第86話 格上との戦い
アンナが順調に4回戦へと駒を進めていた頃、ズークの3回戦が続いていた。この卓では注目度の高い有名な雀士が1人参加している。
金髪に派手なドレスがトレードマークの、40代ながらも30代に見える美女。
翻牌のマライアと呼ばれるその女性は、字牌を使うのが非常に上手く、和了る速度も早いのが特徴だ。
その上ただ早いだけではなく、決して点が安いとは限らないのが恐ろしい所。字一色や大三元など、役満を和了って来た経験は幾らでもあった。
混一色の和了率もかなり高く、安手と侮った者から飲まれて行った。
「ポン」
「ま、また!」
妖艶な声で紡がれたポンの宣言により、二副露目が硬質的なカツンという牌のぶつかる音と共に晒された。
これで白と中が3枚ずつとなり、發が手の中にあれば最低でも小三元で高ければ大三元だ。役満を匂わせる危険な香りが、マライアから発せられていた。
こうなると当然他の代打ち達は警戒して、消極的なマージャンを打つ様になる。振り込まない様にと手が遅くなり、安牌を確保しようと動いてしまう。
結果手が伸びず停滞し、よりマライアが有利の流れになっていく。そんな中で、1人屈していない男が動きを見せた。
「カン」
ズークは引いて来た4枚目の發でカンを宣言し、自らの目の前にある新しいドラ表示牌をひっくり返す。
カチッという音を発しながら回転した牌は、何も書かれていない真っ白な牌。つまりドラ表示牌は白であり、ズークが暗カンをした發が全てドラになった瞬間だった。
それまで発していたマライアの危険な空気は鳴りを潜め、突然ズークの方から突風が吹き荒れた様な錯覚を他家に与える。
一度も鳴いていない状態で、發ドラ4が確定している。リーチをせずとも満貫で8千点が確約された状況で、もはやどんな待ちでも構わない。
先程からこの様な形で、ズークはマライアの思惑を崩し続けている。少々腹が立ったのか、マライアが対面に座るズークを睨みつけた。
「アンタ……」
「どうしたのかなお姉さん? 俺に惚れちゃった?」
「生意気言っていられるのも今の内だよ」
マライアは10年以上もこうして代打ちの世界で生きて来た。スラム育ちの小汚い娘が、娼館で体を売り得た金で自らを磨く日々。
頭は悪く無かったので、接客の為にテーブル競技を幾つか覚えた。その中でも相性が良かったのはマージャンだった。
スラムで鍛えられた手癖の悪さを利用して、牌のすり替えを行うのは簡単だ。記憶力も良かったので、牌を見ずに手触りだけで判別する盲牌もマスター。
20代前半にも関わらず、結構な打ち手へとなりかけていた。そんな頃に客として来ていた裏社会で生きる男に、愛人にならないかと誘われた。
娼婦ではなく代打ちとして、育てたいのだと言われて。そうして築き上げて来た今のキャリアに、マライアは絶対の自信を持っている。
こんな所で20代半ばぐらいの、若造に敗北などごめんだった。いきり立つマライアに、ズークからの宣言が届く
「リーチ」
「ちっ!」
河に捨てられている現物以外では、ズークへの安牌が何もない。そしてマライアの手は混一色を聴牌しており、親である以上は降りたくない。
幾らすり替えが上手くとも、現状を覆すのは厳しい。危険な牌を引いた時に、別の牌とすり替えてお茶を濁すチャンスが生まれる程度だろう。
すり替えた牌も危険であればそれまでだ。ズークのリーチから1枚目の牌は、現物でセーフ。一発和了りもなく次の巡目が回って来た。
盲牌で三筒だと判明したが、これはまだ怪しい微妙な牌だ。手を引いて来る途中に、自分の前にある山の牌とすり替えを行う。
新たに手中に収まったのは、四筒でありグレーゾーンだった。一筒と七筒が安牌である以上は、普通なら筋で通りそうな牌。
三筒と五筒は既に4枚見えており、嵌張待ちは有り得ない。しかも四筒は既に2枚切れており、これで待ったというなら地獄待ち。
リーチの必要がない手でありながら、わざわざそんな待ちをするだろうか? マライアは冷静に状況を見て考えていた。
ルールを分かっていない初心者ならば、そんな待ちも有り得なくはない。しかしこの場には熟知した打ち手しか座っていない。
こんな待ちで待ったというなら、相当な物好きかバカぐらいだろう。そう判断したマライアは、四筒を切る判断を下した。
「アンタならそう来ると思ったぜ」
「なんですって!?」
「ロンだ」
熟練者だからこその判断を、逆手に取ったズークはマライアの狙い撃ちに成功した。
裏ドラは乗らなかったものの、リーチがついて發ドラ4と6翻になり跳満の直撃。1局目の半荘戦では、相手の分析に徹したズークの反抗が始まる。
有名な熟練者を狩る為に、ズークはマライアの打ち方や性格を徹底して分析した。この大会で勝ちあがる為に、警戒すべき相手はもう分かっている。
その中の1人がマライアであり、高みにいる相手だった。しかしこの場でついに、手が届く位置まで引き摺り降ろした。
ズークが読み取ったもの、それは馬鹿げた選択に弱いという欠点だ。今まで賢い強者の側だったからこそ、バカのイカレた発想には至らない。
意味不明な非合理的な攻め口が、攻略の鍵になるとズークは考え実行した。代打ちとしては格上である、マライアを攻め落とす戦いはまだ終わらない。




