第61話 炎剣のマリー
代打ちとして認められたズークは、元々会いに行く目的だったマリーの下へと向かう。
色々とやっていた為に、夕日さえも既に落ちてしまっている。アディネラードの街は既に夜の姿へと変貌し、お客を得ようとする娼婦達があちこちに立っていた。
顔面だけなら超優秀なズークにも当然ながら声が掛かる。しかし今はそういうタイミングではないので、寄り道をしている場合ではない。
というのも、リーシュも後でマリーの家に行くと宣言していたからだ。つまりこれだけ時間が経ってしまった現状では、既に怒られる事が確定している。
もしこれで娼婦と話している所でも見つかったら、ただでは済まないだろう。それぐらいの判断であれば、おバカなこの男にだって容易に出来た。
まあ出来ない時の方が多いから、こうなっているのだが。急ぎ足で街中を進んで行き、平民の中では裕福な人々が暮らすエリアへと移動する。
そこそこ大きな二階建ての家に到着し、ズークが合鍵でドアを開けて室内に入る。そのまま真っ直ぐリビングに向かい一言。
「すまん! 遅くなった!」
「ズーク! 今まで何をしていたの!?」
「ちょっとモーガンに会ってさ」
金髪ポニテの剣聖様が既にお怒りモードで、色々と小言を言われるズーク。
代打ちの話をすると余計ややこしくなるので、意図的に伏せて話し込んでいたと説明した。
当然モーガンがどういう男か知っているリーシュは、何かまた変な事をしていたのではないかと問い詰める。
実際その通りでしかないのだが、バレたらマズイと必死に誤魔化すズーク。代打ちとして出場する裏レートマージャン大会は、闘技大会と開催時期が被っている。
上手くやればリーシュにバレる事無く、大金を得るチャンスなのだ。稼いだ全額がバレなければ、幾らか遊ぶ金を秘密裏に抜いておける。
いつかの二の舞にはならないと、硬く決意した男の意地がそこにはあった。ドブにでも捨ててしまえそんな意地。
「まあまあ良いじゃないリーシュ」
「駄目よマリー、ズークを甘やかしたら」
「抜けているのは分かった上で選んだ男だもの」
ズークと似た真っ赤なショートカットの女性、炎剣のマリーと呼ばれる元冒険者の女性がリーシュを静止した。
彼女はリーシュと同じ女性にしては身長が高い女性で、170cm近い良く鍛えられた肉体を持っている。
しかしムキムキという程の外見ではなく、程よく鍛えられた細っそりとしたスタイルの良い26歳だ。
同じく美人で有名なリーシュと並ぶと、とても絵になる美女コンビとしてこの辺りでは知られていた。
マリーの腕にはまだ小さな赤子が抱かれており、母乳を飲んだばかりだからか眠っている。
彼女もまたリーシュと同様に、男性達から高い人気を誇っていた。それ故にこの街では、ズークに対して嫉妬と憎しみを向けている男性冒険者が多い。
もっともズークの方はまるで気にしていないので、平然としており余計に男性達から嫉妬の炎を向けられている。
「レナは寝ているのか」
「ついさっきまでは起きていたのよ」
「ズークが早く来ないからでしょ!」
ズークとマリーの間に出来た娘は、レナと名付けられた幼い娘だ。両親とそっくりな赤毛の女の子で、可愛らしい見た目をしている。
母親が美人で、父親も顔面だけなら美しい男だ。きっと将来は美しい女性に育つのだろう。
間違っても父親の様に、男性を食い散らかす様な女性に育って欲しくはない。戦闘能力は間違いなく高くなるだろうから、将来職に困る事はないだろう。
育て方さえ間違わなければ、将来を約束された子供だ。そういう意味ではズークが、下手に育児に関わらない方が良いのかも知れない。
養育費だけひたすら稼ぐ機械になればいい。それが最も子供達が幸せになれるに違いない。
「それにしてもズーク、リーシュに聞いたわよ」
「あ~~いや、それについてはその~」
「今更マリーを誤魔化せないわ」
姉の様な存在であったマリーからも、当然ながら借金の件でお叱りを受ける。
ただそこにはやはり姉の様な優しさも含まれており、もっと怒って良いのだとリーシュから追撃が行われた。
どうしてもマリーが甘くなってしまうのは、ズークなた返せる額だと分かっているからだ。これがDランク冒険者だったなら、激怒されて捨てられてしまうだろう。
最悪刺されても文句は言えない。しかしこの男、数億を一度で稼ぐ事も可能なSランク冒険者だ。
普通に真面目に働いたら、1年後には完済していても不思議ではない。何なら資産が形成出来ている可能性すらある。
「レナの為にも、しっかり働いてよね」
「ああ、もちろんそのつもりだ」
「サボらない様に、私が監視をしておくから」
真面目な顔でそんな事を言っておきながら、既に裏レートマージャン大会への出場を決めて来た男だ。
しかも遊ぶ金を欲しがったという理由で。もちろん勝った分の大半は返済に充てるつもりではあるものの、方向性としてはバカでアホでカスである事には変わりない。
相変わらず懲りない残念な男は、そんな秘密の計画を黙ったまま夕食を3人で楽しんだ。




