第85話 とある新米騎士と父親
ローン王国の騎士団は、大国に相応しい精強な騎士団である。魔法にも武術にも精通し、あらゆる武器を使いこなす。
彼らが優秀だからこそ、侵略戦争を仕掛けようと目論む国が周囲にはない。永らく侵攻を受けた事がない国であり、最後に他国から攻められたのは100年以上も前になる。
その際も騎士団が無類の強さを発揮して、最小限の被害で食い止めてみせた。友好国との合同軍事演習では、毎回の様に良い成績を残して来ている。
そんな歴史と実績を積み重ねているだけに、訓練も非常に厳しいものとなっていた。新米だろうがおかまいなしに、朝から走り込みで基礎体力を向上させる。
走り込みでは鎧や武具を装備した状態で行われるのが当たり前。戦場で装備の重さを理由にへばっている様では、とても一人前とは言えないからだ。
訓練場のグラウンドを、沢山の騎士達が砂埃を巻き上げながら何周もしていた。
「そこの剣を落とした奴! あと10周追加だ!」
厳めしい顔立ちの副騎士団長が朝礼台の上から、失態を犯した者にペナルティを課している。
蒼い髪を短く切り揃えた、仏頂面の中年男性。彼はガウェイン・ノーランと言い、40歳になったばかりの伯爵家現当主でもある。
代々続いて来た武闘派のノーラン家に相応しく、才能と実力に恵まれた武人だった。10代の頃からその強さは有名で、これまで殆ど負けた事がないと言われている。
実力的に言えば、Aランクの冒険者に匹敵する戦闘力を持つ。彼がローン王国で勝てない相手がいるとするなら、リーシュの様な一部のAランク冒険者とSランクのズークぐらいだろう。
騎士団内では最強の騎士と言われており、騎士団長からは訓練について一任されている。後進の育成にも余念がなく、厳しい指導を続けて来た。
「まだ休むな! 走り込みが終わった者は素振りに移れ!」
一見すれば厳し過ぎる鍛錬だが、騎士団はこうでなければならないのだ。戦場では敵がこっちの都合に合わせてくれる事などない。
常に危険と隣り合わせであり、気を抜いた者から命を落とす。常在戦場の観念を無理矢理にでも植え付けて、無駄な戦士を防ぐ目的があるのだ。
そんな鍛錬を続けている新米騎士達の中に、ガウェインと似た蒼い髪を持つ青年の姿があった。彼はガウェインの息子であり、長男のエリオット・ノーランだ。
王立魔法学園を卒業した後、騎士団に入団して一兵卒として自らを鍛えている。副騎士団の息子だからと言っても、贔屓される事は全くない。
むしろ人一倍厳しくされており、若干周囲が憐れむレベルで目を付けられていた。
「なんだエリオットその素振りはぁ! 気合を入れんか!」
いつもの様に飛んで来た叱責に、嫌な顔をする事なくエリオットは素振りを続ける。昔のエリオットであれば、これだけで心にダメージを負っただろう。
才能の無い平凡な息子扱いをされる事が、彼にとっては苦痛だった。しかし彼は、最高の師に学園で出会った。
全ての属性魔法に恵まれず、本来なら無能と蔑まれる筈だった女性。そんな人物がこの国で最強格の剣士と呼ばれており、実際に相当な腕前を持っていた。
エリオットから見た限り、間違いなく父親よりも強い。そう確信出来るだけの強さを持ちながら、水属性だけしか使えないエリオットに戦い方を教えてくれた。
父親の様に無能扱いするのではなく、大切な生徒として扱ってくれたのだ。そこで得た学びはエリオットの成長に大きな影響を与えた。
それは実力の面でも、精神的な面でも。魔法を複数扱えないなりの戦い方をリーシュから学び、魔法剣の上手い使い方をズークから学んだ。
そして自分で己を蔑まず、真っ直ぐ生きる道を知った。
「次は打ち合いだ! エリオット、お前はこっちに来い!」
「はいっ!」
2人1組となった騎士達が、刃を潰した鍛錬用の剣を手に打ち合いの鍛錬を始めた。相手との間合いの取り方や、攻防の基礎を学ぶ目的がある。
本来ならそれだけなのだが、我が子を相手にガウェインは容赦をしない。素振りが及第点では無かった件の罰として、当たり前の様に魔法剣を使用した。
気付いた周囲がざわつく中で、対峙したエリオットは決して逃げない。息子が水属性しか使えないのを分かっていながら、ガウェインは雷の魔法剣を使用している。
エリオットの使う水の魔法剣を、高電圧で蒸発させるつもりなのだ。これまでもこうしてエリオットは、父に敗北を続けて来た。
どうせ今回も同じ結果になるだろうと、ガウェインは攻め立てる。いつも通り水の魔法剣は雷に蒸発させられ、エリオットの持つ剣は魔法を纏っていない。
受け止めれば雷が剣を伝って、エリオットにダメージを与える筈だった。
「……何!?」
「いつまでも昔のままではありません」
それはかつて、エリオットが学園で犯したミスの再現の様。魔法が使えないと知っていたリーシュを相手に、魔法剣で挑んだエリオット。
あの時リーシュが見せたのは、魔法ではない魔力を使用する技術。気功術によって無属性の魔力を纏った剣は、感電からエリオットを守っていた。
これまどとは違う息子の一面を見せられたガウェインは、自らの評価を改めねばならない事に気が付き始めた。




