普通の人
情報係でも一通り動けるようになったメリアは、日向から護衛を頼まれれば自分の情報係での仕事と合わせて仕事をした。メリアは調査書は刑事課に所属していることもあって刑事課が欲しい情報が事細かに記されているため、好評であった。
一方、ネコは一定数以上の指名手配犯を捕まえ、条件をクリアしたため、警視正に階級が上がった。
1ヶ月後、警視正に上がったネコがメリアと話すために情報係にきた。メリアは自分の席にパソコンで調査書を作ると同時に他の担当した世界にいる人に質問を返していた。
ネコはメリアの肩を軽く叩いて声をかけた。
「久しぶりだね、メリア。そろそろ他の課に派遣するけど、いい?」
「うん、久しぶり。アジサイに話は通してあるから机と椅子を片付けるだけ」
メリアはパソコンから目を話さずにネコと会話をする。ネコはメリアの書いている情報を盗み見ていた。
「わかった」
メリアはパソコンに文字を打ち、イヤリングから来た質問に答えるための情報の根拠を探しながら、ネコに言う。
「でも、この調査書の質問を答えてからでもいい?多分この質問が最後になると思う」
「うん。明日から派遣課に行くから今日中に終わらせてくれればいいよ」
「ありがとう」
メリアはそこで会話が終わったというように質問をしてきた担当者に胸につけているマイクを通して説明を始めた。
ネコは周りに目を向けるとアジサイを見つけ、声をかけた。
「メリア移動だから明日から1人減るけどいい?」
「ええ。1ヶ月間ありがとう。助かったわ」
アジサイがネコの方に椅子を回し、礼を言った。
メリアは質問を全て答え終わるとアジサイとネコが話している場所へ向かった。
「メリア、もういいの?」
ネコは首を傾げ、メリアの椅子と机を見た。
「うん。全部終わった。アジサイ、色々なことが学べて楽しかった。ありがとう」
「あら、嬉しいことを言ってくれるわね」
アジサイはメリアから礼を言われるとは思っていなかったのか、キョトンとしてからすぐに優しく笑った。
「それじゃあ、椅子と机を戻して向かおうか」
「はーい」
「またいつでも来てちょうだい。手伝ってくれるなら大歓迎よ」
アジサイはパソコンに向き合い、文字を打ち始めた。ネコとメリアは机と椅子を片付け、マイクとイヤホン、パソコンを勾玉に戻した。
その後、ネコが案内したのは20人ほどが椅子に座り、情報係と同じようにパソコンやタブレット、そして紙に記入を行っている場所だった。少し刑事課にも似ている部分がある。
「ここが派遣課。こっちが俺が信用してるポール。ポール、メリアのことお願いね」
「はいはい、わかったよ」
ネコは挨拶もそこそこに部屋を出ていってしまった。
「僕はメリアです。よろしくお願いします」
挨拶をし、頭を下げる。ポールは天警を束ねる神のように優しく言う。
「うん、よろしく。これからある場所に潜入してもらうけど、条件を入れるよ。いい?」
「条件?」
ポールは頷き、言葉を繋いだ。
「君は魔法使いだと聞いた。でも、魔法を使わないで生活してほしい。今から君を派遣する世界は魔力を使わず、機械で生きている。魔法を使ってしまえば、世の理がズレてしまう。だから、魔法を使ってはいけない。ここまではいいね?」
「はい」
魔法を使わずに生きていける人が大勢いることに驚きつつ、僕は返事をした。ポールはその返事を聞いてホッとしたように笑い、担当場所を伝えた。
「それから、警察だとバレてはいけないよ。僕たちは世界の不可侵に踏み込む強さと恐ろしさを知っている。余計な手出しをして未来や過去を変えてはいけない。僕たちはただ、そこにいる世界の平和を乱すものや亡くなった人たちの情報を集め、情報を天界警察に渡す。余計な手出しをしてどうにかできるような場所じゃないんだ、この課では。それを頭に入れておいて」
メリアはゆっくりと頷き、
「わかった」
と返事をした
「うん、それを頭に入れてくれればいいよ。まぁ、言うなればうちの課ではなく、刑事課としてなら僕らは何も言わないけどね。それと、これ資料ね。読み終わったら向かっていいよ。向こうには伝えてあるから」
そう言い、メリアに資料を渡すと自分の机に戻っていった。
僕は資料を読み終わり、いつものように担当の世界に入る。その世界では、ところ狭しに背の高い建物が並んでいた。
「…建物が高い…」
僕は見上げるほどの建物がたくさん建っていることに驚き、呆然とした。生前にはこんなに多くの建物が空に届くように背伸びをして建つことなどなかった。
「お姉さん、迷子?あ、日本語わかる?」
建物を見上げていると、僕の肩を男性が軽く叩いた。男性はスマホに向けて「迷子ですか」と話しかけていた。そしてスマホをこちらに向けると「Are you lost? Can you help me?」と書いてあった。
僕は口元に手を持っていき、クスリと笑い、「大丈夫です。ありがとうございます」と言う。ある程度の言語なら習っているし、降りた国で会話に困らないように1か国語は分かるようになっている。
男性は恥ずかしそうに笑っていたが、安堵した表情が見えた。そして一礼すると男性は去っていった。
どこも生き物や人は温かい。見たことないものもこの世界にはたくさんある。でも人はどこの世界も変わらないことが何よりも嬉しかった。
地図を見ながら約1時間ほどかけて派遣課が用意した部屋に入る。
部屋は1LDKのこじんまりとした綺麗な部屋だった。最初から家具や食器が置いてあり、クローゼットの中にはカジュアルな服が適当にかけられていた。
僕は真っ白な天界警察の服を着替え、再び外に出る。
外に出ると太陽が燦々と照りつけていた。
僕は道を派遣の仕事は何をすればいいのか考えながら歩いた。
ふと、重そうな荷物を持ったおばあさんを見つけた。僕は戸惑いなくおばあさんのところに向かい、優しく声をかける。
「何かお手伝いできることはありますか?」
おばあさんは声をかけられて目をぱちくりとし、上品に笑った。
「まあまあ、いいの?」
「はい。何をお手伝いしましょうか」
おばあさんは嬉しそうに笑い、持っていたカバンを僕に渡した。
「このカバンを私の家までお願いしてもいいかしら」
「はい。住所は」
どこですか、と聞こうとして一度止まった。落としたり、壊れたりしないようするために今までは転移をしていたが、魔力を使ってはいけないという条件がある。しかもここは魔法を使わない世界だ。歩いていくしかないらしい。
「住所は目白市の3丁目、52-1よ」
「そうなんですか?3丁目って坂道が多いですよね」
街の地図を頭に浮かべる。家が並び、なだらかな坂が多かった。
「ええ。お散歩がてら、色々な場所に寄っては孫たちにお土産を買ってしまって。重くて困っていたの」
「そうでしたか」
カバンを持ち、おばあさんと話をする。思った以上にカバンは重かったが、おばあちゃんはニコニコと楽しそうに孫たちの事を話してくれた。
「孫はね、私が言うのもなんだけど、美人で優しくてね。今日も午後から遊びに来るのよ」
「それは楽しみですね」
「ええ。だから、張り切っちゃって」
おばあさんと話をしていると生前を思い出す。生前にもよく教会や花畑で人たちと話すことがあった。
おばあさんの家に着くと、私はおばあさんに荷物を返した。
「ありがとう。楽しかったわ」
「いえ、こちらこそ楽しかったです」
おばあさんが家にはいるのを見届け、携帯を見るとポールから一通連絡が来ていた。内容は「この世界に派遣された1人と今から会ってみて」と書かれていた。
派遣課の人に会い、情報交換でもするのだろうかと考えながら、指定された場所に向かう。
道すがら、周りに目を向け、見たことのないものに後ろ髪を引かれつつ、指定された場所を地図を見ながら目指す。
指定された場所はレトロな喫茶店だった。
私は木造の二階建ての家の扉を引き、中に入る。中は落ち着いた雰囲気で古時計がカチコチと音を鳴らして時間を刻んでいる。カウンターとテーブル席があり、西日が差している。奥のカウンター席に1人だけアイスが少し溶けているメロンソーダを前に携帯を触っている。
「お好きな席へどうぞ」
茶色のエプロンをつけたおじいさんがこちらを一瞥し、声をかけた。
その声で気づいたのか、携帯から目を離し、こちらを見て女性は手招きした。
「君がメリアだね。おいで」
僕は艶のある黒い髪を1つに束ね、少し切れ目の手招きをした女性の隣の席に腰を下ろす。
「店主、この子に温かいココアをお願い。
さて、ここはどうかな。現場よりは穏やかで君には少し退屈かな?」
女性はメニューを見ずにおじいさんに慣れたように注文し、自分のコーヒーを一口飲む。
僕は女性からの問いかけに首を振る。
「穏やかで、温かくて、とても楽しい」
でも、と僕は続ける。
「でも、僕はこの光景を貴方のように守れなかった。僕は持っているものが多すぎたから」
メリアが下を向くと耳にかけた髪がさらりと落ちる。女性はそれを見て声をかけずにただコーヒーを飲み、携帯を触る。
数分後、沈黙を破るかのように
「ココアです」
とおじいさんがメリアの前にココアを置き、コップの手入れを始める。
「ありがとうございます」
メリアはハッとしたように礼を言い、ココアを手の中に収める。ココアの入ったコップは湯気が上に上にと登り、蒸気には揺らぎが見える。
「メリア」
女性がココアに口をつけ、飲んでいるメリアに声をかける。
「君はやりたいことをやりなよ。仕事がしたいならすればいいし、大学に通いたいなら君がいる期間、通える手配をする。その後の処理は任せて。ただし、自分の部屋から出ないのはやめて。それは仕事じゃなくてただの休暇だから。散歩でもいいし、旅行でもいい。ポールにも言われたと思うけど、うちの課に配属されてるからこっちのやり方に合わせてもらうよ」
女性はそう言うと席を立ち、お金を支払って喫茶店から出ていった。僕もココアを飲み終わり、お金を払おうとするとおじいさんは「さっきの女性が払っていったから大丈夫ですよ」と穏やかな笑みを見せた。
僕はおじいさんに会釈し、店を出る。
僕の分も払ってあるなんて粋な真似をするものだ。
メリアはそれからぶらぶらと街を歩き、観光をし、家に帰った。その次の日も、その次の日もメリアは物珍しそうに地図を見ながら辺りを見渡し、生活した。
そして1週間後、メリアはアルバイトをしてみることにした。
僕が「アルバイトをしてみたい」と相談をポールに連絡するとその日にポールから書類が送られてきた。
書類を読むとここの世界での戸籍や名前、住所や趣味、学歴まで書かれていた。
「天羽 葵…?」
おそらくこれが僕の名前なのだろう。19歳、大学生、趣味は散歩と書かれている。しかも幼い頃の思い出や大学で何を学んでいるかなど、細かな設定も書かれている。例えば『物心ついたときから猫を飼っていて、名前は三毛猫だったから“ミケ”だ』や『遠足には動物園に行き、白いうさぎを触り、餌をあげた』など、事細かな設定が書かれていた。これは僕がボロを出さないようにするためなのか、それとも全員分作っているのかわからないが、設定があるとありがたかった。
僕はその内容を読み込み、面接に臨み、アルバイトを始めた。派遣の期間は1ヶ月と短いため、そこに派遣されている人たちのツテで、かつメリアの気になる職種を踏まえて選んだ。
アルバイトでは先輩が一つ一つ丁寧に教えくれた。声の出し方やレジでの会計の仕方、そして注意することなど、教えてくれたことは多岐に渡った。先輩方はおばさんやおじさん、高校生など様々な人が仕事をしていた。また、お客さんも初心者がつけるマークをエプロンに着けているため、不慣れなレジの操作を焦らせることなく、待ってくれた。
「天羽さん、もう完璧だよ」
先輩が目を丸くして驚いたように言う。周りの先輩方も頷くなどをして同意している。
メリアは確かに声かけやお客さんのやってほしいこと、知りたいことを的確に過不足なく行った。ただし、機械を使う会計はまだ戸惑っているのか、ミスはなかったものの、うまく扱えなていない。
それから火曜日と金曜日以外の昼間から夜にかけてアルバイトをした。
火曜日は気分転換として様々な場所を回ったり、連絡が入った時には喫茶店で派遣課の女性と話をしたりした。
派遣課の女性は毎回メリアより早く喫茶店におり、メリアより早く出る。その際には必ずメリアの代金も払ってから出ていった。後輩思い、もしくはそれ以上の長居をとめるためだろう。
夜、週に一度世界の状況をレポートとして書き、情報係に送信する。内容としては仕事場についてや自分が感じたこと、違和感なども記入する。指名手配予備軍者についても接触があれば書くことがあった。
そうやって1ヶ月が過ぎる頃には世界に馴染み、魔法がなくとも生活できることや心の底はどの世界も同じことを学んだ。
僕はアルバイト先や女性に挨拶をして天警に戻った。
派遣課に戻ると、ネコとポールが机を挟んで雑談をしていた。
「やるつもりはないの?」
「ないよ。優や時も考えてないでしょ」
「でもそろそろ…」
ポールがそこで話をきり、僕の方を見た。
「あ、…いつからそこに?」
「少し前だけど…何の話してたの?」
「次期総監の話。メリアは気にしなくていいよ。まだ早いから」
ネコは立ち上がり、僕の頭に手を軽く置いた。
「メリア、どうだった?」
メリアの瞳を覗き込んでネコは聞く。そこには期待も呆れもなく、ただどこの部分がメリアの血肉になったのか、見定めているようだった。
「少しみんなを侮っていたのかも知れない」
メリアは1ヶ月間、派遣課として世界で生活するうちに生前、信頼できていたのか、考える機会になった。
無理に思い出す必要はなかったが、1人暮らしだと、起こす人がいない。それと同時に寝ることを催促する人もいない。誰のために考えることがなく、ただやることをするだけになっていた。生前とは真逆の生活を送った。しかも仕事として。
「みんなを守らないといけない、申し訳ない。そう思ってた。でも、そんなことなかった」
僕は自分の手のひらを見る。手のひらには何もないが、生前に持っていたペンの感触が蘇ってくる。
「誰かを頼れば、良かった…」
メリアがボソリと後悔するようにつぶやくとネコは眉を下げ、困ったように笑う。
「そこまで辿り着けたならいいんだよ」
「すぐに頼るのは難しいよ。弱みを見せることと似ているんだから、当たり前だ。これから、僕たちに頼ればいい。君たちみたいな若者は天警の卵なんだから」
ポールが歯を出して満面の笑みを浮かべた。
【報告書】
及第点
実力があり、わからない場所を聞くことはできるが、助けを求める事が苦手である。
あらゆる面での天才であり、それゆえの孤立が多かったのだろうと考える。バイト先でも一定の人に陰口を叩かれることはあれど、気づいていないのか、それを受け止めてバイトをしているのかわからないように上手く隠している。
責任者 ポール
「なんで僕が責任者なわけ?現世で相手したのはそっちでしょ?」
僕は報告書を読んで、すぐに女性の電話番号を探し、電話をする。
「聞いてる?サナ」
「聞いてるよ。私、責任取りたくないし、最終責任者はポールでしょ」
「派遣課のはね。でもあの世界は君だよ」
「じゃあその責任者が君に責任を取ってほしいって言ってるんだから取りなよ。それに頼って欲しいんじゃなかったの?」
「頼るの限度がある。いつも面倒事を押し付けて…」
ポールは落胆と怒りが混ざったそうな声色でサナと言われた女性に続けて文句を言う。
「それに当事者なんだから仕方ないでしょ。ここで自由人出さなくていいから」
サナはのらりくらりと責任をポールに押し付け、電話を切った。
「あ、あの馬鹿!」
ポールは戻ってきたら自分も『頼る』という名目で書類の山に埋もれさせようと虎視眈々と狙うことに目標を変えたらしい。




