第45話 突然の来訪者
ローン王国王都、キャッシュの街は今日も平和な時間が流れていた。
これと言って大きな問題もなく、トラブルだって良くある日常的なものばかり。
それは冒険者ギルドのキャッシュ支部も変わらずである。あったとしても併設されている酒場で、昼間から酔っている者同士の喧嘩程度。
そちらもすぐに、高位の冒険者に止められてあっけなく終わる。いつも通りのバカ騒ぎを冷めた目で見ながら、ベテラン受付嬢のカレンは自身の仕事をこなしていた。
「レオン、こっちの鑑定お願いね」
「はい! 分かりました」
「報酬はもう少しまって頂戴。そうそうナーシャ、新しく出来た菓子店にはもう行った?」
顔馴染みの女性冒険者とやり取りをしながら、いつも通りの日々を過ごしている。
賑やかな冒険者ギルドの1階と違い、基本的に職員しかいない2階は静かだ。
今日は会議室も使われておらず、支部長室で静かにファウンズが事務仕事をしているだけだ。
日に日に頭髪が薄くなっていくのが悩ましい彼だが、ギルドの運営と業績の方は上々である。
とあるバカがやらかしはしたものの、返済の目途が全く無い訳では無い。
ケツを叩けばちゃんと稼げる男なので、自分やカレンが目を光らせておけば問題はないと考えていた。
ズークは現在も王立魔法学園で教師の代理を続けており、延長が決まったので追加の上乗せ報酬が確定している。
順調に事が進んでいるので、抱える問題は少ないが全く無いとは言い切れない。
「ふぅむ。やはりダンジョンに出稼ぎに行っている者が多過ぎるな」
資料を見つめながら、数字の推移を見て悩むファウンズ。主にDランクからAランクまで、キャッシュ支部所属の冒険者達が大勢王都から離れている。
最近発見された大規模ダンジョンに冒険者が集中し、一攫千金や名声を求めてそちらに行っている。
リーシュの様なお金に困っていないフリーの冒険者や、ズークを追い出した【銀翼の風】など一部の高位冒険者が残ってはいるが。
しかし彼らも日々の稼ぎには困っていないので、ダンジョンはもちろんアテム大森林に行く理由が無かった。
それが原因となり、アテム大森林で手に入る素材が少し高騰し始めていた。特に中層以降でしか手に入らない、良質な素材にその傾向が強い。
だがそれ以上に問題なのは、アテム大森林へ行く者が激減している事だった。
「そろそろ大規模な間引きをさせるべきか……悩ましい所だな」
アテム大森林は強力なモンスターが生まれ易く、育つ速度も結構速い。もちろん食物連鎖の過程で、野生の過酷な争いが頻繫に発生する。
それ故にモンスターが森から溢れ放題、という事はあまり起きない。数十年や数百年の単位ならともかく、今すぐスタンピードが起きるとは考え難い。
半年程冒険者の向かう頻度が落ちたぐらいで、いきなりそんな変化はおきない。
それにファウンズからは、ズークがオークの間引きを行った報告も聞いている。
リーシュと共にポイズンアントクイーンの卵を取りに行った際の様子も、ファウンズは2人から大森林の様子を聞き取り済みだ。
異変の兆候があった際は、すぐに国へと報告せねばならない。その重要性を彼は良く分かっていた。
「ズークが戻ったら、働かせるとしよう」
もう1ヶ月ほどすれば、ファウンズが自由に働かせる事が出来るSランクが王都に戻る。
冒険者ギルドへの返済を思えば、とてもノーとは言えない。もちろんあの赤髪のおバカさんは、それでも文句を言うだろうが。
今はお目当ての女性の所に居るので、文句も言わずに働いている。それもあって真面目に仕事をしているが、戻ったらまたリセットされてしまうだろう。
それが分かっているファウンズは、どうやって速やかにズークを働かせるか思案する。
少々心苦しいものの、やはりカレンに任せるかと考えた所に本人から呼び掛けがあった。
「支部長! 王国騎士団から緊急の依頼です」
「入ってくれ」
「失礼する、ペイメント卿」
カレンと共に入室して来たのは王国の副騎士団長、ガウェイン・ノーランだ。
蒼い髪はエリオットと同じだが、瞳の色が金色で息子とは違っていた。エリオットの瞳は母親譲りであり、顔立ちも少しエリオットより厳つい印象を受ける。
細身でやや中性的な顔をしているエリオットは、どちらかと言えば母親似だ。大してガウェインは、険しい表情が似合う筋骨隆々の大男。
王国騎士団専用である輝かしい銀色の鎧に、騎士としての身分を示す副団長専用の紅いマントを羽織っていた。
「貴公が直接来られるとは、余程の事ですかな?」
「カラミティピークスがこちらへ向かっている」
「嘘でしょ!?」
「なんだと!?」
驚くカレンとファウンズだったが、すぐに対策の協議に入った。ファウンズはカレンにB級以上の冒険者に召集を掛ける様に指示を出す。
突如訪れたローン王国の危機に、残された2人は頭を悩ませる。既に王国騎士団は騎士団長と共に、キャッシュの街を出立する準備に入っている。
先行する王国騎士団の後を、冒険者の部隊が追いかける方向で話が進んで行く。
こうなって来ると痛手なのが、最高戦力であるズークに適切な装備が手元には無い事だ。
今からどれだけ急いでも、Aランク時代のズークが使用していたレベルが限界だろう。
Sランクの全力に耐えられる様な装備は、簡単には手配出来ない。ズークの借金があまりにもタイミングが悪かったと、ファウンズは頭を抱えるほかない。
それでも何とか厄災級のモンスターを、奴に倒してもらうしかないとズークに望みを託すファウンズだった。
ファウンズ「なんてタイミングで借金してくれとんねん!」
その頃のアホ「メリーナ、今晩食事でもどう?」




