第44話 ズークとノーマ
ズークとリーシュの任期が伸びた事を、大体の生徒は歓迎していた。しかしそうでは無い生徒も中には居る。
2人が目立つせいで、自分が活躍出来ない。そう考えてしまう生徒も多少だが居た。
その筆頭がノーマ・フトゥーであり、面白くないと感じている。折角の学園生活で、有名になる予定だったのに。
それが八つ当たりである事ぐらいは理解している。だけどそれでも、上手く行かない理由が必要だった。
自分以外の何処かに、責任を押し付けたかった。それはある意味で、前世を覚えているからこその思考だ。
前世でも平凡で、特に目立つ事のない高校生だった。クラスの中心にはおらず、数人の友人とひっそりと過ごす日々。
かつての自分と大差ない事が、彼にとっては辛かった。今世こそはと張り切って、承認欲求を満たそうとしていたが失敗。
それはまだ彼が、大人になりきれていなかったから。何者かになる難しさは、一度社会に出てみないと分からない。
世の中は何者でもない人が大半で、その中で自身の幸せを見出して生きている。
その真相を知る機会を得ぬまま転生した彼は、今世でもまだ精神は子供のままだった。
高校生が転生してやり直そうが、精神年齢は高校生で止まる。30代や40代と同じメンタルには育たない。それが社会経験というものの差だ。
「ノーマ君、何故君はそうも俺と戦いたがる?」
「だって、Sランクがどれぐらい強いか気になるし」
「そんな事を知って何になる? 君は家を継いで当主になるだろ?」
子供が力を得てしまったからこその、無謀さと無鉄砲さがノーマを動かしていた。
なまじ万能感も手伝って、自分の実力を過大評価してしまっている。目の前にいるSランクの男に、勝てるまでいかなくても拮抗出来れば。
自分が有能だと示せれば人生は変わるのだと、信じてやまない未熟な子供ならではの思考。
そんな事をしても、何者にもなれないと分かっていない。確かに強さや財力、知能の高さなどは魅力的としてカウントされる要素だ。
しかしそれは、持っていれば誰でも魅力的という評価にはならない。人間的な魅力が伴って始めて、それらが魅力として数えられる。
「別に良いでしょ! 理由なんて何でも!」
「……何でも、か。良いだろう、少しだけ相手をしよう」
「本当! やった!」
放課後の校舎を出て、闘技場に移動する。ズークとて流石に、子供を相手に死合いをするつもりはない。
怪我をさせるつもりはないので、正式な形式をもって模擬戦を行う。丁度だれも使用していなかったので、ズークとノーマだけの戦い。
2人しかいない観客無しの試合が、ゆっくりと始まった。子供染みた理由で戦いを挑んだノーマとて、底抜けのバカではない。
目の前にいるのが、只者ではないと分かっている。いきなり高位の魔法を放った所で、対処されて終わるのは実力テストで分かっている。
かと言って剣で切り込もうとしても、リーシュ以上に隙が見られない。普段の飄々としたズークとは違い、ピリピリとした空気がノーマの肌を刺す。
「戦いたかったんだろ?」
「っ!? 分かってますよ!」
「向かい合うだけでは、戦いとは言わないぞ?」
プレッシャーを感じて動けないノーマに、ズークから真っ当な指摘が入る。ズークには分かっていたのだ、子供らしい感情を拗らせただけだと。
その子供扱いがまたノーマを刺激し、やけっぱちな戦闘を始めさせる。お互い手にした発動体付きの真剣で、剣技と魔法をぶつけ合う。
正確に表現するならば、ただノーマがいなされているだけ。剣技だけならCランク冒険者、魔法も込みならBランクに届く。
だがその程度でしかないノーマの戦闘力は、ズークに本気を出させるまでは至らない。
明らかに余裕を感じさせるズークと、限界が見えて来たノーマ。何度目か分からない鍔迫り合いが発生した時、ズークから核心を突く言葉が投じられた。
「確かに力はあるよ君は。でもそれだけだ。それは強さとは呼ばない」
「な、何を」
「君は力を得て何がしたかった? 何になりたい? 何の為の力だ?」
「それは……だって……俺は……」
ズークの指摘に対して、ノーマは明確な答えが無い。もし大金があったらこんなことがしたい! それを考えるのは楽しいだろう。
でも実際に大金を手に入れたら、色んな事が要求される。税金であったり、資金の管理であったり。
周囲に大金を持っているなんて知られたら、強盗に遭ってしまうかも知れない。
現在のノーマは、そう言ったアレコレを全く考えないままに、ただ大金を手にしてしまった子供の様なもの。
明確な目的がある訳でもなく、ただ安易な理由で力を求めただけ。仮に冒険者になったとしても、それで誰と何をするのかも決まっていない。
騎士団に入るとしても、騎士を目指すしっかりとした理由がノーマには無かった。
守りたい誰かや何かがあるでもなく、ただ得た力を誇っているだけでしかない。
「強さには理由が必要だ、守りたい誰かや助けたい人。そういうのが君にはあるのか?」
「俺は……」
「もう十分だろう? ここまでにしよう」
ノーマに必要だったのは、社会を教えてくれる大人だ。力の使い道を教えてくれる誰かが必要だった。
今までそんな大人が居なかったから、ノーマは正しい方向性を見出せなかった。
強くなりたい、それは別に問題ではない。ただその理由、目的がないと中途半端になってしまう。
それをズークが教えた形であり、ノーマが自分を見つめ直す良い機会になった。
これは珍しく、ズークが大人らしい対応をしたと言えるのではないだろうか?
「先生は、何の為に戦うのですか?」
「世の女性達の為だ! この世界に暮らす女性達と、幸せになる為に戦う! ハーレムは良いぞ、ノーマ君よ」
「お、おお! 男のロマン!」
何やら方向性がおかしい。つい先ほどまでは、夕日の下で分かり合った教師と生徒の様な美しい青春だった筈だ。
それがどうしてこうなってしまったのか。そして非常に残念な事に、この場にはこのバカタレを諫めてくれるリーシュもカレンも居なかった。
重要なツッコミ役が不在のままで、2人はどんどん盛り上がって行く。
「君も俺について来い! このハーレム道に!」
「ズ、ズーク先生!! 俺、一生着いて行きます!」
「さあ行こう少年よ!」
「はい! 先生!」
一体何を見せられているというのか。もうここでこの物語は終わってしまっても良いのではないか。
そう思っても仕方がないぐらい、良く分からない茶番と師弟関係が生まれていた。
アホしかいない空間




