第98話 報酬と別れ
代打ちの依頼を無事終了させたズークは、ラドロンの執務室を訪れていた。同じ部屋には彼の護衛をしていたモーガンも同席している。
相変わらずヤンチャ坊主がそのまま大人になった様な、黒髪とチョビ髭がトレードマークの大柄な男性だ。
同じく黒髪で黒い瞳を右目に着けた、高級そうなモノクルが特徴的なラドロンの知的な雰囲気と真逆である。
傍から見れば凸凹コンビか、似ていない兄弟の様に見えなくもない。今日は依頼の達成についてと、報酬の支払いについての話し合いにズークは呼ばれた。
「今回は助かったよズーク、ありがとう」
「結構楽しめたよ。また呼んでくれても良いぜ」
「ふっ、そうだね。ただ次は出ないかも知れないけどね」
追い詰められたデモニオ達は、先程確保されたという報告が来ていた。重ねて来た罪の重さを考えれば極刑は確定。
そうなれば強欲の螺旋は実質的に壊滅という事になる。本拠地は既に制圧されており、構成員は全員捕縛された。
今回ラドロンが参加を決めたのは、デモニオ達の資金力を削る目的があった。しかし結果的にそれ以上の成果が出たので、来年も参加する意味はあまりない。
あくまで趣味として参加するか、別の組織にダメージを与える必要が出ない限りは出場理由として薄い。
その状況でズークをわざわざ呼ぶ必要があるかと言うと、正直微妙だと言うほかない。
「デモニオの居ない今、モーガンに護衛を頼む必要もないからね」
「そうなったら俺が代打ちをするだけだしな」
「あ~なるほどね。確かにそうか」
実は大会中にも、ラドロンを狙う刺客達が何度か襲撃を仕掛けていた。もちろん雇ったのはデモニオであり、その全てをモーガンによって阻止されていたのだ。
つまりデモニオは何もかも全て対策をされてしまい、どの道ほぼ詰みであったという事。
欲に負けて借金を作った男のせいで、欲に塗れた悪党が潰されてしまったというだけ。誰も損をして居ない素晴らしい結果と言えるだろう。
基本的におバカしかやらないズークだが、たまには人々の為になる事もある。本当にたまにで、要らぬ事をすぐやる残念な男である事実は変わらないが。
「でも君のお陰で上手く行ったのは事実だ。報酬は多めにしておいたよ」
「お、マジ?」
「2億ゼニーを支払うよ」
ここに来て高額の報酬が提示された。予想していたよりも高い額を約束されたズークとしては、金額になんら不満はない。
そもそもの賭け金自体はラドロンの持ち分だ。報酬の倍以上は儲けているのをズークとて分かっている。
しかしだからと言って、更なる上乗せを申し出るつもりは無かった。実際楽しかったし、言う程の苦労もしていない。
それで10億近い額を要求する強欲な男ではないからだ。Sランク冒険者への使命依頼としても、十分過ぎる額面だ。
Sランクモンスターの討伐とそう変わらない額で、いちいち文句を言うバカはそう居ないだろう。
「本当にありがとうズーク。支払いは後日改めて行おう」
「分かった」
「上に君の客人が来ているらしいからね、行ってあげると良いよ」
ラドロン達に別れを告げて、地上にある酒場へと移動するズーク。そこに居たのは真っ黒なドレスに黒い髪の女性、決勝戦を共に戦ったアンナだった。
デモニオのせいで夫を失った未亡人が、別れの挨拶をしに来たらしい。最後の決勝戦では、互いに良いマージャンが出来たとアンナは言う。
久しぶりに楽しい時間が過ごせたと上品に笑っている。アンナにとってテーブル競技は、夫と共に楽しむものであった。
彼を失ってからは、心から楽しめた事は殆ど無かったとアンナは言う。最愛の人を失ったのだから、仕方のない話だ。
「でもアナタと打つのは楽しかったわ」
「それは俺と相性が良いって事か?」
「調子に乗るにはまだ早いわ。あの人ぐらい強くなってからにして頂戴」
別れのワンナイトに期待したズークだったが、残念ながらそうはならなかった。あくまで彼女が愛したのは死んだ夫だけである。
確かにズークは若くて有望な戦士であるが、アンナは再婚を願う程に好意を抱いてはいなかった。
しかも現在多額の債務を抱えた借金野郎である。こんな男と再婚なんて何のメリットもない。
ノーを突きつけたアンナの判断は、非常に正しいと言わざるを得ないだろう。ただし別れの一杯には付き合っていき、昼間から2人でワインを飲む。
せっかくだからとズークは、デモニオが捕まった話を伝えた。
「…………そう。これでもうアイツのせいで、苦しむ人はいなくなるのね」
「ああ、そうだよ」
「良い事が聞けたわ。ありがとう……またどこかで会いましょう」
決してスッキリとした訳ではないだろう。憎き相手が捕まって、死罪が確定だとしても失った命が戻る訳では無い。
アンナの夫が殺された過去は変わらないが、もう強欲の螺旋による被害に遭う人は居なくなる。
それだけは良かったと自分を納得させたアンナは、ズークに別れを告げて酒場を出て行った。
また彼女の運命とズークの運命が、交わる事があるのかどうか。それはまだ誰にも分からない。




