第156話 街の名物料理
ある意味では正義を行ったズークは、リーシュを連れてマレーンの街の食堂に来ている。
暴れ回っていた冒険者達を諭した事の感謝として、広場の近くにある店から無料で奢ると連れて来られた。
そんな必要はないと最初は2人も断ったのだが、店主の強い要望で押し切られた。
2人が連れて来られたのは、結構な広さを誇る石造りの食堂だ。真っ白な建物の中には、花や絵が飾られておりオシャレな雰囲気がある。
香辛料が名産品のこの街に相応しく、スパイシーな香りが漂う店内。しかしその匂いはくど過ぎず、ほどよく食欲を刺激する。
「懐かしいなーこの感じ」
香辛料はローン王国でも使用されている。しかしマレーンの街ほど本格的ではなく、ちょっとした味付け程度にしか使われない。
香辛料がふんだんに使用した料理は、この街のように専門店がある土地でしか味わえない。
どうしても人を選ぶ料理が多いため、口に合わないという人もいる。刺激的な味と匂いが、どうしても好みが分かれる。
この街のように、住民が香辛料を使用する料理が主食の土地なら定着しているのだが。
「私も久しぶりなのよね。近くは通っても、素通りしていたから」
「俺もそうだなぁ。あのパーティには、辛い料理が苦手な奴が居たからさ」
ズークが所属していたSランクパーティ銀翼の風。そのメンバーの1人が香辛料のキツイ料理が苦手だった。
その為マレーンの街に立ち寄る頻度は少なく、入ったとしても別々に行動していた。
この街で特に有名な料理は、カレーライスという料理だ。かつてこの街へとやって来た1人の貴族が、なぜか飲食店を始めた。
家から追い出されたという説が残っているものの、真偽は現在も不明のまま。
特筆すべき名産もなかった大昔のマレーンの街で、その貴族は香辛料を作り始めた。
原料が周辺で採れると知った街の人々は、名産品が出来たと歓喜した。しかし貴族の行動はそれだけで留まらない。
香辛料を使った様々な料理を生み出し、マレーンの街に郷土料理を定着させた。
それから徐々に街は発展し、香辛料が有名な観光地へと成長した。そんな貴族が作った最初の料理が、カレーライスという料理だ。
「お待たせ! さあ食ってくれ」
店主の中年男性が、カレーライスの入った木皿とスプーンを2人分運んで来た。
「ありがとうございます!」
「おお! 美味そうだな」
2人はカレーライスを食べ始める。今では街の名物となっている料理だが、これも最初に作ったのは異世界人ではないかと言われている。
というのも、マネー大陸以外でも似た行動を取った人物が居るからだ。全く同じメニューではなく、カレーうどんという料理を広めた者。
カレーパンという料理を広めた者。カレーまんを広めた者など、多岐に渡っているためだ。
それまでにカレーという共通の調理法は存在せず、突然作り始めた者達がほぼ同時期に発生した。
いきなりそんな偶然が起きるとは考えられず、またその内の1人が異世界人だと確定している。
その事から、マレーンの街で飲食店を始めた貴族も異世界人ではないかと考えられている。
ただ厳密にその過去を探る意味を、住人達は見いだせなかった。末裔とされている一族が今も暮らしているが、そのルーツについては今となっては分からない。
「丁度良い辛さだ」
「本格的なカレーなら、やっぱりこの街よねぇ」
異世界人がもたらしたとされているカレーだが、今では一般的な料理として認識されている。
しかし香辛料の配分などが理由で、一般家庭で作るには少し難しい。ゆえに基本的には、飲食店で食べる方が機会としては多い。
マレーンの街のように、郷土料理として定着している場合はどの家庭でも作れるのだが。
少なくともローン王国では、飲食店でしか食べられない。しかも本場のものと比べると、やはり劣ってしまう。
「俺、たまに思うんだよな。この街に住みたいって」
「分かるわ~。この味を知るとねぇ」
美味しい料理がある街というのは、定住する上で重要な意味を持つ。人類は食事を取らないと死んでしまう。
生きるためには、絶対に外せない要素だ。そのためどうしても、暮らす土地を決める時に選ぶ理由になり易い。あとは治安なども関わってくる。
「つっても結局、ローン王国に戻ってしまうんだよな」
「ローン王国も料理は美味しいものね」
高位冒険者という立場上、どこへでも好きに移動出来る2人。わざわざ移住をしなくても、こうして食べに来ればいい。
結局はそうやって、定住せずに地元へ戻る。案外そういう冒険者は多く、ホームを変えない場合が多い。
もしくはホームはホームとして、別荘を持つ者もいる。ただしそれはあくまで、Aランク以上の冒険者に限った話だ。
それぐらいの稼ぎがないと、別荘を持つ余裕など持てない。同じ理由で、貴族が友好国に別荘を持つ事もある。
ズークも本来であれば、いくつも別荘を持てるだけの稼ぎがあった。だが全て浪費し、そんな道は選べなかった。
毎度パーティメンバーに止められたからだ。お前に管理なんて出来るはずがないからと。そんな過去を忘れたズークは、別荘を持とうかと言い出す。しかし。
「まず借金を返しなさい」
ごもっともな指摘をリーシュから受け、別荘の話は立ち消えるのだった。




