固い意志 後編
「それじゃあ色々と教えてもらってもいい?」
僕はカナタ相手に様々な質問をする。
「イザベルが攫われて何日目だった?」
「2日目だ。イザベルが手紙を読んでからすぐに家を出たあと、俺はイザベルを追ったが、見失った」
「なるほど。その間は何をしてた?」
「魔力探知や周辺の捜査をした。だが、成果はなかった。今から城に協力要請を頼むために行こうとしたらイザベル様たちがレフィを連れて帰ってきた」
それから、僕はイザベルにも質問をした。
「カナタは手紙を貰ったあと僕の方に来たって言っていたけれど、どういうこと?」
「…貴方が誘拐されたって手紙に書いてあったの。1人で路地裏の道を来るようにって言われたのよ。手紙を持ってくるわね」
「あぁ」
イザベルは手紙を取りに部屋へ戻った。カナタは気になっていたことを聞くようにアイリスの方を見ておずおずと聞いた。
「それでそちらは聖女アイリスであっているか?」
「はい。私はアイリスです」
「…まさかレフィと一緒にいたとは」
玄関のチャイムが鳴り、数分待つとメイドが僕を呼んだ。
僕は玄関に行くとネコがいつもの顔で立っていた。
「やっと見つけた」
「どうしたの?」
「誘拐されたでしょ」
ネコは何も知らないはずなのに確信しているように聞く。ここで嘘をついても意味がないため、素直に言う。
「されたよ。そこで王子と聖女を助けた」
「…本当に不思議な子だ」
ネコは額に手を当て、困ったような笑顔でこちらを見た。僕は何を言われているのかわからず首を傾げた。
「それじゃあ、俺もいくつか質問をしたいんだけど、お邪魔してもいいかな?」
「わかった。聞いてみる」
ネコにも3人の名前と出会った場所などを説明しながら部屋へ通した。
僕は自分の部屋から戻ってきたイザベルに友人を紹介し、他の人にも説明する。カナタと同じく潜入していた冒険者もレフィの生存を聞いたのか、部屋で涙を流していた。
ネコはイザベルに礼を言う。
「入れてくれてありがとう。助かったよ」
「それで?どうして僕が誘拐されたって知ってたの?」
「俺たちは色んなところに知り合いがいるんだよ。人一人の動きぐらい調べるのは簡単だ」
「ふーん…」
僕は情報係の笑顔が綺麗なアジサイを思い浮かべる。他の人には会ったことがないが、おそらくまだ大勢いるのだろう。
「それで?なんで関わりを増やしてくるかな…」
ネコは僕だけにこそっと囁く。
「僕がいた場所に2人がいただけ」
ネコはそれを聞くとため息をついてふわりと笑った。
「ほんと、青い薔薇みたいだよ」
「青い薔薇?なんで?」
「そりゃあ、青い薔薇の花言葉が『神の祝福』と『奇跡』だからだよ」
「それと僕、何か関係があるの?」
「勿論」
「君はすべてにおいて努力家で奇跡を起こす人だからね」
「そんなことはないと思う」
「俺がそう思ったんだからそうなの。なんならこれから青薔薇って呼ぼうか?」
「遠慮しておくよ」
「それは残念」
ネコはそこで話を止め、3人に話を聞き始めた。
「それで?どうしてアイリスはあの場所にいたの?」
まずはアイリスに焦点を当てたらしい。アイリスは急に自分の名前を呼ばれ、慌てていたがすぐに姿勢を正してネコの質問に答える。
「教会で祈りをささげている最中、住人が急いできてほしいと要望があり、その方についていくと路地裏に…言い方が悪いですが、いわゆる暴力団の一歩手前の方々がいらして…」
「準暴力団、『めざめ』のことですか?」
後ろから男性の声がした。振り返ると、レフィが女性と手をつなぎながら肩を並べてこちらに戻ってくる。
「は、はい。腕に羽根の印があったのでおそらくそうだと思います」
「僕が以前から目を付けていたグループです。一度解散に追い込み、暴力は行わないと約束させたはずでしたが、懲りていないようでしたね」
「レフィ、なにしたの?」
隣の女性がレフィの黒い笑みを見ながら引いている。
「レフィ!!」
女性がレフィの名前を呼びながら近づき、抱き上げた。レフィは驚きもせずにため息をついた。同じ冒険者たちは苦笑いや涙をぬぐっている。
「アルナ!抱き上げるのはやめてくれと何度も言ったはずだ!」
「仕方ないじゃない。あなたが死んだと聞かされた私たちの身にもなってみなさい」
「それはすまなかった」
「あら、素直」
「僕はいつも素直だ!」
「そんなことないわ。いつもツンツンしてる。それにいっつも私たちの一歩前を行ってる。リリーもそう思うでしょう?」
アルナがそう聞くと苦笑いをしながら日の出に見られるような優しいオレンジ色の髪を耳にかけ、答えた。
「私もレフィは意地悪だと思うよ。私に何も言わずにどこかに行っちゃったし」
「それは僕だけの責任じゃ…ってそれより割り込んで悪かった。僕も聖女アイリス様が囚われた経緯を知りたい。僕の聞いてもいいかな?」
レフィはネコとアイリスに笑いながら聞いた。
「勿論」
「はい」
そう2人は同意し、話を聞くためにアルナはレフィを下ろし、ソファにレフィは優雅な動きで座る。
「続きをどうぞ」
「わかりました。その方々がいらしたあと、私は石の浄化をしました。石の浄化は何度かしたことがあるので特に疑問はありませんでした。浄化が終わったあと、私が帰宅しようと馬車を乗り、そのまま拐われてしまいました」
「その時の景色は?」
「いえ、窓にはカーテンがひかれており、わかりませんでした。」
ネコか一つひとつ端的に質問するが、どれも確かな情報は得られなかった。
「では、王子、次に君に質問がしたい。いいかな?」
「構わないよ。ただ、答えられるものでお願いするよ。当たり前のようだけれど、わからないことはわからないからね」
「わかっているよ」
「ただ、貴方が聞きたかったことはだいたい予想がつく。第1、アイリスがなぜ僕と同じ場所に囚われ、誰一人として知らなかったのか。第2になぜその場所は王家の地下にあったのか。第3に一緒に入れられた罪人はどのような罪を犯したのか。あってる?」
「ああ。まとめるとそんな感じ」
ネコは感心したようにお茶を飲んだ。
「まずは罪人について」
「最初に罪人?罪人は最後だと思ったんだけどな。それに僕が知っていることは比較的少ないと思うけれど…」
「それでも構わないよ」
「なら、知っていることを話すよ、全部ね。気になる所があればその都度聞いてくれるかな?」
「わかった」
「ありがとう。助かるよ」
レフィは足を組み、目を閉じて淡々と話し始めた。
「僕が知っていることはある宝石を目印に殺しをしていること。そして、姿が変わることから、精霊族の可能性があること。最後に僕に恨みを持っていること。わからないと思うから1つずつ詳しく説明していくよ」
いつの間にか、部屋の中には冒険者の仲間が4人集まっている。おそらく雇われた冒険者全員と言ってもよいのだろう。
「まず1つ目、宝石を目印にしていること。これはみんな知ってると思うよ。殺された人は異様に光り輝く偽物の宝石を身に付けていた。この事件は僕が今から5年前に解決した」
「ただ、現在起きている事件も同一犯だと考えられる」
ネコが口を挟む。レフィは驚いたように目を開け、ネコに聞いた。
「事件?」
「ああ」
「また始めたのか?」
レフィは険しい表情になる。
「おそらく。現に合計して15件以上の被害がある。その中で10人の令嬢はなくなっている」
「令嬢?」
「ああ、今回の事件は令嬢を狙っている」
「そうなのか…始まったのはいつだ?」
「今年に入ってからだよ。毎月10件発生してる。今月は少ない方で5件起こってる。勿論、俺が知ってるところだけだけどね。でも死亡者は10人のみ」
「それは不思議だな」
「どうして?」
「僕が対応したときはほとんどの人が確実に殺されていた。それに手がかりも少なかったから見つけるのに苦労したんだ」
「なるほど。となると、この事件とは何かが違うかも知れないね」
「あぁ。あまり確定したことは言えないが、その罪人にしては杜撰すぎる」
「それは俺も同意する。まるで他の人が殺ったみたい」
「あ」
僕は声を出した。その声に反応して2人は僕のことを見る。
「どうしたの?」
「僕を拐った時、指名手配犯は見なかった。その代わり、襲われた令嬢とその令嬢を助けた人が僕を襲った」
「もっと詳しく教えてくれる?」
ネコはそう言いながら手帳とペンを胸ポケットから取り出した。
「うん。あの時僕は」
拐われた時に起きた出来事を事細かに、感じたことや相手の行動などを順に思い出しながら説明する。
「となると、洗脳の類の可能性もあるか」
周りもさまざまな可能性を考え、意見を出し合ってはいるが、確信につくような発想はなかった。
「そういえば、その女性にもらった宝石は?」
「ポケットを探してみたけど見当たらなかった。どこかで落としたか、取られたかわからない」
「そっか。収穫はなしか…」
「でも、瘴気と魔力を感じた」
「人が作ったものに間違いはないんだね?」
ネコは確認するように聞いた。
僕は頷き、言葉を継ぎ足す。
「瘴気は場所や位置が悪いと感じることもあるけど、あの場所はそんなにひどい場所じゃない。別の場所で作られたなら可能性はある。でも魔力は人が作らないと生成されない」
「了解」
それからその場所は昔、反逆の罪で捕まった王家の人が住むために作った地下が残っていたのだろうと言っていた。そしてアイリスがレフィと同じ場所に囚われ、誰1人として知らなかった理由は王家にとって一番見つかりにくく、わかりづらい場所に地下を作っていたからだとレフィは言った。
周りの会話が一区切りついたのを見たレフィは一呼吸置く。
「次に姿が変わることについて。これは光の当たり具合だと思って僕はあまり重視していなかった。主に一人一人の印象が違ったらしい。ある人はオレンジ色の髪に、ある人は真っ白な髪色に、またある人は真っ黒な髪色だったらしい。それぞれ夕方、昼間、深夜だったから気にしていなかった」
「目撃者はいたの?」
「いたよ。数人だけ。それもみんな覚えているところが曖昧で参考になったのは髪色と体型ぐらい」
「今回も同じような関係だよな?」
「そうだね。ある人は赤色に、ある人は銀髪に見えたらしいからね。体形に関しての記述はあまり見ていないな。調べてみないと」
カナタとネコは口を挟む。
「髪色の変化についてはそいつの可能性があるね。それじゃあ最後。僕を恨んでいる理由。それは僕が殺人を止めたから」
「それだけで?」
「いや、それ以外にも僕はそいつについていろいろ嗅ぎ回っていたからそれも足されているだろうね。そいつにとって僕が邪魔だったのは確かだよ」
「殺人を止めたのが理由だとしたら、最低でも1人は生きているってこと?」
「1人はね」
「…亡くなってしまったのかい?」
ネコはトーンを落として聞く。
「それとも少し違う。僕が助けられたのはたったの2人だけだ。そのうちの1人がリリーだ。僕はリリーの証言をもとにあいつを捕まえた」
レフィはリリーの方を見た。
「そして、もう1人は昏睡状態になった。少なくとも、僕が囚われるまでは確実に」
「今は?」
「もう家族が諦めている。おそらく数ヶ月しないうちに治療をやめる」
カナタが淡々と言うと周りが息を吸う。
「酷すぎるわ」
イザベルが声を押し出すように苦しそうに言い、カナタが反論した。その声もイザベルと同じように、それ以上に悔しそうな声色だった。
「そうするしかないんだ。レフィが王家からいなくなってその家族に治療費を渡せなくなった。今は仕事と俺たちが冒険者で稼いだ3分の1を渡してぎりぎりなんだ」
「僕が王家から居なくなれば民に渡していた治療費は王家のものになる。それも相まって僕を閉じ込めるのに滑車をかけたんだろうね」
レフィの表情が硬くなる。
「王子、君のことをこれからレフィと呼んでもいいかな?」
ネコが急にレフィに聞いた。レフィは鳩が豆鉄砲を食らったかのようにきょとんとしてから返事をする。
「あ、ああ、いいよ。でもそれなら、僕もそちらをネコ、と呼び捨てでもいいかな?」
「いいよ。好きに呼んで。じゃあ、メリア、そっちはよろしく。なにかお願いがあったら携帯で通知する」
「わかった」
「それじゃ、またあとで」
そう言い、ネコはまたどこかへ行った。ネコがどこで何をやっているのか、いまだに分からない。後で聞いてみよう。
「で?王子サマはどうするんだ?」
カナタがレフィが座っているソファの背もたれに腰掛け、レフィを見た。
「どうしようね。家に帰って僕が生きていると知って兄上はどんな反応をするのか見たいけど、今はそうも言ってられないしなぁ…」
「レフィはなにやりたい?」
執事の格好をした男性がレフィに声をかけた。その人はレフィと同じ髪色だが、毛先まで銀色のレフィと違い、毛先は白色に近かった。
「俺らはレフィのやりたいことについていく。レフィは俺らのリーダーだ」
「そうだそうだ。こいつなんか俺がレフィの代わりにリーダーをやるって言ったら一番駄々こねてリーダーはいなくていい。なんていうんだぞ?」
「俺らのリーダーはレフィだけ。カナタはサブ」
「ほんと、ひどいだろ?」
カナタは楽しそうにレフィに聞かせ、男性は淡々と話す。男性は少し悲しそうに笑い、レフィに聞いた。
「それともレフィはリーダー嫌だったのか?」
レフィはソファを立ち上がり、男性を見上げる。
「アーチー、僕は別にリーダーが嫌なわけじゃない。待っててくれてありがとう。みんなが解散していなくてよかった。もう一度会えてうれしいよ」
レフィはそう言い、顔つきが変わった。
「僕はメリアたちと一緒に犯人を捕まえる。ただ、報酬は出ない。好きな方を選んで。もしかしたら、治療費を貯めていたお金から出すかも知れない」
「そんなこと気にすんな。行くに決まってんだろ?」
「慣れっこだよねー。野宿とかもザラだったし」
「ほんとほんと。改めて言うなんて変なレフィ」
「私も、できることは少ないかも知れないけど、手伝いたい」
レフィの言葉に周りは同意し、笑っていた。
「あら、それなら私がその方の治療費を出すわ。それにあなた達へのお給料も」
「え?」
イザベルはなんともないように言った。
「今、私はあなた達冒険者に依頼として雇っているのよ」
「イザベル」
レフィはイザベルを見て聞いた。
「本当に出せるの?」
「ええ。私だってお店を経営してるの。それぐらいは出させて頂戴」
「それなら、治療費だけ頼む」
その様子を見たアイリスはフレイヤに聞いた。
「慣れっこって…何回やっているの?」
「それこそ数え切れないよ。みんなが次の国王はレフィ様だと思っていたぐらい」
「それなのに兄に殺そうとされるなんて…」
「そうだから、だろうな」
「そうだから?」
「弟が兄より優秀で王になる可能性が出れば当然兄は恐怖し、排除の対象になる。王という席は民にとっても王家にとっても重要な席だ。それに恋人が冒険者の妹となると、なおさら信用しない」
「それ、逆じゃないの?」
フレイヤは不思議そうに聞く。
「逆ならどれだけ良かったか。一定の人は地位がないものは価値がないと考えている人もいる。そんな人たちが敵対視するのが武力、知力、そしてカリスマを備える冒険者と王家の中の民の目線で物事を話す人たちなんだ」
「この国にそんな人がいるとでも?」
「いるからレフィは囚われ、殺されそうになったんだ」
「…」
「それでも、これからどんな世の中にしたいかどうかはその人自身が決めればいい。そうだと僕は思ってる。違ったかな?」
僕は笑って2人に聞いた。2人は言葉が詰まっているのか、口をつぐんでいた。
「メリア」
レフィが僕の名前を呼んだ。僕はレフィの方を向き、話を聞く。
「王家とあいつが手を組めば手を出しにくい。が、僕が王家に近づけばそれを早めてしまう可能性がある。そっちで王家に近づけないかな?」
「なら私が王家に近づくわ。王家にあった地下に付いて調べればいいのよね」
「それと少し聖女の文献も欲しい」
「わかったわ」
「私も何かしたい」
アイリスは僕たちをじっと見つめていた。イザベルはアイリスに目線を合わせ、諭すように優しく言う。
「アイリス、その気持ちは嬉しいのだけれど、あまり動き回らないほうがいいわ。聖女がここにいると知ればたくさんの人が集まってきてしまうわ」
「わかってる。でも、このまま私だけ何もやらないのは嫌なの」
「なら、アルナとアーチーの2人と行動してもらう」
「レフィ!?」
イザベルが驚いて腰を浮かせた。
「僕も何もできないのはとても悔しかった。少しぐらい危険な目に遭ったとしても、手伝いたい。そう思うのが自然だ。恩人の助けになるなら余計ね。それにイザベル、君だって武力はないのだからあまり深入りはしてほしくない」
イザベルは口をつぐみ、僕の方を見た。
「貴方も、私に深入りして欲しくないって思っているの?」
「そうだね。僕は君たちみんなを深入りさせたくないと思っているよ。でもそれだと捕まえられないし、みんなは同意しない。だから僕は君の意見を尊重する。ただ、いくつかの条件はつける」
レフィは不気味な笑いをしながら
「それは僕も入っているの?」
と言った。
「もちろん。入っていないとでも思ったの?」
「これは参ったね。僕まで守ってくれるなんて」
レフィは額に手を当て、かすかに笑った。
「さて、どうする?レフィ」
「仕方ない。アイリスは教会に出向き、聖女の資料の中から『石の浄化』と『瘴気の生成場所の地図』を探してきて。無理はしないように。アルナ、アーチー、アイリスについて何かあればアーチーは守って。アルナは僕らに通達。できるね?」
「わかった」
「だと思ったわ」
「通達するときの合図はいつものように赤い花火を一発。みんなもできるようだったら上げても構わない」
みんなは頷き、アーチーとアルナはアイリスの背後に移動した。
「それから、カナタとフレイヤは僕についてきて。リリーはイザベルと一緒に王家へ。母上にリリーのことは話してある。何かあれば母上に。メリアは」
「好きに動くよ。何かあれば連絡する」
「…頼む」
「それから、念の為結界を張らせてもらう。攻撃が僕の結界を上回らなければ攻撃は届かない。が、それで安心をしないでほしい」
「それは助かるよ。流石に生身で行かせるのは怖いから武器か何かを持たせようと思っていたんだ」
「私だって魔術師なんだから心配しなくても大丈夫」
リリーは短い杖をポケットから取り出し、見せた。
「私もある程度の魔術はできます。武術は心配ですが、動きを止めれば大丈夫でしょう?」
「うん。5年前までの知識で申し訳ないけど、城の中から逃げる程度には心配ないと思うよ」
僕はみんなに結界を張り、ある程度話がまとまると、リリーとイザベルは地下について調べるために城へ、冒険者たちは一度自分の部屋で服を着替えてからフレイヤとカナタ、レフィは瘴気について調べるために森へ、アイリスとアルナ、アーチーは浄化と地図を求め教会に向かった。
僕はというと、まず誘拐された場所で魔力の探知をしたが、1つを除いてめぼしいものはなかった。その後図書館へ向かった。
「すみません、瘴気を持つ石に関する文献と瘴気が発生した場所と年代がわかるものってありますか?」
「少々お待ちください」
司書は席を立ち、調べに行った。
拐われた場所に瘴気が少し漂っていた。それは森の方から来ているように感じ、僕は森に瘴気の発生源があるのではないかと思った。
しかし、森を軽く回っても特に目ぼしいものはなかった。ということはもっと奥深くの場所なのかも知れないと思い立ち、瘴気が発生した場所を調べることにした。瘴気を持つ石は同じ場所に長年置いておくか大きな恨みのそばにおいて置かなければ石に宿ることはない。それに関しても調べてみたいと思った。
「瘴気の発生源の資料はありましたが、石に関する資料はうちでは扱っていないようなので、教会に出向いていただけると助かります。教会にはあることを確認しましたので」
「わかった。ありがとう」
資料を受け取り、空いている席に座り、ぱらぱらとめくる。ざっと100年分の瘴気の発生場所が書かれている。
僕はここ10年の発生場所を確認する。
7年前、森の西から東に10kmの直線に及ぶ瘴気。
入り口は発見できず。
5年前、森の東から西に5kmの直線に及ぶ瘴気。
同じく入り口は発見できず。
3年前、森の北から東に5kmの直線に及ぶ瘴気。
同じく発見できず。
1年前、森の東から西に5kmの直線に瘴気。
入り口は東の方角にあると仮定されるが、濃度が濃いため聖女以外の進入不可。
簡単にまとめるとこんな内容だった。
僕は森の地図をコピーして図を描く。四角の1本を取り除き、角と角を対象に引いた図ができた。
僕は頭を捻る。こんな魔法陣が存在した気がするが、思い出せない。魔法陣を描くのが苦手であまり描かなかったから余計に思い出せないのだろう。
とりあえず資料を返却し、コピーだけを持って再度森を歩いてみることにした。
東の方へ向かい、どのくらいの濃度の瘴気が漂っているのか確認したい。
「メリア?」
あと少しで瘴気の中へ入る時、声をかけられた。
後ろを向くとネコがメモ帳を持ちながらぽかんとしていた。
「ネコ?」
「なんでこんなところにいるの?」
「瘴気があるって資料に書いてあったから見に来た」
「なるほど」
ネコは合点がいったように頷き、質問をした。
「瘴気は見えた?」
「見えるよ。すごく色が濃いから一般人はすぐに体調に不調が出るだろうね。それにすごく近い。手を伸ばせば触れるぐらい」
「じゃあ、質問。なんで俺らはここにいれるの?」
ネコは首を傾けながら瘴気のある壁を触る。
「ここまで結界が張られているからこの森は安全」
「へぇ…これが結界か」
ネコは楽しいのか何度もツンツンしているが、この広さを守っているなら通常より薄くなる。
「そろそろ触るのやめといて」
「はーい」
そう言うと、素直に触るのをやめてカッターを胸ポケットから取り出した。
「なにする気?」
「瘴気に当てられてみようかと」
そう言いながらカッターの刃を出す。
「やめといたほうがいいよ。これは濃度が高い。中に入ると浄化するの面倒だから」
「えー」
ネコがカッターの刃を結界にたてた。
「やめたほうがいい。結界は新しく作り直せるけど、それは作った本人であって、僕じゃないから」
「…それもそっか」
ネコは諦めてくれたのか、カッターの刃をしまった。僕はホッと胸を撫で下ろし、結界が壊れていないか確認した。
「他の人はどんな状況?」
僕はネコに他の人が行っていることとそれに対して得られるかも知れない情報を提示した。
「わかった」
ネコはメモ帳を1枚破り、僕に渡した。
「俺が調べた情報。それと交換しよ」
「…なにを?」
「君たちが集めた情報。全面的に信用するから」
ウィンクをしながら笑った。
「いいよ」
僕にとってもネコが得た情報は信用できるし、何より普通ならわからないことがわかる。
森についても結界や瘴気以外に分かることは少なそうだ。念の為、結界の上から結界を囲った。思った以上に結界が薄かったのが心配だった。
ネコはお礼を言い、一度イザベルの家に戻ることになった。
イザベルの家に戻ると、アイリスとアーチー、アルナが先に戻っていた。
「早かったね」
「ええ、欲しかった資料がすぐに見つかったの」
「これが『石の浄化』について書かれている本とここ100年の『瘴気の生成場所の地図』よ」
アルナが懐から辞書のような厚さの本と1枚の地図をテーブルの上に出した。
ネコが本を取り、ペラリと表紙をめくる。
僕は地図を覗き込み、現在の地図と見比べる。
「東側に瘴気の発生源が集中しているって聞いた。教会の話では現聖女、ノアさんがどうにか結界で瘴気の漂っている森を囲んでいる状態だって神父様は仰ってた」
「アイリスが閉じこめられる前は?」
アイリスは少し間を開け、考えていた。
「私がいた時はそのような瘴気を囲った覚えはないよ。森へは何度も行ったし、危ないような場所は見てないと思う。ただ、いくつか瘴気はあったから各ブロックに分けて森を囲った記憶はある」
ドアが開く大きな音がした。レフィたちが息を荒くして立っている。
「早かったね」
「レフィ」
「うん、ただいま」
アーチーに返事をし、ソファに腰を下ろした。
「単刀直入に言う。あそこの森は危ない。どうにかできない?」
「それは瘴気のこと?それとも結界の崩壊?」
ネコは本をぱらぱらと読みながら聞く。
「両方。フレイヤに聖女の結界の仕組みについて詳しく聞いた。あの結界は数日で壊れる」
周りにどよめきが走る。
僕は質問を重ねる。
「聖女が生きている限り、魔力をその結界に使っていれば一定の攻撃は防げるし、何度も結界をかけ直すことも可能のはず。何で壊れるの?」
「何度もかけ直すための聖女がいない」
「どういうこと?」
「そうか…」
ネコは合点がいったかのようにしているが、まったくわからない。
「その聖女、ノア様が亡くなっていた。1時間前、森で発見されたらしい」
「誰がやったの?」
「おそらく罪人だろう。ギルドも動いているが、特に進展はない。これで聖女はこの国にアイリスと君、メリアしかいなくなった」
「証拠は?」
「何もなかった。5年前と同じだ」
「…となると、狙うのはアイリスだね」
ネコが本をテーブルに戻して腕を組んでいた。
「それだけで指名手配犯が聖女を狙うとは確定できないわ。今まで令嬢を狙ってたのになんで聖女に変えたの?」
フレイヤが疑問を発する。
「今まではあいつの部下が手を下していた。だから証拠があった。だが、今回は証拠が一切ない。5年前と同じだ」
「それで何がわかるの?その罪人もどこにいるかわからないんでしょ?」
「そうだね。ただ、想定はできるよ」
「どこ?」
「まだ予想だから言わないでおく」
ネコはその後の質問ものらりくらりと避け、確定的なことを言ったのはノアを殺したのは指名手配犯だと言うことだけだった。
僕がアイリスたちが借りてきた本に手を伸ばしかけた瞬間、携帯に伝達が来た。
それはこんな内容だった。
現国王の名前とその側近などの名前、行い、そしてこの国にいる潜入係たちの居場所だった。
「ネコ」
「この人たちが持っている情報を使い、指名手配犯らを捕まえる」
「…わかった」
現国王の名前はウォード・リアム。レフィの一番上の兄だ。主に貴族への待遇を良くし、国をまわしている。ただ、貴族の犯罪には目をつぶっている状態でもある。
この国にいる潜入係は城、城下町、上位貴族、教会の家に1人ずつ配置されていた。
ネコが指を鳴らすと1人のメイドが部屋に入ってきた。
「俺は指を鳴らし、潜入係から情報をもらっていた。メリアも何か合図を決めておいたほうがいいよ」
そう言いながら潜入係から束になった資料を受け取った。
「…これは信用できる?」
「できるよ。私の名誉にかけて、ね」
「なら、信用する」
「助かるよ」
メイドはそう言い、部屋を出た。
僕はぽかんとしていると、ネコはテーブルの上に資料を並べ始めた。
「これだね」
1枚の資料を取り、ネコはバックから色鉛筆を取り出して地図に亡くなった人の場所を印付けた。
周りも何をしているのか分からなかったが、すべて印をつけ終わり、鉛筆で点と点をつなぎ始めた時、わかった。
「魔法陣」
僕はその地図上に現れた魔法陣に見覚えがあった。森に書かれたのもこれを一部簡単にし、その途中の陣だった。
「そうか」
「でもなんで」
「不気味なやつが変なやつに変わった」
アルナ、フレイヤ、アーチーは1言ずつ言葉を言った。
「なんで『生還』の魔法陣なんか」
カナタは不思議そうに言った。
やはり犯人はコリンだ。通常の魔法陣だとできないと悟ったのか、人を殺すことで生き返ろうとした。不安要素をなくすために瘴気を使ってでも生き返る方法を探していた。
魔法陣は城を中心に作られている。
「となれば場所はおのずと限られる」
「魔法陣の中心」
「僕の家、か…」
レフィは憎たらしそうに言い、ハッとしたように周りを見た。
「リリーとイザベル、帰ってくるの遅くないか?」
「あ」
みんなもハッとし、周りを見渡す。
「城にいるならやばくない?」
「どうする?今から行けば間に合うか?」
「今から行っても何するんだ?」
「ネコ」
「ん?」
「僕たちと一緒に2人の生存の確認と瘴気の除去、それから罪人の確保を協力しませんか?」
「……国の再建はいらないの?」
ネコはレフィを見ずに淡々と聞く。
「必要ありません。僕たちが兄上に話を聞き、国を立て直します。ですから、協力していただけないでしょうか?」
レフィはネコをまっすぐ見つめ、聞いた。ネコは数秒目を合わせると、優しそうな笑みで言った。
「わかった。君に協力しよう」
「助かります」
レフィは頭を下げ、礼を言った。
「…王子がそんな簡単に頭を下げてはいけない」
「大切な人を守れるのなら何度でも頭を下げる」
「それはいい心掛けだ。だが、それが命取りになることも忘れずに」
そう言い、ネコはメモ帳をレフィの眼の前に置いた。
「俺が集めた情報だ。メリアには一部渡してあるが、それがすべてだ。それを読んですべて理解し、俺の言うことに協力してくれれば俺は何でもやろう」
レフィはメモ帳をぱらぱらとめくり、顔が引きつり始めるのが見えた。
「わかりました」
レフィはそう言うとメモ帳を読んでいたが、すぐにテーブルに突っ伏してため息をついた。
「頭痛い…」
そう言い、うわ言のようにリリーの名前を呼んだ。
僕は何が書いてあるのかと思い、メモ帳を見る。その中には端的に荒々しい字体で様々な情報が書かれていた。それを読み始めると映像が頭に浮かぶ。文字に映像化の魔法をかけるメモ帳らしい。すごい量の情報が頭に流れ、処理が追いつかない。
僕がメモ帳を見て固まり、動かなくなったのをよそにネコが別のメモ帳に何かを書くのが目で捉えられる。
僕はその映像の波に呑み込まれないように波に合わせて漂うことにした。すると、目の回るような情報がまとまりを帯びて見えてきた。
映像がどんどん頭に流れる。まるで何十台の防犯カメラを一気に見ているような感覚だった。
人の証言とそれをまとめたギルドの調書、そして情報係が見つけた新たな情報、潜入係が見た場所。
「…わかった」
その映像を見ていると、本能的に何かを見つけた。それは鍵なのかも知れないし、要らないものかも知れない。でも何か重要な気がする。
「何がわかったの?」
アルナは僕に聞く。2人の様子を見てメモ帳を見ることをやめておいたらしい。
「わからないけど、何か重要なものを見た」
「重要なもの?」
「うん。何を見たのかわからない。具体的には生き物みたいだけど生き物じゃないもの」
「僕も同じようなものを見た。あれは『本』だと思う」
レフィはテーブルに突っ伏しながら言う。頭痛が酷いらしい。
「本?」
ネコ以外の人は不思議そうに繰り返した。
僕は『本』ではないと思う。正確には『本』の中の1ページな気がする。
「それで、その本ってなんだ?」
「わからない。少なくとも僕が知っている限りではどこにもない」
「僕にはその本の中の1ページが見えた」
「そこまでわかるならすごいよ。流石民の上に立つ者たちだ」
「ネコ、この映像ってなに?」
「これはね、今回の鍵である。としか言えない」
「やっぱり鍵なんだ」
「うん。ただ、どういうふうに関係してくるかはわからない」
「そっか」
ネコは立ち上がり、ドアに手をかける。
「行くよ」
「どこに?」
「城。案内してよ」
そう言うとネコはドアを開け、部屋を出ていく。
レフィは辛そうな顔をしながら立ち上がり、部屋を出ようとする。
「ちょっと待って」
レフィをアイリスが止める。
「気持ち程度だけど…」
そう言ってアイリスはレフィに回復魔法をかけた。
「…少し良くなった。ありがとう」
そう言いながら部屋を出る。
「あ!置いてかれた!」
「あいつ!」
そう言いながら急いで冒険者たちは部屋を出た。
その光景を見た僕とアイリスは見つめ合って笑った。
「慌ただしいね」
「そんなに急いだって目的地は変わらないし走るより転移のほうが速いのに」
「転移魔法は使える人がいない、幻の魔法よ」
「そうなんだ」
僕はそう言いながらネコがいる城へ飛んだ。
「へ…?」
「早かったね」
「転移してきた」
「なるほど。でもそれができるなら捕まってもすぐ脱出できたんじゃない?」
「拐われるたびに転移しないといけないの?」
僕はため息をつき、言葉をつないだ。
「それに、手の内を明かしちゃだめでしょ?」
「…それもそうだね」
ネコは楽しそうに笑いながらこちらにカナタの魔法で楽をしているレフィたちを見た。
「あれ、早かったね」
「まあね」
「疲れた…」
「おつかれ」
レフィはカナタに軽く労いの言葉を言い、ネコに声を掛ける。
「早く2人を見つけたい。手分けをして探そう」
「そうだね。メリア、魔力反応は?」
「たくさんありすぎて魔力酔いする…気持ち悪い」
先程からイザベルとリリーの気配を探しているが、見つかるどころか魔力の種類が多く、酔い始めた。それだけここに人がいるということになる。
「仕方ない。手分けして」
ネコがそこで言葉を区切った。
後ろから数人、刃物を持ってこちらに向かってきていた。
「カナタ」
レフィがカナタに声を掛ける。
「はいはい」
カナタは魔法で刃物を持った人たちを眠らせた。
「おぉー!」
「全員護衛じゃない。すべて偽物だ」
レフィが確信したように叫ぶ。
「了解」
アルナとカナタが一斉に護衛のような格好をした人を気絶させた。
「でもなんでわかったの?」
「護衛だとわかる紋章を付けていなかった。その紋章は国王でも変えることはできない」
「そんなのがあるの?」
フレイヤは驚いたようにレフィに聞く。
「あるよ。護衛やギルドの紋章は国王でも変更できない。する必要がないし、国民の投票で決めたものだからね」
「なるほど。それはいいことを聞いた」
ネコはレフィに護衛とギルドの紋章をメモ帳に書いてもらおうとメモ帳を渡す。レフィはビクリと肩を上げ、おずおずとメモ帳を受け取る。
「そんなに心配しなくて大丈夫だよ。さっきみたいな情報は入ってないから」
ネコは面白そうに笑う。レフィはホッとし、メモ帳を開いて紋章を書く。
「右がギルド。左が護衛」
右のギルドの紋章はダイヤの中にリンドウが一束描かれている。左の護衛の紋章は剣と槍がバツ印ように交わり、後ろに国の紋章が書いてあった。
「なるほどね。確かに分かりやすい」
ネコは気絶している人の紋章をちらりと見た。気絶している人が着けているのは剣と弓矢が交わっている。
「よく見ていなかったんだね。何百年も同じ紋章なのに」
レフィは気絶した相手に馬鹿にするように言う。
「わかった?」
「いや?」
フレイヤとカナタがコソコソと会話をしている。紋章の違いが分からなかったらしい。
「行くよ」
レフィが2人に声をかけた。2人は元気よく返事をし、レフィのあとについていく。
アルナとアーチーは2階を、レフィとカナタとフレイヤは王たちの部屋がある離れを、僕は庭を、ネコは1階を探すことになった。
指名手配犯の影すらも追えていない。焦りが僕の中で確実に増えていく。
僕は庭に出ると、地下があった場所に向かった。
そして僕は地下に潜った。
地下は僕たちが逃げ出したときのままだった。それなら好都合と思い、一斉に浄化をする。
浄化をするとレフィが閉じ込められていた場所の奥に紙が落ちていた。僕はそれに近づき、拾う。それはある本の1ページだった。
「これは…」
僕は文章を目で追う。
そのことに集中していた僕は後ろをついてくる気配に気付かなかった。
後ろからなにかが振り下ろされた。
僕は急いで避け、振り下ろした人物を拘束する。
「なんのつもり?イザベル」
イザベルは何も答えない。僕の方すら見ずにただ虚ろな目をしてぼーっとしていた。
僕はイザベルの身体の中を見ると、瘴気が頭にある。なぜ頭に瘴気の影響が出たのかわからないが、場所さえわかればそれを浄化するだけなのであまり時間はかからない。
浄化魔法をかけると電源が切れた人形のようにぐったりと僕の方へ倒れてきた。
「イザベル!」
僕はイザベルの名前を何度も呼ぶが反応がない。呼吸はしているから気絶しているだけなのだろうが、心配だ。
そうこうしているうちに出入り口が閉じる音がした。
「最悪だよ」
僕は急いで連絡を取ろうと携帯をみるが、あいにくの電池切れ。転移魔法はどうかと試すが建物自体が転移ができないようになっている。おそらく防犯対策だろう。
「指名手配犯が動いたな」
僕は指名手配犯の影が見えた気がして少しワクワクした。指名手配犯が近くにおり、そして僕たちを殺そうと企てている。
「となれば」
僕はイザベルを横にし、本の1ページを詳しく見る。
レフィからのお願いを遂行するため、イザベルとリリーは城の中で右往左往していた。
「ここ、どこだろう…」
「おそらく王様のお部屋の近くだと思うのだけれど…」
「あら?どうしたの?」
2人は肩を震わせ、声のした方を見た。
「皇太后様…」
「あら、リリーとイザベル様。お久しぶり」
2人は
「お久しぶりです」
といい、頭を下げた。
「そんな固まらなくても取って食べたりしないわ。リリー、少しだけ時間あるかしら?」
「はい。ございます」
「なら、少し私の部屋でお話しない?」
「構いません」
リリーは続けて何か言おうとしたが、イザベルがそれを遮ってリリーに言った。
「私は王国図書館を見てくるから」
「…わかった」
リリーは頷き、皇太后と向かった。
イザベルはそれを見送ると踵を返して王の部屋へ向かった。
レフィたちは様々な場所を確認し、離れにリリーが皇太后と一緒にいるところを見つけた。
「リリー!」
レフィが驚くようにリリーの名前を呼び、皇太后の部屋に入ってくる。
その後ろから肩身が狭い思いをしながらのそりと入ってくる人が数人いる。
「レフィ…」
椅子が倒れる音がする。皇太后の方を見ると、口に両手を当て、目には涙を浮かべている1人の母親がいた。
「…母上、ただ今戻りました」
そう言い、リリーの脇に行き、リリーの手を取った。
「おかえりなさい。貴方が死んだと言われた5年前からどこにいたの?」
「地下牢です」
「地下牢?」
皇太后は驚いたように目を見開き、聞いた。
「なぜそんなところに?その場所はどこに?」
「城の地下。ここの庭の地下です。僕が王になることに不満を持った人たちの仕業と考えています」
そう言い、レフィは頭を下げた。
「僕にもう一度、チャンスをください。僕は民を、大切な人たちを守りたい」
「わかったわ。お父様に伝えておきます。お父様の方にも挨拶へ向かってください」
「はい」
レフィは頭を上げ、リリーを連れて部屋を出た。
皇太后は他の人を見送ると紐が切れたかのように座り込んで泣いた。余程生きていると聞いて安心し、うれしかったのだろう。
一方ネコは、護衛に見つかり、隠れて難を逃れていた。
「はぁ…俺だってこんなところに隠れたくないのに」
ネコは面倒そうにため息をつく。
「見つけたぞ!」
護衛がネコを指差し、周りに報告している。
ネコは舌打ちし、窓から下の庭に飛び降りた。
メリアは何かすごい音が地上からしたので、反射的に上を見る。が、地上の様子は分からない。
部屋全体を浄化してみたものの、どこからか瘴気が漏れ出ているようで浄化にきりがない。
僕は椅子に重さをつけ、アイリスが閉じ込められていた部屋に戻り、入り口を開けようと仕掛けを動かすが、開かない。何かが引っかかっているようだった。
「めんどくさい…」
僕は床に座り、改めて考える。
まず指名手配犯、コリン・ソージは女性を殺し、生き返るために魔法陣を完成させた。だが、魔法陣で死んだ人が生き返るわけはなく、今度は瘴気で作っている。しかし、その瘴気はなぜか城の地下に流れ出てしまっている。連続女性殺人は指名手配犯の手下が命令、または独自で行っていること。その殺人には必ず瘴気と魔力を持つ宝石を目印とされていること。
それからアイリスを誘拐した理由は聖女だからと考えてよさそうだ。聖女の力を指名手配犯は恐れていた。
次に人を操る能力について。指名手配犯には人を操る能力はなかった。だが、何かを見た際に洗脳させるようにする動機づけなら誰でも可能だ。それを行ったと考えられる。
最後に1ページの本。『どうか、幸せに』と1言書かれた本のページだ。この本は誰が書いたのか、何の目的か、そして誰の意思なのか。
「もしかして」
僕は指名手配犯の目的は生き返るためだと思っていたが、もし違ったらどうなるのだろう。ある人を依り代に生き返すとしたら?
「そうか。その可能性が…」
僕は急いで地上に出て確認しなければいけないと思った。でもそれを行う指名手配犯のメリットが分からない。指名手配犯も踊らされているのか、贖罪なのか。
僕は扉を無理やりこじ開けることにした。
剣を取り出し、扉と壁の間に剣を入れる。そして、テコのように動かす。だが、扉が重いようで剣からひどい金切り音が出るだけだった。
どうしようか考えてると、扉の外からなにやら声がする。
「扉から離れて」
そう聞こえた。
僕は急いで扉からイザベルを離し、僕も離れると一気に扉が落ちてきた。
「大丈夫!?」
ネコが地上から下に首を出し、僕の方を見た。
「助かったよ」
「よかった」
「それと、すぐに行きたいところがあるの。ついてきてくれる?」
「いいけど、どこに?」
僕はネコにイザベルを地下から渡し、地上へ引き上げてもらう。
「レフィが言ってた治療中の女性」
「別にいいけど…」
ネコは不思議そうに首を傾げ、イザベルを横抱きし、レフィたちに合流した。
それから僕は忙しく動き回った。
まず、レフィたちと合流し、事情を話してイザベルを預ける。
そして女性の居場所を聞き、そこに向かう。その女性はまだ昏睡状態のようで目を覚ましていなかった。ただ、女性は静かに眠っていた。
両親と妹の4人家族だったらしいく、笑顔で4人並んで写っている写真が飾ってある。
女性の身体の中を見ると、瘴気が心臓と頭にあった。僕はそれを取り除き、部屋を出た。
次に森の瘴気が出ていないか確認する。一応不安定な結界ではあったから外に1枚つけておいたのが功をなした。僕は結界の中をすべて浄化する。
浄化し終わると、ネコと一緒に森の中へ入る。森の中は青々とした植物しかいない。動物は瘴気に当てられ、逃げるかその場で亡くなってしまったのだろう。
ある程度森の中を確認し、瘴気が消えたと感じ、森を出る。
「俺いなくてもよかったんじゃないの?」
ネコはのんびりと聞くが、浄化にどれだけ体力と魔力が持っていかれるか分からなかったのだから僕が倒れた時誰が助けてくれるというのだ。その場で僕は倒れ、気絶する可能性だって少なくなかった。
そう説明すると納得がいったらしい。
「…お前…やっと見つけた!」
目の前から誰かがこちらを見ている。
「誰…?」
「俺を牢屋に送りやがって」
そう怒鳴りながら僕たちの方へあるってくる。
「……ああ、あの時の泥棒か」
ネコは今思い出したかのようにのんびりと会話をする。
その様子を見た男が魔法を使ってこちらに撃ってくる。
「死ね」
「うわっ…すごいどストレート。だけど、それじゃあ俺は殺せない」
こちらに撃ってきた魔法を僕が結界で守り、ネコは一瞬で男の上に座った。
だが、男は何ともないようににやりと笑い、ネコの顔を見た。
「どうだかな」
そう言い、ネコに向かって何かが噴射され、直撃した。
「っ…なにを…」
ネコが苦しそうに手を押さえて咳き込み、口から血が出ていた。それを見たネコはハンカチで手についた血を吹きながら言った。
「ははっ!これでお前は死ぬ!あの森の瘴気だ!どうだ、苦しいだろ!」
男はネコに直撃し、瘴気に当たったことがうれしかったらしい。ネコもなぜだか瘴気に当てられてうれしそうにしている。
「…これが瘴気」
「これでお前は死ぬ!」
僕は急いでネコのそばに駆け寄る。
「大丈夫だから」
そう言い、ネコは咳き込みながら男を気絶させ、立ち上がるが、顔色がおかしい。
すぐに僕はレフィたちに合図をし、迎えをお願いする。ネコは何か僕に話そうとしているが、辛そうで声が出ていない。
「だい…じょ…」
ネコが倒れ、僕は急いで受け止めようとするが、重く、魔法を使ってぎりぎり2人とも倒れるのを防いだ。
「僕に体預けていいから」
ネコはまた咳き込む。
「見せて」
僕は身体の中にある瘴気を見てみる。胸のあたりに瘴気が漂っていた。濃い瘴気を直接浴びたからか、肺に血が入り、呼吸困難に陥っている。
「ネコ」
ネコは辛そうにこちらを睨む。
「ちょっと痛いけど我慢して」
僕は体内にある瘴気を浄化させるため、ネコの手に傷をつける。
「は…なに…」
「呼吸に集中して」
僕はその傷口から浄化の魔法を入れる。胸に届くまで数秒かかる。その間に先程つけた傷の修復と他に瘴気がないか確認する。
数秒後、ネコの身体を見て瘴気が浄化されたことを確認する。
「体調は?」
そう聞くが、ネコは僕の膝の上に頭を乗せ、スヤスヤと寝ていた。
「…寝れてるなら大丈夫だね」
瘴気が広がらないように無意識に留めることができたから疲れがきたのだろう。瘴気は個人差がある。だが、ほとんどの人があれほどの瘴気に当てられれば数十秒も持たずに亡くなる可能性が高い。訓練を怠らないネコだからあれぐらいで済んだと言ってもいいだろう。
「さて、移動しないといけないんだけど…」
「どうした?!」
合図を見たアーチーとカナタ、レフィが来た。
僕は男をアーチーに託し、カナタにネコを頼む。
カナタは頷き、ネコを俵を担ぐように持ち、イザベルの家に向かう。
「で、なんでネコが寝てるの?」
「瘴気に当てられてね。疲れたみたい」
「へぇ…」
レフィは興味深そうに聞く。
「瘴気って僕らには見えないの?」
「見えるよ。ただ、その認識が薄いだけだと思う」
「なるほど。認識するかしないか、っていうことか」
「うん。それと、瘴気を認識すると影響を受けやすくなるからそれを本能的に拒んでいるのかもしれない」
「そうなのか?」
「少なくとも、僕の知ってる文献にはそう書かれていた」
「となると、聖女はそれを浄化することができるから認識しても影響がないっていうことかな?」
「広義的にはそうだね」
「広義的には?」
「聖女は最初から無意識に浄化できるわけじゃないし、魔力がないと浄化ができないからね」
「そうか。聖女でも魔力が少なかったり、意識したりしないと浄化はできないから瘴気の影響は受けるのか」
「御名答」
僕はそう言い、男の持っていた瘴気の缶を拾う。
「それは?」
「瘴気」
「瘴気?これが?」
カナタがオウム返しに聞く。
「この中には森にあった瘴気が残ってる」
「へぇ…」
レフィは興味深そうに缶を見る。
「簡単に言うと憎みや妬み、恨みが可視化したもので人に影響を与えるもの、かな」
「…そんなものが作られているのか?」
「いや、採取しただけだと思うよ」
僕は中の瘴気は浄化せず、何か必要になった時のために取っておくことにした。
「それでそっちは?」
「イザベルが目を覚ました。だが、記憶が混濁してメリアを襲ったことは覚えていないらしい。ただ、落ちていた宝石を見てからの記憶がないと話していた」
「リリーたちは?」
「母上と談笑をしていた。その中である程度兄上の考えと現状が分かった」
「指名手配犯については?」
「メリアの予想通り、女性を生き返すための可能性が浮遊した」
「その女性とどんな関係なの?」
「宝石関係だと踏んでいる」
「もしかして、その宝石って問題になった偽物の?」
「ご明察。現在、昏睡状態の女性が作り、あいつに渡していた。足がつかないように隠れて商売をしていたらしくて見つけるのに苦労したよ」
レフィはそう言いながら肩をすくめた。
これでほとんどのピースが揃った。あとは指名手配犯の居場所と『めざめ』との関係性だ。
洗脳については宝石の魔力が関係しているはずだ。
僕たちはイザベルの家に着くと、部屋に戻る。ネコはその部屋のソファで横にし、その側で情報交換を始めた。
情報交換が終わり、ネコも目が覚めた。
「メリアの言ってたことが分かった…」
ネコは髪を手で整えながらソファから起き上がる。
「だから危ないって言ったのに」
「あれは不可抗力」
「はいはい」
「でも結界をつけていたらこんな事は起きなかったんじゃないか?」
そうアーチーは言う。
「それは違うよ。結界はあくまで物理。直接当てられたものを守る能力はないよ」
アイリスが僕の代わりに答える。僕も頷き、例外があることも伝える。
「そうなのか…」
アーチーは申し訳なさそうに頭の後ろをかいた。
レフィとイザベル、カナタ、フレイヤは地図に書き込んだり、話したりしている。
「情報はすべて揃った。あいつの居場所も予想はついている」
そう言ってみんなに見せた地図には『めざめ』がいる場所に指名手配犯がいることを示していた。
「ネコを襲ったのは『めざめ』の中の1人だ。『めざめ』が僕たちを恨んでいることは確実。そしてあいつはそれを利用する可能性が高い」
「そうだね。それと洗脳は瘴気を浄化、または宝石の破壊で解けるはずだよ。今調査結果がきた」
いつの間に情報を送っていたんだ。本当にネコは素早い。
「あいつの狙いはおそらく復讐ではない」
「そうだね。あいつは昏睡状態の人を殺す必要があるから」
「待って。『生還』の魔法陣はどう説明するの?」
アルナがネコとレフィに聞く。
「『死』の魔法陣って知ってる?」
ネコはカナタに聞いた。
「『生還』の魔法陣と似ている魔法陣だ。ただ、魔法陣のほかにも準備しなければならないものが多い。主に『死』の魔法陣は聖女の血液が大量に必要だ」
「そうなの!?」
アルナは驚いたような顔になり、体を縮こませた。
「ごめん、知らなかった」
「まあ、確かに使わないし、あまり人に知られていないからね。カナタみたいに魔術バカじゃないと知らないよ」
レファはカナタを横目に見ながら言う。
「それじゃあ他に質問はない?」
ネコは周りを見渡す。質問がないことを確認し、指示を出した。
「レフィたち冒険者は『めざめ』を、イザベルとアイリス、リリーはここで待機。俺達は指名手配犯を捕まえる」
「わかった」
今度はイザベルたちは反論しなかった。自分がいれば不利に動くかも知れないと思ったのだろう。
「気をつけて行ってきて」
心配そうに3人は声をかけ、僕たちを送り出した。
『めざめ』のアジトに着くと、3階建ての廃ビルのような建物があった。
「アーチー」
レフィが声を掛けるとアーチーは弓を引き、廃ビル目がけて炎の矢を放った。その矢は3階の窓から中に侵入し、廃ビルから悲鳴が聞こえた。
「アルナ、カナタ。出てきたやつよろしく」
2人は「了解」と軽く返事をし、レフィとネコは廃ビルへ走り出す。
「フレイヤは怪我をして出てきた人を回復させて。その時、絶対に逃さないように」
「わかってる」
僕は地面に氷の土台を作り、その上に乗る。そしてその氷を上へあげる。
僕が入ったのは3階の炎の矢が入った1つ隣の部屋だった。
「もうここまで燃えてる」
僕はハンカチを口に当てながら水を火にかける。火はそのままおとなしく鎮火し、僕はひとつひとつ見ていく。
ある1部屋だけ作りが違う場所があった。
僕はその部屋に入り、周りを見渡す。周りの壁一面にすごい輝きを放つ宝石が一つ一つ飾られていた。その宝石は大きく、どこを見ても目が眩みそうなほど眩しい。
「おや、客人かな」
しゃがれた声が聞こえ、振り向く。
「ここは私のコレクション。気に入ってもらえたかな?」
僕は驚いた。指名手配犯の顔が何十年も老けているように感じたから。
指名手配犯が亡くなったのが人で言う20代の頃。だが、ここにいる指名手配犯は顔の特徴は同じでも90代に見える。
「よくここまでたどり着いたね」
「コリン・ソージ」
「貴方たちが邪魔をしたから全て台無しだ」
そう言い、指名手配犯は僕の首を狙い、氷を放った。僕は体を横にずらし、避けながら指名手配犯近づく。
「おや失敗」
「貴方はたくさんの女性を無差別に襲った。そして、宝石を作らせるためにある女性の命をまた奪おうとしている」
「…違うな。これは救いだ」
指名手配犯は身ぶり手ぶりでこの世界がどれだけ汚いか、どれだけ人の世で溢れているかを説いた。
「生き物は時に理性によって感じ、欲求に従って行動する。それは貴方も同じ」
僕は指名手配犯の腕を掴み、足を引っ掛けた。指名手配犯がバランスを崩し、転びそうになったところを体重をかけて床に倒す。そして腕をひねり、指名手配犯の身動きが取れないようにする。
指名手配犯は何が起きたのか分からなかったかのように目を白黒させた。
僕はすぐに両手に手錠をかけ、ネコに連絡をしようとした。
「退け!」
そう言い、女性は僕に体当たりし、指名手配犯を助けようとした。僕は急いで避け、指名手配犯を持ちながら距離を取る。
「…また会ったね」
「コリジン・ソー」
僕は指名手配犯を片手で捕まえ、もう片方の手を後ろにネコに連絡をする。
「そいつを返せ」
「姉を助けるために」
僕は女性の言葉を紡いだ。女性は驚き、辛そうにこちらを睨んだ。
「だったらなんだ。その人を早く返して」
「それはできない」
そう言うと女性は近くに落ちていた鉄のパイプを持って僕の方に走ってきた。
僕に鉄パイプがあと数歩で当たる瞬間、レフィが女性を後ろから抑えた。
「大丈夫か!?」
2人が息を乱しながら声を合わせ、こちらに聞く。
「大丈夫。指名手配犯も確保した」
「よかった…」
カナタは安心したかのようにしゃがみ込み、レフィは暴れる女性に見覚えがあったのか、耳元で何かを呟いた。
すると女性は抵抗をやめ、レフィにもたれかかるように力を抜いた。
指名手配犯はこれを好機と考え、僕にスプレー缶の中身を噴射した。
僕は急いで息を止めるが少し吸ってしまう。最近スプレー缶が人気なのかわからないが、ネコもスプレー缶で被害にあった。
「何をふざけて」
いるんだ。そう言おうとしたが、その前に足に力が入らなくなった。正確には足の感覚がなくなった。
「メリア?」
僕の様子を不思議に思った2人がこちらを心配そうに見つめる。
指名手配犯はチャンスとばかりに僕に足をかけようとした瞬間、聞き慣れた声が聞こえた。
「もう捕まえたの?あいかわらず速いね」
声のする方を見るとネコが扉の前に寄りかかっていた。
「ネコ」
僕はネコの名前を呼ぶ。指名手配犯は驚きでかけようとした足を引っ込める。
「それで?お前はなぜ人を殺していたんだ?」
ネコは指名手配犯をじっと見つめた。まるで心の底を見通すかのように。
「誰が言うか。お前は醜くない。そんな奴に私の何が分かる」
「わからないから聞いているんじゃないか。ばかだね」
ネコは怒りながら指名手配犯に話す。
「ふざけるな!」
指名手配犯は僕の拘束から逃げようと必死に動くがそれで離すわけがない。
「お前は恵まれているからわからないんだ!殺されたことも、女に馬鹿にされたことも、醜いからと笑われたことも!」
指名手配犯は声を荒らげ、ネコに言う。ネコはただ淡々とそれを聞いていた。
「ただの偽善者に何がわかる!これは私の復讐だ!私は悪くない!大体、お前ら貴族はいつも私たちを悪者に仕立てる」
私たちを悪者に仕立てる、そう聞いた時、心臓が跳ね、呼吸が乱れた。僕は急いで呼吸を整える。
そして僕が指名手配犯に反論をしようとした時、ネコが声を上げた。
「メリア、そいつ離して」
ネコがそう言い、僕は素直に従う。
ネコは指名手配犯の胸ぐらを掴み、顔を近づけた。
「俺が偽善者なのはとっくに知ってんだよ。ふざけてんのか?お前が何をされたかなんて興味も関心もない。お前が行ったことに悪か善かは俺が決める。お前がどうかなんて関係ねぇんだよ」
「そ、それでも警察か!」
「は、やっぱり知ってんじゃねぇか」
震えながら文句を言った指名手配犯に対してネコは笑い、指名手配犯を殴った。その反動で指名手配犯は吹き飛び、宝石の壁にあたり、宝石がバラバラと落ちた。
「え…」
僕たちは混乱し、ネコを止められずにいた。
「なあ、何人殺した?何人の人生なくした?そこにいる女性を含め、どれだけの人を巻き込んだ?答えろよ」
指名手配犯は恐怖し、ネコに怯えていた。
「す、すとーっぷ!」
僕は急いでネコと指名手配犯の間に入り、指名手配犯を庇う。足の感覚も戻ってきていた。
「メリアも殴っていいよ。少し苦しくなったでしょ」
ネコはいつも笑っている。どんな事が起きても、大抵は。無表情のときはあっても怒ることはなかった。だからこんなに怒っているところを初めてみた。
「善と悪をお前が決める?決めるのは私だ!」
「それは貴方の考えだ。俺の行動源は俺がどう感じるかにある。そして、お前の意思は俺たちには何の意味もなさない。俺の行動の中心は正と負でも、法律や憲法でもない。その1個人がどう感じ、どう生きているか、それを俺は自分の尺度で良いか悪いか決める。それだけだ」
指名手配犯は反論をするが、ネコは聞こえていないのか、それに対する応答はない。
「人を苦しませてそんなに楽しいか?そんなに悲しませて何か得でもあるのか?」
「あと少しでお前の血が手に入ったのに!お前が!」
指名手配犯は僕の方を見た。
「お前がいなければ!あのスプレーで死んでいればこんなことにはならなかった。お前がいなければ全部上手く言ったのに!」
指名手配犯がこちらを睨む。不思議なことに普段より何倍も怖い。なぜか分からないが、胸がギュッと掴まれたように痛い。
「メリアのせいじゃないだろ。俺等だってお前の邪魔をした」
「そうだ!お前らがいなければ私の計画はうまくいった!私は間違いなどしていない!」
「そうだね。ただ、僕たちを敵に回したのが君の唯一の失敗だ」
カナタとレフィは指名手配犯へ1言ずつ言った。
「メリアはどう思う?」
ネコは鋭い瞳で僕を見据える。
僕は自分の意志で頑張って感情を押し殺ているのにそれをいとも簡単に引き出す。
ネコの瞳を見ていると自分の心の奥がわかるようで少し恐ろしい。
「僕は、僕の思う正しいことをした。指名手配犯は情状酌量の余地はあれど、生き物を殺すことは不条理であり、快楽殺人だ」
「と、言うことで、貴方はここで終わりです」
ネコは指名手配犯の瞳を見た。瞳は何も考えていないようだった。
「それじゃ、送っていこうか」
そう言って指名手配犯を持とうとした。
それを狙ったかのように指名手配犯はネコの腕を傷つけ、最後の抵抗のように立ち上がって走ろうとした。
「まだ悪あがき?」
カナタとレフィが焦っているのをよそに僕たちは余裕そうに笑う。
「メリア、よろしくー」
ネコはつまらなくなると間延びする言い方になる。そして、何かしらの動きを僕に指示する。僕は適当に返事をし、指名手配犯の周りに結界を張る。
「な、なんだこれ!?」
指名手配犯が混乱しているのを横目に僕はネコから渡された缶を結界の中に入れる。
指名手配犯は缶に警戒したが、勝手に缶が破裂する。その中から煙が出てきた。
「ねぇ、何入れたの?」
レフィが怯えながら僕たちに聞いた。
「元通りの煙」
僕はなんともないように言う。指名手配犯との照合をするために必要なことだ。
煙が消えると指名手配犯の画像と同じ青年が出てきた。
「うん。合ってるね」
僕は結界を解き、ネコが指名手配犯に近づく。
「来るな!」
恐怖している声がする。ネコがよほど怖いらしい。
ネコは指名手配犯を気絶させ、俵のように担ぐ。そして僕に1言「行ってくる。先に戻ってて」と言って地獄へ向かった。
「さて、帰ろうか」
僕が2人に声を掛ける。2人は女性と一緒に廃ビルから出る。
「あ!やっと戻ってきた!」
「よかった」
「カナター!勝手にどっか行くなー!」
「ごめんごめん」
外にはたくさんの人が縄で縛られていた。アーチーが放った矢の火災に驚き、急いで廃ビルから出たところを捕まえる作戦は功をなしたようだった。
「ちゃんと全員捕まえられた?」
「うん!バッチリ!」
フレイヤはウィンクをしてレフィに言う。アーチーもアルナもどこか誇らしげだ。
それから、3人に女性のことを説明し、ギルドへ『めざめ』の人たちを引き渡した。おそらく調べれば裏がたくさん取れるはずだ。僕たちは捕まえた人たちをギルドへ任せてイザベルの家へ戻った。
イザベルの家に戻るとすぐにアイリスとイザベルは僕の方へ、リリーはレフィの方へ走ってきた。
「大丈夫!?」
「大丈夫だよ」
「怪我してない?」
「してない」
イザベルとアイリスは心配そうに僕の体を見た。怪我がないか確認しているようだった。
「それで、後ろの方は?」
「昏睡状態の女性の妹さん」
「……また拾ったの?」
イザベルが何かを言いたげな目をして僕を見た。
「拾ってない。見つけたんだ」
僕は弁解するが、信じてもらえないらしい。ふむ、どうしたものか。
「まあいいわ。部屋に戻りましょう。結果が知りたいわ」
「はいはーい」
僕は軽く返事をしながら部屋に入る。後ろもついてきた。
部屋に着くと全員ソファに座る。
そして、僕たちは起きた出来事を簡潔に話した。
「それでもう事件は解決したの?」
「おそらく」
「ならもう安心ね」
イザベルはホッとしたような表情になった。
「あ、そうそう。伝えたい事があったの」
イザベルは胸の前で手を叩き、立ち上がる。
「これ、王様からレフィへお手紙よ」
「兄上から?」
「ええ」
「なんで直接渡さないわけ?」
そう言いながらもレフィは手紙を受け取り、読む。
「あの兄上…」
レフィは手紙をしまい、放り投げた。そして剣で手紙を粉々に切った。
「ふぅ…スッキリした」
レフィは手紙の後始末をカナタにお願いするとカナタは面倒そうにした。
「自分で切ったんだから自分で片付けろ」
「嫌だね。兄上の謝罪文と今回の功績を渡せ、なんて書かれてる手紙なんかもう触りたくない」
「うげ…」
カナタは舌を出して嫌そうな顔をした。
「僕は民を守りたい。だから、事件が解決し、一段落ついた今、王と対峙する」
そうレフィは真っ直ぐな瞳で未来を見ていた。
「なら、応援してるわ。より良い未来に」
イザベルはそう言い、メイドが持ってきたお茶を飲む。事件が終わったからか、みんなはホッとしているようだった。
だが、まだ2つ問題が残っている。魔法陣の解除と昏睡状態の女性について、それから宝石のことだ。
あそこにあった宝石はすべて壊したが、まだ持っている人もいるだろう。
魔法陣については途中までの作りだったため、簡単な解除で可能だ。しかし、昏睡状態の女性はもう5年も目を冷ましていない。この人をどうにかしなければ任務を完了したと自信を持って言えない。
僕は周りに少し出かけてくるといい、部屋を出た。
僕は女性のいる家へ向かい、女性の眠っている病室に入った。
「貴方はなぜ起きないのですか?」
「みんな心配しているのですよ。瘴気は取り除きましたので、いつでも起きれるはずです」
僕は眠っている女性に声を掛ける。女性は返事をしないが、耳は届いているはずだ。
「どうか、早く起きてください。貴方の妹が、みんなが貴方を待っています」
僕はそう言い、枕元に永久凍土の魔法で作った赤と白のガーベラを1本ずつ置いて戻る。希望を失わないように。
部屋に戻るとネコが戻ってきていた。
ネコは僕が戻ってきたのを確認すると席を立った。
「それじゃあ、俺たちは帰るよ。今までメリアがお世話になったね」
「別にいいわよ。すごく楽しかったわ」
「それならよかった。いろいろ迷惑をかけてごめんね。それと、宝石の件、頼んだよ」
「ああ。きちんと周知させ、壊すよ」
「うん、よろしく」
そう言ってネコは部屋を出た。
「またね」
僕は手を振り、ネコの後をついていこうとする。
「また会える?」
アイリスが寂しそうにこちらを見ていた。
「奇跡が起きたら、また会えるよ。みんなもありがとう。どうか、幸せに」
僕はそう言って部屋を出た。テーブルの上に永久凍土の黄色のバラを置いてきた。氷で出来ているから枯れないし、永久凍土のため、溶けたりもしない。僕は永久凍土のものを渡すのが好きだった。
ネコが玄関でこちらを見ている。
「お別れできた?」
「うん。帰ろうか」
「そうだね。俺達にやれることはないからね」
「うん。これ以上の干渉は未来を大きく変えるかも知れない、でしょ?」
「もう十分変えてはいるんだけどね」
ネコは困ったように言うが、楽しそうだ。
そう会話をしながら2人は天界に久しぶりに帰っていった。
メリアと別れてから数ヶ月後、レフィは王として国を運営していた。側にはリリーが王妃としてレフィを支えていた。
それまでには多くの試練と言い争いがあった。
最初に偽の宝石があることやそれについての危険性などを周知させた。そして、レフィは国民にレフィが生きていたことを公にするため、城下町を中心に演説を行った。すべてを赤裸々に語ったレフィは国民を信頼を再度構築し、より豊かな、笑顔で幸せの暮らしを皆で作りたいと夢を掲げた。
現国王だった兄はレフィが生きていることに恐怖していた。兄はその席を必死に守ろうとしたが、国王を決める国民投票で圧倒的差をつけられ、敗北した。国民の中でも貴族と平民の割合は平民の人口が2倍ほど多い。それに対し、貴族を中心とした政治を掲げていた兄は平民には支持されないのだから当たり前といえば当たり前だ。
そしてレフィは国王となり、貴族中心の意見も聞くために兄たちを補佐に就けた。
それを機にリリーはレフィの正妻となり、アイリスは聖女としてではなく、1人の冒険者として世界を回ることに決めた。これでこの国に聖女はいなくなった。だが、否定の声は小さく、皆が聖女アイリスを1人の女性として認識していたため、すんなりと国を出ることができた。勿論、1人ではない。カナタとアーチー、アルナが一緒に冒険をしてくれた。
イザベルは今回の事件を機に身体能力を高め、全学年でトップに躍り出た。そして、イザベルが経営しているお店も順調に売り上げを伸ばしている。
ついでにいうと、レフィが王になる前に冒険者として貯めていた貯金からイザベルに女性の治療費、給料や住む部屋などを含めた金銭を返却しようとしたところ、イザベルは「未来への出費だから大丈夫よ」と言って頑なに受け取らなかった。
アーチーは護衛の指導係を、フレイヤは教員として魔法を教えていた。2人は小さい頃の夢を叶え、楽しそうに暮らしている。
レフィがリーダーの5人のA級冒険者は解散ではなく、一時休息という形で終了した。
そして最後、昏睡状態だった女性はメリアたちが帰ってから1週間後、目を覚ました。家族はそれを喜び、そして泣いた。メリアの言葉のおかげかも知れないし、時間が傷を癒したのかも知れない。それがわかるのはその女性のみ。女性は筋肉が衰え、歩くことも起き上がることも困難だったが、治療費の援助をレフィが1個人ではなく、国として行い始めたおかげで今は順調に普段の生活まで戻れるようになっていた。そして他の住民や貴族も治療に多大なお金をかけずに受けることができるようになった。
レフィたちが起きた出来事をフレイヤが1冊の本にして出版した。それは国民に驚きと感動を与え、会ったことのないメリアとネコに感謝の意を示した。そして、レフィにもその感謝の意は向き、レフィには国民から慕われ、気軽に相談できる王として国を運営する助けとなった。
それを確認したネコとメリアはそのまま天界へ戻る。
「すべてが丸く収まってよかった」
「うん。一時はどうなることかと思ったけど」
ネコは笑いながら
「メリアの誘拐とか?」
と言った。
「違う違う。ネコが瘴気に当てられた時」
「あれは辛かった…」
ネコは思い出しただけでも嫌だったのか、顔をしかめた。
「でもネコが生き物のことをどういうふうに思っているかが知れてよかった」
あんなにネコのことを知れたのは初めてだった。
「メリアはどうなわけ?」
「僕はすべてを信頼し、すべてを守る。そして、生き物を簡単に傷つけ、反省をしない指名手配犯を確実に捕まえる。自分を犠牲にしようとも」
僕は天界警察の入り口に降りながらネコに言う。これが僕の信念だ。絶対に曲げたくない。
「うん。俺に口出す権利はないからそれを信条に頑張りな」
ネコはそう言い、2人で刑事課に戻っていく。
「そう言えば地下にあった絵本の1ページ、ネコは鍵って言ってたけど使わなかったよ」
「あれは指名手配犯への鍵じゃない。メリアの心の鍵だ」
「僕の?」
僕は首を傾げた。
「あの本はメリアの出生から死亡までのことが物語として書かれているもの。なぜ別の世界に落ちていたのかはわからないが、メリアにはとても大切なものだよ」
「…僕の死亡するまでの物語?」
「守られた国民が書いた物語だ」
僕は驚き、足を止めた。
「これから、君の幸せを自分で掴みにいけるようになるよ」
そう言ってネコは自分の椅子に座り、資料を書き始めた。もう話すことは何もないと言うふうに。
【報告書】
コリン・ソージについて
差別、いじめなどによる劣等感からの暴走。
女性に振られたことに対しての重度な恐怖心。
それらの感情や過去が積もり、死んだことでタガが外れたと考える。
準暴力団などの世界を恨んでいる人にとってはヒーローだったと考えられる。
メリアについて
今回、普段より長期間のものとなったが、指名手配犯を捕まえる過程で知り合った者のおかげで王族に対する恐怖心が薄れた。
また、情報過多でフリーズする時間は平均より長く、一瞬の映像でも見逃していない。
まだまだ成長できる段階であり、精神がトラウマに負けないよう育てる。
責任者 ネコ




