第47話 激闘の始まり
アテム大森林から飛び出して来たSランクモンスター、10メートル超の全高に体長は15メートルもある巨大な猛牛。
災害級と呼ばれている獰猛な存在達の1種である、カラミティピークスが草原で暴れ回っている。
アテム大森林と都市部の間に設けられた3つの砦、その最終防衛ラインであるポジットの目前で激戦が繰り広げられていた。
草原ではズークとリーシュを中心に、50人近い前衛達が果敢に斬りかかり攻撃を続ける。そして砦からは、隙を突く形で魔法や矢などが大量に降り注ぐ。
しかしそれでも、災害級のモンスターはピンピンしていた。強引に突進をしようとするカラミティピークスを見て、ズークが回避を呼び掛ける。
「全員下がれ! 当たったら死ぬぞ! 受け止めようとするなよ!」
「皆急いで!」
「来るぞ!」
高くても身長が2メートル程度しかない人間では、これ程の巨体で体当たりをされたら死ぬだけだ。
10トンもある超重量物が、馬よりも速い速度で突撃してくる。人間なんて掠っただけで物言わぬ肉塊になってしまう。
しかもSランクモンスターは大体魔法で身体を強化している。人間を数人轢き殺した程度ではノーダメージだ。
その人間側はどうにか交代しながら、常に100人は戦場に居る戦略を取っている。しかしまだまだ猛牛から倒れる気配は感じられない。
多少の手傷は負わせているものの、まだまだ後退させる領域にすら届いていない。
今回前衛に選ばれたのは身軽な者達ばかりで、回避に重点を置いた立ち回りで注意を引き続けている。
砦なら突進を受け止められるが、倒すよりも先に破壊されるのがオチだ。先ず最後まで原型を保てない。
体重差を無視する盾や筋力差を無効にする手甲などの、ユニーク装備があれば個人でも受け止められる。
しかし今この場には、そんな装備を持つ者は居ない。結果的にこの様な戦法を取るしかなかった。
前衛を務めるズーク達に向けて、超重量級の体躯を持つ猛牛が高速で突撃して来る。
ズーク達は蜘蛛の子を散らす様に散会して、回避する事に成功した。
「全員無事か!」
「こっちは大丈夫です!」
「うちも問題無い!」
突進では避けられるだけだと判断したカラミティピークスは、角での攻撃や足での攻撃に切り替える。
相手は小柄な人間で、全力の体当たりをせずとも殺す事は可能だ。大振りな攻撃を減らして、当てる事を目的とした攻撃を繰り出していく。
人間側からしたら死の危険度が高まったが、その代わり受け流せる攻撃が増えた。
上からの踏みつぶしは非常に危険だが、角による攻撃や蹴りならば受けても何とかなる。
ここに居る冒険者達は全員Bランク以上であり、その辺りの知識は十分にある。
無茶をやって早々に死んでしまう様な、愚かな新米はこの戦場に居ない。
「ブモォォォォォ!!」
「あら、お怒りみたいよ」
「怒るぐらいなら来ないで欲しいけどなっ!」
勢い良く振り下ろされた巨大な双角を、ズークとリーシュがそれぞれ綺麗に受け流す。
気で精製した刃を纏わせたリーシュの大剣と、上位魔法剣のストームエッジを纏ったズークの剣。
2人で角の破壊を目論むが、上手くは行かず傷がついただけ。非常に硬く鋭い角はかなり危険であり、2人が率先して先程から狙い続けていた。
だがカラミティピークスは絶対の自信でもあるのか、切断される可能性を全く考えていない。
まるで斬れるものならやってみろと、笑われているかの様にズーク達は感じた。
同時にズークは思い至る。これ程の強さを誇るこの個体は、本当に災害級なのかという事に。
ランクにしても等級にしても、人間がある程度の位置付けをする為に作った概念に過ぎない。
そして自然に生きるモンスターは、人間の決めた枠組みに必ず綺麗に収まるとは限らない。
「こいつまさか、天災級に近いんじゃないか?」
「……こうも強いと、おかしくはないわね」
「元々アテム大森林の最奥なんて、何が起きているか分からないんだ。有り得ない話じゃ無い」
ズークはかつての戦闘で実際に体験している。追い詰めた災害級のモンスターが、より強い存在へと変わる瞬間を見た。
モンスターの生態に傾向や習性はあっても、人間の知っている事だけが世の中の全てではない。
思いもよらない行動に出たり、記録に無かった行動を取ったりする事もあるのだ。自分達の尺度が、全てに当て嵌まるとは限らない。
実際ズーク達は知らない事だが、この個体は何十年も同格の相手と最強の座を懸けて戦って来た。
そこから得た経験と成長により、通常のカラミティピークスよりも強力な個体へと成長している。
体格こそ通常種とそう大きく変わらないものの、頭脳と肉体性能がかなり高くなっていた。
全員に注意喚起を行う為に、ズークは大きな声で警告する。通信機能を持つ魔道具を全員が身に着けているので、絶対に聞き逃さない様に叫ぶ。
「皆気を付けろ! こいつはきっと、普通じゃない!」
「全員聞こえたわね!」
「天災級と思って戦え!」
討伐に必要な人数と戦力は足りていた。しかし1時間以上戦い続けても、一向に疲労すら見せる気配が見られない。
まだまだ余裕がある様に見える巨大なモンスターを相手を前に、ズーク達冒険者は一層気を引き締める。
今の所は冒険者側に死者は出ていないが、騎士団には2桁単位で死傷者が出ていた。
対モンスター戦に冒険者ほど慣れていないとは言え、怪我人も含めれば相当な被害だ。
決して油断ならない相手との死闘は、まだまだ終わりそうにない。最終防衛ラインで、人対モンスターの争いは続く。
ズークとリーシュが中心となって、カラミティピークスの注意を引き続ける戦い。先の見えない激戦が、数時間に渡って続く事になる。




