四章 姫なのに敵国に売られた! 4
「そう言えばその燕尾って、新しいんだよね?」
オルベウイの海城都市ツォリアに降り立ったミラは、横を歩くクレイに確認する。
航海中は特に意識もしていなかったが、逆に言えば意識させられる事も無かったと思い。
「はい。そうですが、いかがいたしました?」
「いや、何が変わったんだろうと。」
「ミラ様の目は節穴でございますか?」
「はぁっ!?」
クレイの呆れた目にミラは声を大きくする。
「先ずは袖部分に施された刺繍。これはリデアート大陸に古くより居る民族、ヒョルテ族の伝統的な刺繍模様を模しております。続いて・・・」
「もういい、違うのはわかったから。」
聞いたところで興味が沸かないミラは話しを断ち切った。
そもそも自分が着るわけでもない燕尾服の違いなどどうでも良かったのだが、聞いた事が失敗だったと後悔しながら。
「そうですか。ではオルベウイで購入する時に、オルベウイのも含め改めて違いを説明致します。」
「いや、聞きたくない。」
ミラがきっぱり言うとクレイは硬直した。
普段言われっぱなしのため、してやったと思えたミラは笑みを浮かべて硬直したクレイを放置して先に進む。
ツォリアで二泊して準備を整えたミラとクレイは、動力車に揺られチナナへと向かった。
乗合の大型動力車は、他の乗客も乗っている。
ミラにとって学習旅行で乗った汽車、今回乗った大型船、そして大型動力車とすべて初めての体験だったため新鮮ではあった。
他国、という不安はあったものの、違う国の雰囲気も新鮮であり興味の方が勝っていた。
半日ほど揺られチナナに到着すると、ツォリアで泊まったホテルの系列店に移動する。
系列店という事もあり、ツォリアを発つ前に予約も済んでいた。
部屋に移動した二人は、今後についての話しを始める。
「わたくしは賃貸可能な住宅を探す必要がございます。その間、ミラ様には早速この街の現状を探っていただきたく存じます。」
「見つかってからでも・・・」
「すぐに見つかるとも限りません。遊んでいる暇はありませんので、一先ずは此処を拠点に動いてください。」
「うん。」
住居が見つかってからでもいいかと思ったが、クレイの有無を言わさない態度に素直に頷いた。
「具体的には何をするの?」
クレイは鞄から折りたたまれた紙を取り出す。
「ツォリアで購入したチナナ付近の地図です。周辺の把握や、地図の差異が無いか等、歩き回って確認いただきたく。」
「わかった。でもこの地図って観光用?」
「はい。敢えて観光用にしております。観光部分の書き込みは良いですが、それ以外は頭の中に留めておいてください。」
「見られても困らないようにって事ね。」
「仰る通りでございます。」
クレイは頷くと、もう一枚の地図を取り出す。
「こちらは通常の地図です。二人とも戻った後、夜にでも確認した内容を整合致しましょう。」
「わかったわ。」
続いてクレイは、通常の地図の右端を指差す。
「此処が国境でございます。」
南北に伸びる線の外側は何も描いていない。国の名前すら。
「まるでそこが世界の果ての様ね。」
「はい。そもそも国境を越える事が出来ないため、描く必要もないのかと。」
「言われてみればそうね。」
「以前もお伝えしましたが、この先はラミュー地方となります。」
「うん。」
何も描かれていない国境の外側に置くクレイの指を見て頷く。
「この地域にあるマリドエ兵舎の兵が、確認出来ている情報によれば・・・」
クレイはチナナ方面に指を這わせる。
「国境の砦の背後に大きな砦が一つ。南北に中規模の砦が一つずつ。中央の砦の背後には、軍事基地らしきものが確認されております。」
「そこから更に西に進むとこの街なのね。」
「はい。」
「最終的には各砦の規模や兵の数、稼働状況や国境付近の哨戒規模等を調査致します。」
「最終的には?」
クレイの言い回しが気になり、ミラは疑問を口にする。
「ある程度街に馴染んでからでないと、怪しまれるかと。もちろん、街の人が基地近くを彷徨くかと言われればわかりません。それを含め外側から確認していく必要がございます。」
「そうか。現時点で私たちは余所者だからね。」
「仰る通りでございます。」
「うん、明日からの方針はわかった。」
「それとミラ様、明日からの資金でございます。」
クレイはいくらかのお金を取り出すとミラに渡した。
「え、いいの?」
「ミラ様であれば、もうご自身で管理できると信じております。」
「クレイ・・・」
優しい笑みを浮かべるクレイに、ミラも表情を緩めた。
「何より明日からは別行動、空腹で何か事を起こされても困りますので。」
「・・・」
いつの間にか満面の笑みになったクレイをミラは睨んだ。
(一瞬でもクレイに気を許した私がバカだったわ。)
「最後に、この国で元素変換は使用禁止でございます。」
「うん、わかってる。」
ミラがあっさりと返事をした事に、クレイは訝し気な目を向けた。
「あのね。魔法使いは幾度も見たけど、これ使えるのうちの家系しか見た事がないの。それを敵国で使う程抜けてないわよ。」
クレイにわかってると言った理由を説明すると、そのクレイは片膝を付いて跪き、天を仰いで両手を胸の前で組み合わせた。
「バカにしてるでしょ・・・」
「とんでもございません!ミラ様が眩しすぎて目も開けられぬほどでございます。」
「見てるの天井じゃん!」
ミラは机の上にあった地図を投げつける。
が、クレイは地図が当たっても姿勢を変えず天を仰いだままだった。
「なんと神々しいお姿でしょうか。」
「それより、お腹空いた。そろそろ晩ご飯の時間よね?」
クレイは立ち上がるとミラに頭を下げる。
「失礼いたしました。もうそんな時間だったとは、放心のあまり配慮できておりませんでした。」
「黙れ・・・」
ミラは半眼をクレイに向ける。
「せっかくですので、散歩がてら外食はいかがでしょう?」
が、何事も無かったかの様に、いつもの笑みを向けてクレイは提案する。
「うん、楽しそう。」
「やってないじゃん・・・」
「休店ではなく、閉店でございますね。」
ミラが観光案内に記載があったお勧めの食事処に行きたいと言い、来てはみたが定休日等ではなく完全に閉店した建屋があった。
埃や硝子の汚れ具合から見ても、直近で閉店したのではない事が容易に見てとれる。
「次、行ってみる?」
「はい。食事の場所は押さえておく必要がございます。この場での活動の意欲を維持するためにも、食は重要でございます。」
「確かに。美味しいものを食べたらそれだけで気分が良いし。」
(むしろそれが無かったら滞在は苦痛になる気がする。)
ミラはそんな事を考えながら、観光案内を見て次の店を探した。
「なんでよ・・・」
「ふむ。」
次のお勧め店に移動しては来たが、同様に閉店していた。
こちらも長らく開けていない様子が見てとれる。
「おそらくですが・・・」
考えていたクレイが、顎に指を当てたまま口を開く。
「うん?」
「軍事基地から先は国境があるのみ。街としては最東端に位置する形になります。軍事基地からは多少距離があるため、エルテスニア同様に食事は基地で提供されているのでしょう。」
「だから?」
「主だった観光名所でもなければ、訪れる人が少ないのではないでしょうか。」
「この辺に旅行者が食べるような店は無いぞ。」
ミラとクレイが観光案内を確認していると、通りかかった老婆が胡散臭そうに見ながら二人に言う。
「え?」
「ご忠告痛み入ります。ツォリアから移動して来たばかりで勝手がわからず、よろしければご教示いただけないでしょうか?」
「ふん・・・」
老婆はクレイの言葉を無視して、ミラが持っていた観光案内を奪い取った。
「ちょっと!」
ミラが抗議の声を上げるも、老婆は気にせず観光案内を見る。
一通り眺めると渋い顔をした。
「こんな何年も前の紙屑なんぞ、役にも立たんわ。」
言って老婆は観光案内をミラに突き返す。
「何年も前?」
ミラが疑問を口にすると、老婆はミラに細めた目を向けた。
「ツォリアの観光協会が発行しているもんだ。だが、あいつらは人が多く訪れる場所にしか力を入れん。もう更新する気は無ぇって事よ。」
老婆は面白く無さそうに吐き捨てた。
「そうなんだ。」
「結果は身を以て知ったろうが。それが現実なんだよ。」
「困りましたね。何処か食事が出来る場所を教えていただけると助かるのですが。」
老婆はクレイを一瞥しただけですぐに興味が無さそうに視線を外した。
「この辺じゃもう一軒だけだな。観光客向けじゃねぇが、あたしの名前を出せば出してくれんだろ。多分な。駄目だったら諦めな。」
「それは助かります。」
老婆はもう一度観光案内を取ると、指で場所を示した。
ミラはその場所に慌てて印を付ける。
「この寺院は?」
印を付けたついでに、近くに記されてあった寺院をミラが指差す。
心身の疲れを癒す寺院、旅で疲れた気持ちを落ち着けませんか?
と、そこには書いてあった。
「目の付け所は悪くねぇ。この街で昔から、今も変わらず在る場所だからな。」
老婆は言うと、背を向ける。
「あ・・・」
「タチニだ。」
「ありがとう!」
ミラが声を上げるも、老婆は振り返ることなく去って行った。
「早速向かいますか?」
「うん、かなりお腹空いたし。」
「火事じゃないよね。」
目的地に着くと、それらしい建屋の排気口らしきところから煙が出ている。
「匂いからして、肉を焼いているかと思われます。」
「だよね。お腹がきゅうってなる。」
ミラは迷わず建物に近付くと、引き戸を開けた。
カウンターの向こうから煙が立ち昇り、その煙の奥から老人が顔を覗かせ渋い顔をする。
「うちは観光客の相手はしてねぇ。けぇりな。」
ミラとクレイの装いを見た老人はそれだけ言うと、焼く作業に戻った。
店内に居る客もミラとクレイに視線を集めたが、老人が言うと興味を失った様に元に戻って行く。
「タチニさんから言われたの!」
焼く音や店内の喧騒に負けずと、ミラが大きめに言うと老人が睨む。
逡巡の後、空いてる席を顎で示した。
「座れって事よね?」
「おそらくはそうでしょう。」
老人の仕草をクレイに確認したミラは、示された席に着く。
「メニューが無いね。」
「一応、壁にそれらしきものが貼ってはありますが、見た事がないですね。」
「あ、ほんとだ。」
どんな料理か想像もつかず、ミラは一通り見ると老人に確認しようと目を向ける。
同時に、カウンターの向こうから二つのどんぶりを持った老人がミラとクレイの前に来て、そのどんぶりを置いた。
「今日出せんのはこれだ。文句があんなら金は要らんからけぇれ。」
続いてスープが入ったお椀を持ってきて置いた。
「お肉の下のこれって、お米?」
「はい。エルテスニアでは一部の地域を除いては、滅多にお目に掛かれません。」
「うん。お城に居た時、何度か食べた事はあるけれど美味しいよね。」
ミラは言うと、添えられている匙で口に放り込んだ。
「これは・・・」
クレイも一口食べ、驚きを漏らす。
「すっごい美味しい。焼いた風味も、味付けも食べた事がない。」
「えぇ、美味でございます。」
ミラとクレイは平らげると、老人のもとへ向かった。
「凄い美味しかった。おいくら?」
「2000だ。」
「なるほど。あの香ばしさと肉の柔らかさは炭火で焼いていたのでございますね。」
クレイが代金を置きながら、厨房の中を覗き込んで言った。
「食ったらとっととけぇれ。」
「明日以降も来ていい?」
「明日移行も、だと!?」
老人は眉を片方吊り上げてミラを睨んだ。
「だって、凄い美味しかったから。」
「好きにしろ・・・」
老人は顔を逸らすとそれだけ言って焼く作業に戻る。
「ありがとう!」
ミラが嬉しそうに出口に向かうと、クレイはそれ以上何も言いそうにない老人に一礼だけして後に続いた。
「ミラ様。」
「うん。七人・・・八人かな。」
ホテルまでの帰り道、あの店からさほど距離も離れていない人気の無い路地。
ミラとクレイは表情を変えずに周囲の気配を探った。
「メレンゼの子供の様に甘くはなさそうでございます。」
「あぁ。殺気を隠してもないな。」
ミラは柄尻に左の掌を乗せると、目を細めて口の端を上げた。




