第32話 村唯一の生き残り
日曜だけ10時台投稿という方針でやっております。
ミーシャによって川へと逃がされたズークは、結構な距離を流された。
途中までは意識を保てていたが、次第に体力の限界が来て意識を失う。次にズークが目覚めた時には、見知らぬ民家の中だった。
気絶して流された影響から、ズークの記憶は少し混濁していた。何故自分がこんな所にあるのか、今まで何をしていたのか。
それらを詳しく思い出す事が出来ない。寝かされていたベッドから体を起こすと、近くに大人の女性が椅子に座っていた。
「気が付いた? 大丈夫?」
「えっと、ここは?」
「私の家だよ。あ、私はリアン。よろしくね」
リアンと名乗った女性は、農作業でもするかの様な衣服を着ていた。緑色の髪をショートカットにし、動き易そうにしていた。
村娘と言うには、やや容姿が垢抜けている。笑顔を浮かべてはいても、目つきは少しキツめだ。
可愛いや美人よりも、カッコイイと言われるタイプだろう。中性的な顔立ちをしているが、体付きで女性だと分かる。
鳶色の目は宝石の様に美しく、同時に意思の強さがあった。そんな彼女が座っていた木製の椅子よりも奥、装飾がなされた木製のドアが開き今度は若い男性が現れた。
「お、なんだ起きていたのかボウズ」
「おじさんは?」
「まだそんな歳じゃないんだがな? まあ良い、俺はマリクだ」
自分はズークだと名乗り返す。マリクは2メートル近いガッシリとした体躯の男だ。
パーティでなら、盾役が似合いそうな厚い胸板を持っている。鼻下の短い髭と厳つい顔立ちが、ズークに年齢を誤解させたのだろう。
彼はまだ23歳と、十分若い男性だ。無駄に貫禄があるので、実年齢より上に見られるのはいつもの事である。
そんなマリクとリアンに川岸で倒れていた事を告げられ、何があったのかを問われた。
自分がレグレット村に暮らす子供である事を告げると同時に、何が起きたのかを思い出そうとするズーク。
そして脳裏に浮かぶ、血飛沫と村の惨劇、憧れの女性が死ぬ光景。
「あああああああああああ!?」
「おいどうした!?」
「落ち着いて!」
何もかもを失って、帰るべき村は崩壊済み。恐らくは自分しか生き残っていない不安や悲しみ、そして怒りと憎しみが幼いズークの心を抉る。
まだ6歳の少年が抱えるには、あまりにも厳しい現実。何があったのかを知らない2人の大人は、ただ困惑しながら宥めるしか出来ない。
幼くして大きなトラウマを植え付けられたズークは、ぐちゃぐちゃになった感情に対応しきれない。
散々騒いだ後に、ズークはまた気を失ってしまった。それから数時間後になって、再び目を覚ましたズークによって事件の全容が説明された。
話が進むに連れて、マリクとリアンの表情が険しいものになっていく。
「その見た目とサイズに残虐さ、間違いない。そいつぁヘルハウンドだぞ!?」
「災害級のモンスターじゃないの!? いつの間にローン王国に!?」
「大変だ、今すぐ王都に連絡だ!」
モンスターの知識なんて殆どないズークには、2人が何を話しているのか分からない。
部屋を出て行ったマリクに変わり、部屋に残ったリアンが詳しくズークに説明する。
モンスターの多くには、どのランクのパーティなら単独で勝てるかを基準に強さが決められている。
例えばただのオークならDランクで、オークキングならBだ。そしてそれより上にAがあり、その更に上がSである。
また最高位のSランクの中でも、危険度によって災害級と天災級の区分があった。
永い時を生きたドラゴン等が天災級で、今回レグレット村を襲ったのはSランクの災害級モンスター、名前をヘルハウンド。
「単独で行動する1匹狼で、あまり巣から離れないのだけど稀に移動するの」
「そんなのがローン王国に居たの?」
「分からないわ。移動する時は、かなり長い距離を移動する習性があるから」
ヘルハウンドの移動は非常に厄介で、タイミングも進路も予測が不可能だ。
個体による気まぐれとしか言うほかなく、どこに腰を下ろすかもその時次第。
大陸の端から端まで移動した記録もあれば、何がしたかったのかという程度の移動もあった。
その為、ヘルハウンドの移動進路ではレグレット村の様な悲劇が起きる。ズークだけとは言え、生き残れたのは非常に珍しいケースだ。
もし行商人が戻って来ていなければ、冒険者達が戦おうとしなければ。ズークは今頃こうして生きてはいなかっただろう。
その幸運と悲劇が良く理解出来るだけに、リアンはズークを抱き締めながら涙を流す。
「辛かったわね」
「……うん」
「もう大丈夫だから、君はここに居れば良いわ」
リアンの優しさに触れながらも、ズークの心には悲しみを超える感情が沸き上がりつつあった。それは圧倒的な怒りと憎しみだ。
レグレット村の皆を無残に殺し、ミーシャを噛み殺した憎き巨狼。遊びの様に皆をあっさりと殺した獣。
あの黒き狼を絶対に許す事なんて出来ない。ただそれだけが幼いズークの心の中で、沸々と煮詰まっていく。
それから色んなやり取りがあり、実際に現場を確認に行く事が決まった。
3日後には王国騎士団と多数の冒険者パーティが集まった臨時部隊と、案内役のズークを連れたマリクとリアンがレグレット村に到着した。
マリクとリアンはAランク冒険者で、十分稼いだからと田舎でスローライフを満喫していた。
そんな2人が暮らす、林の側にある川でズークを発見。そして今に至るが、あまりの惨状に全員が言葉を失う。
しかし幼いズークだけは、確かな足取りで近くにある森の奥へと向かう。
数日経ってしまっていたが、強力なモンスターの匂いが残っていたからか崖の上はあの日のままだった。
ただ黙々と残されていたミーシャの右腕を、1人で埋葬しようとするズーク。
その姿を見たマリクとリアンは、ただただ言葉を失うしか無かった。




