第19話 アブサー村の乙女達
リーシュを連れて再びアブサー村を訪れたズークは、何とも言えない微妙な歓迎を受けていた。
娘を助けて貰った親達や、老人達は大歓迎だ。しかし一部の若い男達は心から歓迎する事が出来なかった。
何しろズークはこの村でトップクラスの人気を誇る、5人の女性を纏めて掻っ攫ってしまったからだ。
残る5人も都会のチャラ男に助けれらて、シティボーイに憧れを抱いてしまう始末。
助けて貰った恩はあるとしても、美味しい所を一瞬で掠め取られて複雑な気分を抱いている。
しかもその娘達は、ズークが来てくれたと聞いて大喜び。尚更嫉妬心を覚えずにはいられない。
「「「ズーク様!」」」
「やあ皆、元気だった?」
「あの……ズーク様、そちらの女性は?」
前回は連れて居なかった、金髪ポニテの似合う超絶美女が隣にいる。ズークが来たと喜んだ彼女達だったが、思わぬライバルの登場に警戒感が高まる。
嫉妬と敵意の入り混じった若き乙女達の視線がリーシュに集まる。ヤンなデレを製造して回っているズークと知り合って長い為、リーシュとしては慣れたものだ。
ああまたかと思いつつも、サラリと流していた。そもそも独り身の美人なので、リーシュはこの手の視線を向けられる事が多々ある。
美しいというのは何も得ばかりではない。村娘達も田舎基準で言えば十分美しいが、垢抜けた都会の美女とはまた違う。
「結構前から良く組んでいるAランク冒険者だよ。リーシュっていうより金色の剣聖って言った方が分かるかな?」
「ちょっと、その肩書はやめてよ」
「俺が言い出したんじゃないって」
大人の魅力が溢れる美女と、仲良さげなズーク。村娘達としては心穏やかではない。
そしてズークの方が有名とは言え、リーシュの知名度もまた高い。何者か分かってしまえば、自分達では太刀打ち出来ない相手だと尚更思い知らされる。
より色濃くなる嫉妬の念がリーシュへと向けられる。恋する乙女達としては仕方がない心の動きであり、自分でコントロールするのは難しい。
どう考えても戦えない自分達よりも、有名な女性剣士の方が隣に立つ資格がある。
しかしだからと言って、簡単に諦めがつくかと言えばそうではない。
「貴女達安心して。私はズークとそういう関係になるつもりはないから」
「今は、だろ?」
「ややこしくなるから黙ってなさい」
「いてぇ!?」
せっかく誤解を解こうとしたリーシュだったが、空気を読まないズークのせいで台無しになってしまった。
仲が良いのは確かであり、お互い気安い関係ではある。だが今はそういう事を言っているのではない。
夫婦漫才の様な空気感を醸し出す事で、余計と乙女達は疑念を深めた。2人の関係を何度も見ていれば、勘違いだったと次第に分かる。
だがまだそれほどの関係性がない乙女達には、その真実が分からない。大剣の柄で頭部を強打されたズークだが、その姿がまた嫉妬心を煽る。
自分達の前ではこんな表情はしないのに、という風に。こんな顔が見たいなら好きなだけ殴って良いのに。
「皆が元気そうで良かった、またその内寄るから」
「何も無い村ですが、よければまた来て下され」
「それじゃあ私達はこれで」
村長をやっている老人と握手を交わしたズークとリーシュは、また馬車に乗って行ってしまった。
残されたアブサー村の若き乙女達は、全員で相談を始める。本当にあの女性はライバルではないのか、言っていた事は本当なのかと議論が始まった。
自分達では敵わないと分かっている。しかしそれで納得が行くかと言えば、決してそんな事は無い。
ここに居るのは全員が20代前半であり、見たところ若さでなら勝てそうだとの結論に至る。
ではこれからどうするか、答えは既に彼女達の中にあった。
「いい、私達はまだ若いわ!」
「そうだよ、今からでも頑張ったら!」
「うちらの本気、見せてやるんだから!」
なまじ過酷な辺境の田舎暮らしをしているだけあって、村の娘達は積極的で行動力も高い。
そして普段から麦俵や水桶など、重い物を日常的に運んでいる。つまりそれなりの逞しさが全員に備わっていた。
専門的な知識がないので、生活魔法ぐらいしか彼女達は使えない。しかし村に伝わるおとぎ話には、村娘が英雄や大魔導士になった物語だってある。
もしかしたら自分達だって、そう考えてしまえる土台はあった。これはそれ程珍しい話ではなく、それなりに良くある話だ。
お金や権力や力、もしくは単に男を目的に村を飛び出す娘達は定番である。
「目標が決まったわね!」
「今から準備を始めましょう」
「ぼ、ボクも頑張る!」
5人の恋する乙女達と、都会に憧れる乙女達。10人もの若い女性が、このアブサー村を飛び出そうとしていた。
普通にアブサー村存続の危機である。結局そう遠くない未来に、彼女達は村を飛び出し冒険者になってしまう。
困った村長が他の村と交渉し、どうにか嫁入りして貰う事で危機は回避される。
なお10人の乙女達は、将来的に自分と同じ様な境遇の女性達も加えて『ズーク様親衛隊』というパーティを結成する。
そんなパーティこの世に必要か? という疑問は尽きないが、彼女達は本気だった。本気ではあっても、正気かは分からないが。




