第35話 最終試験
ズークがマリクとリアンの2人から、厳しい鍛錬を受け続けて4年が経過。
10歳となったズークは、恐ろしい速度で成長を続け一人前と言っても良い強さを得ていた。
体格こそまだまだ成長途中であるが、戦闘技術については特に大きな問題は無い。
2人の英才教育があったのも理由だが、ズークの持って生まれたセンスが良かったのは大きかった。
今の自分に出来る事と、出来ない事の判断が早い。そして非常に高い相手を読み切る能力。これらを武器に、戦う力を身に着けて来た。
そして現在、最終試験としてローン王国内にある中級者向けのダンジョンに来ていた。
マリクとリアンはあくまで監督役であり、戦闘のメインはズークが行う。
「ほぉ、もう単独でオークを倒すか」
「今更言うのもなんだけど、凄い才能よね」
「才能というより、アレは執念のなせる技だ」
10歳にしては発育が良いズークは、身長が150センチもあった。しかしそれでも大人には及ばず、ショートソードでも十分な大きさだ。
発動体が付いたショートソードを手に、魔法剣と魔法を駆使してズークは難なくオークを倒して見せた。
この領域は既にCランクの冒険者に相当し、ズークの戦闘力は今の時点で中級冒険者を名乗れる。
ただしそれは戦闘力だけの話で、知識量と経験は不足していた。それもあってこうして、ダンジョンで冒険者の戦いを体感させているのだ。
トラップの危険さやモンスターの行動原理、イレギュラーな事だって起きるという事。
そう言った諸々の常識を、最終試験として教え込んでいる。
「止まってズーク、その先にトラップがあるわ」
「こういう時は、サーチの魔法だっけ?」
「そうよ、良く覚えているわね」
ズークに使えた時属性の魔法に分類される探知魔法の一種。サーチという魔法は周辺にある物を調べる魔法だ。
術者の適正次第では、数年前の痕跡なども発見する事が出来る。過去を遡れる事から、時属性に分類される決定打になった。
ただしズークはそこまで高い適正が無く、あくまで補助程度の性能しかない。
本格的なダンジョンアタックをするならば、やはり斥候役は欠かせないのは結局同じ。
そもそも斥候役には時属性の適正者が多く、ズークが無理に鍛える必要の薄い要素だった。
戦闘スタイルから考えても、重点的に鍛える程ではない。ズークの洞察力を補強する効果はあるものの、頼るならばそちらの戦闘勘を鍛えた方が良い。
「トラップの解除もするの?」
「いや、そこまでは必要ない」
「ズークは戦士タイプだからね。優先する技能じゃないわ」
何もかもを1人で行える程の存在はいる。だがそれは今のズークに必要な方向性ではない。
基礎固めをしっかり行った先、十分な成長をした後に学ぶかどうかを自分で決めれば良い話。
マリクとリアンは常々その様に言って聞かせており、器用貧乏にならない様に教えて来た。
10歳の少年に、そこまで極端な教えを施しても成功は難しい。全部が中途半端な冒険者になってしまわない様に、先ずは戦士として真っ直ぐに育成した。
結果現在のズークは、距離を選ばず戦えるオールラウンダーになっている。もう少し成長すれば、更に磨きは掛かっていくだろう。
「ズーク、次の戦闘では近距離攻撃のみでやってみろ」
「分かった」
「無理だと思ったら、ちゃんと下がるのよ!」
これまでの戦闘でもたまに課せられて来た、マリクによる戦闘方法の縛り。
それらは何らかの要因で、そうせざるを得ない状況を想定している。今回は遠距離攻撃を外すと不味い環境や、閉所での戦闘になった時など。
そういった状況を想定しての戦闘訓練である。Aランク冒険者として、何年も戦って来たマリクとリアンが何度も経験した事だ。
可燃性のガスが発生するトラップだとか、混戦状態になった事だってある。それら全ての知識をズークに叩き込み、復讐を果たす為の手伝いとした。
家庭を築き子育てもせねばならない2人は、そう長く家を離れる事は出来ない。
今だってこの最終試験の為に、知り合いのギルド職員に預けて来ている。
2人はこれまで師匠として保護者として、出来る限りの全力を尽くして来た。
「うむ、やはり問題はないか」
「私達に教えられるのも、そろそろ限界ね」
「後は実戦で経験を積むしかないからな」
冒険者稼業を休止中の2人は、ズークと一緒に冒険と修行の旅に同行出来ない。
ただしその代わりに、紹介状を2人の連名で書く予定になっている。ズークの生い立ちと、並々ならぬ復讐心についても記載するつもりだ。
2人は元々キャッシュ支部に所属していた冒険者で、支部長のファウンズにも顔が利く。
才能はあるが、まだまだ子供で未熟なズークを任せようという判断だ。それは後のSランク冒険者、英雄ズーク・オーウィングの誕生へと繋がる。
数多の依頼をこなし、様々な困難を乗り越え沢山の人々を救う。そして激戦と敗北と再戦の末に、倒すべき仇の討伐に成功する。
悲劇から立ち直った少年の、英雄譚へと繋がっていく。ただこの時のズークは、まだ平民の子供らしい金銭感覚をしていた。
その為にマリクとリアンの2人には、まさか将来ズークがアホバカ借金カス野郎に育つなんて予想する事は出来なかった。




