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青薔薇の少女  作者:
7/10

固い意思 前編

 俺はある世界の神が天界警察に課した課題について、少し弱いと思った。世界を消す一歩手前にまで神の意志が偏った。悪魔と契約者の影響とは言え、半分はその神の意思だ。信用できない。

 優にも俺は信用しなさすぎる、信用して信頼しろと言われる。『信用』とは確かなものと信じて受け入れることであり、天界警察では重要視されているだろう。だが、信用するには情報が足らなすぎたり、少しでも怪しい所があれば信用しない。することができない。

 だから俺は納得できるまで様々な場所へ向かい、調べる。そしてその情報に納得してから世界に向かう。

 多分俺は人を信用をしないんだと思う。


 そんな俺とあの子は真逆だった。

 メリアの生きてから死ぬまでの資料を読んだが、最初に思った印象は俺の真逆だと思った。信用のし過ぎで身を滅ぼした王女。

 それから何度か俺は驚いた。あの子はトラウマがあれども、生前のように無差別に信用していた。そのせいで死んだというのに、まだ懲りていないらしい。

「なんでそんなに信用してるの?」

 俺はメリアに一度だけそう聞いた事があった。メリアはきょとんとしてから笑って言った。

「僕が信用できなかったら相手は同じように僕に対して信用してくれないでしょ?だから僕は信用する。例え、裏切られたとしても」

「頭大丈夫?」

 俺は本気でメリアを心配した。裏切られても信用するなど、普通はできない。人は学び、裏切られれば裏切られるほど慎重になる。

「僕は至って正常だよ。信用してほしいから信用する。当たり前のこと」

 その言葉がわからなかった。ただ、とおい昔に誰かに言われたような気がする。

「でも急にどうしたの?」

「少しね」

 俺は適当に流して資料を提出しに上の部屋を向かった。


【指名手配犯】

名前 コリン・ソージ

ランク C

犯罪、特徴

 ・令嬢を無差別に襲う

 ・亡くなった人のネックレス等を盗んでいないため、金銭的な目的ではないと考える。

 ・被害者は10人。すべて女性

 ・生前は犯罪歴なし

見た目 銀髪 赤い瞳

種族 精霊

「じゃあ、行ってみる?」

「うん」

 ネコの声掛けで僕は席を立つ。トラウマを克服したのかわからないが、いつまでも避けていては成長しない。それにいつまでも半人前でネコの後ろをついているだけの人にはなりたくない。

 案内人から「ご武運を」という言葉を聞きながら扉を開ける。僕は案内人にお礼を言って入る。


 世界に着いてからネコがこちらを向いて話した。

「自分でできなかったら俺を呼んで」

「『できないと思ったら』じゃなくていいの?」

「それじゃ成長しないよ。俺に頼ってる」

「ありがとう」

「多少の無茶は目を瞑るが、責任は取れ」

「はい」

「それじゃ、頑張って」

「うん」

 ネコは手を振りながらどこかへ向かった。

 僕は僕にできることをやる。今回は令嬢が無差別に殺されている。とすれば内部にいる可能性が高い。魔法も使えるから姿形が変わっていても不思議はない。特徴は当てにならないだろう。

 僕はとりあえず手当たり次第に令嬢と接触を試みようとした。だが、馬車や王様を見ると足がすくんで呼吸が速くなるのを感じ、話しかける前に通り過ぎてしまった。

 胸に手を起き、上に教えてもらった呼吸の方法を試したり、深呼吸をしたりして呼吸を整える。

「貴方、大丈夫?」

 僕は声のする方を見た。そこには心配そうにしている令嬢がこちらを見ていた。金色の髪が太陽の光に当たり、キラキラと光っている。ツリ目よりだが、心配そうに見ている表情は温かみがある。瞳は深緑に近い。

「顔が真っ青よ。どうしたの?」

 僕は勝負に出るか、それとも待つか考えた。おそらくネコならここで待つだろう。

 だが、優は?一度動いているところを見た時、優は派手に動いていた。バレるのも構わないと思っているようで、動きに躊躇がなかった。

 僕は優のようにやってみようと思い、声を振り絞った。

「助けてください」

「どうしたの?」

 令嬢は驚いた顔をしてこちらを見た。理由は何にしよう。喘息?仮病?どれもこれも当たり障りがない。となれば…。

「…逃げてきたの」

 令嬢は目を開き驚いていた。そして何も聞かずに僕を家に招いてくれた。何から逃げているという設定は良かったらしい。

 伯爵ほどの位なのだろう。大きな土地と家だった。家の中に入ると、細かいところまで丁寧に手入れされている入り口があった。

「こっちよ」

 令嬢は僕の体調に気遣いながら一室に案内した。

「大丈夫?」

 令嬢は心配そうに僕の顔を見た。

「ありがとう」

 僕は笑って返事をする。

「自己紹介していなかったわね。私はケインズ・ベアトリス伯爵の娘、イザベル・ベアトリス。よろしくね」

「僕はメリア・セレストと申します。先ほどは助かりました」

 僕は頭を下げる。

「いいのよ。最近物騒だから気を付けて」

「物騒…?」

 僕は何も知らないように聞き返す。イザベルは心配そうに話し始める。

「えぇ。ご令嬢を無差別で襲う方が出ているの。犯人はまだ捕まっておらず、その手がかりもない状態なの」

「そんなことが…」

「だから何かあったら大変よ。貴方、帰る場所はある?」

「…ないと言ったらどうしますか?」

「お父様に聞いてみるわ。それで帰る場所はあるの?」

「ありません。この身一つで逃げてきたので」

「まあ…」

 イザベルは驚いたように目を開き、哀れんだ瞳を見せた。

「それなら、ここでお泊りしませんか?」

 イザベルは少し恥ずかしそうに聞いた。

「いいんですか?」

「お父様に聞いてからにはなるけれど、だめかしら?」

「お願いします」

 僕は深々と頭を下げた。イザベルは伯爵家だ。それに雰囲気や言動に品がある。きっと他の令嬢とも親しい。

 僕からの返事を聞くとイザベルは執事に「お父様とお話がしたいのだけれど、空いている時間を聞いてくれる?」と話していた。

「さて、メリア様」

「どうしましたか?」

「貴方の素性を教えてくださらないかしら」

 イザベルは僕の目をまっすぐと見て話した。

「はい。僕は…いえ、私は平民に落ちた貴族です。お父様が罠にかかり、全てを失いました。そして、私は…」

 そこで声を詰まらせた。これでは生前の私と似てしまっている。最初は大切な人の幸せを願ってした結婚のはずが、王子とそりが合わず、最後に友人に守られたにも関わらず、民を守ろうとして死んだ私と。

 気がつくと呼吸が浅くなっていた。空気が薄い感じがする。上手に呼吸ができない。

「大丈夫。ゆっくり息を吐きなさい」

 背中に何か温かいものが触れられ、凛とした声が耳に届く。僕はゆっくりと息を吐き、吸う。

 隣を見るとイザベルが横に座って背中に手を当てていた。扉の入り口には心配そうにこちらを見る執事とメイドが走ってきたのだろう、息を切らして手には救急箱と銀色のポットを持っていた。

 呼吸が落ち着いたのを見るとイザベルは話す。

「もう話さなくていいわ。ごめんなさい。話しづらいことを話させてしまって…」

「い、いえ、きちんとお話します。素性が分からない人を置くこと以上に信用できないことはありません」

「いいの。貴方は悪い方ではないわ」

「ですが…」

 僕はイザベルが無条件に信用をしたことに焦りを感じた。

 きちんと伝えなければ、そう思うが言葉が出ない。僕は誰から逃げているのだろう。指名手配犯ではない。両親でも、神でもない。なら、誰を?

「貴方の瞳は揺るぎがない。私にはそれだけで十分よ」

 イザベルは優しく笑った。その笑いが作り笑いのような偽物ではなく、本物のようでとても美しかった。

「とりあえずゆっくりしていって。お話の相手が出来てとても嬉しいの」

「…ごめんなさい」

「いいのよ。それよりお茶をしましょう」

 メイドがイザベルの発言を聞き、素早くお茶の準備をする。

 お茶をしている間もイザベルは僕の身元について聞いてこなかった。逆にイザベルの家族や通っている学校を僕に教えてくれた。

「今は女性は外に出ないよう言われているの。早く捕まらないかしら…」

 執事がお茶のおかわりを注いだ。

「ありがとう、カナタ」

「礼を言われるものではありません」

 執事が一礼し、後ろへ下がった。

 一瞬、執事の気配が剣をやっている人独特の鋭いものに変わった気がした。

「どうしたの?」

 令嬢は首をかしげ、不思議そうにする。僕は急いで何でもないといい、会話を再開する。

「そう言えば外へ出てはいけないと言われていたのにどうして外にいたんですか?」

 僕はなるべく不審がられないように執事についての情報を聞くことにした。普通の執事ではない。おそらく護衛を兼ねているのだろう。

「それは私が暇だと言ったら護衛付きで外出許可が取れたと言われて。その通り道に貴方を見つけたの」

「そうでしたか。その外出許可は誰が?」

「メイドのアオイよ。お父様にお願いしたらしいわ」

「皆様、イザベル様のことがお好きなんですね」

「どうかしら?」

 イザベルは悲しそうに目を背けた。

「それより、お父様に聞いてみないと」

 イザベルは無理矢理話題を変えた。

「そうですね。断られたら宿を探さないと行けませんし」

「お泊まりは嫌?」

「いいえ」

「なら良かった」

 それからイザベルの父、ケインズに話し、宿泊許可を貰い、一泊することになった。

 その日の夜、僕は案内された部屋で眠らずに携帯を使って現状をネコに報告、その後情報係に新しい情報がないか確認したが、特に目ぼしい情報はない。

「本当に無差別なのか…?」

 僕は無差別に女性を襲っているという所に不安を持っていた。無差別なら平民を狙えばもっとハードルは低いだろう。なぜ令嬢を中心に狙っているのだろう。僕はそこにもなにか別のものがあるのではないかと思った。


 僕は次の日、外出しようとするとイザベルからは当然のように止められた。何度かお願いするとイザベルはある条件を出して渋々承諾してくれた。

「…貴方が護衛をするなんて驚きました」

「お嬢様からのご命令ですので」

 そう淡々と執事のカナタは僕の跡をついていく。

「質問をするから答えてくれますか?」

「答えられるものなら答えます」

 カナタは淡々と答えた。

「貴方、剣術は得意ですか?」

 僕は気になっていることを直接聞いてみることにした。

「はい。一応は」

「いつからイザベルの護衛を?」

「1週間ほど前です」

「本職は?」

「A級冒険者です」

「仲間は?」

「…」

 カナタは答えない。答えづらいのだろうか。それとも僕が分からないと高をくくっているのだろうか。

「なら、僕が答えます。貴方の他にメイドに2人。執事にあと1人。あってますか?」

「…正解です」

 カナタは少し表情を動かした。

 昨日、僕が過呼吸を起こした時、銀のポットだけでなく、コップも持ってくるはずのメイドや救急箱のみを持ってきた執事がおかしかった。それからメイドが近くを通りかかった時、メイドが行わない行為をしていたのが気になった。おそらく誰かに仕えることがなかったのだろう。だから不自然に感じる点が多かった。

 それに依頼として受けたのだろうが、隠そうとする意味が分からない。依頼者がそう望んだのか、又は言いたくなかったのか。

 そう考え込んでいると、路地裏で何かが壊れた音がした。それからくぐもった声も。

 僕はカナタを置いて急いで音のした方へ走る。

「ちょ、メリア様!」

 後ろから焦ってついてくるカナタがいるが、構っている暇はない。音を聞く限り、誰かが襲われ、抵抗している。

 僕が音のあった場所に着くと、横になり、首から出血している女性がいた。

 僕は急いで女性を回復させる。思った以上に深く切られているため、出血が多い。

「おい、メリア!」

 カナタが僕に怒鳴り込むようにして大声を出したが、女性を見て言葉を失っていた。

「大丈夫。大丈夫だから」

 僕は女性に声をかけながら回復魔法をかける。傷は塞がるが、意識が戻るかは分からない。

「お前、もしかして」

 女性がゆっくりと目を開けた。その瞳は耳につけているイヤリングと同じ黄色だった。

「大丈夫?」

 僕は安心させるようにゆっくりと話す。女性は頷くとホッとしたのか大粒の涙がポロポロと流れてくる。

「貴方の名前は?」

「カリン・シグナルです」

 僕は女性が起き上がるのを手伝う。女性は立ち上がろうとするが目眩がするのかふらふらとしていた。

「ほら、乗って」

 カナタは女性の前に座り、背中に乗るよう促す。女性は少し考えてからそっと乗った。

 僕は女性をおぶったカナタの後をついていく。

「どうしてこんなところにいたの?」

 僕は背中に乗っているカリンに聞く。

「わからないわ。気がついたらあそこにいたの」

「そっか…」

 何もわからないのか。となると、捜査は難航しそうだ。指名手配犯についてももう少し情報がほしい。

「メリア様、貴方は聖女なのですか?」

 カナタが女性をおんぶしながらポツリと言う。

 こういうときは何と答えればいいのだろうか。正直に話して問題はないのだろうか。

 黙り込んでいると、カナタは申し訳なさそうに言った。

「すみません。無理して言わなくて結構です。忘れてください」

「わかりました」

 僕はホッとした。正直に話して迷惑がかかる可能性も否定できない。何かあった時にその場で僕が対応できるかどうかも不明なため、不安要素はなくしておきたい。

 路地裏を出ると、ネコが壁に寄りかかっていた。

「ネコ?」

「あ、いたいた」

 ネコはこちらに歩いてきた。カナタは警戒しているようで、殺気を出している。

 ネコから守るようにカナタが前に出た。

「貴方は誰ですか?」

「俺はメリアの友人。だから殺気を抑えてくれる?」

「本当ですか?」

「うん」

 カナタは僕に確認を取る。嘘をついていないと思ったのか、カナタは殺気を消し、一歩後ろにずれた。

 ネコは僕に近づき、聞く。

「連絡したんだけど、見た?」

「見てない。路地裏で女性を助けてたから」

「なるほど。少し話せる?」

「女性を病院に送り届けてからでいい?」

「うん、いいよ」

 ネコは柔らかな笑みを浮かべて言った。

「いや、俺が病院に連れて行く。メリア様はご友人と向かっても大丈夫だ」

「それは助かるよ」

 ネコは嬉しそうに笑った。

「それじゃ、イザベル様にはご友人といると伝えておきます」

 カナタは軽く頭を下げる。

「あぁ。夜には返すよ」

「僕をものみたいに扱わないでほしいんだけど…」

「では、失礼します」

 そう言い、カナタは女性をおんぶしながら病院の方へ向かった。

 ネコは無言で喫茶店に寄り、個室を借りた。

 個室に着くとネコが椅子に座り、僕にも促す。僕もネコと対面する椅子に座る。

「さて、メリア。面白いものが見つかったよ」

 ネコは楽しそうに無邪気に言うが、目が笑っていない。ネコはいつも指名手配犯に関する情報が見つかった時、こんな顔をする。

 ネコは懐から何枚かの紙を取り出す。

 それを僕に手渡し、僕は見る。その写真は指名手配犯に殺された女性が無残にも殺されている現場だった。

「鮮明なものを警察にもらった」

 たった1日で警察からの信用を取り、写真を貸し出してもらえるなんて、流石ネコ、というところだ。

「関連性があるものが追加で1つあった。見つけてみな」

 僕は写真を一つひとつ見る。

 計10枚の女性。

 1枚目は侯爵家のベラ・アレク。写真のベラは路地裏の壁にもたれかかり、瞳に生気がなく、涙を流したのだろう、泣いた跡が鮮明に見える。18歳の白髪で生きていれば幸せな家庭を築けていたはずだった。首を一直線に切られ、出血死。ケープワンピースのような軽いお出かけ用の服装だ。耳元には琥珀のような色をした宝石がきれいな状態でついている。

 2枚目は伯爵家のソフィ・クラーク。部屋の中で倒れ、首元には絞殺されたのだろう、跡が見える。抵抗したようで、細い紐を掴もうとした跡が残っている。20歳の金髪が映える人で成績優秀であり、2年後は王宮で司書として働く予定だった。こちらも同じような服装だが、より質素に見える。首元には紫色の宝石が場違いのように輝いている。

 3枚目の女性は男爵家のメイヴン・ターナー。路地裏に仰向けに倒れ、眠っているように穏やかな顔だ。だが、腹部を刺され、首には手跡が見える。爪には被疑者と思われる血液が残っていたが、調べることは不可能。24歳の当主であり、家を継いだばかりだった。服装はどこかの会談へ向かう途中だったのだろう。シンプルだが、ドレスには丁寧な花の刺繍がされている。側には水色の宝石がついたヘアクリップがキラキラと輝きながら落ちている。

 僕は4枚目、5枚目と写真を見ていく。10枚目まで見た後、写真を見比べる。共通しているのは貴族であること、若い女性。それから、僕が名前の知らない宝石を身に着けていることだけ。服装も髪色も場所も路地裏だったり、噴水の側だったり、様々だ。

「どう?」

 ネコは僕の方をみている。僕は考えた共通点を伝えるが、それが関係あるのかわからない。

「メリアって、宝石は全部知ってるの?」

 ネコがキョトンとしながら聞く。

「大体はわかるよ。他国では偽の宝石が出回っていたから…偽の…」

 どこか引っかかる。

「おや、どうしたの?」

「ネコ、宝石ってこの写真たちみたいに光ったっけ?」

「どうだろうね」

「イヤリングも抵抗したのなら、落ちるはず…。しかも抵抗したのにイヤリングには血がついてない。これ、おかしい?」

 僕はネコに聞いた。もし、イヤリングが後から着けられたものだったら指名手配犯の手がかりになるかも知れない。違ったとしても、この偽の宝石を印に殺しているのなら、無差別ではない。

「イヤリングに血がついていないのは見えないだけかも知れないから何とも言えない。でも、宝石は?その宝石、色が綺麗すぎるんだよ」

 ネコがそう言った。

 もう一度写真を見る。鮮やかな赤、ピンク、青、水、緑、黄緑、黄、橙、そして紫と白。どれも写真では普通の宝石のように見えるが、実物ではより鮮やかに見えるだろう。

「じゃあ、偽物?」

「じゃないかな」

「でも相手は貴族だよ。貴族なら偽物だって分かるはず」

「いや、わからない人だっているよ」

 ネコはそう言いながら僕に貸した写真を懐へ戻す。

「もし、この宝石が目印なら、この宝石を買わないように伝えないと。それから、どうやってそれをつけた人を見つけるかも調べないと」

「そうだね。こっちでももう少し調べてみるよ。情報係にも伝えておく」

 ネコはそう言い、席を立った。

「そろそろ戻ろうか。あの執事を怒らせると面倒そうだ」

「うん」

 ネコは料金を払うと僕をイザベルのところへ連れて行ってくれた。

「それじゃ、また」

「うん、またね」

 ネコはまた市街地へ消えていった。


 僕は屋敷に入るとイザベルが近寄ってきた。

「メリア、ありがとう!カリン様を助けてくださって」

「…イザベル様、どうしてそのことを?」

「カナタに聞いたの。カリン様は私の友人だから、本当に助かったわ。ありがとう」

「いえ、お礼を言われるほどではありません」

「でも…」

「カリン様がご無事で何よりです」

「…ありがとう」

 イザベルは嬉しそうに笑った。

「それで怪我を直したと聞いたのだけれど、本当なの?」

「はい」

「…貴方は聖女なのね」

 イザベルは断定するように僕に聞いた。僕は淡々と答える。

「はい」

「この国では聖女は希少な存在だから、王国へ嫁ぐことになっているわ。それが嫌で身一つで逃げ出してきたの?」

「…部分的には」

「そう…」

 イザベルは目を伏せて申し訳なさそうに言った。

「ごめんなさい。私、そんなこと知らなくて貴方には色々と聞いてしまって…」

「大丈夫です。僕が伝えていませんでしたから」

 僕は笑い、イザベルを慰める。イザベルはこちらを向き、お礼を言う。

「ありがとう」

「いえ。それより、カリン様のように襲われた方って他にもいらっしゃるんですか?」

「ええ。私の周りでも3人は襲われていたわ。しかも犯人はまだ捕まっていない。おそらく、無差別で襲う方だと思うのだけれど…」

 やはり殺人未遂もあるのか。

「その方と会わせていただけませんか?」

 被害者と話せばなにか情報が分かるかも知れない。

「わかったわ。聞いてみる」

「ありがとうございます」

 僕は頭を下げる。

「いいのよ。カリン様を助けて頂いたお礼だもの」

 僕は大層なことはしていないが、甘えさせてもらうことにした。


 イザベルの呼んだ指名手配犯に襲われたとされる女性と会い、話を聞くことができた。

 その内容を簡潔にまとめると指名手配犯が起こした事件であることは間違いないようだった。特徴として、その女性は首元のネックレスにとてつもないほどの輝きを持った宝石が納められていた。それにその宝石から少しだけ魔力を感じた。おそらく魔力探知で宝石を付けた令嬢を狙っているのだろう。

 その女性は他に興味深いことも言っていた。

「襲ってきた人の瞳が真っ赤で血のような色をしていたと思ったら、すぐに茶色に変わったんです。私、それがひどく恐ろしいものに見えて足がすくんでしまって…。リアム様が助けてくださらなかったら…」

 そう言って令嬢は自分の肩を抱くようにして震えていた。

 僕はその令嬢を見送ってから次はリアムという人に会いに行くことにした。令嬢を助けたと言っていたからおそらくその場所付近でリアムは見つかると思った。

 その予想は当たり、リアムはどうやら令嬢を助けた勇気のある男性として有名だった。

「リアム様ってどこにいますか?」

そう聞くだけで聞かれた人はリアムの家を教え、何も聞いていないのにリアムがどういう状況で、どうやって令嬢を助けたのかを教えてくれた。

 リアムは両親と3人で農場を営む民であることやその農場で作ったものを売り、両親からのお使いを済ませ、帰ろうとしていた時に令嬢の悲鳴が聞こえ、襲われている令嬢を見つけた。リアムは声を張り上げ、その男の頬を殴り、令嬢を引っ張って路地裏から出たらしい。

 リアムからの話も聞いたが、男の特徴を聞くと茶髪だったことぐらいしか覚えていなかった。とっさの判断だったのだろう。仕方がない。

 だが、やはり姿形を変えているらしい。情報係からの見た目についての情報は銀髪で赤い瞳だった。それがリアムや令嬢の話を聞く限り、茶髪と赤から茶色の瞳に変わったらしい。特定するのは難しそうだ。

「となれば…」

 もっと大きく生者として動くことにする。しかし、他の人を巻き込んではいけない。

 その前にまずはギルドに登録して冒険者としてランクを上げることにした。貴族に入ることはできないし、外出が禁止されているのだから、会える可能性も低い。ギルドでランクを上げ、信頼を得る必要がある。

 僕はギルドに向かい、冒険者登録をした。冒険者登録はお金が必要だったが、お金は持っていなかったから近くの質屋で僕が作った永久凍土の花を換金してから払った。

 それから僕は昼間は冒険者として依頼をこなし、暗くなるとイザベルから色々なことを学んだ。イザベルから昼間は何をしているのか聞かれたが、はぐらかした。冒険者をしていると言えば絶対に止められる。冒険者になってからお金が入るようになったため、イザベルの家を出て1人で暮らそうとしたが、イザベルが危ないからと色々な理由をつけて止めてきた。おそらく1人でいることが少し怖いのだろう。


「これお願い」

「はい」

 僕はいつものように依頼で倒した魔獣や取ってきた薬草を換金してもらった。

 ギルドを出ると、二股に分かれる道がある。左は路地裏へ。右は城下町へ向かう道だ。

「そこのお嬢様、ちょいとお待ちな」

 そう声をかけてきたのは濃い紫色のフードをかぶった人だった。左の路地裏への入り口に立っていた。

「なにか?」

「お嬢様、冒険者としても活動しているのかい?」

「だめ?」

「いやいや、能力を高めるのはいいことだよ。それでだけど、お守りとしてこれをあげるよ」

 そう言って差し出したのは輝かしい見た目に反して禍々しいオーラを放つ青色の宝石だった。

「これがあれば絶対に怪我をしないよ」

「…それじゃあ、貰おうかな」

「はいよ」

 僕が手を差し出し、その手の中に宝石を置く。

 その瞬間に僕はフードをかぶった人を捕まえた。その人は驚き、呆けた声を出した。

「貴方の名前は?」

「コリジン・ソー」

 アナグラムにしては簡単すぎる。僕は拘束しながらフードを取る。

「離せ」

 フードを取るとそこには茶髪で赤い瞳の女性だった。僕は一瞬戸惑ったが、詳しく聞くことにした。

「貴方はどうしてこの宝石を渡していたの?」

「お願いされたからよ」

「誰に?」

「私に名前を授けてくれた方にね」

 後ろからなにかが振り下ろされた。僕は急いで避け、振り向く。

「なんで…」

 僕に向かって剣を振り下ろしたのはイザベルの友人で指名手配犯の被害者の令嬢だった。

 令嬢はギルドへの逃げ道をなくすように真ん中に立っていた。

 令嬢は虚ろな目をしてこちらに近づく。僕は近づかれると一歩下がるが、後ろからも殺気がくる。

 僕は拘束を抜けようとしている女性に気を取られ、後ろから刃物が落ちた。僕は女性を離し、横に避ける。女性には怪我がないようで安心した。

「避けるなよ」

 リアムも剣を持って僕に向けた。面倒なことが起きた。まだ2人だが、もしもっと増えてしまえば僕には手が負えないかも知れない。早くかたをつけなければならない。

「メリア!」

 僕を呼ぶ声が聞こえ、見ると護衛を付けずに僕のいる路地裏に走ってくるイザベルがいる。

「来ないで…!」

 僕のかすれた声はイザベルに聞こえるはずがなく、後ろからさっきまで拘束していた女性がイザベルを狙った。手には短剣のような刃物が握られている。

 僕はとっさにイザベルの後ろに氷の壁を作り、イザベルを守る。イザベルを守りきれたと一息つくと、背後にいた令嬢はすぐさま僕に睡眠薬の染み込ませたハンカチを当てた。僕は混乱し、周りに壁として氷を張るが、後ろに回り込んでいる令嬢には意味がないようだった。

「メリア!」

 イザベルの泣きそうな声が聞こえ、こちらに走って来ているように見えるが、眠気に耐えられずに夢の中へと誘われた。

 俺は女性を病院に送ってから一度家へ戻る。

「ただいま。ご飯食べたか?」

 家の中は光がたくさん入って明るいはずなのにどこか暗い。

 あいつが死んだと聞かされてから妹は塞ぎ込むようになった。何度か無理やり外に出して散歩に出かけさせたり、A級冒険者の仲間と一緒に外に出たりしたが、余計な傷を抉るだけで役には立たなかった。

 皿を見ると野菜が少し減っている。よかった。一口でも食べているようだ。

「今日は少し食べたな。リリーは偉いな」

 頭を撫でるが、昔のように甘えてこないし、笑わない。それだけあいつの死が大きかった。


 昔、俺達は5人で冒険者をしていた。

サブリーダーで魔法使いの俺、回復役のフレイヤ、大剣の使い手アルナ、弓使いのアーチー。そして、リーダーで剣使いのあいつ。リーダーは俺の妹と恋仲だった。妹が20歳になったら嫁に渡すことも約束していた。

 不慮の事故で即死だったらしい。

 殺されそうになった兄を庇って心臓を炎の弓矢で貫かれて死んだと言われた。骨の髄まで焼かれたらしく、遺体を見ることすらできなかった。

 リリーはそれから涙が枯れるまで泣き、それから死んだように生きていた。

 俺達はリーダーが死んでから1年後、ギルドからのありがたい願い出で俺をリーダーにして活動を再開した。

 再開するにあたって大剣だけだと不安ということで俺は剣と魔法使いを併用した。あいつから剣は習っていたから基礎はできる。そうして、チームをまとめてきた。


 俺は何もできなかった。

 そう思いつつも、5年という月日はその人の声を忘れさせるには容易だった。

「ごめんな」

 誰に言ったのか分からないが、その謝罪はどこにも届くことなく、消えていった。

 そして俺は妹に声をかけることができずに家を出ていき、依頼者の家へ向かった。

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