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金使いと女癖が悪すぎて追放された男  作者: ナカジマ
第2章 幻想闘牌浪漫譚
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第88話 もう1人の復讐者

 アンナと同様に3回戦を突破したズークは、2人で夕食を共にする事に決めた。

 義賊集団ロ・コレクトの隠れ蓑となっている大衆酒場で、傭兵達に混じってカウンターに並んでいる。

 ここでならズークは支払いを要求されないし、連れであるアンナも同様の扱いで済む。

 女性を案内しておいて、奢りもしないケチな男にならずに済む。とは言えここを選んだのはそれが理由ではなく、敵対している強欲の螺旋に関係する者が居ないからだ。

 表向きはただの酒場に過ぎないが、スタッフやマスター只者ではない。敵対組織の関係者を、易々と店内に通す事はないのだ。


「先ずはお疲れ様と言っておこうか?」


「この程度では疲れないわよ」


「そりゃ失礼しました」


 アンナは亡き夫に様々なテーブル競技を指南されており、複数の競技でプロ級の腕を持っている。

 マージャンもその例に漏れず、少々腕に覚えがある程度の輩では相手にならない。3回戦では2回の半荘戦で両方トップという圧勝を見せた。

 他の追随を許さないトータル8万点という結果には、観戦に来ていた多くの観客を驚かせた。

 勝敗の賭けに関与している界隈では大騒ぎとなり、今では優勝予想が大きく揺らいでしまっているのが現状だ。

 アンナというダークホースに気付いていた予想屋は少なく、予想屋達も情報収集に躍起になっている。

 しかしアンナは表だって活動していた記録は少なく、こと代打ちについては殆ど記録が残っていない。

 この大会へ参加する為に、腕前の証明にと参加した数回のみしか代打ちとして表に出ていないのだから。


「アナタが優勝候補を1人引き受けてくれたから、こっちは随分と楽が出来たわ」


「良く言うよ、アンナだって勝てただろうに」


「残念だけど私、小手先のお遊びが得意じゃないの」


 ズークが見抜いていた様に、アンナもまたマライアのすり替えには気付いていた。

 観客の多くが見逃していた高速のイカサマも、目の良い人間なら見ていれば分かる。そしてアンナは、あの手のイカサマは使わない雀士だ。

 夫からどの様な不正行為があるのか、粗方聞いて知っている。知識として持ってはいても、使うかどうかは別の話。

 アンナはあくまで夫と同じ様に、正攻法の実力勝負を続けるのみ。もちろん気付けば現行犯で指摘するし、罰符もしっかりと貰うけれど。

 イカサマをしない事と、ルールに従う事は両立する。だからこそアンナであれば、ズークのやった様にすり替えてでハメる様な勝ち方はしない。


「あの人なら正攻法で勝つもの」


「ふーん……なあ、聞いて良いか? アンナの旦那さんについて」


「…………」


 アンナが復讐を望む理由、それは夫を殺された事に起因している。しかし彼女は復讐では幸せになれない事もまた、亡き夫から聞いて十分な理解と納得を得た人でもあった。

 だからこそ貴族としての家名を捨ててまで行動し、あくまで妨害に留めるという形で落ち着いているのだ。

 姑息で残虐な悪党の血で、自らが手を染めては夫が悲しむだろう。教えた事を忘れたのかと、悲痛な表情を浮かべる様子がありありと思い浮かぶから。

 だけどやられっぱなしでは居たくないので、こうして今日まで妨害行為を繰り返して来た。


「お酒の席で出た話よ、その程度に思って頂戴?」


「ああ、分かっているさ」


「クライドは誠実なお方でした」


 アンナの夫であった男性は、とある国に生まれた公爵家の長男であった。家名はホーガンと言い、アンナが捨てたかつての名でもある。

 クライドは銀髪の似合う精悍な男性であり、知略に長けた聡明な戦略家として軍で活躍していた。

 次期総司令官は彼で間違いないだろうと言われており、周囲から期待されていた有能な若手貴族だ。


 子供こそまだ居ないものの、将来を担う代表として見られていたのだが。彼の地位を羨んだ愚かな貴族と、裏社会の無法者が手を組み罠にハメた。

 味方からの裏切りというまさかの事態に見舞われ、戦場で命を失ってしまった。もちろん国や軍は愚かではなく、裏切った貴族はすぐに捕縛され極刑となり他界。

 手を貸した強欲の螺旋は逃亡済みで、その国では国賊として手配されている。


「チェスなどのテーブル競技が好きな方で、子供の頃から色々と教えて下さいました」


「だからアンナは、こんなにもマージャンが上手いのか」


「結局クライドには、殆ど勝てた事はないのですけど」


 喪に服すかの様に、全身が黒一色のアンナは昔を懐かしむ。そのせいか口調が貴族時代だった頃に近くなっていた。

 アンナは伯爵家に生まれ、幼い頃からクライドの婚約者として生活を続けた。その過程で教わった競技や戦術は多岐に渡る。

 クライドは女性でも知っておいた方が良いと、男性が好む様な知識をアンナに教えた。戦術や戦略を知っていれば、万が一何かあった時にも役に立つからと言って。

 そんな日々があったから、今のアンナの強さがある。傭兵としても活躍出来ているのは、そう言った過去の積み重ねによる当然の成果。

 しかしそんな戦果を報告する相手は、もうこの世にはいない。アンナが抱えている過去の想い出と苦しみの一部が、酒場の喧噪に混じって消えて行った。

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