第64話 マージャン大会予選
アディネラードで行われる闘技大会の準備が進む裏側で、裏社会に生きる者達もひっそりと動き始めていた。
今回行われる裏レートマージャン大会は、大陸中から参加者が集まって来る大きな大会だ。
闘技大会を隠れ蓑に、アディネラードの地下で繰り広げられる代打ち達の闘牌。その規模は過去最大になりそうな程に、参加者が続々とカーロ共和国に集まって来た。
大金と名声は、何時だって誰だって欲しいもの。欲に塗れた小悪党達も当然ながら群がって来る。
だからこそ話にならない腕前の有象無象は、事前に行われる予選で振るいに掛けねばならない。
大規模組織であるロ・コレクトからの参加とは言え、初出場のズークも予選免除にはならなかった。Sランク冒険者である事と、マージャンの腕前別物だからだ。
「ポン!」
「チー」
「ロン」
予選は既に始まっており、広い地下空間に用意された100以上のマージャン卓で男達が奮闘している。
多少は女性の参加者も見受けられるが、比率としては圧倒的に少なかった。そんなごく僅かな女性の代打ちが、ズークと同じ卓に座っている。
西家で始まったズークの下家、北家の位置に妖艶な大人の女性が堂々とマージャンを打つ。漆黒のドレスに真っ黒な長髪、そんな出で立ちながらも瞳だけは黄金色。
赤く塗られた口紅が、大人の色気を醸し出す。生地が大きく開いた胸元では、少々過剰な程に胸の谷間が強調されていた。
東家の中年男性は、その妖艶な魅力に完全にやれらてしまっている。こい言った場で下心に負けている様では、勝ち残るのは難しい。
そして肝心のズークだが、言うまでもなく狙っていた。もちろん女性の方を。
「ねぇお姉さん、名前は何て言うの? あ、ちなみに俺は」
「ズーク・オーウィング、知っているわよ。有名だものね」
「へぇ、俺の事を知ってくれているんだ。あ、それポン」
対局中に会話をしてはいけないルールはない。ズークはマージャンを打ちながら、女性とのコンタクトを図る。
同じ様にお近づきになりたい東家の中年男性も、どうにか気を引こうと頑張っているが微妙なリアクションだ。
やはりズークがSランク冒険者で有名だから擦り寄ろうとしたのか、それとも篭絡するつもりなのか。
真意は分からないものの、女性はズークに対して好意的な態度を示していた。異性として興味があるのかは、現状では何とも言えない。
ただ色気で釣って蹴落とそうと考えているのかも知れないし、全く違う意図があるのかも知れない。
「ねぇ、名前ぐらい教えてよ」
「予選を勝ち抜けたなら、教えてあげても良いわよ」
「オッケー、じゃあ後で教えて貰おうか」
会話を挟みながら打っている3人とは対照的に、南家のやせ細った男は全く会話に参加しない。何故なら彼は今、確実に流れが向いていたからだ。
今も高い手で聴牌に向けて手が伸び続けている。先程から連続で和了っているので、このまま得点を伸ばしたい所。
萬子と字牌の混一色が、一度も鳴かずに面前で揃いつつあった。このまま南家のペースになるかと思いきや、ここで動き出すズークと黒いドレスの女性。
チーとポンを交えて、ツモ順を巧みにズラしていく。すると南家の男性が掴みかけた流れに、暗雲が立ち込み始める。
引いて来るのは不要な牌ばかりで、急激に手配の進みが遅くなった。せっかくの面前手だっただけに、鳴いて聴牌を目指す道へと気持ちが傾く。
東家の捨てた八萬をチーして鳴きを入れ、聴牌となる。余った二索を河へと放流した。
「ああ、それロンで」
「私もよ」
「なっ!? バカな!?」
ただどうでも良い会話を話していただけだった筈の2人から、ダブロンを貰ってしまったやせ細った男。
確実に流れを掴んだ筈が、突然流れが変わってしまった。ズークの方は30符2翻で2000点、女性の方は30符3翻で3900点の和了りだ。
下らない日常会話に見せかけて、2人は機会を伺っていたのだ。ちょうど今の山はズークの目の前にある山。
そして当然ながらズークは、山のどこに何の牌があるか全て覚えている。以前トランプでも使っていたオリジナルスキル、【完璧完全記憶】はマージャンでも十分な効力を発揮する。
恐らくは似た事が出来る女性が、ズークの作戦に乗っかった形だ。高い実力を持つ打ち手は全てを口にせずとも、こうして分かり合う事が可能だ。
この大会では、裏でコンビ打ちをしてもルール違反にならない。そこからの流れは一変してズークと女性が場を支配し始めた。
予選では半荘戦を2回行い、1位と2位が2戦目に向かう。合計3回の予選を勝ち抜いた者が、本戦へと出場する権利を手に入れる。
「それ、ロンだ」
「あら失礼、ツモよ」
ただ2人が和了り続ける展開が続き、一方的な展開がただ続いていく。点差が開いてから東家と南家がどうにかしようと行動した所で、打ち手としての地力が違い過ぎた。
トントン拍子で点数を伸ばすズークと女性は、共に3万点超えで1回目の半荘を突破。
続く2戦目でもこの流れは変わらず、ズークと女性が1位と2位で予選1回戦を余裕で勝ち抜くのだった。
以降2人が同じ卓になる事は無かった。しかし予選が終了して本戦出場者が発表される場で、2人は再開を果たすのだった。
異世界麻雀やろうって軽い気持ちで始めたら、ルビ打ちが凄く面倒な事に今更気付くという。




