第28話 ズーク先生の初授業
ズークとリーシュが教師としてローン王国の王立魔法学園に派遣された。
ズークは魔法の授業を担当する為、学園長のメリーナから支給された白衣と短杖を借りている。
普段の格好とはまた違う白衣姿は、見た目だけなら完璧な赤髪の男に似合っていた。
生き方だけを見ればただのアホだが、異様に知的に見えるから困りものだ。モノクルでも付けさせればさぞ映えるだろう。
あくまで外見だけの話で言えばだが。そんなズークが最初に担当したのは、2年生の高位貴族が集まったクラスだ。
王立魔法学園は13歳で入学し、5年間の学習期間を終えれば卒業可能だ。
ただし進級には最低限の成績が必要であり、条件を満たせないと留年になる。
貴族や優秀な平民が集まる学園だけに、留年なんてしてしまえば良い恥さらしだ。
そうならない様に日々精進する生徒達が集まった教室に、Sランク冒険者で容姿端麗な24歳の男が姿を現す。
教室の一番前には黒板があり、そこから少し距離を開けた先に扇状の段差が広がっている。
その段差には机と椅子が用意されており、5段目まである席に14歳の少年少女が30人程座っていた。
男女比はほぼ半々で構成されており、ズークを見た彼らの反応は様々だ。
「俺はズーク・オーウィング。これから1ヶ月の間、産休に入られているリンダ先生の代理を務める。よろしく」
「Sランク冒険者のズーク様が来るって噂、本当でしたのね!?」
「ほ、本物なのか?」
幾ら高位貴族とは言え、彼らはまだ14歳。ざわついてしまうのも仕方がない。
Sランク冒険者は英雄と言って差し支えなく、その性格までは知らない子供達からすれば大物だ。
おまけに容姿だけなら1級品の男だけに、女子生徒達の盛り上がりは凄まじい。
逆に男子生徒達の反応は様々で、疑う様な目を向ける者や憧れの眼差しを向ける者もいる。
そして一部の男子は、面白く無さそうな表情をしていた。恐らくは喜んでいる令嬢達の中に、気になる相手でも居たのだろう。
実に14歳の思春期盛りな子供らしいリアクションだった。
「進級も近い君達は、下位魔法の応用について殆ど学んだと聞いている。それで合っているかな?」
「はい! そうですわ先生!」
「なら応用のまとめについて、教えて行こうか」
これは習ったのか、これはどうだと確認をしながらズークは話を進める。
ズークに対して好意的な男子と、女子生徒達は素直に答えているが一部男子は違う。
女子生徒達の人気を一身に集めるズークの姿が、彼らの苛立つ心をより刺激する。
当たり前の話だが、ズークの方が彼らより知識が豊富だ。産休で休んでいる前任者のリンダ女史でも知らない様な、より実践的な魔法の知識を披露するズーク。
それがまた彼らには気に入らなかった。急にやって来た男が、一気にクラス内のパワーバランスを変えてしまった。
相手は大人なのだから当然だが、精神が未熟な彼らにはその分別がつかない。
「そんな話、本当かどうか分からないじゃん。俺達が子供だからって、適当な事言っているんじゃないのか?」
「そんな事をして、俺になんの得がある?」
「そっ、それはっ、……注目を集めるとか」
実に子供らしい反発心だが、その程度の事でズークは腹を立てない。そもそもどうでも良い話でもある。
ズークにとって大切なのは、あくまで年上の女性だ。この王立魔法学園においては、学園長のメリーナが最優先事項だ。
彼女の為に授業をしているだけで、厳密に言えば生徒の為に教えているのではない。
ここに居る生徒達の成績が上がれば、その分メリーナの価値が上がる。そしてその結果に、自分がどれだけ貢献したかが大事なだけ。
結果と目的の過程において、生徒の成績があるというだけに過ぎない。
「それもやっぱり意味がないな。国中の人が俺を知っているのに、今更注目を集める必要はない」
「ぐっ……」
「言いたい事はそれだけか?」
なまじ子供っぽい嫉妬心で突っかかっただけに、女子生徒達からの冷たい視線が彼に突き刺さる。
14歳ともなれば女子達の情操教育は進んでおり、子供っぽい同級生の男子には冷ややかだ。
特に高位貴族の娘ともあれば、嫁ぐ相手の選び方について親から厳しく言われている。
愚かな男は選ぶな、賢い優秀な男を選べと言われるのは当たり前の話。
だが男子の親がそこまで厳しく言うのは珍しく、せいぜい格下過ぎる家の娘を選ぶなと言われる程度。
姉や妹が居る家庭なら知っている事も、男子のみの家庭だとその辺りは軽くなりがちだ。あとは当主である父親の方針にもよるだろう。
「1つだけ教えておこう。君みたいなタイプはな、教師やリーダーの指示に逆らって無茶をする。そして死ぬ」
「なっ!?」
「そんな新人や下級冒険者を、俺は何人も見て来た。同じ末路を迎えたくなければ、教えてくれる者や主導権を持つ者に敵対的な態度を取るな」
それはSランクに至るまで、何度も目にしたありきたりな展開。反発心を拗らせて、勝手に動いて死に至る。
ただそれだけで済めば良いものの、最悪の場合はより自体を悪化させて大迷惑を周囲の者達に与える。
これもまた良くある話で、今までに見て来た凄惨な事件を幾つか話して聞かせるズーク。
忠告を無視した者達がどんな事を話し、どんな行動を取ったのか。ズークの話が進むにつれて、件の少年や彼に同調していた男子達は顔を青くしていく。
少々効き過ぎたかも知れないが、メリーナの頼みはしっかりと果たした。このクラスに居た者達で、将来バカな真似に走る者は出ないだろう。
珍しくたまには、非常にレアケースながらもズークが善行をしていた。その根源にあるのは、ただの下心ではあるのだが。




