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四章 姫なのに敵国に売られた! 3

「風が気持ちいい・・・」

海原を進む船の甲板でミラは遠くに目を向けていた。

後ろを見ても、自国であるエルテスニアの地はもう見えない。


もう見えない町にいた二人の少年を思い出す。

二人の少年は、買い与えた鶏肉のバゲットサンドを貪るように食べていた。

食べながら涙を浮かべた二人の顔が、脳裏に焼き付いたような気がする。

それはこの国の一端であり現状だと思えば、風化させずに留めておかなければと思わされた。

ありがとう、ごめんなさいを素直に言って帰って行った二人。

本来であれば、それが当たり前の生活を望んでいるのかもしれない。


その生活が当たり前になる国になれるだろうか。

そのために、自分は何が出来るのだろうか。

ミラは船の進む先へ視線を向け、靡く髪も気にせずに考えていた。


「落ちたら終わりでございますね。」

「びっくり・・・」

いつの間にか隣に居たクレイが、海原に視線を落とし静かに言った。

「私が落ちたら助けてくれるんでしょ?」

「申し訳ございません。わたくし、泳げませんのでお助けする事は出来かねます。」

「嘘つけ・・・」

「ミラ様なら、生へ執着する亡者の如く這いあがってくると信じております。」

「私の事をなんだと思ってるの、よ!」


ミラの蹴りを範囲外へ避け、何事も無かったかの様に笑みを浮かべる。

「あ、その際は船を壊さないようお願いいたします。」

「しないって・・・」

ミラは半眼を向けて別の事を口にした。

「ホテルは予約したとは聞いたけど、入国も問題ないのよね?」

「はい。王国発行の偽造身分証を用意いただいておりますので問題ございません。」

「王国発行の偽造身分証って・・・違和感しかない。」

ミラは溜息を吐くように言った。

本来であれば、王国の国民であり、国民である事を王国側が保証するための証だからだ。


「ですが、偽らない方が問題でございます。」

「なんでよ。」

「姫という立場で訪れれば、公務として扱われる可能性がございます。その場合、ノフェンを有するネイクエット王国とエルテスニア王国で訪問日や訪問目的を、事前に協議する必要があるかと思われます。」

「うえ、面倒・・・」

「旅行目的だったとしても扱う側もそれ相応の対応になってしまいます。」

ミラは小さく溜息を吐くとクレイに目を向ける。

「私たちはこっそり渡航する必要があるから、仕方ないって事ね。」

「仰る通りでございます。」


どちらにしろ、城を追い出された身としては身分を隠す事に変わりは無い。

ミラはそう思うと進路の先に目を向けた後、海原に視線を落とした。

エルテスニア国の姫だと知れてしまえば、それはそれで面倒事になる可能性は高い。

戻れるまでは、学生として、兵士として、この海原の様に世の中を揺蕩うしかないのだろうと。

「ミラ様。撒き餌はご遠慮ください。この高さですと船の側面が汚れる可能性がございます。」

海面に視線を落とすミラに、クレイは冷めた目で言う。

「酔ってないわよ!」






「凄い壁・・・」

ノフェンの港に降り立ったミラは、港と内陸を遮る高い壁に感嘆した。

港自体、メレンゼとは比べものにならない程大きく横に長い。

その港全域を壁が遮っているのだから、世界の果てかと思わされるほどだった。

「リデアート大陸内の他の港、他の大陸への玄関口として存在するノフェンはかなり大きな港となっております。自国の安全のため、隔離しているのだとか。」

ミラはクレイの説明を聞いて首を傾げる。

「自国の安全?」

「他の大陸との玄関口です。正規に入国する人ばかりではないという事ですね。リデアート大陸は断崖が多く、港以外から上陸するのは困難な地形をしています。幾つか点在する港も、念のため壁で隔絶され入国審査が必要なようです。」

クレイが話した内容にミラは納得した様に頷いた。

「へぇ、そうなのね。よく知っているね。」

「お言葉ですがミラ様。」

「・・・」

条件反射の如く、その言葉にミラは顔を背けた。

「地理の教材に書いてあった事を申したまでです。」

「そこまでまだ習ってない!」

と言ってクレイの方は見ずに頬を膨らませた。

「向かう先の情勢、情報、地理、歴史等を事前に把握するのは常でございます。それに、依頼を受けているのはミラ様です、ご自覚ください。」

「わかった。」

クレイの真面目な表情に、ミラも渋々頷いた。


「じゃ、オルベウイの情報は?」

門に向かって歩きながらミラは、この後に向かう敵国について聞いた。

また何か言われるかもしれない、と思ったが知ろうとしない事の方が嫌だと思って。

「侵略敵の情報など、敵以外の情報はございません。」

「え・・・」

ミラがクレイを見ると笑みを浮かべていた。

その笑みに疲労感が込み上げる。

「お考え下さい。侵略してきた相手の情報を淡々と記載すると思われますか?被害者として誇張し、被害内容にばかり焦点を当て、敵国を貶める様な内容を記載する。という可能性もございます。」

クレイの言葉に、ミラは考え込む様に腕を組む。


歴史や情勢を第三者が客観的に記したもの。

確かにクレイの言う通りそんなものは存在しないのかもしれない。

であれば、自国に都合よく書いていても不思議ではない。

と、ミラは思った。

「つまり、クレイも知らないって事ね。」

クレイが驚きの表情で固まった。

「何よ?」

「仰る通りでございますが、その先まで考慮して返す言葉、ミラ様の成長にわたくし感涙を抑えきれません。」

「いや笑ってるじゃん・・・」


「ただ、エルテスニアでは情報が無くとも、この地にはもう少し偏りのない情報があるのではと思っております。」

目前に迫った門の先、ノフェンの街並みにクレイは目を向けて言った。

「そういう事ね。オルベウイの情報もノフェンで確認するんだ。」

「はい。では、参りましょう。」

「うん。」





ホテルに荷物を置いたミラとクレイは、まず服の新調に向かった。

「どうクレイ?」

「ミラ様は何を着てもよくお似合いです。」

「興味無いんでしょ・・・」

笑みを浮かべたまま淡々と言うクレイに、ミラは冷めた目を向けた。

「その様な事はございません。」

「そう。」

「ただ、本番はオルベウイに渡ってからでございます。」

「わかってる。ほどほどにしろって事ね。」

「はい。お察しいただき感謝いたします。」

ミラは試着室の幕を閉めてふと思った。

城の自室に置いて来た数十着の服は、今頃どうなっているのだろうかと。

(処分されていても文句は言えないよね、もう・・・)


「これと、二番目に着たやつにする。クレイはいいわね、燕尾だから変えなくていいんでしょ?」

「お言葉ですがミラ様。」

「あぁはいはい。変えるのね。」

クレイからいつもの言葉が出ると、聞きたくないとばかりに買わない服を戻そうと移動する。

「生地、構成、刺繍等が異なります。燕尾といえ、エルテスニアのものを着ていく事はできません。」

「いや、わかったから、着いてこなくていいって。」

離れようとしたのに、着いてきてまで説明するクレイに呆れた目を向ける。

「どうせもう頼んでいるんでしょ。」

「はい。明日の夕方には出来上がる予定でございます。」

「あ、買ったんじゃないんだ。」

「仕立てに時間を要します。これでも無理を言って早めてもらった次第でございます。」


「この後は夕食?」

店を出ると、ミラは今後の予定について確認する。

「はい。本日の予定は以上となります。旅の疲れもあるかと存じますので、本格的に動くのは明日からに致しましょう。」

「うん、わかった。」





「クレイ。ノフェンから少し離れたところに、温泉というものがあるみたい。ちょっと行ってみない?」

翌日、朝からノフェンが運営する図書館に二人は来ていた。

ミラが冊子を持ってクレイに見せつける。

「ミラ様。何故観光案内を見ていらっしゃるのでしょうか?」

満面の笑みを浮かべるクレイから、ミラは顔を逸らした。

「え、ちょっとした、息抜きよ。」

「わたくしの記憶違いでなければ、先程この図書館に入ったばかりと記憶しておりますが。」

「・・・」

目を逸らすミラに、クレイは積み上げた本をぽんっと叩くように手を乗せた。

「少なくとも、本日はこれくらい目を通していただきます。」

「うぇ・・・」

積み上がった本を横目で見ながら、ミラは嫌そうな顔をする。

「言うは易し成すは難し、というところでしょうか?」

「それくらい見るわよ!」

ミラは一番上の本を奪う様に取ると、勢いよく椅子に座って机に本を広げた。


「あの、もうすぐ閉館時間となります。片付けて退館いただけますか?」

クレイが読みふけっていると、司書が申し訳なさそうに声を掛けた。

「おや、もうそんな時間でしたか。大変失礼致しました。」

時間を確認したクレイは、立ち上がり司書に頭を下げる。

「よかったら、お手伝いしましょうか?」

何十冊と積み上がった本を見て、司書がクレイに申し出る。

「お心遣い痛み入ります。時間前には片付けて退館いたしますので、お気持ちだけいただいておきます。」

「わかりました、お願いします。」

「はい。」

クレイは笑顔で司書を見送ると、広げていた本を閉じると大きく弧を描くように動かし、積んである本の一番上に置いた。

「ふぁっ!・・・」

「おや、手が滑ってしまいました。」


「ミラ様、おはようございます。」

「ね、寝てない!」

ミラは慌てて本に目を戻す。

「閉館の時間でございます、片付けますのでお手伝いください。」

「あ、もうそんな時間なのね。」

ミラは本を閉じてクレイに目を向ける。

「それより、本で小突いたわよね?」

「主に対しその様な暴挙、するはずがございません。」

「手が滑ったって聞こえたわよ。」

「夢でも見ていたのでございましょう。」

嗤うクレイに無言で蹴りを放ったが、本を持ち上げながら何事も無くクレイは躱して移動していった。

(いつか当ててやる・・・)


「ミラ様。わたくし仕上がった服を引き取りに行きますので、先にお戻りください。」

図書館を出ると、クレイがホテルとは違う方向に身体を向けて言う。

「え、だったら私も行くよ。」

「承知致しました。」





「え、高っ・・・」

クレイが服を引き取り、支払った額を見てミラが驚きを漏らす。

「燕尾とはこのくらい必要なのでございます。まぁ、わたくしの懐は一切痛みませんので、問題ございません。」

「はぁ・・・」

満面の笑みを浮かべるクレイに、ミラは呆れて溜息だけ吐いた。


「これで準備完了でございます。明日の昼の便で出航予定となります。」

店を出て、ホテルに向かいながらクレイが予定について口にした。

「エルテスニアから着て来た服はどうするの?持ち歩きたくないんだけど。」

今はまだいいが、オルベウイで服を買うとかなり嵩張るなと思い、ミラは嫌な顔をする。

「明日、出向前に運送会社に依頼してエルテスニアへ送付致します。」

「良かった。って、家に送っても誰もいないじゃない。」

その言葉に、クレイは口の端を上げた。

「問題ございません。宛先はケリウス兵舎で、エルディ様に受け取っていただく予定です。」

「押し付けたんでしょ・・・」

クレイの嗤う顔を見て、ミラは半眼を向けた。

「いえいえ、丁重にお願いしたら快く引き受けてくださいました。」

「嘘つけ・・・」

変わらぬ笑みに、確認しようが無い以上不毛だと思うと、ミラは突っ込むのを止めた。





翌日、運送会社に荷物の運搬を依頼したミラとクレイは、港に到着して乗船する船を見上げる。

「結局、温泉行かせてくれなかった。」

「寄り道する時間はございません。」

不満を漏らすミラに、クレイは淡々と返す。

「わかってるよ。」

「ですが、任務が終わった後の帰路では観光するくらいの余裕はあるかと存じます。」

残念そうにしていたミラは、その言葉に明るさを取り戻した顔でクレイ見る。

「ほんと!?」

「えぇ。生きて帰れれば。」

「一言余計!」

蹴りを放とうとしたが、クレイはすでに桟橋に向かって歩き出していた。



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