情報係の仕事
ネコが僕にいつもより何倍も分厚い資料を無言で渡した。
ネコが無言で資料を渡すことなど初めてだった。僕は何かあったのかと思い、すぐに資料を読む。表紙を伏せて渡してきたからそれを反対にし、表紙を見る。表紙にはただ1言、『戦争』と書かれていた。
来てしまった。僕は声が出ずに資料を震える手でめくる。
『死者』、『被害者』、『戦争国』、『兵器』。そんな不吉な言葉が並ぶ。
「これは前回起こった資料だよ。ただ、そろそろ情報係の統計である世界に起きそうだと出たんだ」
ネコは淡々と言うが、いつもより声が低い。
「その対応と出来事が書いてある。本当は見せないで過ごせたらよかったんだけど、管轄外でも人数が足りなくて呼び出されるから、知っておいたほうがいい」
「わかった」
僕はなるべく感情を入れないように言う。感情を入れてしまえば戦争の死者や国に感情移入してしまい、正確な判断ができないかも知れない。
僕は深呼吸をしてから資料を読む。1文字も読み飛ばさないように、その人その人の人生に敬意を持つために。
全て読み終わるといつも以上に疲労がくる。僕は椅子から立ち上がり、何も言わずにその場からゆっくりと逃げた。
苦しい。辛い。気持ちが悪い。酷い。嫌だ。
そんな感情で押しつぶされそうだった。僕は逃げ場として図書館の1室を選んだ。天界警察の図書館は驚くほど広い。図書館の中には個室で本が読める場所もあり、僕は資料を読むためによく使っていた。
個室には窓と出入り口があり、本を読むための本棚と机、椅子がポツンとあるだけだ。
僕は窓を開け、椅子を窓の近くに運ぶ。そして、椅子に腰掛けた。
「こんなんじゃ…だめだ」
僕は個室に1人、ポツリと呟いて目を閉じた。
目を閉じると音が鮮明に聞こえる。
子供の笑い声や風の音が聞こえる。天国からか中神国からだろう。安心する声だ。戦争があったことなど忘れてしまいそうな。
だが、戦争は終わらない。メリアは立ち上がり、携帯にネコへ『図書館で資料を2時間ぐらい読んでから戻る』と連絡を入れる。ネコからは『了解』と連絡が来たのを確認し、部屋を出た。
天界警察の図書館にはすべての出版物、及び情報係が提示した統計や報告書が置いてある。閲覧者は天界警察のみとされ、場所も天界警察内部だ。
そこでメリアは戦争に関する本や情報、報告書を数冊分取り、個室へ持っていく。
あの報告書のみでは不十分な部分を補い、戦争が起きた際、何をすればいいのかを頭を入れることにした。それが今の僕にできる唯一のことだから。
それから2時間、メリアは集中して戦争に関する情報を読んでは個室に備え付けられている用紙にまとめ、また新しい本を取りに行く。という動きをした。
まとめた用紙が10枚になった時、メリアがペンを置いた。そして、何気なく窓を見ると鳥が入ってきたのか、窓に乗っていた。
僕は青い鳥に近づく。
鳥も怖がらずにメリアに寄り、メリアは鳥にそっと触れた。
メリアは懐かしい目をし、笑った。
「会いたいな…」
僕は小さい頃に契約し、牢屋に入るまで一緒にいてくれた使い魔たちに会いたくなった。
鳥は首を傾げ、窓から外へ出る。
「どうか、幸せでいますように」
メリアは鳥が飛んでいった場所を見ながら心の中で祈った。
僕は書き留めた用紙を持って刑事課に戻り、ネコに急に出ていったことや仕事をせずに図書館で資料を読みあさったことを謝罪する。
「別にいいよ。午後までに戻ってこなかったらそのまま有給扱いにしようと思ってたし」
ネコはなんともないように言う。そんなに緩くて大丈夫なのか?
「それで?なにか見つけた?」
書が終わった報告書を仕舞い、ひじを机に載せ、こちらを向いて親が子どもを見るように優しく笑う。
「うん。たくさん見つけた」
僕は自分の席に座り、ネコを正面から見る。
「どんなことを見つけたの?」
「…戦争は人々が世界の理に反して亡くなってしまうこと。そして、その対応に天界は追われてしまうこと。情報係の予想が驚くほど当たること」
僕は一呼吸置く。
「最後に神や僕たちが戦争を止めてはいけないこと」
ネコは目を細くして子どもの成長を見るような優しい、柔らかな目をした。
「良くできました」
僕は首をかしげる。資料に書かれていたことをまとめ、自分の予想や考えを交えて話しただけだ。褒められる場所がない。
「それじゃあ、俺が好意に使ってる人達を紹介しておく。こき使っていいよ」
ネコはそう言いながら立ち上がり、スタスタと歩いていった。僕もネコの後ろを迷子にならないようについていく。
ネコはいつも行き先を言わない。聞いても内緒だとごまかして教えてくれない。今回もその類なのだろう。
「まずは情報係」
ネコが情報係のドアを3回ほどノックし、返事を待たずに開けた。
「珍しいですね。アポを取らずにこちらにくるなんて」
アジサイがこちらを見ずに言った。まるで来る相手が分かっていたかのような口ぶりだった。
「ごめんね。今回は情報相手として来たんだ」
「なるほど。少々お待ちください」
アジサイがそう言うとマウスで画面をずらし、こちらに来るよう手招きをした。
「それで、どんな情報を?」
アジサイがパソコンで情報を調べるためのソフトを起動しながら聞く。
「いや、情報はいらない。メリアに紹介を、と思ってね」
「…でしたら最初から言ってもらえますか?」
アジサイが一拍おいてホッとしたように笑った。そして起動したファイルを消すとこちらに椅子をくるりと向けた。
「ごめん。それでこれは"お願い"なんだけど、1ヶ月間メリアをここで鍛えてほしい」
「え?」
僕とアジサイの声が重なり、2人してネコを見る。
「これからメリアには俺の信頼している人を紹介しながら1ヶ月間ずつ各部署を回ってもらうことにした。その時、各場所の仕事をやってもらう」
「いくらなんでもそれは」
「メリアは上に立つ器を持っている」
アジサイはあごに手を当て、考え込んでいるようだった。
「俺のところではすべて教えた。次はここだ」
それからアジサイは十分に時間をかけて考えると
「わかりました。私のところでお預かりいたしましょう」
そう返事をした。
「助かる」
「ただし、メリアがここで学びたいと思えばの話です。こちらは人手不足とは言いませんが、それに近い状態ですので、願ったり叶ったりです」
「ということらしい。メリア、君はどうしたい?」
これは断れない。情報係でさらに学べることは僕にとっても願ってもないことだし、一度刑事課を離れてみることもいいかも知れない。
僕は頭を下げ、
「お願いします」
と言う。
新しい場所で学び、自分の糧にする。そして僕の天界警察としての生きるものを守る理由を見つける。贖罪以外の理由を。
ネコはその返事を聞いてすぐにアジサイに僕を預けると1人刑事課に戻っていく。なんだかその背中は寂しそうにも見えた気がする。
「それじゃあ、メリアの席を準備しないといけないわね」
アジサイは優雅に立ち上がり、必要なものを取り出すために資材室へ向かった。アジサイの動きは粗相のない丁寧な動きだった。それもまるで貴族のような。
資材室に着くとアジサイが慣れた手つきで鍵を開け、中に入っていく。中にはたった1部屋に驚くほどの机と椅子が積まれていた。
「メリア、申し訳ないのだけどそこにある机を出すのを手伝って」
アジサイが椅子を取り出しながら声をかけた。どうやら力持ちでもあるらしい。
「わかった」
僕は風魔法で1つの机を浮かべ、そのまま部屋の外へ出す。アジサイはその動きを感心したように見ていた。僕はアジサイの持っていた椅子も同じように運び出す。
「それならこれもお願い」
そう言い、床に置いてあった大きな四角い箱を指差した。
「いいけど、これなに?」
「ルーターよ。本当はこんなところじゃなくて警視総監のお部屋に入れておいたほうがいいはずなんだけど、重くて持てないのよ」
アジサイが頬に手をつき、ため息をつく。
どれだけ重いのかわからないが、風魔法で持とうとしたら重さに耐えきれずに風魔法が消えたぐらいだからよほど重かったのだろう。まあ、消えた後に何重にもした風魔法で持ち上げれば安定して運ぶことができた。
「それはここに。それからメリアの机は達己の隣でいいかしら?」
「うん。どこでも」
「達己、1ヶ月間ここで仕事をするメリア。ここに机を置いてもいいかしら?」
「は、はい!どうぞ!」
達己はアジサイが声を掛けるとパソコンを操作していた手を止め、こちらを見た。
「ありがとう、助かるわ」
「いえ!」
そう言うと仕事に戻っていった。
アジサイはテキパキと僕の机の位置を決め、置く場所を指示してくれた。
例のルーターは情報係の入り口付近の内線の下にどすんと置いてある。本当に使うのかすら怪しい。
「さて、あとは使う機器なんだけど…どんな物がいいかしら?」
「パソコンじゃないの?」
「いろんな人がいるわよ。携帯でやっている子もパソコンの子も、タブレットの子もいるわ」
「とりあえずパソコンがいいかな」
僕は考えることを放棄した。携帯は天警の情報通信で使っているからわかる。だが、タブレットがわからない。パソコンも携帯だって仕事をしている時に覚えたものだった。
「それなら向かいましょうか」
今日のアジサイはすごく動いている。いつもそんなにたくさん動いているところなんて見ないのに。
アジサイが先頭を歩いていたのに急にこちらを向いた。
「なにか?」
「なんでもない!」
「そう」
アジサイは不思議そうにしながら歩いていく。
僕はほっとため息をつき、アジサイの後ろをついていく。
「ここが天の電気屋よ」
「どうした?」
熊のような大きな体をした男性が店から出てきた。アジサイも僕より10cmほど大きいのにその倍ぐらいはある。
腰には黒いエプロンと雷のマークのバッチがキラキラと光っている。この人も天警の人だ。
「この子の分のパソコンを作って頂戴」
「わかった。色は?」
「紺ね」
「形は?」
「そうね…。軽い物がいいわ。それからなるべく小さくなるもの」
「わかった」
そう言うと熊のような男性は頭の後ろを左手でかきながら店の中へ戻っていった。
それから数分後、男性は髪留めを持って戻ってきた。
「これならどう?」
「…駄目よ。使えないわ」
アジサイが即答した。
しかも僕についてよく分かっている。
僕とアジサイはハッキング以来、休憩時間が合えば一緒にお茶をしているが、髪留めに無頓着であることは伝えていない。まあ、洋服にこだわりがなければ予想はできるのだろう。
男性は今度は耳を触りながら店の中へ戻っていく。そしてまた数分後、戻ってきた。
「これは?」
「…メリア、これはどう?」
それは3つの勾玉が合わさって丸くなったキーホルダーだった。色は青、緑、白の3色。
「だめ?」
男性は僕の近くに勾玉を持ってきて僕に目線を合わせるために屈んだ。
「綺麗」
勾玉はガラス玉のように透き通り、宝石のような静かな輝きがあった。ネックレスのようで上の方に銀色の細い紐がついている。
「それが気に入ったならそれにするわ」
「うん」
アジサイは男性にお礼を言い、僕に勾玉を渡した。
「これ、本当に僕がもらっても?」
僕はドキドキしながら2人に尋ねた。こんなにうれしい贈り物など、友人からもらったもの以外にあっただろうか。
2人は顔を合わせて優しく笑った。
「ええ、貴方のものよ」
「使い方はアジサイに聞いて。また何かあったら聞く」
「ありがとう!」
僕は勾玉を壊れないように丁重に持ちながらも、しっかりと握った。
情報係へ戻ると自分の席に座る前にアジサイから勾玉について指導を受けた。
「わかっていると思うけど、これは貴方の大切なものよ。特にここでは肌見放さず持たなければならないもの」
勾玉をじっと見ながらアジサイの言葉を反すうする。
「刑事課はここと身体を中心に使うでしょう?」
そう言いながらアジサイは自分の頭を右手でトントンと軽く叩く。
「でも私の場合はここにあるブレスレットを使うの」
「どういうこと?」
「見れば早いわ」
そう言い、紫色の花がついたブレスレットの花の裏側を触った。
すると、空中に薄い紫色のパソコンが出てきた。パソコンの背面には花の模様が描かれている。腕についていたブレスレットは消えていた。
「これが私の武器。普段はここにおいてあるパソコンを使用するけど他の場所に行くときはこれを使うの」
僕は優のバイオリンのようかと理解する。この勾玉も同じような特徴があるのだろうか。
「予想できたでしょう?貴方の勾玉も同じものよ」
「じゃあ、どこかにスイッチのようなものが?」
勾玉を慎重に触りながらそう言うとアジサイは何かを懐かしむようにくすっと笑った。
「そうね」
アジサイはパソコンをブレスレットに変えるとこちらを腕を組んでじっと見ていた。表情や口元は笑っていない真剣そうな表情そのものなのにその瞳には勾玉をどう僕が変化させるのか楽しみにしているように見えた。
僕は勾玉をそっと3つに分けた。
その勾玉は1つずつでは無色透明だった。3つが合わさることで色がつき、初めて使えるのだろう。
僕は勾玉を戻す際、1箇所だけ穴の形が1つのときと3つのときに違う勾玉を見つけた。
「見つけた」
僕は直感的にそう思った。
「ここがスイッチだと思う」
僕が思った場所、―3つの勾玉のときに穴が変わってしまう緑色の勾玉―に魔力を注いだ。
「へえ…」
アジサイは驚いたようにつぶやく。
勾玉は変化、しなかった。ただ、僕にイヤリングがついた感触と緑色の勾玉が消えていた。
「惜しかったわね」
アジサイは手をあごに軽く添えて、よくできましたと言いたげにほほ笑み、右手を差し出した。
僕は2つの勾玉をアジサイに渡す。1つはイヤリングとして右耳についている。
「勾玉を変化させる方法は合わせて3つ。1つはメリアが今行った魔力を注ぐ。2つ目はスイッチによる起動。3つ目は想像」
そう言いながら白い勾玉の後ろの部分を触った。
「ここがスイッチみたいね」
アジサイが白い勾玉を僕の方へ向けた。その勾玉は驚いたことに胸元のバッチに吸われるように側についた。形は横向きの白兎のようで目が青い。
「あら、恥ずかしがり屋なのね」
アジサイは目を細め、柔らかに笑う。
「あとは想像」
勾玉を僕に返し、
「貴方がどんなパソコンを願うか、それで作られるわ。貴方の右耳についている鳥のイヤリングのようにね」
「…想像」
僕は青い勾玉に楽しかった思い出をのせた。
友人と遊びに行ったこと、初めて満天の星空を観たこと、そしてあの子たちの笑顔を。
アジサイは腕を組み、いつものように楽しそうにメリアを見ている。
勾玉はパソコンに変化し、驚くメリアの前で浮遊している。メリアがパソコンの下に手を置くとゆっくりとパソコンが手に乗った。
パソコンは黒を基調としたもので白のラインが横に1本だけ入っている。
「合格ね。それじゃあ基礎を教えるわ。1時間後から仕事をしてくれる?」
「はい!」
僕はアジサイから基礎を教わり、1時間後から情報係として仕事に取りかかった。
情報係の仕事をしていて人手が足りない、ということと凄まじい量の情報を処理し、担当者に渡さなければいけない。
「メリア、203番世界の情報を早く送って」
「はい」
「メリア、この情報どこから取ったの?」
「それは56ページの上に書かれているものです」
「こっちにもメモ」
「はい」
メリアは情報係の部屋上部に付けられているスピーカーで内線を聞きながら白兎のマイクで情報を提示、現世からの情報を右耳で入手し、資料をまとめていた。その間にも他の情報係から訂正箇所や疑問をいくつも投げかけられる。
「アジサイ」
「日向、よく来たわ。今から読み取って」
「うん」
仕事をしていると、何やらおかしな言語が混ざっている人が来た。
聞き取れるが普通なら聞き取ることはまだしも、話すことはできないような不思議な発音だ。
「ここからなら勝率は上がる。急いで派遣を送って。助けられる」
「わかったわ。メリア、派遣を申請して。人数は」
「6人」
「わかりました」
「…日向の言っていることがわかるの?」
「はい。一応さまざまな言語を学んだので」
そう言いながら、派遣を要請し、人数を記入、推定難易度や元々いた人たちへのフォローも考えて対応しなければならない。
「君、名前は?」
「メリア」
「いくつで死んだの?」
「20」
「死んでよかった?」
「どうでしょう。死んでからは私のやりたいことができるようになった感覚はありますが、生前も行動しなかっただけのように思えますので」
「ふーん」
日向はそう言うと僕の隣に腰を下ろした。
僕の反対側に座るの達己は眉をひそめ、嫌そうな顔をしている。
「メリア、今からこの世界に私を連れて行って。貴方は護衛として」
日向が見せた資料をチラリを確認する。その資料は幸いなことにネコの管轄だったらしく、一度読んだことがある。
パソコンから目を離さずに僕はアジサイに声をかける。
「アジサイ、65番のスターリング国の城下町に向かってもいい?日向から連れて行ってと言われた」
「わかったわ。メリアはパソコンだけ勾玉に戻して持っていて。2つはそのまま通信に使って」
「わかった」
僕はキリのいい場所でパソコンを勾玉に変え、首にネックレスとしてつけた。そして日向と一緒に大樹まで向かう。
その間、日向から資料を貸してもらい、情報を読み込む。大樹まで向かう道はたくさんあり、行き違いになることは少ないためぶつかることはないと言っても過言ではない。
一度資料を読めば大体頭に入る。それから必要な箇所だけ頭の中で整理をする。
「日向、この世界で何を調べるの?」
「それは向こうについてから」
「わかった」
案内人に資料を渡し、扉をくぐる。
「いってらっしゃい」
案内人がいつものように一言添えるとすぐに真っ白な空間に出る。そこでは天使のような羽根が半ば強制的に出るようになっている。その羽根を使って街が見える出口へと向かう。ちらりと後ろをみると日向も時々目をこすり、眠そうな顔をしながら飛んでいた。
僕たちは地上に着くと屋根の上に降り、羽根をしまう。
「それで、何を調べるの?」
「住民の反応」
そう言った日向は屋根と屋根をつたって城下町が見渡せる城の方へ向かった。
僕も置いていかれないように日向の後ろをついていく。
日向は城の塀に登り、一歩踏み出した。
どうやら噂に聞く優と同じような部類らしい。僕は焦らずに日向が落ちてもケガをしないように日向を追って落ちていく。
下からは恐怖と不安の声が上がっている。まさか自殺ではないかと思われてしまったのでは、と不安に思う。
「それにしても驚かないんだ」
日向はなんともないように言う。まさか何の防御もせずに落ちていくとは思わなかった。
僕は急いで日向に結界と下に風を巻き上げ、衝撃を和らげた。
日向は風が自分の方に来たことに驚いたのか、身体をビクリと震わせたが、すぐに身体を預けたおかげで怪我1つつかないで済んだ。
僕も日向と同じように風魔法でゆっくりと降りる。
「それで、何がわかったの?」
「この世界は平和ボケしてる」
「…」
僕はため息をついた。そんなことは城下町を見ればわかる。
この国の民は笑顔が多く、困っている人に迷わず手を差し伸べているのを降りてすぐに見た。
「だから他の国に狙われている」
日向はゆっくりと言った。民が潤えば他国からの恨みを買いやすいのだろう。
「…まぁ、あと20年は大丈夫だよ」
それを聞き、僕は日向の"あと20年"という言葉に引っかかりを感じた。
「あとは…」
日向は楽しそうに城下町で買い物を始めた。荷物は全部僕持ちで。手には紙バッグが1つ2つと増えていく。
「メリア、これも」
「はいはい」
僕はイヤリングで情報を聞きながら適宜マイクを通して説明をしたり、途中で携帯を取り出し、仕事をしたりした。
ただ、それ以前に日向といると妹ができたようで楽しく、嬉しかった。
「私、優と同い年だよ」
どうやら思っていたことを当てられたようだ。僕はどう言い訳をするか考えているが、特にいい案が思いつかないため、軽く謝ることにした。
「ごめんなさい。頼られるのがうれしくて」
日向は「あっそ」と軽く返事をし、どんどん買っていく。
情報係からの質問が途切れた。
僕は日向が買った袋で両手が塞がり、もう持てないと思っていた時、
「マジックパックないの?」
日向がそう言った。マジックパックとはたくさんのものが入るバッグだ。
「ある」
僕はネコから頑張っているからと折りたたみのバッグをもらった。確かあれはマジックパックだったはずだ。僕は袋をすべて折りたたみのバッグに入れる。
すごい。すべて入れてもまだ入りそうだ。
日向が袋をすべて詰め終わったのを確認してから
「これはメリアに」
そう言い、僕に渡したのは拳より2回りほど小さい赤い果物だった。
「…これは?」
「りんご。この地域の特産品の1つ。一番甘いやつ選んだ」
そう言い、日向は同じように丸々とした赤いりんごをそのままかじった。
「…ん、甘い」
日向はりんごが甘いことを当然のように言い、食べ進める。
日向はこちらを向き、早く食べろと催促する。
りんごは赤々とし、艶がでていた。
僕は日向と同じように少しかじる。
「すごく甘い…」
僕は驚いた。甘い果物を食べることは多々あったが、皮ごと食べることはなかったし、こんなに甘い果物は食べたことがない。
メリアはパクパクと食べていく。
日向はその様子に満足したのか、食べかけのりんごを持ちながら腕を組んで何度も頷いていた。
「私が選んだんだから甘いのは当たり前でしょ。メリアも選んでみなよ」
そう言ってりんごの売っている屋台を指差した。
「これも勉強だよ」
僕は不思議に思いながら真っ赤な艶のある小ぶりなりんごを指差した。
「これ…が甘い、と思う」
「食べてみなよ」
日向が屋台の店主にお金を払い、僕が選んだりんごを買った。
日向はそのまま近くの椅子に座り、どこからかナイフを取り出し、半分に切った。その半分をメリアに渡し、半分を日向が食べた。
日向がりんごをゆっくりと味わうように食べ、感想を一言添えた。
「うん、普通だね」
僕も日向から半分になって戻ってきたりんごを食べる。
味は甘かった。でも、日向が選んだりんごと比べると美味しくない。甘いのだが、どこか違う。
何が違ったのかわからないが、根本的なものが違うのだろう。
「これが私の目。いろいろな場所から通常の人が見ることができないところを見ることができ、そして情報を受け取る。まあ、メリアもいい線まで入ってたけどね」
そう言い、残りのりんごをパクリと口に入れ、頬をふらませ、すぐに食べ終わった。
「だめだよ」
そう言った相手は日向の後ろにいた男の子だった。
「万引きはだめだよ」
日向が男の子の腕を掴んで逃げられないようにしていた。
「ほら、万引きしたのだしな」
男の子は無言を貫き、動こうとしない。
日向はため息をついて男の子の服をめくる。
男の子の服の中からりんごが3つ落ちてきた。男の子は服を日向からひったくるようにして戻すと、急いで拾おうとしゃがみこんだ。
日向はそれをただ、見ていた。そこには何の感情もないように見える。
「君」
僕は男の子に声をかけた。
男の子は肩をビクリと震わせ、泣くことを我慢しているような顔をしてこちらを見た。
メリアは地面に膝をつき、男の子に目線を合わせた。
「どうして盗みなんてことをしたの?」
りんごを拾う手伝いをしながら声をかける。
「ただ食べたかったから?」
「それとも、お願いされて?」
男の子はりんごを拾う手を止め、地面を見て目にためた涙を腕でぬぐっていた。
僕はまず、男の子の服装を確認する。服装は一般の民と同じような小綺麗な服だ。髪の毛も身体も痩せすぎでもなく、不格好でもなかった。ただ、日向がめくったお腹にはいくつかあざのようなものがあったのを見た。そのあざだけが男の子に不釣り合いなくらい目立っていた。
「りんごちょうだい」
僕はりんごを金貨3枚で買い取ることにした。
「その子連れて行くなら私は店主に代金払ってくる」
日向はそう言い、屋台に向かった。
普通のりんごが銀貨1枚に対し、僕が出すお金は金貨1枚につき、りんご1つ。普通に買ったら金貨1枚でりんごが10個買える。
「それから、君の午後の時間をちょうだい。金貨10枚で」
人の時間をお金に変えるのは申し訳ないが、そんな悠長なことも言っていられなさそうだった。
右耳のイヤリングから日向があと1分で連れて行かないと危険だと言われていた。
「だめかな?」
男の子はりんごを3つすべて僕に渡してくれた。僕はりんごを折りたたみのバッグに入れ、
「ありがとう」
金貨3枚を男の子に渡す。
男の子は金貨を受け取り、僕の手を取った。
本当に申し訳ない。申し訳ないが、これは一種の検査と言っても過言ではない。金貨を受け取れば自分の身より金貨が大事であり、拒否をすれば自分の身を大切にできているということだった。
僕は金貨10枚を男の子に渡した。
「行こっか」
僕は男の子の歩幅に合わせて日向の方へ向かった。
集合場所には日向が携帯より大きく、パソコンより小さい画面で操作をしていた。
「本当に連れてきたんだ」
「うん」
日向は男の子をじっと見た。男の子は驚き、僕の後ろへ隠れた。
「…どんな話をすればそんな信頼、築けるわけ?」
「僕は男の子とゆっくり食べ歩きしただけ。待たせてごめん」
日向は男の子を見ながら適当に返事をした。
「君、名前はケヴィンだね」
ケヴィンと言われた男の子は目を大きくさせ、驚いていた。
「そして右のポケットにナイフを仕込んでいる。私を殺すために。ついでに家族も殺そうとしてるね」
「お金を盗むために?」
僕は日向に聞くが、日向は首を振った。
「そんなもの君には必要ない。その子にはもうメリアが隣にいることが重要に変わってる」
「僕?」
もしやまた何かやらかしたのではないかと不安に思うが、そんな事をした覚えがない。ケヴィンにそんなに恨まれたり、憎まれたりはしていないはずだ。
「私聞いたよね。どんな話をすればそんな信頼が築けるのかって」
確かに聞いていた。だが、僕は何もしていない。
ただ話をして、のんびりと歩き、日向と選んだようにりんごを一緒に選び、食べ比べをしただけだ。
となれば、可能性は1つだけ。
「スキル」
僕はポツリと声を発した。
日向は予想ができていたというように僕の方を向いた。
「貴方はどんなスキルを持っているの?」
日向が確認するようにそっと聞いた。
「『信用と正直』。僕の前では生き物は素直に心をさらけ出していまう可能性が高くなる」
このスキルはメリア自身が無意識のうちに発動してしまうため、スキル発動をやめることができない。
このスキルのおかげで生前は国を運営するにあたって円満に行けるときもあった。ただ、それ以上に僕は怖かった。いつか、このスキルで悪いことをしてしまうのではないか、と。
日向はメリアの不安が入り混じった目を見ながら聞く。
「それは生きているもの?」
「いえ、僕が信頼している人であれば無差別に」
そのせいでケヴィンは周りを殺すという度の過ぎた行動をしようとしたのだ。
たった1人を自分のものにするために。
男の子は僕を信頼し、そばにいて欲しかった。だから、
「暴力を振るった親と隣にいた私を殺して一緒にいてもらおうとしたんだね」
日向は僕の思考と同じ結果にたどり着いていた。いつから分かっていたのだろう。
日向は男の子のポケットからナイフを取り出した。男の子は急いで取り返そうと日向に食ってかかるが、僕が男の子の肩を押さえる。
日向がケヴィンから取り上げたナイフは古ぼけていて刃の部分がギザギザしていた。柄の部分もボロボロでゴミ箱から拾ったように見える。
「それをしても意味はないよ。メリアには想い人がいるようだからね」
日向はナイフの側面をコンコンと叩きながら言う。
「想い人?」
「うん。気づいていないようだけど、いるよ。会えるのは随分あとになるだろうけどね」
メリアは想い人について思考を巡らす。誰かいただろうか。
「だから、君は諦めたほうがいい」
日向は淡々とケヴィンへ告げる。そこには何の感情もない。
日向はそのナイフを袋に入れ、僕の持っていた折りたたみのバッグにしまった。
「日向」
僕は日向にケヴィンの今後の対応を提案した。
「今から金貨10枚分はケヴィンとお出かけしたい。それから、育てている人たちとも話をして、この子がこれからの選択肢を広げたい。手伝ってくれない?」
「仕事は?」
「もう終わってる。それに質問は随時受け付けてるし、日向の護衛だってする。それに」
僕は一拍置き、ケヴィンの手を取る。
「お金、払っちゃったから」
日向はじっと見ていたと思うと、仕方がないというように笑った。
「お金は後払いが鉄則だよ」
「人攫いかと思われちゃうでしょ」
「もうとっくに人攫いだよ」
「金貨と時間を交換したの。攫ってない」
「はいはい」
「ということだから、今日1日いっぱい遊ぼう」
「いいの!?」
元気な声でそう言ったのはケヴィンではなく、日向だった。
「遊びたかったの?」
「遊びたいに決まってるじゃん。遊ばないで仕事なんかやってらんなくない?」
日向はケヴィンの手を取り、走り出した。
ケヴィンは驚きつつ、日向にされるがままに連れてかれそうになるのを僕の手をぎゅっと握り、不安そうに僕を見た。
「大丈夫。遊びに行こう」
僕はケヴィンに安心できるよう柔らかく笑った。
ケヴィンは不安そうに頷き、日向の手を握った。日向はそれを嬉しそうににんまりと笑い、片腕を空に突き上げた。
「探検だー!」
それからは日向が気になるお店にどんどん入っていくのでそれを僕たちはのんびりとついて行った。
所々、ケヴィンが足を止め、見ているお店に入り、日向がまたそこではしゃぐ、ということをずっとしていた。
日向は時々、タブレット(日向に教えてもらった)で報告したり、耳に手を当てて電話をしていた。その間は僕たちは「遅いね」なんてケヴィンに話しかけていた。僕にも質問が来るときがあるが、なるべくケヴィンを1人にしないよう注意し、僕は日向がいない場合、ケヴィンがいる場で端的に説明することが何回かあった。
だんだんとケヴィンも笑うようになり、ケヴィンが気になった宝石店に寄ったときに日向が全部偽物を商売としていると言い当て、証拠の隠し場所やお金の在り処、知ることがない個人情報まで羅列し始めた時は僕と2人で日向をお店の外まで連れ出して僕が「お客様がいないときでよかった」といい、まだ怒っている日向を見て2人で笑った。
暗くなり、そろそろ帰らなければならない時間になった。
そろそろ本格的に動き始めるか、と考えていると
「メリア」
とケヴィンが発した。ケヴィンの声は子ども独特の高く、温かい声で透き通っていた。
「ひなた」
日向も名前を呼んでくれたことが嬉しかったのか、ケヴィンの頭をガシガシと撫でていた。
僕はそれを横目に後ろに隠れている人たちを確認する。どうせ人攫いや強盗だろう。
僕たちは富豪のような遊び方をした。ケヴィンの服装も新調し、新しい服にした。僕たちはその場その場で目立っていたと思う。それが目的だったといえば嘘になるが、ちょうどいい。
「終わらせよう」
日向がそう言ったのを合図に僕は後ろにいた人たちを緑色の魔法で拘束した。
日向とケヴィンが後ろをゆっくり振り向いた。
「これがあなたの育ての親」
日向が指差しながら拘束した人に近づく。
僕は足元と顔が見えるように光を当てる。そこにはケヴィンと似た男性と60代に見える老婆がいた。その後ろには暴漢でいそうな人がツタを切ろうと動いていた。
「貴方が母親。そっちが父親。奥が兄とその手下」
どうやら全員ケヴィンと関係があるらしい。ただの暴漢ではなかったようだ。
ケヴィンは下唇を噛み、メリアの服をつかんだ。
「日向」
「そうだね。お話を聞かないと」
日向は老婆のあごを掴み、聞いた。
「虐待、した?おばあさん」
日向がそう言うと老婆は顔を真っ赤にさせて唾を飛ばす勢いで日向に言った。
「虐待なんかするわけないでしょ!ケヴィンを返しなさい!お金もケヴィンも私のものよ!」
「きったないんだけど、おばさん。やめてくれない?」
そう言った日向は眉をひそめ、すごく嫌そうな顔で声のトーンが落ちていた。
「私、人を信用しない人大っきらいなの」
今度は老婆の胸ぐらを掴み、言った。
「ケヴィンを話せなくしたのは誰?」
「あの子はもともと話さない」
声を出した父親は気力もなく、疲れ切っていた。
「あの子は忌み子だ」
「だから言ったのよ!堕ろそうって!」
「それを嫌がったのはお前だろ!俺に責任を押し付けるな」
老婆とケヴィンに似た男性が言い合いを始めた。
ケヴィンは僕の裾を掴み、後ろで怯えている。
「なんで子どもの気持ちを考えないの?」
僕はケヴィンの手を強く握りながら言い合いをしている2人に聞いた。後ろの暴漢は何度もツタを切り、ツタに縛られを繰り返している。おそらく僕たちが話している間は動けないだろう。
「なんでケヴィンの目を、心を見ようとしないの?」
はじめに出会ったケヴィンの目は淀んでいた。世界に絶望していた。そこには光というものが1つもない。それがケヴィンのいた世界だった。
「どうしてケヴィンを信じないの?」
メリアは父親、母親、そして兄の3人を見渡した。
「信用できないなら、ケヴィンの気持ちぐらい考えて。子どもを育てることのは大変で辛いことだと思う。でもそれを子どもにぶつけたらだめ。あなた達はケヴィンがいなくても生活できるかも知れない。でも、ケヴィンは?ケヴィンは育ててくれる人がいないと生きられないんだよ」
メリアは目に涙をため、こぼれないよう我慢しながら話していた。
日向は老婆の胸ぐらを離した。母親はへなへなと地面へ座り込んだ。
「綺麗事だ」
父親はポツリと呟いた。
「そんなことわかっています。でも、悲観に考えるよりいいと思います」
僕はあの人たちの意識が変わる変わらないにかかわらず、ケヴィンに聞く予定だった言葉を投げかけた。
「貴方はどこでどうやって暮らしたい?」
ケヴィンは口をパクパクと動かし、ぎこちない話し方で
「明るいところで暮らしたい」
と言った。3人は驚いたように息を止め、ケヴィンが話すことを否定するように頭を振っていた。一方、ケヴィンの瞳は月のように輝いていた。
「今まで暮らしていた場所で暮らしたい?」
ケヴィンは首を振った。
「メリアとくらしたかった」
その答えを聞くと、日向は奥にいる人たちを置いて僕たちの方へ歩いてきた。
「メリア、ツタを解いて」
僕はツタを解き、拘束を無くした。
それを幸と見なした暴漢は日向に襲いかかる。が、僕のほうが早い。
僕は氷の盾を床から出し、日向を暴漢から守った。
「流石、天才」
「それ以上日向に近づけば、今度は怪我しますよ」
僕は暴漢を睨み、緊張が走る。暴漢は日向に近づこうとはせず、動きもしなかった。
「日向、こちらに」
「うん」
日向が軽く走ってこちらに来る。
そして、日向はケヴィンから取ったナイフをケヴィンの前に差し出した。
「あなたには選択肢がある。あの人たちを殺すか、このまま野放しにするか。もちろん、ここであの人たちを殺してもいい。ただ、それ相応の代償はある。このまま野放しにするなら私たちがあなたを最善の場所へ案内する」
ケヴィンはナイフを取り、そのまま母親の方へ向けた。
僕は思わず手を止めそうになった右手を左手で押さえた。これはこの子自身の判断だ。手を出してはいけない。
ケヴィンはナイフを母親目がけて振り下ろした。
そして、カツンと力無い音がした。
ケヴィンの振り下ろしたナイフは母親の足の真横にあった。
「…ない…せない」
小さく、ぎこちない言葉が聞こえた。ナイフの近くに涙が落ちていく。
「殺せないよ…大事だった人を、殺すことなんか…」
日向がケヴィンのそばに行く。そこに僕は関わってはいけない。また僕に依存するような、同じ状況を作ってしまうかも知れないから。
「それでいい。許さなくていい。だから、殺すな」
日向はケヴィンの目を見てしっかりとした口調で言った。
「殺せばすべてが終わる。それだけはダメだよ。君には生きる選択肢があるんだから」
日向はケヴィンの涙を拭い、ケヴィンを立たせ、ほとんど放心状態に近い3人と暴漢を一瞥せずに僕の横を通る。
「行くよ、メリア」
僕は返事をして後ろ髪を引かれながらも日向とケヴィンについていく。
「ケヴィン」
日向がケヴィンの手を強くつなぎ、歩きながら言った。
「これから、理不尽なことがたくさんある。でもめげずに進めばその先に誰かがいる。たった1人でも諦めずに進め」
ケヴィンはゆっくりと頷き、僕の方に手を出した。
僕はふわりと笑い、ケヴィンの手を取る。
ケヴィンを預ける場所は児童所だった。まずはここで里親を募集し、里親になる人と数日間の面談や合宿を通してその里親と暮らすか、児童所で暮らすかを決める。
僕がケヴィンに出会った経緯や年齢、名前など必要事項を職員に伝えている間、日向とケヴィンは外でかけっこをしていた。
「では、よろしくお願い致します」
僕が頭を下げると、職員も頭を下げ、言った。
「責任を持って対応いたします。見つけてくださり、ありがとうございます」
僕はその言葉を聞き、少し安心した。
「メリア」
日向がこちらに走りながら、呼ぶ声が聞こえた。
「終わった?」
「うん。帰ろう」
「そうだね」
僕たちが帰ろうとすると、ケヴィンもついてきた。日向から説明されたはずなのに。
「ケヴィン」
お別れだよ、と言おうと口を開くと、それを遮ってケヴィンはゆっくりと笑った。
「ありがとう」
そう言った。
本当にこれでよかったのか、分からず、僕は曖昧に笑って「こちらこそありがとう」と言った。
「ちゃんと学んで笑って過ごしなよ」
そう言って日向がケヴィンの頭をガシガシと撫でた。
僕は一度しゃがみ、ケヴィンを優しく抱きしめた。
「元気に暮らして。貴方が笑顔で暮らせれば僕たちはそれだけで嬉しい」
そう言い、僕は離れた。そして日向と一緒に手を振り、施設を出た。
ケヴィンはメリアと日向が見えなくなっても職員に声をかけられるまで入り口を見送っていた。
日向はまだこの国に用があるのか、ケヴィンと別れたあともふらふらと彷徨っていた。
「まだ情報が足らないの?」
「うん。あるものが見つからない」
日向が地面をじっと見ながら何かを探している。
「見つけた!」
そう言って地面から拾ったのは紙切れのようだった。日向はそれを僕に渡した。
「メリアが集めている絵本の一部。ネコから聞いてたから」
「絵本…?」
僕が持っている1枚の紙は絵本の一部だというのか。
「うん。きっと、重要になる」
「ありがとう」
僕は日向の持っていた丸められた紙をそっと開く。そこには優しく微笑む王女が様々な人に手を貸している描写だった。
「王女様、みてみて」
と子どもが王女に花冠を見せます。
王女は感心し、優しい目をして言います。
「すごく綺麗。ニナは器用ね」
「これは王女様の」
ニナと呼ばれた少女は恥ずかしそうにはにかむと 王女に花冠を乗せます。
他にもそばにいる子どもがニナに続くようにどんどん王女に四葉のクローバーや絵、花冠、お花で作った指輪を渡します。
王女はとても嬉しそうにほほ笑み、
そこで文が途切れている。
どんな話なんだろう。僕は首を傾げ、紙を丁寧に四つ折りにする。
これで2枚目。
「頑張って探しな。きっと、見つかるよ」
そう言い、日向は天界に戻ろうと話を変えた。
僕は頷き、天警に戻る。
それからの1ヶ月、メリアはどんどん成長し、情報係の仕事もある程度できるようになった。
【報告書】
合格
・仕事
・基礎がわかると応用もできる。
・指示する前に行動できている。
・簡潔にしっかりと要点を押さえている。
・性格
・しっかりしているし、動きもいい
・スキルに関し、専門的な知識を入れることも推奨
・トラウマに関しては特に言及しない
・常時スキルの発動により、必要以上の干渉はお勧めしない
・話がしやすい
・理想を語る子
責任者 アジサイ・日向
「共同で報告書を書くなんて久しぶりね、日向」
「そうだね。アジサイ」
日向がアジサイの机に腰掛けながら、椅子に座っているアジサイを見下ろし、話す。
「それで、たった3文で終わらせるなんて報告書にしてはあっさりしてるんじゃない?」
アジサイは日向の書いた報告書を見る。
「そんなことないよ。私にしてはちゃんと書いた」
いつも日向は報告書を書かず、口頭で処理する事が多かった。
「そうね。あなた、メリアのこと気に入った?」
「そうだね。あの子、私は好きかな」
日向が笑った。
「本当、あなたって趣味悪いわよね」
「それはひどいよ」
アジサイがジト目で日向を見た。
「だって人の恋愛を勝手に見て押すんでしょう?」
「そりゃあね」
アジサイは不思議そうに言った。
「でもメリアはそんなことないと思うのだけど…」
「あの子、少し不思議な子だよ。死ぬときにね」
「死ぬとき?」
アジサイは日向の言葉を繰り返す。
「少し調べたんだ。あの子の経歴」
「で、どうだったの?」
「端的に言うと、人というより仏といったほうが近い。そして想い人は随分あとになるよ」
日向は机から降り、入り口に向かう。日向は一度振り返り、言った。
「のんびり見守っていくことにするよ。きっと、面白いから」
「日向の予想は当たるから楽しみにしてるわ」
アジサイは日向に報告書を渡し、日向はそれを受け取った。
「ついでに提出も頼んだわ」
「はいはい」
日向はしょうがないというように困ったように笑って情報係を出ていった。




