレスと何かしらの付き合いがあったのだろう程度の推測しか出来ていなかった。
ただ、やられっぱなしなのが気に食わない事から出ただけの言葉だったが。