悪魔 後編
警視総監は資料に目を通しながら上に聞く。
「ネコや優は問題ありませんが、メリアと赤ずきんには少々難題では?」
「大丈夫だよ」
「上がそうおっしゃるのでしたらそうでしょうが、一応派遣はしておきます。よろしいですか?」
「うん。あの神、様子がおかしかったから何があってもおかしくない」
「…そうですか」
警視総監はため息をつく。神と対峙するなどという大層なことは警視総監や警視監になり、連絡や相談をする時や戦争時などに限られる。それをここにきて1年になる新米に世界を託すなど、荷が重そうだ。だが、きちんとできれば警視以上になる器を持っていることにもなる。見定めてみよう。
「神は…どこかで助けてほしいんだ。だから、大丈夫」
上ははっきりとした声で言った。
「僕に間接的に助けを求めてきたんだ。ちゃんと助けてあげないと」
「わかっております」
「天界警察はすべての世界の平和、安泰を願う」
上は自分が作った条件の一つを挙げる。
「はいはい」
警視総監はとっくに覚えていると言うふうにあしらう。
上は少し拗ねるように「もう少しなんかないの?」と言うが、警視総監は「そうですね」としか話さなくなった。
「ま、とりあえずあの4人なら終わるの早いと思うよ」
上はまた根拠のない自信をつけて言った。
「そう願っていますよ。できれば被害も最小のもので。上の勘は当たりますから」
「保証はしないけどね」
「では、失礼します」
警視総監は上の部屋を出る。上は警視総監が座っていた場所を見ながら考えた。
もし神が人々に危害を加えた場合の処分はどうしようか、と。
「これは面倒なことになるなぁ…」
上は机の上に乗っている大量の書類を見ながら神々の予定を調べ始める。何かあった時のために予定を組んでおこう。1週間以内に終わると勘が言っている。
とりあえず頑張ってもらおう。
僕達はインカムを繋ぎながら地区の状況を1人ずつ端的に説明した。
県北の方にいるネコは竜巻が家屋などを吸い上げると突如として消え、県西にいる僕と県南にいる優は竜巻がまだ発生している。
避難所に逃げる人が多数いるようだった。赤ずきんの方もネコと同じく、竜巻は消えたが、何か他に大きな事が起こる予感があるらしい。
ある程度避難が終わり、大丈夫だと考えた僕たちは県央のフェスが開かれる予定だった広場に集まることにした。
そこには、蹲っている黒髪の男性と背中をさすっている金髪の男性がいた。
「高谷弘人」
僕はポツリと指名手配犯予備軍の名前を言う。金髪の男性が指名手配犯予備軍だ。ということは否応もなく、黒髪の男性が神ということになる。
「もう…誰も信じられない」
黒髪の男性がそう言うと広場の木々が揺れ始め、竜巻が発生する。神の不安定な精神と共同しているらしい。しかし、竜巻が発生しているのは県内だけ。まだ理性はありそうだ。
「神、聞こえているよね。貴方を信じている人はたくさんいる」
優はいつもより大きな声だが、怒鳴るわけではなく、小さい子をあやすような落ち着いた声で神に声をかけた。
神はその声を否定するように竜巻や風が大きく、強くなる。
「ヒロト、私は」
神は高谷に縋るように見ている。『依存』その言葉が頭に浮かぶが、どうやってそうしたのかわからない。
「ジン、あいつらも神のことを悪く言った奴らだ。どうせ全部神のせいにしてるんだよ」
「そうだよ…私のことなんか誰も…」
「俺はお前の味方だ」
神は高谷しか信じられないらしいく、僕たちの方を虚ろな目で睨んだ。神が人に流され、干渉し過ぎると危ないことを再度認識した。
「話し合いは無理、か…」
ネコはため息をついた。竜巻を止めることに集中するらしい。
僕は神を止めるために考えたいが、その前に竜巻を止めなければ話し合うことも、考えることもできない。僕は急いで魔法を使う。本来は魔法がない世界での使用は禁止だが、そんな事を気にしていたら人が亡くなってしまう。
「ネコ、神様をどうにか説得できない?」
僕はネコに聞くが、返答は僕の考えと同じ。
「頑張ったとしても神自身が人を信じられなければどうにもならない」
「…」
僕は竜巻があちこちに散らばっているため、被害が出ないようにターゲットを自分に移す。神が生み出した竜巻なら普通ならあり得ない機能、追尾機能もあると思った。
その考えは当たり、すべてを僕に追尾させる。
僕は一気に竜巻を魔法で風の勢いを消す。追尾させるために適当に回っていたから木々が飛ばされたり、折れたりしたのは仕方ないと思ってほしい。
「すごい…」
優がポツリと呟いた。赤ずきんが見当たらないが、どこに行ったんだろう。
竜巻が消え、ホッとしたのも束の間、また新しい竜巻が発生した。
「流石、神様」
僕は神を尊敬しながら竜巻を抑える。
2人は神の説得しようと近づいているが、距離が縮まらない。なにか結界が張ってあるのかと思ったが、2人の様子を見るにとてつもない風が周りに吹いているようだった。
神は右手を挙げた。僕は嫌な予感がして上を見上げる。まだ空には何もないが、おそらく隕石の類がどこかに落ちる。落ちる場所が分からないと結界も張れないし、全世界に結界を張るなんて芸当、僕にはできない。僕にできるのは精々半分。それもとても薄くなる可能性が高い。
「赤ずきん」
優はインカムを通して赤ずきんの名前を呼んだ。
後ろを見ると、赤ずきんと人が数人見える。その後ろにもたくさんの人がいる。なぜ人を集めたのかわからない。せっかく避難していたのに、わざわざ危険にさらすなんて。
一番前にいた5人はギターなどの楽器を持っていた。そして、息を合わせて演奏を始めた。だが、音楽が消えたこの世界ではボーカルは思ったように歌えず、ギターもドラムもズレが生じている。
おそらく最も演奏しづらい状況だ。人々の反応も薄い。しかし、その反応とは逆に神は演奏者たちに竜巻を向けた。
僕は急いで竜巻の勢いを消す。
「ネコ」
優がインカムを通してネコを呼んだ。ネコは瓦礫を取り除き、神が突如として出した台風を消しながらため息をついた。僕は優がネックレスを首元から取り出しているのを見ると、何をするのか理解した。
ネコは苦笑いをしていた。
「必要以上の干渉は禁止なはずなんだけどなぁ…」
「そう言ってる場合なの?壊れるよ」
優がバイオリンのキーホルダーをネックレスから取り出し、文句を言う。
「わかってる。優、責任は自分で取りなよ。弁護はしてあげるけど…」
「ありがと」
優はキーホルダーのバイオリンケースをもとに戻し、バイオリンを取り出した。その間にも演奏者は手を止めていない。
「大丈夫なのか?」
赤ずきんの不安そうな声が聞こえる。しかし、その声とは正反対に優の声はしっかりとしていた。
「任せて」
優は自信満々にバイオリンを弾き始める。
プロはそれに合わせるように弾き、歌い始める。優は人と合わせるための基準を作った。
ズレや不安定な音すらも優はフォローし、楽曲に入れ込む。そんな芸当ができる人はあまりいない。
プロたちもやりやすいようで笑顔と余裕が見える。観客たちも楽しそうで手拍子を打つ。まるでフェスが始まっているようだった。
今までバラバラだったのが優のバイオリンをきっかけにまとまり、本来の音楽と呼べる形になった。
僕は竜巻や雨、雷が大きくなり、鍵は音楽だったことに気付いた。おそらく神は音楽が好きなのだろう。そして、みんなで楽しむことも。だから一生懸命聴くことを拒否している。
僕は演奏をしている人や楽しんでいる人が危険な目に遭わないように人々を覆うドーム型の結界を作る。
赤ずきんも一応瓦礫などから守っていた。
それから、雨や雷、竜巻が収まり始める。人々の作った音楽が神に届いたのだろう。
演奏が終わり、広場は喝采と大きな拍手にのまれた。グループのメンバーも優も疲れているらしく、肩で息をしていた。でも、人々は楽しそうにこれ以上ない拍手と喝采を演奏者に与えた。
避難所にいる全員に見せたかった。こんな演奏は王族でも聴くことができない。どうせなら、大勢の人が聞こえるよう、拡張魔法でも使えばよかったと僕は思った。
優はグループのメンバーからの称賛をあしらうと神の方へ歩いていった。
僕は向こうを3人に任せ、グループの人たちに聞いた。ネコから時間を少し稼いでほしいと言われている。
「アンコールはどうしますか?」
グループの人たちは驚いたように目を開き、嬉しそうに笑った。
「やらせてください」
「どうぞ。楽しんでください」
周りは瓦礫や木々が倒れ、荒れ果てているのにここだけは当時予想していたフェスのように見える。
どうせなら、と僕はここ一帯ではなく、避難所にいる人たちにもほんのり聞こえるように魔法をかける。聞こえすぎると不思議に思われるから。
そうして、アンコールが終わった。
グループのボーカルが周りを見渡しながら僕に近づく。
「さっきの男性が見当たらないんですが、どこにいますか?」
お礼が言いたいのだろう。しかし、向こうは取り込み中だ。ということでアンコールで演奏をしている最中に僕が神のいる場所を隠した。赤ずきんたちは僕の数十m後ろにいるが、対象者以外は見えないようにしてある。
「わかりません。伝えてほしいことがあればお伝えしておきますよ」
僕はにこりと笑って言う。
「それじゃあ、ありがとうございましたとだけ伝えておいてください」
「はい」
「本当にありがとうございました」
そう言い、ボーカルは頭を下げた。
「こちらこそ、ありがとうございました」
ボーカルは顔を上げ、グループや人々の方を向く。もう1曲ぐらい歌いたいのなら歌えばいい。どうせあのグループしか歌う人はいないのだから。
僕は神の方をみた。
弘人は顔を真っ青にして耳を塞いでいる。何があったのかわからないが、悪魔はいない。おそらく逃げたのだろう。
とりあえず状況が知りたい。僕は急いで向かう。インカムはもう切れていた。
「ネコ」
僕はネコの名前を呼ぶ。ネコはため息をつき、肩をすくめた。そして、自分の喉と耳を順番に指差した。
その様子を見て分かった。悪魔と高谷は契約し、その契約を終了させた。その代償に声と聴力を奪われたのだろう。だが、音楽を消すだけで2つを奪うなんて代償があっていないような気がする。竜巻は神が起こした事象だ。悪魔とは関係がない。
高谷を見ると、口をパクパクと顔を青ざめて混乱しながら必死に声を出そうとしていた。
赤ずきんと優は笑顔を浮かべていたが、ネコと僕は悲しく、目を閉じた。
神も僕たちと同じように目を伏せたらしい。
悪魔との契約は代償がある。それを知ってもなお欲しかった力があったのだろう。音楽を消すために。
赤ずきんは笑いながら言う。
「それがお前の行ったことの代償だ。神に手を出してそれだけで済んだんだから幸運だと思え。って言っても聞こえてねぇか」
そして、言い終わると悲しそうな目をした。
「それはお前が望んだことだ。けじめつけろや」
音の聞こえない高谷にそう言って赤ずきんは僕たちに声をかけた。
「早く行くぞ。ここにいたって意味ねぇんだからな」
「そうだね」
赤ずきんと優は頭を下げている神を連れ、広場を出る。
僕はどうしても聞きたいことがあった。
「…少し待ってて」
僕はネコにそう言う。
ネコは僕の跡をついて来る。僕は高谷のところに向かった。どうしても聞きたかったことがある。僕は胸ポケットから小さい手帳を取り、ペンで文字を書く。手話もできるが、ずっと聴力があった人だし、手話は分からないだろうと思った。
「聴力と声、どちらが欲しい?」
僕はしゃがんでいる高谷に視線を合わせ、そう書いた手帳を高谷に見せた。
ネコが右手をずっと握っている。おそらく聴力と声、どちらかを持っている。
『声』と『聴力』と書かれている部分を高谷は少し悩んでから『聴力』を指差した。
「わかった」
僕は悪魔と対面していないが、ネコが対面したはずだ。そしてネコはずっと握り拳を作っている。その拳の中に声と聴力、どちらかが入っていてもおかしくない。もし、拳の中に何もなくても僕は再度悪魔を呼び出すこともできる。それでどうにかなるはずだ。
神自身も非がある。それをこの人が戦犯とは言え、背負わせすぎるのはいけない。
僕はネコの方に目線をあげ、聞く。
「ネコ、その拳の中身はなに?」
「ほんと、よく気づくね。できるだけ自然にしていたのに」
ネコは手を開き、その中にある2種類のビー玉のような物を見せた。
「白が聴力、黒が声だ。そして、高谷弘人が選んだものは聴力。つまり白」
そう言いながら左手で白色のビー玉を掴む。黒いビー玉はネコが捨てると地面に吸い込まれていった。おそらく奪ったはずの2つが見つからず、焦っている悪魔のところへ行ったのだろう。
「君に一部を返そう」
ネコは立ったままそのビー玉を高谷の額に押し込んだ。
「俺の声が聞こえる?」
高谷は曖昧に頷いた。
「聴力は日々だんだんと戻って来る。ただもう二度と声は戻ってこない。わかったね?」
高谷は泣きそうな顔をしながら何度も頷く。
やはりネコは悪魔が代償を奪う一瞬の隙を突いて取り上げたらしい。
高谷はネコの手を握り、何度も音の出ない声で礼を述べた。
しかし、ネコはハイライトのない目で高谷を見下しながら低い声で言葉を発した。
「神に楯突くということは死を意味する。それが分からず悪魔に手を出すなんて愚かな屑だ。聴覚を戻したのは神にも非があったと思ったからだ。わかったな?」
高谷は何度も頷きながらありがとうと口を動かしていた。
ネコは高谷の手を離し、高谷を置いて歩き出す。僕もネコの隣に移動し、ネコの顔をのぞき込みながら言う。
「勝手に取り返したのって駄目だった?僕、辞めさせられる?」
「それなら先に俺が辞めされられるだろ」
ネコは笑いながらそう言った。
「確かに」
ネコにつられ、僕も笑う。僕が指示をしたわけでもないし、お願いする前にネコが独断でやっていた。
「ま、そん時はそん時だね。責任は両方にある」
「ちゃんと責任は取る」
「それは助かるよ」
僕たちは避難所を北から時計回りに回った。
「…あの…」
僕はネコに声を掛ける。魔法のない世界で魔法を使ってしまったことを今更ながらに申し訳なさを感じ始めた。ネコはゆったりとした口調で相槌を打つ。
「僕、魔法がない世界で魔法を使っちゃったんだけど、記憶、消さないとだめ?」
魔法の中には一部の記憶を消したり、付け加えたりする魔法もある。ただ、やりたくなかった。せっかくの演奏を憶えていないなんて僕だったら悲しい。
「大丈夫だよ。なんとかなる」
ネコは笑いながら理由を述べた。
「だって、竜巻とか雨とか、異常気象がすごかったし、それの一部ってことになるよ」
「じゃあ、演奏は?」
「演奏は…、空耳ってことで」
ネコが少し考えて苦しい言い訳を述べた。優しいネコらしい。でも、ネコは実力もある。ネコが大丈夫というのなら、大丈夫なのだろう。
僕はその返事を今は信じておくことにした。
「それに俺たちにはツテがあるからね」
そう言い、ネコはウィンクをした。見た目は30代なのに若々しく見える。
「ツテ…」
「きっと階級が上がるとわかるよ」
そうネコは誤魔化すが、おそらく情報係や派遣課のことだろう。そう思いながら避難所に向かう。
情報係や派遣課は展開警察の要でもあり、その人たちとの連絡手段に僕も携帯を使っている。
避難所にはほとんどの人がいなかった。みんな家に戻れたらしい。それから、避難所を回っている時に見たことのある子どもがいた。その両隣には女性と男性が子どもの手をつないでいる。よかった。ちゃんと会えたらしい。僕はホッとした。あの子のお願いは叶えられたけれど、約束は守れなかった。
「結果が良ければいいよね」
僕は独り言のようにポツリと呟く。
ネコはそれになにも返事をしなかったが、「思いは届くよ」と言った。
後日、神が刑事課に来た。
上の話だと1ヶ月ほど上と同じく、天界警察をまとめるらしい。
僕は特に関わりがないと思ったので、聞き耳を立てながら仕事をする。
その話を聞いていた優は不気味な笑顔を浮かべて神に声をかけていた。
ネコは『上と同じく』の部分のみ聞いていたのか、神にここの資料が違う、ここの情報が気になるから向かってもいいか、など来て1日で答えられる質問をしていなかった。
当然、神はきょとんとし、ネコに催促された。
「す、すぐに調べてくる!」
そう言い、神は図書館や上の部屋、警視総監のところへ飛んでいった。
その様子を見た優はネコに文句を言っている。
「あ、ちょっと、僕がからかいたいんだけど」
「優、からかったら駄目だよ」
ネコが諭しているが、ネコの声は弾んでいる。
「えー、素直な人は理不尽を知らないと」
そう言い、優は机に戻っていくようだった。
「メリア、資料できた?」
「うん。よろしく」
ネコに資料を渡す。ネコはじっと僕の書いた資料を確認する。
「うん。それじゃあ、行ける?」
ネコは少し不安そうに聞いた。今回の指名手配犯がいる場所はネコの管轄。ネコの管轄は王族や魔法が使える世界だ。僕がいた世界と同じ。そして、トラウマが蘇るかも知れない世界。
「大丈夫。逃げていても意味がない」
僕はネコをじっと見た。
ネコはその様子を見て安心したのか真剣な顔から笑った顔に変わった。
「それじゃあ、忙しいけど頑張っていこうか」
「うん。でも神様にお願いした資料は?」
「あれ、使わないよ。多分今頃」
ネコがそこまで言うと上から「嘘でしょ!」という声がうっすら聞こえた。
「警視総監にでも言われて驚いてるよ。その後は優とアジサイたちの使いっ走りになる」
ネコは可哀想に、という言葉を飲み込み、大樹の方へ向かった。
僕もネコの後を追う。
僕たちが現世に行っている間、赤ずきんからは優が楽しそうに神を使いっ走りにしていると聞いた。




