第82話 老練な老婆
ズークの2回戦は、ギリギリの戦いが繰り広げられていた。積極的に仕掛けて来る北家は、狡猾そうな鋭い目をした痩せこけた男だ。
鳴きを上手く使ったスタイルで、果敢に攻める打ち方を続けた。南家の中年男性は、恰幅の良い髭面の全体的に丸い男だ。
商人でもやっていそうな見た目であり、身に着ける物はどれも高そうに見える。そして対面の女性は、高齢ながらもハキハキと話す聡明な老婆だった。
人生経験という圧倒的なアドバンテージを駆使し、見事に人の隙を突いている。開始こそ良いスタート切れたズークだったが、後に追い上げられて1回目の半荘は辛勝となった。
続く2回目の半荘戦も席順こそ変わらなかったが、ズークは西家でのスタートとなる。その開幕と言える東1局にて、まさかの事態が発生した。
「おやぁ、和了りじゃのう」
「なんですと!?」
「はぁ!? 嘘だろ婆さん!」
商人の男とズークが驚愕の声を上げた光景。マージャンにて存在する役満の1つ、最初の配牌で和了るという奇跡的なもの。
天和と呼ばれるその役満を、この老婆は成立させてみせた。永い人生で積み重ねて来た徳によるものか、それともまた別の技術によるものか。
仮に後者であったとしても、イカサマを現行犯で止められ無かった方がこの場では悪である。ズーク達はイカサマを証明出来ないので、素直に応じる他に選択肢はない。
こういう場だからこそ、ズーク達も注意していた。誰かがどこかでイカサマを使う可能性は常にあるのだ。
「やるな婆さん、随分と手品が上手いのか?」
「はて? よう聞こえんのう」
「都合の良い耳までお持ちのようで」
ズークは直感的にイカサマだと感じていた。しかしここでは素直に点棒を支払う。1万6千点を開幕から支払い、ズーク達に残された点数は9千点のみ。
老婆がここで仕掛けた事により、更なる戦いの始まりを迎えた。つまりここからは、イカサマも駆使した戦いが始まるという事。
熟練者のイカサマは、全員が対局に集中していても成立する。特に良く訓練を重ねられたものは一瞬の出来事で、常人が初手で見抜くのはかなり難しい。
今回で言えば仕掛けたのは老婆であり、この道で何十年も打ち続けた雀士だ。
潰して来たライバルは二桁では済まないだろう。老練の猛者がズークの前に立ちはだかる。
「絶対に見抜いてやるぜ婆さん」
「ほほほ、何の事やら」
「目の良さには自信があるんでな」
ズークもまた複数のイカサマを使いこなせる。対面の老婆が使ったイカサマはまだ見抜けていないものの、対局自体はより激化していく。
開幕で天和を和了って見せた老婆だったが、それ以降は同じ手を使って来ていない。重要な時に使うだけのとっておきなのかも知れない。
高度なイカサマの応酬となった東1局は、最初の天和以外にも珍しい役が飛び交うものとなった。カンをした際に嶺上牌で和了る嶺上開花に、カンをした牌で和了る槍槓。
1巡目でリーチを掛けるダブルリーチや、最後の牌で和了る海底撈月など。色々と飛び交い異様な光景が続いた結果、現在ズークの点数は1万9千点。
トップの老婆は6万4千点と圧倒的な差があった。4位の北家が伸び悩み、1万5千点しか持ち点がない。
もしまた南入した1局目で親の役満が出たら、北家がトビで終了となってしまう。そしてそれは老婆にとっても一番望ましい展開だ。
体力で一番劣っているからこそ、早く終わる方が自分に有利なのだから。老婆はこのやり方で何度も勝利して来た。
だからこその自信があった。バレないという絶対的な自信が。相手が例えSランクの冒険者でも、絶対に見抜けはしないと。
だからこそいつもの様に勝負に出た、そして掴まれた自らの腕。
「あまりにも自然だから見落とす所だったぜ」
「馬鹿な!?」
「こんなに綺麗な燕返し、初めて見たよ婆さん」
それはマージャンのイカサマでも有名なもの。燕返しと呼ばれるイカサマは、高い器用さが必要だ。
自分の山に14枚の積み込んだ下段を作り、引いて来た14牌と瞬時に入れ替えてしまうイカサマである。
熟練した者の燕返しは瞬時に行われ、動作も自然に山を押しただけに見えてしまう。しかもこの老婆の燕返しは非常にスムーズで速い。
1秒にも満たない僅かな時間と動作で実現していた。鍛え抜かれたズークの目でなければ、見抜く事は不可能に近い。
むしろズークが一度見逃すレベルであり、相当な技術である事は間違いないだろう。Sランク冒険者を一度出し抜いたという実績は、ある意味で彼女の名誉を押し上げたとも言える。
「もう俺は騙せねぇよ、婆さん」
「厄介な小僧だね!」
「ルールはルールだ、1万点を貰おうか」
ここまで老婆が優位な状況だったが、ここから流れが変わり始める。2万9千点となったズークと、5万4千点となった老婆の差は未だに多い。
しかし得意技を封じられてしまった老婆は、徐々に勢いを失っていく。南4局のオーラスで、ズークはしっかりと老婆にやり返した。
マージャンの定番ルールである、責任払いを利用した。牌のすり替えを行い、わざと老婆に大明槓のキーとなる一萬を引かせた。
そこから積み込んだ自分の山で四槓子を和了って逆転勝利。こうしてズークは3回戦へと駒を進めた。
小島武夫さんのイカサマ集は今観ても凄いですよね




