第66話 置かれた現状
復讐に燃える未亡人、アンナと情報共有をした翌日。ズークはリーシュと共に行動していた。
もちろんマリーの家に連行して父親をやらせた後での話だ。リーシュにとってマリーは親友であり、軽く扱うなど許されない。
女性でありながら最前線で戦えるだけの剣技を持つ、素晴らしい友人であり良きライバルでもあった。
そんな2人の間に割って入った形である、アホでバカでカスなズークは荷物持ちをしている。
子育てで大変なマリーに変わって、買い出しに行こうとリーシュがズークを連れ出した結果だ。
「はいコレ、よろしく」
「待て待て、買い過ぎじゃない?」
「バカねズーク、まとめ買いで値切るのは基本よ」
買い物に関する知識がガバガバ過ぎて、ズークは値切り交渉の知識が全くない。
これだけの量を纏めて買うので、値段にその分を反映してくれ。この程度は初歩も初歩過ぎて、普通に生きて来たら知っていて当然の知識だ。
けれども不運にも学ぶ機会が無かったズークは、そんな知識はまともにない。ただ強くなる事を目的に生きて来て、成功出来てしまっただけの男だ。
経済的な学びを得る機会を逃し、言われるがままに装備を購入して来た。なまじ高報酬の依頼をこなす能力だけはあった悲劇と言える。
銀翼の風として活動していた頃のズークは、パーティの稼ぎ頭筆頭であった事も影響した。強くなって復讐を果たす事が最優先だったズークは、それはもう精力的に依頼を受け続けた。
たまには休めと周囲が静止するのも聞かずに、単独で討伐依頼をどんどん受けては倒して行く。その結果生まれたのが、この色々とアンバランスな男である。
「男が値切るのは、ハズレの娼婦を引いた時だけにしろってモーガンが言ってたぞ?」
「……あのバカ男ぉ~~!!」
「え? もしかして違うの?」
モーガンとリーシュは、昔から知っている仲である。それこそCランク冒険者だった頃からパーティを組んでいた間柄だ。
もちろん2人だけではなく、他にも数人のメンバーが居た。年齢層も大体は近く、当時の基準では若くてフレッシュな期待の若者達だ。
年齢だけで言えば今でも十分若い方なのだが、現在の立ち位置的にはベテラン冒険者だ。
彼らはBランクからAランクへと順調に上り詰めて行く中で、色々とあって最終的にはパーティを解散した。
ズーク達が結成した銀翼の風が、頭角を現す少し前の出来事だ。キャッシュ支部で期待されていた若いパーティよりも、更に若いパーティが登場してこの話は忘れられて行った。
「何度も言ったでしょ! モーガンの価値観に合わせるなって!」
「でもアイツ、結構上手くやってるじゃん」
「そこがモーガンの質が悪い所なの!」
モーガンは運に恵まれ愛された男なので、普通なら破滅する様な生き方を平気で出来る。
もはやスキルと言って良い程に、何もかもがモーガンに都合の良い結果が訪れるのだ。
賭けに出れば必ず勝利し、運に任せた際は最高の結果になる。そんな選ばれし一部の人間と思わせる程に、モーガンは何もかも上手く行く。
同様の人種であれば、彼の真似をしても上手く行くだろう。しかし残念ながら、ズークは同じ人種ではない。
同じ生き方、同じお金の使い方をすれば破滅するのは避けられない。だからこその現在であり、借金返済生活である。
「ズークは地道に働く方が良いわ」
「でも一攫千金はロマンじゃね?」
「ロマンとかどうでも良いから!」
丁度復讐を果たして、燃え尽き症候群だったズーク。その当時は次から何をどうして良いのか、何も分からずに居た。
幼き日に憧れたお姉さんと、住んでいた村の人々を喰い荒らした憎き相手。一度は敗北し、敗走するしかなくて逃げのびて。
それまで培ってきた何もかもが無駄に見えた。もう全てがバカらしくなって諦めて、逃げ出そうとした時にカレンが動いた。
姉みたいな存在だった人が、折れかけたズークの心を繫ぎ止めた。そして討ち果たしたSランクモンスター。
冒険者やパーティとしてのランクなんてどうでも良くて、Aランクパーティでないと入れない所に行く許可が欲しかっただけ。
最初はそれだけだった関係性が、それだけじゃなくなって。ズークがSランク冒険者になって、銀翼の風がSランクパーティになった。
だけどズークはそこに興味が無くて、これからどうするか悩んでいた時に出会った。
「モーガンの真似はもうやめなさい!」
「いや、でもさ」
「やめなさい! 分かった!?」
反論しようとするズークの意見を全て却下し、リーシェはモーガンの真似を辞めさせる。何故ならモーガンを真似て、破滅していった者達を良く知っているからだ。
彼の様に生きるには、先ず大前提として十分な貯蓄と資産が必要になる。しかし現状のズークには、その担保が何一つない。
仮にどこかで借金を作ってまで現金を得たとしても、返済額が今より増えてしまうだけの話だ。
本来ズークが付き合うべきは、借金をは全く無縁の世界である。しかし時既に遅く、下手を打てば数十億の借金を抱え兼ねない世界にズークは足を踏み込んでいた。




