三章 姫なのに集団行動させられた! 1
担任のカミエが生徒に資料を配布する。
そこには、他国の歴史を学ぶ学習旅行と大きく書いてあった。
「楽しみにしている人も多いと思いますが、二年に一度の学習旅行です。」
ここ、クォラード学校では学級単位で二年に一度、学習旅行なるものが実施される。
主な学校行事の一つではあるが、旅行の時期や行先はそれぞれの担任に委ねられる。
もちろん、年間計画としてその他の行事とは重ならない様に、各教員は予め調整をしている。
「楽しみと言っても、遊びに行くわけじゃないからねぇ。」
カミエが資料を見てざわつく生徒に呼びかける。
「今回はカーラウス共和国のイーフェイヴに行きます。」
ミラが見ている資料にも、確かにそう書いてある。
「エルテスニア王国が出来て暫くしてから出来た国なんですが、始めに出来たのがイーフェイヴなんですねぇ。」
流れでカミエがカーラウス共和国の歴史について語りだす。
「やがて領土は左右に拡大し、アテンセとウリナッツァという地域となりそれぞれ統治者が現れます。ここから年月を経て共和国へと変化していきます。」
「どの様に国が創られたのか、共和国へ至ったのか、それぞれの国の生活はどうなのか。詳しい事は現地で学びましょうねぇ。」
カミエはそこまで言うと、資料を持ち上げる。
「今の時間は、旅行の予定と注意点について話します。ちゃんと聞いてくださいね。」
「ミラは学習旅行行ったことあんの?」
昼休憩になると、ソラーグが興味の目を向けて来る。
「ないよ。」
「え、前の学校には無かったの?」
「うん。」
他の学校の事は知らないどころか通ってすらいなかったが、セイラの疑問には即答する。
そこで返答に詰まる事が違和感を与えかねないと思って。
「あたしは無い方が良い。」
スアンが旅行には興味が無さそうに言う。
「えぇ、ここに居るよりいいじゃん。」
「知らないところ恐い。」
「俺はワクワクするけどな。」
(私はお城を出てから知らない場所、知らない事だらけなんだけど。)
と、ソラーグとスアンの会話を聞きながら、ミラは思った。
「ミラはどうなの?」
「恐いとは思わないけど、面倒。」
「それ言ったら、俺なんか学校自体面倒だぜ。」
と言ってみんなで笑う。
オルベウイまで行った事を考えれば、たいした事は無いとミラは思う。
だが、出発までに隊長への説明や、クレイに準備してもらう事を考えれば面倒だと思ったのが本心だった。
学校優先、となっているため勤務は融通してくれるだろうが。
「学習旅行があるんだって。」
家に帰ったミラは、クレイに資料を渡しなが言う。
「存じております。」
「なんで知ってるのよ!」
その反応に、ミラは声を大きくした。
「執事たるもの、学校行事程度把握していて当然でございます。」
「・・・」
学生である自分よりも早く情報を知ろうと思うと、関係者に聞くしかない。
どうやってクレイが知り得たのかは不明だったが、聞いたところではぐらかされるだろうと思うと、ミラは確認しようとした思いを仕舞い込んだ。
「行先はイーフェイヴでございますか。」
(あ、それは知らないんだ。)
クレイの事だから詳細まで知っているのかと思ったが、何を知っていて何を知らないのか謎に思えた。
「行った事ある?」
「いえ。幼少の頃よりお城仕えだったもので、外出は殆どした事がございません。」
「え、そうなんだ。」
思ってもみなかったところで、クレイの素性を知った事にミラは戸惑った。
「おや、わたくしの過去に興味がおありでしょうか?」
「まぁ、それはね。」
曖昧な相槌を打った事で、クレイが察した様に言う。
ミラとしても話してくれるのであれば、知りたいと思っていた。
「生まれてすぐ、エルテスニア北部の山中に捨てられました。どうやら熊に拾われ育てられていたようです。その熊も、現地の部族に食料として狩られたのですが、それからその部族に育てられ・・・」
「噓でしょ。」
思い出すような仕草をしているものの、薄ら笑いを浮かべ話すクレイにミラは冷めた目を向けた。
「流石ミラ様、お気付きになられるとは。」
「あのね、もう少しそれっぽい嘘にしないさいよ。熊はないでしょ・・・」
「すべて嘘、というわけではございません。」
「え?」
クレイの憂う表情に、ミラは口を開けて硬直した。
いったいどこが嘘でどこが本当なのか混乱する。
「そろそろ兵舎へ行くお時間でございます。わたくしの話しは何れ機会がございましたら。」
「あ、うん。」
確認しようにも、出かける時間になってしまった事に悶々としながらミラは支度した。
「お疲れ様です。」
「おぉ、お疲れ。」
ミラは兵舎に着くと、倉庫に行く前に隊長室に寄った。
学校の行事で空ける日がある事を伝えるべく。
「で、何だ?」
エルディはミラの方を見ずに、煙草を取り出すと火を点けた。
「学習旅行が行事であります。」
「知ってる。」
(お前もか!!)
思わず口に出しそうになったが、なんとか堪えて心の中だけで突っ込んだ。
「学校の行事は把握してるって言っただろ。」
ミラの顔を見てエルディがにやりと笑った。
「そうでしたね。」
「今のところお前が必要な事態にはなってないから、ゆっくり遊んで来い。」
「いや、遊びじゃないんですが。」
学習旅行だと言っているだろと言いたかったが、無駄だと思って止める。
ローリンツの時ですらこの乗りだったのだから。
「集団行動だろうから、その辺は学んで来い。」
「はい。」
「そういや、タンブレは前哨基地を起点に市内の拠点の半分くらいは制圧したぞ。」
「ほんとですか!?」
壁の修繕は二日程度で終わったものの、拠点を取り戻そうとしたオルベウイの襲撃は幾度となくあった。
疲弊を狙ってか、昼夜を問わず仕掛けてくるためかなり疲れたのを思い出す。
「お前のおかげだな。」
「そうですか?」
何をしたわけではない。
襲撃を退けていただけだ。
そこに功績はあるのだろうかと、ミラは疑問を口にする。
「あぁ。損害を天秤にかけたんだろうよ。」
つまり、前哨基地を取り返すにはそれなりの数の兵や、武器が必要になる。
そういう状況を作った事を言っているのだろうとミラは受け取った。
「偵察や様子見程度の派兵はしてくるが、お前を警戒して表立って攻めて来る事がなくなったわけだ。その間にこっちは兵を増やして地盤固めを行えたんだがな。」
「抑止力になった、という感じですか?」
「そうなるな。ただ、気付かれるのも時間の問題だがな。」
居ないのだからそれは当然だろう。
だが、その気付くまでの間に勢力拡大出来たのだから、効果は現状が示している。
「たまには暴れに行くか?」
相手に自分がいると警戒させるため、なのだろうが遠征は面倒だとミラは思った。
「いえ・・・いや、命令であれば。」
が、今は一兵卒でしかない事を考えれば、命令には従うしかないと応えた。
「冗談だよ。」
真面目に考え返事をしたつもりだが、エルディが苦笑して言った。
「国境付近は軍しか居ないが、市内を進めば普通に人が生活している。拠点制圧の難易度が高くなるからな、それなりの時間と計画が必要だ。」
個人の戦力だけでは不足、という事なのだろうとミラは理解する。
「もちろん、必要な場面が出て来た場合には頼むがな。」
「はい。」
「それもお前が休みの時だけだ。基本は組み込まれないと思っていていい。」
「了解です。」
「他には何かあるか?」
「いえ。学習旅行の件を伝えるために来たので、他には無いです。」
それも既知の話しで、エルディは承知していた。
と思うと、雑談しに来ただけの様にミラは感じた。
「じゃぁ俺から一つ聞こうかな。」
去ろうと思っていたミラだったが、首を傾げてエルディを見る。
その表情からは笑みが消えていた事に多少身構えて。
「オルベウイの兵を殺って少しは気が晴れたりしたのか?」
「・・・」
一瞬、何の事かわからなかった。
「やっぱりな。」
エルディはミラを見据える。
射竦める様な視線に、ミラは居心地が悪くなった。
設定として、復讐が目的で軍に入っていた事になっている。
そんな事すら忘れていた自分を悔やんだ。
「最初の哨戒基地を奪還した時に違和感を感じたんだ。そしてローリンツの遠征。」
エルディは言うと、ミラから目を離さずに新しい煙草を銜える。
「復讐が目的の奴は、どこかで壁を作るし距離を取る。うまく付き合っている風で一線を引く。だから、お前の目的が復讐じゃないのはわかった。」
経験からくる洞察なのだろう。
それ以前に、そんな話しは忘れていたのだから悟られるのは当然だとミラは内心で歯噛みした。
「何が目的だ?どうせ素性も嘘だろう?」
嘘だと言うのは簡単だが、素性を明かすわけにはいかない。
扱いが変わってしまえば、当初の目的すら破綻するかもしれない。
「それは・・・」
「いや、言わなくていい。」
ミラが教える事が出来ないと言おうと口を開くと、エルディはそれを止めた。
「俺もお前と変わらないただの一兵卒だ。上からの、しかも陛下や将軍が絡んでいる事案に下手に首は突っ込みたくねぇ。」
エルディは言ってミラから目を逸らすと、煙草に火を点けて溜息を吐くように天井に向かって勢いよく吐き出した。
「俺が気にしているのは、此処に不利益になるような事じゃないだろうな、ってところだ。」
「そのつもりは、無いです。」
「ならいい。此処の奴等も馴染んで来ている。お前もそうだろう?それとも、俺の目が節穴か?」
言ってエルディは笑みをミラに向ける。
「いえ。慣れてきたのは確かです。出来ればこれからも。」
「素性は作り物だったが、お前の態度はそうは思えねぇ。なら、今のままでいい。」
「ありがとうございます。」
「確認したい事は確認できた。俺からの話しは終わりだ。」
ミラは一礼すると、隊長室を後にして倉庫へと歩を進めた。
不問にしてはくれたものの、今後の行動はもう少し考える必要があるんだと認識させられ、自分の浅はかさに後悔しながら。




