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青薔薇の少女  作者:
8/10

固い意思 中編

 僕は冷たい床の感触に気がつき、目が覚めた。

 僕は上半身を起こし、手の感覚があるか確かめる。

「…ここは」

 イザベルは無事だろうか。あの場で庇いきれたか、周りに作った氷が当たらなかったかが不安だ。

 イザベルがなぜ家を出て1人で僕の方へ向かっていたのか分からないが、安全であればいいと願うばかりだ。

 天井には星形の電球が1つだけついている。壁には窓のようなものはないため、電球1つで部屋を照らしているのだろうが、驚くほど明るく、温かい。それから、周りには禍々しいオーラを放っている壁がある。おそらく瘴気や悪魔に似たものだろう。瘴気よりは濃く、悪魔ではない。そんな不安定なものだ。

 なぜ僕を殺さずにここに連れて来たのかが分からないが、あの場で殺されなくて良かった。死んでいるとしても、もう一度殺されたとなれば、どうなるかわからない。

「メリア、どうしよう…」

 不安そうにしているイザベルが声をかけた。

「イザベル…?」

「ごめんなさい。私がメリアに声をかけなければ今頃こんなことにはいなかっ」

「なんでここに!?」

 僕は僕と同じように座っているイザベルの謝罪を被せ、イザベルの肩を掴んで勢いよく聞いた。なぜこんなところにいるのか、なぜ殺されていないのか、なぜあの3人がイザベルまでも連れ去ったのか。

「わからないけれど、私もあの場で気絶させられたの。その時に首を少し絞められてしまって…」

 そう言って首元を見ると人の手のような痛々しいあざが残っている。

「ここはどこなのかしら?」

 イザベルが口元に手を当て、周りを見渡す。

「扉がないみたいだけれど、どうやって出るのかしら…」

「ヒントは上だよ」

「上?」

「あぁ。おそらくね」

 僕は上を見上げ、ため息をつきながら立ち上がる。どれぐらい時間がたったのかわからないため、焦りはある。

「さて、こんなところで寄り道している場合じゃないからね」

 僕は青色の魔法を使い、氷で階段を作る。天井まで上がると、電球を取り外す。

「メリア?なにを…」

 電球を取り外したが、予想通り部屋の中は明るいままだった。試しに僕は1枚の壁に向かって瘴気を清める魔法、聖光を使う。

「聖魔法の無詠唱…」

 イザベルが感心したようにポツリと呟いた。

 この世界では透明の魔法というのではなく、聖魔法というらしい。

 僕は浄化した壁をそっと触る。

 壁は僕の願いに応えたのか波打つように動いた。壁はその波が隣の壁へ伝う。

「そうか…」

 僕は部屋全体に聖光を放った。そして、天井と壁の間に隙間が出てきた。おそらく隙間から漏れ出たものがこちらに流れてきていたのだろう。その漏れ出てくる色が壁と同化して見えなかったらしい。

「向こうが出口、って感じでもなさそうだな」

 僕はそう言いつつも、壁を壊す準備をしていた。隙間は数十cmほどしかない。人一人通ることも不可能に近かった。

「メリア、なにをするの…?」

 イザベルは僕の近くに移動してくる。僕はイザベルを後ろに隠し、簡単な結界を張る。

「自我をきちんと持っておいて。怖い思いをさせるかも知れない」

「もう十分怖いわよ」

「…そうか。ごめん」

「ごめんなさい。あなたを責めたわけじゃないの。そういう意味じゃなくて、」

「知ってるよ。これ以上怖いことはない。だから、大丈夫だ、そう言いたいんでしょ?」

「…えぇ」

 僕はイザベルの気持ちもわかる。このような状況だったら、怖いと思って当然だ。令嬢は戦うことはあまりないのだから。

 僕は安心させるようにそっと声を掛ける。

「大丈夫だよ」

 そう伝え、僕は茶色の魔法で対象の壁を動かす。その間にも瘴気のような、何かどす黒いものが入ってくる。

 壁は端からぽろぽろと崩れ始め、ものの数秒で部屋と部屋がつながった。

 僕は崩れ落ちた壁の残骸を踏みながら部屋に入る。

 この部屋は瘴気が充満している。

「ねぇ、あれって…」

 イザベルが僕の後ろから震える手で奥を指差した。 

 明るいはずの部屋の中は瘴気が多く、見づらいが奥にはなにかがうずくまっている。大型犬ぐらいの大きさだが、瘴気をまとっている量が普通の大型犬と比べ、とても多かった。

 僕は刺激しないように少しずつ部屋へ踏み込む。そして、聖光を使い、部屋全体を浄化する。

 周りの瘴気が消え、閉じ込められていた部屋まで届いていた光の正体が見えた。

 それは聖女の生命力を削って出す禁忌の魔法だった。この世界にもあるのか。

「ゔぁ…」

 僕の口から声ではないものが発せられる。瘴気がまとわりついていた大型犬のようなものは聖女だった。壁にもたれかかり、何もかも諦めたような瞳をしていた。

 あの光は聖女が必死に瘴気を浄化させるために、人々が生きられるように集めて一斉に浄化している光だった。

「ひどい…」

 イザベルはそれ以上何も言わなかった。

「…ここの国の聖女の名前は?」

 僕はイザベルに聞いた。

 イザベルは

「アイリス様。アイリス・ベネット様よ。きっと、その方が…」

 と言い、近づこうとした。

「近づかないで」

 僕はイザベルを止めた。浄化できなかった瘴気がアイリスの付近にある。聖魔法(透明の魔法)を使えない人がむやみに近づけば同じようになってしまう。

「僕が行くから」

 そう言い、アイリスの方へ進む。アイリスの眼の前でしゃがみ、声を掛ける。

「アイリス」

「…」

 アイリスは虚ろな目をしていた。聖魔法の使いすぎで起こったのか、生命力を削っていたからかわからないが、髪色は先のほうが黒く、頭に向かって白色に抜け落ちている。瞳は温かみのある茶色だったはずなのに今は光がない。肌の色も触れば消えてしまいそうなほど白い。

「怖かったね」

 僕はアイリスの顔にかかった髪を取り、アイリスの耳にかける。そして、少しずつ浄化の魔法を使いながら体力を回復させるために魔力を注ぎ、それと同時に体にできた傷を治す。

「…」

 アイリスは人形のように動かなかったが、呼吸は弱々しくしている。それだけが僕をほっとさせる材料だった。

「もう大丈夫」

 アイリスは魔力が戻ってきたのか、少しずつ体に動きが見え始めた。

 浄化し、傷を全て治し終わったと同時にアイリスは大きく息を吸い、むせた。

「大丈夫。ゆっくり息を吐いて。ゆっくり吸う」

 僕はアイリスの背中に手を当て、声を掛ける。上やネコ、イザベルが僕にしてくれたように。

 アイリスは声も途切れ途切れに僕たちの素性を聞いた。

「僕はメリア。こちらはイザベル」

「大丈夫?」

 イザベルは心配そうにアイリスを見た。

「イザベル、こっちに来ても大丈夫。心配ならおいで」

 僕はイザベルに声をかけるとイザベルはゆっくりと近づく。

 アイリスは僕たちを見ながら名前を言った。

「私はアイリス」

「アイリス、貴方は生命力を削って光を出して浄化し、助けを求めていた。あってる?」

「はい。貴方が助けてくれたんですか?」

「いや、違う」

「では、イザベルが?」

「違うわ」

「では、誰が…」

 そこまで言うとアイリスは声を失った。

「まさか…」

「アイリスの考えている通りだと思う。僕たちは拉致された」

「そんな…」

 アイリスは絶望したのか、涙を流した。

 イザベルはアイリスに寄り添い、慰めていたが、あまり効果は期待できない。

「とりあえず、アイリスはなにか口にした方がいい」

 僕はアイリスに氷で作ったコップに水を入れ、差し出す。

「…ありがとう」

 アイリスは微笑みながらゆっくりと水を飲んだ。

「さて、どうやってここから出ようか」

「私に考えがあるの」

 イザベルがそう言った。

「考え?」

 僕とアイリスは言葉を被せて聞き返す。

「えぇ。メリア様が先ほどアイリス様を治療していた際、上からベルの音がしたの。だから、ここは城の真下にある地下だと考えてもいいと思うわ」

「地下…」

「だから、上に行けば出口は見つかるはずよ。それにメリア様が浄化したから不思議な形の物が出てきたの」

 そう言いながら、壁を指差す。そこにあったのは星形の穴だった。

「ここに星形の電球を入れてみましょう」

「わかった」

 僕は電球を取り出し、穴に入れる。すると、壁が扉のように左右に開いた。

「やっぱり!回路になっていたのよ」

 イザベルは推理が当たり、嬉しそうに扉の中を見る。アイリスを緑色の風魔法で支えながら、僕はイザベルの隣から扉の中を見下ろす。

「あら…?これ、下に向かってない?」

 イザベルが不安そうに聞く。

「下に行ってみるしかないね」

「私も、足手まといかも知れませんが、ついていきます」

 僕を先頭に下に向かう。イザベルとアイリスもその後ろをついてきた。

「まさか下への入り口だったなんて…」

 イザベルは外に出られないことを知り、がっかりしながら下へ向かう。

「大丈夫。僕が何とかするよ」

 そう言いながら階段を降りる。下に行くにつれ、瘴気が増えていく。これだけの瘴気、普通は湧かない。どれだけ負の感情を貯めればこうなるのだろうか。

 僕はライトのように浄化の光を使い、後ろの2人に影響を及ぼさないように進む。勿論、結界は付けている。

 その間、誰も口を開こうとしなかった。

 一番下までついたのだろう。目の前に大きな扉が見えた。

 僕は扉に手をかけ、少し手前に引く。

 扉は見かけによらず軽い。少し開けた間から中を覗き見る。

 中は先ほどまで歩いてきた階段や地下とは思えないほどに明るい。ただ、その光は冷たい印象を受けた。

 その中には1人の男性が玉座のような椅子に腰掛けていた。つまらなそうに肘掛けに肘を置き、表情は何も考えていなかった。

「メリア…?」

「どうしたの?」

 僕に2人が何を見たのか不思議そうに聞く。

「大丈夫。2人は自分の身を守って。できる?」

「なにかいたのね」

「私も手伝います」

 アイリスはイザベルの一歩前に出ると僕と目を合わせた。

「大丈夫。イザベルとアイリス、自分を守って」

「…わかりました」

 アイリスが素直に頷くのを見ると僕はホッとし、扉をさらに開けて中に入る。


「…おや、ここに客人とは珍しいね。しかも女性が3人とは」

 こちらに目線を向け、ニコリと笑った。その笑顔は貴族が作る偽の笑顔だ。

 アイリスとイザベルは後ろで見たことがないほど驚き、怯えている。

「なぜ、貴方が…」

 イザベルが掠れた声で聞くが、相手には聞こえていないのか返事はない。

「僕に何のようかな?」

 男性は何もかも分かっているようにその答えを待っている。

「この地下から出たいのだけれど、出口を知らない?」

 僕は端的に男性に聞く。

 男性は面白そうに大声で笑う。その笑い声は周りの壁が震えるような大声だった。

「何が面白いのか分からないが、僕たちはここから出たい」

「君、自分の立場わかってる?」

 男性は笑いながら足を組み、自分が優勢だという瞳をしてこちらを見た。

「さぁね」

 僕は要領の得ない回答をする。

「君は真の聖女だ。そこにいる聖女はもう使えない。君の名前は?」

「メリア」

「メリアか。いい名前だ。それでは、良い一生を」

 そう言って男性は僕を気絶させようと近づいた。僕はそれを軽々と避け、男性を捕まえようとするが、避けられる。

「王の息子の言うことが聞けないと?」

「…」

 やはり王子か。態度や言葉遣いが王族と似ていたため、予想はできていた。

「聖女はさっさと持ち場に戻れ」

「なぜ、貴方が!レフィ王子!」

 イザベルが声を荒げる。アイリスはイザベルにしがみつき、震えていた。

「おやおや、よく見ると貴方はベアトリス家の娘、イザベル様ではないですか」

「貴方は、亡くなったのではなかったのですか」

「死んでなんかいませんよ。地上では、僕のことは亡くなっていると言われていたのですか。まあ、こんなところに閉じ込めて死なないほうがおかしいのかも知れませんね」

「貴方が瘴気を生み出して地上を壊そうとしている。合っているな?」

「えぇ。大正解です。僕はどうやら兄上たちに憎まれ、死んでほしいと思われていたようで、寝ている間にここに押し込まれました。もう1人の罪人と一緒に」

「罪人?」

「はい。最も、最近は会っていませんが」

 レフィは肩をすくめ、笑った。

「それで僕はそこにいる聖女を監禁すれば地上が壊れると思ったのですが、どうやら壊れていない。なぜなのかと思い、調べてもらうと監禁されても浄化を施し、王族を守っているらしい。虫唾が走りましたよ」

「それで僕という聖女がまた出てきた。だから監禁した。でもどうしてイザベルを一緒に監禁したんだ?」

「ついでだったのかもしれません。あそこで殺すのは惜しい。そう思ったのでしょうね。おそらくベアトリス家の娘が隠し扉の存在に気づいたのでしょう?あの時にベアトリス家の娘を殺されなくて良かった」

 レフィは僕に向かってツタを伸ばし、拘束しようとした。僕は赤色の魔法でツタを燃やす。

「素晴らしい」

 レフィが口元を隠し、嬉しそうな声色で僕をみる。

「勝負をしませんか」

「勝負?」

「はい。僕が勝てば貴方はここで一生を過ごしてもらいます。貴方が勝てば出口を教えます」

「それから民らに手を出さないと約束してくれ。してくれたら受ける」

「えぇ、構いませんよ。貴方は僕に勝てない」

「それはどうかな」

「だって貴方、僕に近づかないでしょう?それに僕のことが怖いのか、足が震えて少しでも刺激を与えれば座り込んでしまいそうだ」

 僕は一歩後ろに下がった。足が震え、レフィのことを怖いと思っているのは本当だし、レフィには近づきたくない。だが、2人の前でそんな弱音を吐くわけには行かない。僕は恐怖と不安、それから守らなければいけないという使命感で押しつぶされそうになっていた。

「そんなことでは僕に勝てない」

 レフィは僕に鋭い刃のような風を放った。僕は最低限の動きで何度もかわし、防御に徹する。

 怖い。近づきたくない。そんな考えが浮かんでは消えていく。

 レフィの攻撃を避けていると一瞬、何も聞こえなくなった。

「同じ人はいない、たった1人の自分らしい生き方を見つけようよ」

 何も聞こえなくなった一瞬、生前に聞いた温かい声が聞こえた。

 僕はその声にはっとして深呼吸をした。

 何に恐れていたのだろう。レフィは僕の婚約者ではない。ただの王子だ。

 それに守るべきものはここにいる2人だけではない。今も指名手配犯の恐怖に脅かされているものもいるはずだ。早くここから出なければ、そう思った。

「…そうだね」

 僕はポツリとつぶやくと、レフィに氷の刃を向けた。

「メリア…?」

 不安そうな2人に安心させるように笑い、深呼吸をした。

「大丈夫。絶対に守るから」

 僕はしっかりと足を踏ん張り、対峙する。まだ人は違うと認識できても対峙するのは普段より何倍も怖い。でも、出口が分かれば指名手配犯に近づくこともネコと連絡を取ることもできる。

「貴方は勝てない。どれだけ防いでも限界があるからね」

 レフィは余裕そうな顔をして剣を取り出した。僕も同じように懐から短剣を取り出す。

「そんな短剣でやるつもり?」

「短剣じゃない」

 僕は剣を手でなぞる。剣は手に合わせて長い剣になる。

「流石、『聖女』と言ったところかな。それとも貴方の能力?」

「これは僕のオリジナルだよ。それからその名で呼ばないでほしい。僕は『聖女』という肩書はあれど、『真』の聖女じゃない」

「そうか。それほど貴方は聖女がいやなのか。しかし、昔はそんなことなかったのでは?」

「僕を知ったような口で聞かないで。レフィに僕は会ったことがない」

「おや、それは失礼」

 レフィは楽しそうに周りに風をまとわせた。おそらく近づけば切られるだろう。

 それならば、最初から近づかなければいいだけ。一度出した僕は剣を王子に向け、炎の塊を放つ。

「そんなもので止められるとでも?」

 レフィは余裕で近づくが、僕は最低限の動きでかわし、同時に攻撃もする。動き方は生前に父、死後にもネコから徹底的に叩き込まれた。

 レフィの頬から血が流れた。

「強いね。一応、僕はA級冒険者のリーダーとしても活動してたんだけど、さすが聖女。その名は伊達じゃない」

「僕は聖女であるが、聖女ではない」

「聖女ではないなら、この人を殺してもこちらを優先すると?」

 イザベルの付近に鋭いツタが生成され、イザベルの心臓を突き刺そうとした。アイリスが急いで守ろうと前に出た。

 アイリスは目をつぶり、イザベルから恐怖する悲鳴が聞こえた。

 だが、アイリスの心臓にツタが突き刺さることはなく、その目の前でツタが砕けた。

「…は?」

 レフィが混乱するような声色で僕を相手しながら何度もアイリスやイザベルを攻撃するが、2人の体や服には傷1つつかなかった。

 その間に僕はレフィを拘束し、剣を首筋に当てる。

「僕の勝ち」

「…負けてしまったか」

 僕に的を絞っていれば王子でも勝機はあったのに混乱して2人に一瞬でも意識を向けたことが王子の敗因となった。

「それにしてもずっと結界を2人に施していたのか」

「何かあってからでは遅いからね。それで出口は?」

「階段を上がり、聖女がいた部屋に星形の穴があったはずだ。それを外し、床下にある星形の穴に入れれば出口は現れる」

「貴方はどうして知っていながら出なかったの?」

 イザベルはレフィを見下ろしながら聞く。

「ここに座っている間にしか出口が現れない仕組みになっている。それに出ようとしても1人じゃ出られないし、罪人も自分のことばかりで僕を助けようとなど、考えていなかった」

 レフィは淡々と言い、乾いた笑いが響く。

「それなら、一緒に出ませんか?」

 アイリスがレフィに手を差し伸べる。レフィは後ろ手に拘束されているから手を乗せることはできない。ただ、レフィはとても驚いた顔をして、泣きそうな顔になった。

「私が捕らえられる前からここにいたんですよね。1人で寂しかったと思います。一緒に出ませんか?」

「…出たい。もう何年も外を見ていない。地上を、空を見たい。お願いだ。ここから、出してくれ」

 レフィは泣きそうな声で頭を下げた。

「『何年も』ってどうやって生きていたの?」

「罪人が食べ物を持ってきてくれたり、昔はメイドが持ってきてくれた。パンや水、野菜以外のものは口にしていない。最近は罪人が持ってきてくれるだけになった。ただ、その罪人も来なくなり、ここ何日かは魔法で生成できる水しか飲めていない」

「酷い」

 アイリスは涙を流してそう言った。

「哀れんでいるのなら結構。世のため人のために頑張っていたのにその結果がこれだ。兄上たちを殺さなければ僕の気が収まらない」

「殺しはダメ」

 僕はレフィの顔を覗き込み、言った。

「なら、我慢しろと?」

「我慢じゃない。民を味方につける。世のため人のためにやっていた貴方にはそれができたはず。民を味方にすれば、何倍も力が湧く。貴方は聖女を閉じ込めるのではなく、助けを呼べばよかった。それができなかったのは民を保護する対象だと思っていたから」

「保護する対象…」

「僕と同じく、民は守る必要があるものだと思い込んでいた。それが貴方の失態」

 僕はそう言って椅子を炎で燃やす。炎が消えると椅子の骨組みとスイッチだけが残った。

「なにやって…」

「装置はこれ。これを踏んでいる間だけ出口が開く」

 僕はその上に氷を置き、スイッチを押している状態にした。

「さっさと行くよ」

 そう言ってレフィを担ぎ、全員で階段を登ろうとする。

「は?おい、担ぐな!」

「わかった」

 僕はレフィを風で浮かせ、階段を登る。レフィからの抗議の声は聞こえなくなった。

 階段を登り終わると、僕とアイリスは床下を探し、イザベルは電球を外した。

「あった!」

 アイリスの嬉しそうな声が響く。そこには床下に星形の穴がぽつんとあった。

「はめるわね」

 イザベルが星形の電球をはめると、上から階段が降りてきた。そして天井だと思っていたものが横に動き、青空が見えた。

 2人は嬉しそうにはしゃぎ、レフィはじっと空を見ていた。

 アイリス、イザベル、メリア、レフィの順で階段を登り、外へ出た。イザベルの予想通り、王家の中庭に出た。

「…帰ってこれた…」

 レフィは驚いているような、ホッとしているように言った。

「さて、一度王様にご挨拶をしますか?」

 アイリスはレフィに聞く。レフィは首を振り、澄んだ瞳で僕を見ながら言った。

「国民にあいさつに向かう。まず、信頼していた仲間に」

「冒険者の仲間かな?」

 僕は笑いながらレフィに聞く。レフィは頬を赤らめて少し恥ずかしそうに頷き、言った。

「カナタに約束をしてたんだ。カナタの妹が20歳を過ぎたらリリーと一緒になるって」

「カナタ…?」

 イザベルがその名前に反応した。

「うん。僕が閉じ込められてから5年。リリーももう23だし、会えるといいな…」

 その会話を聞き、僕は行き場のない怒りと悔しさが出てきた。

 もっと早く見つけていれば、もっと早くそのことを知っていれば。何か未来は変わったのかも知れなかった。

「カナタなら家にいるわ」

 イザベルは淡々とレフィに伝える。レフィは驚き、嬉しそうに笑ってイザベルから詳細を聞いた。

「そんなことが…」

 レフィは口元に手を当て、何かを考えている。

「よし。まずはカナタに会いに行こう」

「案内するわ。それと、服もどこかで買いましょう」

「ありがとう、助かるよ。今は何も持っていないからね」

 レフィは恥ずかしそうに言い、自分の服を見た。

 服は王子が着るものとは思えないほど質素なものだ。髪も自分で切っていたのか毛先もバラバラだ。

「これじゃあ、カナタに会えないや」

「私の一番のお店を紹介するわ」

 イザベルは殺されそうになったことを忘れているようにレフィと親しく話をしている。アイリスも僕の隣でニコニコと2人の会話を聞いている。

 警戒心がないのは、謝罪されたからだろう。


 レフィは地下室の階段を上がる前に

「3人とも、ごめんなさい」

 と深々と頭を下げた。

「僕は自分のことしか考えてなかった。王家を殺そうとしか、考えていなかった。本当に申し訳ありません」

 レフィは何十秒も頭を下げ、何回も謝罪をしていた。その様子に毒気を抜かれた2人は穏やかに笑い、レフィの謝罪を受けた。

 僕はあえてその謝罪を受けず、その後の行動で決めることにした。それに、謝罪をするのレフィだけではないのだから、謝らなくてもいい。

 そう伝えるとレフィは笑いながら、そっかとだけ言った。


 イザベル自慢の店は驚くほど賑わっていた。

「ここは安くて品質もいいから市民の方にも人気なの。向かいには美容室もあるし、ここで揃えちゃいましょう」

「いいですね!」

 アイリスは楽しそうに男物の服を選ぼうとする。

 イザベルはアイリスの肩に手を置き、ニコリと笑った。

「アイリス、貴方も服を選びなさい。私が払いますから」

「え、でも…」

「貴方の服もボロボロよ。さっさと選ばないと私が選ぶわよ」

 にやりと笑ったイザベルは悪い企みをしている人のような顔だった。アイリスは驚きながら自分の服を選ぶと言い、女性物の売り場へ向かった。

「メリアも、アイリスと見つけてきたらどう?」

「いや、僕はこの服が気に入っているんだ」

「そう。ならいいけど…」

 僕の服はあまり汚れていないからイザベルもすぐに引いてくれた。


 それから数十分後、2人は服を着替え、イザベルの家へ4人で向かっていた。

 アイリスは髪色は先のほうが黒く、頭に向かって白色に変わっているが、気にしていないようだった。瞳の茶色に合うようにシンプルな白いワンピースと淡い色の羽織りを着ている。羽織りが動く度にふわふわと揺れて楽しそうだった。足元はヒールのない白いパンプス。

 レフィは明るい黄色のネクタイと白いシャツ、その上に瞳と同じ黒の上着を羽織っている。伸びていた銀髪は襟足を少し残していた。

 誰が見ても王子と聖女と言われるような気品を持ちつつ、誰でも真似できるような服装だった。

「レフィ、準備はいい?」

 イザベルがそう言うと、レフィは頷く。イザベルは玄関を開け、中に入った。僕もイザベルのあとに続く。

「お嬢様!」

 焦っている顔をしたカナタが玄関の開く音に気づき、2階から飛び降りてきた。

「お怪我はありませんか!?」

 イザベルに質問を何回か続け、状況が分かったのか、ホッとため息をついた。

「ご無事でよかった…」

「心配をかけてごめんなさい。それより、会わせたい人がいるの」

「俺に、ですか?」

「えぇ」

 イザベルは僕の後ろに立っているレフィに視線を向けた。カナタもその視線を追うようにレフィを見る。

「カナタ」

「は…?」

 レフィがカナタの名前を呼ぶとカナタが呆けた声を出した。

「この方が私たちが囚われていた場所にいたの。だから、連れてきちゃった」

 イザベルはいたずらっ子のように声を弾ませるが、カナタは耳に入っていないようだった。

「なんで、レフィが…」

「…」

 レフィは肩をすくませ、笑った。

「お前…死んだんじゃなかったのかよ」

「死んでないよ。兄上たちに拉致されて地下室で生きていた」

「ふざけんなよ。俺、死んだとばかり…あいつらも、リリーだって…」

「うん。ごめん」

「生きててくれてよかった…」

 カナタはレフィのことを抱きしめ、涙を流した。

 レフィはカナタが話している内容に相槌を打ったり、笑ったりしていた。

 それから、玄関の前では話しづらいだろうとイザベルが部屋の1室を貸した。

 そこで2人は最初にある話をした。

「リリーには会ったのか?」

「いや、会ってない」

「早く会ってくれ。あいつが、死んじまう前に」

「え…」

 レフィは言葉を失った。

「あいつはお前が死んだと聞かされてからご飯をあまり食べないし、ずっと寝ているか外を見ているかのどっちかなんだ」

「…他に好きな人を見つけてくれても良かったのに」

「お前に愛されちゃ、そうも行かねぇだろ」

「そうかな?」

「だから、早く会ってくれ」

「うん」

「家にいる」

 レフィは頷き、別の部屋にいる僕たちに声をかけた。

「3人とも、僕、少し出かけてくる」

「わかったわ」

「気をつけて」

「幸があらんことを」

 僕たちは1言ずつレフィに声をかけ、レフィを送り出した。

 レフィが部屋を出ていってから数分後、カナタが部屋へ入ってきた。

「レフィを助けてくれてありがとう。レフィの友人として、礼を言う。助かった」

「私は何もしていないわ。お礼を言うならお2人に」

 そう言ってイザベルは僕たちに目線を移した。

「あぁ。本当にありがとう。また、あいつと会って話せるなんて思ってもいなかった」

 カナタは深々と頭を下げた。アイリスはそれを見てカナタの肩に手を置き、優しく言葉を発する。

「それはそうでしょう。亡くなっていたと思っていたんですから」

「それに、レフィは僕たちが脱出する『ついで』だ。そんなに礼を言われることはない」

「王子を『ついで』って…」

 カナタは困ったような笑いをした。

 僕はリリーに会いにカナタの家へ走って向かった。

 途中、数人に「レフィ王子ですか?」と声をかけられた。僕は申し訳ないが、曖昧に笑いながらその人たちをあしらった。

 ただ早くリリーに会いたかった。


 家に着くと、僕は息を整える間もなく勢いよく扉を開けた。

 僕はリリーの部屋に向かい、ドアをノックした。

「リリー、入ってもいい?」

 そう聞いたが、僕は返事を待つ時間が惜しく、ドアを開けた。

 リリーはただ外をぼーっと見ていた。

「リリー」

 そう言うとリリーの方がビクリと上がった。

「悲しませてごめん。ずっと、1人にさせてごめん」

 僕はリリーの寂しそうな背中を抱きしめた。

 リリーは僕の腕を触り、ゆっくりと振り返った。

「レフィ…」

「うん」

「死んだんじゃ…なんで…」

 リリーは混乱しているのか、言葉がつっかえている。

「死んでない。捕まってただけだよ。メリアたちが助けてくれたんだ」

「メリア…?」

「僕のことを助けてくれた聖女たち」

 リリーは泣きながら僕のことを正面から抱きしめた。

「どこにも行かないで」

 小さく掠れた声は2人以外の耳に入ることなく、消えた。

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