三章 姫なのに集団行動させられた! 3
ミラがクレイを見ると、その手には襟を掴まれた男が引き摺られていた。
「この方を含め三人には眠っていただきました。」
言ってクレイが襟を離すと、鈍い音を立てて路面に激突した。
「もう終わりでいい?」
力の差がわかればもう手出しはしてこないだろうと思ったが、男は構わずにミラに向かって短剣を突き出した。
短剣を持っている右手の肘の内側に左手を添え、握った拳は右手で上から掴んで押し上げる。
剣先が額に触れたところで男は止まり、硬直した。
「無駄だってわかってるでしょ。」
「俺らに何かあればリィズが黙ってねぇ。」
「リィズって誰?」
「話す必要はねぇな。どうせ舐められた時点でケリ付けられなきゃ、俺らもただじゃ済まねぇし。」
「つまり、この短剣がゆっくり刺さっていこうが何も話さないって事?」
言ってミラはゆっくりと力を籠める。
額に剣先が食い込み、痛みで歪む顔を血が滴っていく。
だが男は、そんな事よりも自分よりも小さい少女の力に抗えない事に驚きを感じていた。
「私たち、明後日には国に帰るの。それまで関わらないで欲しい。」
「今更無理だ。他国の奴に舐められたんなら尚更な。」
ミラは更に短剣を押し付けたが、男は痛みに耐えながらも笑みを浮かべるだけで何も話さなかった。
「ミラ様、そろそろお戻りになった方がよろしいかと存じます。」
「でも・・・」
「本分を見誤られない様に。長時間の不在は先生やご学友に迷惑が掛かります。集団行動である事をご自覚ください。」
ミラは男から手を離すと、クレイに向き直る。
「そうね。後はお願い。」
「はい。お任せください。」
クレイが言い終わる前に、ミラは走り去って行った。
「では僭越ながら、続きはわたくしの方で対応致します。」
「お前、何者だ。」
「ただの執事でございます。」
「ふざけんな!俺も含め戦闘訓練も受けてんだぞ、待機していた三人が何も出来ずに執事如きにやられるか!」
クレイはゆっくりと近付き口の端を吊り上げた。
「執事如きにやられたという事は、その程度だったという事でございます。」
「そんなわけあるかっ!」
男は解放された右手に握ったままの短剣を、今度はクレイに向かって突き出す。
短剣の刃先を右手の指で掴み引っ張ると、男が態勢を崩した。
その隙に左手で、短剣に掛かった男の右手親指を掴み関節を逆方向に曲げて圧し折る。
「ぐがっ!・・・」
男は痛みで短剣を離し、左手で右手を押えクレイを睨み付けた。
「剣を突きつけ脅せばいい程度に思っているミラ様と違い、わたくし甘くはございません。」
摘まんだままの短剣を顔の高さで見せつけると、クレイは嗤いながら男を見下ろした。
「・・・」
男は近付いて来るクレイを黙って睨む。
「どこまで耐えられるかはあなた様次第でございます。殺しはしませんが、生きている間日常生活がままならない身体になる前に話す方が賢明かと存じます。」
「付き合うか馬鹿!」
男はクレイの横を駆け抜けようとした。
が、クレイが顔を掴んで押し投げる。
「失敬、頬骨を砕くところでございました。抵抗はあまりお勧めいたしません。」
起き上がって顔を押さえる男に、クレイは近付くとフォークを取り出した。
「?」
男は意味がわからずも、そのフォークから目を離さずに警戒する。
「ぐぁ・・・」
だが一瞬で右手を掴まれると、人差し指の爪の間にフォークが突き刺されていた。
激痛に叫びそうになったが、歯を食いしばって堪える。
「命に係わる様な出血はございません、存分に耐えてください。」
次に中指。
歯を食いしばった男の口の端から血が滴る。
続いて薬指。
「まだ生活に支障が残る範囲ではございませんので、ご安心ください。」
小指が終わる。
「はぁ・・・はぁ・・・」
男は口から力を抜いて、呼吸を整えるように息を吐いた。
「次は左手か・・・」
「浅はかでございますね。」
クレイは言うと、口の端を上げて犬歯を覗かせ嗤う。
「もう一度人差し指からでございます。」
クレイが同じ人差し指にもう一度フォークを突き入れると、男の身体が痛みで跳ねた。
「ぐ・・・ぁぁ・・・」
「話したくなったらいつでもどうぞ。ちなみに三周目まで耐えきった人はおりません。」
(まぁ、やった事もないのですが。)
先程まで睨んでいた男の目は、既に抵抗の意志が消えた様にクレイには見えた。
「ミラちゃん、どこに行ったんだろうね。施設内には見当たらなかったよ。」
部屋に戻ったセイラがみんなに言う。
「長いうんこだいってぇ!・・・何すんだ!?」
言っている最中にシルディに頬を叩かれたソラーグが抗議の声を上げる。
「女の子にそんな言葉を使わないの!」
「シルディがやってなかったら私がやってた。」
と言ってセイラが右手を素振りしながら乾いた笑みを浮かべる。
「・・・ごめん。」
二人を交互に見たソラーグは、小さな声で言って目を逸らした。
「アホはさておき、ミラちゃんよね。」
「うーん。何かに巻き込まれてなければいいけど。」
「大丈夫っぽい。」
セイラとシルディが心配を口にしていると、窓の外を見ていたスアンがぼそりと言った。
「え?」
「あ、ミラちゃん!」
窓から、外の道路を歩くミラの姿が見えた。
本人が確認できた事で、セイラとシルディが部屋から飛び出していく。
ミラが宿泊施設に入ると、セイラとシルディが駆け寄った。
「大丈夫?」
「何か事件に巻きまれた?」
ミラはその二人に気圧され戸惑う。
「う、うん。なんでもないよ、外を少し見たくなっただけ。」
「だったら言ってよ。」
「そうだよ。急に居なくなると心配じゃん。」
(そういうものなのね。)
安堵の笑みを浮かべる二人を見て、ミラは自分の取った行動で与えた影響を認識した。
立場上、当然心配される事はあったが形式や上辺だけの表現でしかない。
ミラにとって、それこそ立場が立場だっただけに、それが当たり前なのだと思っていた。
「ミラちゃん、ちょっと話しましょうか。」
二人の後ろから笑みを浮かべたカミエが近付いて来る。
「二人は先に部屋へ戻りなさい。」
有無を言わさない雰囲気に、セイラとシルディがそそくさと去って行った。
「行きましょうか。」
「はい。」
カミエの部屋に移動すると、ミラは椅子に座らせられる。
お茶を出したカミエも、向かい側に座った。
「みんな心配していたでしょ。」
「はい。」
そんなに心配されるなんて思ってもみなかったミラは、二人を見た時の事を思い出す。
「もちろん、それは私も同じ。勝手に居なくなったら、それが当たり前なのよ。自分に置き換えてみて。」
「はい。ごめんなさい。」
ミラはクレイが突然居なくなったらと思うと、不安になると思えた。
今は離れた家族ではなく、身近な存在であるクレイを先に思い浮かべたのは、自分でも何故かわからなかったが。
「もし戻って来なかったら、予定も変わってしまう。みんなの行動も制限されてしまう。ミラちゃんだけの問題じゃなく、全体に影響が出てしまうのよ。」
カミエの言う事はもっともだとミラも反省した。
だが、今夜聞いたリィズの名前は、まだ終わってないと思っていた。
だから、また単独行動をする事になるだろうと。
「集団行動は自分だけじゃなく、一緒に居る人にも影響を与えるって事、覚えておいて。」
「はい。」
「じゃ、お説教は終わり。」
そうなると、次に離れるときはどうしようかミラは思案していた。
「で、何をしていたの?」
「えっと、散歩です。どうしても知らない場所の街の中が気になって。」
「そう。興味を持つのは良い事だけど、それを行う場合はどんな時かもうわかったわね?」
「はい。」
実行に移すとなれば明日の自由時間だが、それまでにクレイが情報を掴んでいる、若しくは向こうから接触がないと進展は無い。
先ずは、今夜のクレイが何か情報を掴んだか、どう確認しようかとミラは悩んでいた。
「明日もあるし、部屋に戻って休みなさい。」
「はい。迷惑を掛けてすみませんでした。」
「いいのよ、それを教え導いていくのも私たちの本分なのだから。」
笑顔で言うカミエに一礼すると、ミラは部屋を出て自分に割り当てられた部屋へ戻った。
部屋に戻ったミラはいろいろと追及を受けたが、本当に散歩だと何とか誤魔化した。
何も知らずに学習旅行を終えて欲しいと思いながら。
翌朝、朝食のために宿泊施設の一階にある食堂にそれぞれ移動している時、ミラは一瞬だけ殺気を感じた。
ロビーから放たれたそれがクレイのものだと気付くと、集まるまでの間に話だけでも聞こうと移動する。
ミラは観光案内の冊子を取ると、柱に寄り掛かって開いた。
「おはようございますミラ様。」
「何かわかった?」
柱の反対側から聞こえる声に、夕べから進捗があったか確認する。
「彼らはこの国の暗部でございます。」
「暗部?」
「はい。農村部や貧民街の生活困窮者を集め、強盗や窃盗、空き巣等の犯罪を実行させ、歩合で報酬を渡している組織がございます。リィズとは組織の一幹部のようでございます。」
ミラは話しを聞いて眉間に皺を寄せる。
「嫌な話しね。所在は?」
「判明しております。」
「頭を潰さない限り、尻尾はいくらでも生えてくるでしょうからね。」
リィズを潰さない限り、昨夜の様な輩が入れ替わりで襲ってくる可能性が高いとミラは思って言う。
「わたくしも同意見でございます。」
「夕方に自由行動時間があるの。何とか抜けるから。これ以上、この旅行を邪魔させたくない。」
その言葉を聞いて、クレイは笑みを浮かべた。
ミラの口からこの旅行という言葉が出たことに対して。
「承知致しました。それまではご学友になるべく害が及ばない様、尽力致します。」
「えぇ、お願い。」
そろそろ集まり終わりそうな食堂を見て、ミラは冊子を閉じた。
「しかし、厄介なのに絡まれたよね。」
「ミラ様は問題事を呼び込む性質でしょうか。面倒な主でございますね。」
「なんか言った!?」
ミラは言いながら振り向いたが、そこにクレイの気配は既に無かった。
(後で覚えてなさい。)
内心で言い放つと、ミラは冊子を戻して食堂へ向かった。




