四章 姫なのに敵国に売られた! 2
「大きい・・・」
ミラとクレイはエルテスニア王国の北方に位置するモンサエル地方に来ていた。
リデアート大陸に渡るための港町、メレンゼがこの地方にあるため。
港に停泊する大きな船を見ながら、ミラは感嘆する。
「わたくしもあの大きさの船に乗るのは初めてでございます。」
「私は見るのも初めてよ。」
言ってミラは停泊する数々の船に目を向ける。
ある程度隆起した土地に作られたメレンゼは、海面が町よりも低く、港へ向かう道は緩やかな下り坂になっていた。
町から見下ろす様な景色も、ミラの心を躍らせた。
「個人的に小さい船での移動も、煩わしくなくていいかなと思うけど。」
「小さい船は主に漁で使います。」
「移動には使わないの?」
「考えてもみてください。」
ふと思った疑問に返って来た言葉に、ミラはクレイを見ると笑みを浮かべていた。
「漁をするのは主に個人です。漁獲し、獲物を積んで帰ってくる容量しかなく、遠出する程の物資は積めません。それに、大きな波や強い風に煽られれば転覆する可能性も高く航海には向いていません。」
「そうなんだ。」
「どれに乗るの?」
ミラは港に停泊しているいくつかの大きい船を見る。
「右手に停泊している一番大きい船でございます。乗船券は将軍に手配いただいておりますので、この後わたくしが回収してまいります。」
「そう、お願い。」
「では、今夜の宿泊施設にご案内します。」
「うん。」
路上で止まり、港を見ていたミラは歩き出すクレイに続いた。
「そう言えばあの船、帆があるね。あれで風を受けて走る帆船ね。」
一応知識として持っていたミラは、船の帆柱が目に入った事で口にした。
が、クレイが足を止め満面の笑みを向けて来る。
「・・・」
「お言葉ですがミラ様。」
「待って、考える!」
その態度にミラは慌てて手を出して制する。
「そう、風が無くても進めるのよね。」
考えたが、その構造まで想像が付かなかった。
「帆船が風を無くしてどうして進めるのでしょうか?」
「・・・そう、よね。」
自分で口にした事を後悔しながら、見下す様に笑うクレイの様子を窺がった。
「そもそも動力車や汽車といった乗り物があるのに、どうして船には無いとお考えでしょうか?」
「言われてみれば。じゃ、あの帆は飾りなの?」
「あれが飾りであれば重量がある分無駄です。あくまで補助とお考え下さい。」
「補助?」
クレイの説明にミラは首を傾げる。
「走っている時に、追い風が背中に当たったらどうでしょうか?」
その言葉を聞いてミラははっとした。
「楽!」
「動力で推進を得るにしても、水にも抵抗があります。追い風ならば帆で受けて推進力を補助する事も可能でしょう。」
「なるほど。」
ミラが納得したところでクレイは再び歩を進める。
「いつ出発なの?」
「明日の昼頃の予定です。」
「長いこと停泊するのね・・・」
ふと思った疑問を口にしただけなのだが、クレイがまた笑みを向けてきた事にいい気はしなかった。
「運んでいるのは人だけではございません。むしろ人はついでです。」
「そっか、荷物の積み下ろしがあるのね。」
「仰る通りです。また、航海はノフェンであれば早くても二日程要します。その間乗組員や乗客の食料、必需品等も準備が必要なためどうしても停泊時間は長くなります。」
「そっか。海の上じゃ行き場所がないものね。」
言われてみればそうかと、ミラは一人頷きながら零した。
「こちらが今夜の宿泊施設でございます。」
暫し、町の景色を見ながら歩いていると目的の建物に到着する。
五階建てで横長の建物は、比較対象が無く壮観だった。
「凄い。」
「客室からは街並みから港まで一望できるそうですよ。」
「私でも、外で生活したからなんとなくわかる。これ、かなり贅沢よね?」
「わたくし、ミラ様の成長を感じる事ができ胸がいっぱいでございます!」
「黙れ・・・」
胸に手を当て、恍惚とした表情のクレイに冷めた目を向ける。
「問題ございません、宿泊費の支払いはわたくしではございませんので。」
「おぃ・・・」
満面の笑みを浮かべるクレイにミラは呆れた。
「わたくしとしては野宿でも良かったのですが・・・」
「極端過ぎ。」
クレイは王城の方に目を向け微笑む。
「アレウス将軍が、敵地に向かうミラ様へせめてもの手向けと仰っておりました。」
「嘘くさい・・・」
「さ、ミラ様。早速参りましょう。」
(どちらかと言えば、クレイが将軍に言わせたような気がしてならない。)
揚々として歩き始めるクレイを見て、そんな事を思いながらミラは刀の柄尻に左手を乗せた。
「ところでクレイ、気付いているか?」
「はい、もちろんでございます。」
「害意はなさそうだが・・・」
「見目麗しいミラ様が気になって仕方ないのでございましょう。」
楽し気に嗤い言うクレイにミラは剣呑な目を向ける。
「斬られたいのか?」
「何故でしょう?お相手の方は何を考えていらっしゃるかわかり兼ねますが、本当の事を言っただけでございます。」
「・・・」
「お止めください。」
左手を鞘に移動させ、親指を鍔に掛けようとしたところでクレイが小さく発した。
「相手に警戒されては困ります。建屋に入るまでは普通を装った方がよろしいかと存じます。」
「何故?それで諦めるかもしれないのに。」
クレイを見て言うと、笑みを浮かべたままだったが目だけが笑っていなかった。
「ミラ様。この国で起こる事はお受入れください。外に出たのは何のためでしょうか?」
「そうね。」
ミラは目を瞑ると頷く。
(出たんじゃなく追い出されたんだけど。)
「望む望まないにかかわらず、ミラ様は現国王のご息女です。戻った時、外での経験は決して無駄にはならないと信じております。」
「うん、わかった。」
ミラは笑顔をクレイに向けて頷いた。
クレイの目は、普段の笑みで見せるものとは違って真面目に見えたから。
「夕食は外食といたしましょう。」
部屋に荷物を置くと、クレイが早速出かける支度を始めた。
「此処でいいじゃない?」
「申し訳ございません。朝食は予約しておりますが、夕食に関しては不要とお伝えしております。」
「えぇ、なんで?」
出かけるのが面倒だと思ったが、渋々準備を始める。
「自由に町の中を見て回り、食べたいものを食べられる。と、考えてはどうでしょうか?今は可能ですが、立場が立場になると行動に制限があり、周囲からの見られ方も変わります。」
「そう、だね。」
クレイの言葉を考えていたミラは、施設の出口へ移動しながら口を開く。
「学習旅行と同じで、姫という立場で行動する時、自分勝手に行動すれば周りに迷惑を掛ける事になるのよね。」
言ってクレイを見上げたが、そこには誰も居なかった。
「・・・」
後ろに視線を動かすと、硬直して微動だにしないクレイが視界に入る。
「あ、失礼致しました。あまりの出来事にわたくし、衝撃を受け一瞬思考が停止していた様でございます。」
「本当に失礼だからね。」
「あの傍若無人だったミラ様の成長を間近で感じられるとは幸甚の至りでございます。」
「茶番はいい・・・」
目頭を押さえるクレイに冷めた目を向けてミラは歩き出す。
「それと、先程の件も今日中に片を付けたく思います。」
「そうね。」
いつの間にか何事も無かった様に隣を歩くクレイに呆れながらも、クレイの言った件についてはミラもどうにかしたいと思った。
施設を出てお店が立ち並ぶ区画に向かっていると、ミラは気配を感じ警戒する。
「ミラ様。ここは手を出さず見守りましょう。」
「わかった。」
小声で言うクレイに、何かあるだろうと思いミラは頷く。
少しして、歩いているところに後ろから誰かがぶつかってくる。
ミラを通り過ぎ転んだのは少年だった。
「ご、ごめんなさい。友達と追いかけっこをしていて、前を見てなかったです。」
その少年は起き上がると、慌ただしく言ってミラに頭を下げた。
「あの、僕からもごめんなさい。」
そこへ後から来た同じ年頃の少年も並んで頭を下げる。
「怪我をする危険もございます。遊ぶ時は注意いただけますか。」
「は、はい。」
クレイが睨んで言うと、少年二人は委縮した様に返事をした。
「まぁいいわ。私は大丈夫だから、行っていいよ。」
少年二人はもう一度頭を下げると、走って去って行った。
「さてミラ様。」
「ご飯ね。」
「ミラ様がそう仰るのであれば構いませんが、本当によろしいのですか?」
「何よ?」
「敢えて泳がせた意味がございません。それと、巾着はよろしいので?」
「え・・・あ!私のポーチ!」
ミラは腰に下げていたポーチが無くなっている事に初めて気付いて声を上げた。
「知ってたの?」
「知っていた、が何についてなのかわかりませんが、彼らの行動であれば想定でしかありません。間抜けにも盗まれた事であれば気付いておりましたが。」
と言ってクレイはミラを見下ろして嗤った。
「誰が間抜けよ!」
「はて、何の事でしょう。」
クレイはミラの蹴りの範囲から逃れ首を傾げてみせる。
「追うよ!」
「はい。」
「へへ、あいつら金持ちそうだったからな。」
「だな。」
少年二人は離れた場所まで移動すると、ポーチの中身を確認する。
「何も入ってねぇ・・・」
「くそ。身形もいいし、あの場所に泊まるから絶対持ってると思ったのに。」
言って少年はポーチを近くの家の壁に投げつけた。
ポーチが壁に当たる直前、人の手によって掴まれ衝突が避けられる。
「あ・・・」
「私にとっては大切なものなの。止めて欲しいな。」
ミラは言って悲しそうな目を二人の少年に向けた。
(お城を出る時に持ってきたお気に入りなの。)
「なんで、ここが・・・」
「逃げるぞ!」
疑問の答えも待たず、少年二人は走り出した。
だが、目の前に現れたクレイに急停止する。
「わたくしから逃げる事は不可能でございます。」
二人は反対方向へ逃げようと振り向いたが、そこには抜刀したミラが居た。
ミラが刀の剣先を二人に突き出すと、尻もちをついて涙を浮かべ始める。
「盗まれた相手が激高して殺しに来るって考えた事はあるか?」
「・・・」
「逃げれるから大丈夫?でも、私からは逃げられてないよな。」
ミラの追及に、一人の少年が立ち上がって正面から睨みつけた。
「説教は聞かねぇ!殺すなら殺せ!やらなくていいならやってねぇんだよ!」
ミラは向けていた刀を納刀する。
「悪いけど、あなたたちの現状を変える事は、今の私には出来ない。」
「はっ?今じゃなきゃ出来るような言い方だな。」
哀し気な目を向けるミラを、少年は見据えて言う。
現状の憤りの矛先を何処に向けていいのかわからず、目の前の少女に向けるしかない様に。
「私も家を追い出されているの。だから出来るかもわからない。クレイが居なかったら、私だって何も出来ない。」
ミラは言ってクレイに目を向ける。
「今できるのは、あなたたちに今夜のご飯を食べさせる事くらいかな。」
「ミラ様が仰るのであれば、わたくしは構いません。」
と言ったクレイは嗤っていた。
(はいはい、どうせ自分の金じゃないからとか、私の分が抜きになるとかでしょ。)
「飯を貰ったからと言って、盗みは止めねぇからな。」
「いるの?いらないの?」
少年の言葉を無視してミラは言う、その問答に答えは出ないと思って。
「施しは受けねぇ。と言いたいけど、貰えるなら貰う。腹、減ってるし。」
目を逸らして言う少年に、ミラは少しだけ表情を緩めた。
「そう。なら着いてきて。」
クレイが先導しミラが歩き始めると、二人の少年は多少距離を取りつつその後に続いた。
「これが見せたかったの?」
「見聞は広い方がいいでしょう。」
隣を歩くクレイに、ミラは周囲を見渡しながら聞いた。
港へ続く道や商店街、住宅街、市場といった場所と違い活気はない。
建物も老朽化が進み、廃屋に見える建屋もあった。
「そうね。何故こんなに違うの?」
町の中心部から離れる程、顕著に出る状況が何か、ミラにはわからなかった。
「此処に住む人は昔から個人で漁を行っていた人が大半です。老齢化や跡継ぎ問題等、理由は様々ですが一番は大手の漁業に飲み込まれたのが原因ではないかと思います。」
「どういう事?」
「企業として行えば人手も居ますし、何より船の質が変わります。」
「お金をかければ良い船が使えて、漁に出れる人も多いという事?」
「はい。そのため、此処に住む人に訪れるのは悪循環。その環境が彼らを生み出しているのでしょう。」
クレイはそう言うと、後ろを歩く少年二人に目線だけ動かした。
「生活困窮者は此処だけの問題ではありません。イーフェイヴでもご覧になったと思いますが、エルテスニアの各地にも多くいます。」
「放置しているわけじゃないのよね?」
国がこの現状を捨て置いているのか、ミラは若干の不安を持ってクレイを見る。
「わたくしにはわかり兼ねます。ですが、ミラ様にとっては今後直面する問題であり、避けて通る事は出来ないかと存じます。」
「うん。」
「だからこそ、今は存分にお悩みください。」
「・・・」
満面の笑みで言うクレイに目を細める。
(私が苦悩するのを楽しみにしているのかわからないけど。)
ただ、態度はどうあれ言っている事は導いてくれている様だと感じ、今は素直に受け取っておこうと思えた。




